イラン  改革派新大統領就任 内外の壁 更にイスラエル・ヒズボラの危機的状況という難事も | 碧空

イラン  改革派新大統領就任 内外の壁 更にイスラエル・ヒズボラの危機的状況という難事も

(イラン大統領の認証式典のペゼシュキアン氏(右)と最高指導者ハメネイ師(左)=28日、テヘラン【728日 日経】)

 

【国民の変化への期待、新大統領の改革に立ちはだかる保守強硬派・最高指導者の壁】

イラン大統領選挙では、改革派の無名候補ペゼシュキアン氏が国民の現状への強い不満の受け皿となって勝利するという予想外の結果となりました。

 

そのペゼシュキアン氏が今日28日、イラン新大統領に就任しました。

 

****「国民は変化を期待」とイラン新大統領****

イラン大統領に就任したペゼシュキアン氏は28日「国民は変化を期待している」と演説した。欧米との対立を深めたライシ前政権の強硬路線を転換する方針。【728日 共同

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しかしながら、国民が期待する変化の実現、改革の実現が極めて困難な状況であることは衆目が一致するところです。

 

新大統領の改革を阻む最大の壁は、国会など国の主要機関を保守強硬派が支配しており、何より最終決定権を持つ最高指導者ハメネイ師が改革に否定的なことです。

 

****イランに改革派の新大統領就任対話路線を重視、演説で「団結」呼びかけも保守強硬派は抵抗か****

イラン大統領選で当選した改革派のマスード・ペゼシュキアン氏(69)は28日、首都テヘランで最高指導者アリ・ハメネイ師の認証を受け、大統領に就任した。国際協調路線と核開発をめぐる制裁の解除を公約に掲げたペゼシュキアン氏は演説で繰り返し「団結」を呼びかけたが、保守強硬派の抵抗が予想されている。

 

ペゼシュキアン氏の任期は4年。30日には国会で就任宣誓式が行われる。対話路線を重視する改革派の大統領は19年ぶりで、ペゼシュキアン氏は世界との「建設的で効果的」な関係を訴えた。

 

イスラム的な価値に根ざした国民の自由や社会正義、権利などを追求する姿勢を示した。対米交渉や制裁には直接的には触れなかった。

 

イランでは国会など国の主要機関を保守強硬派が支配しており、強硬派の懐柔はペゼシュキアン氏の大きな課題となる。カギは、主要政策の最終決定権を持つ最高指導者のハメネイ師の後ろ盾を得られるかどうかにある。

 

ハメネイ師は28日の認証式で「好ましい人物が大統領に選ばれた」と述べ、二極化や争いを避けるために国会や司法府、軍に行政府への協力を求めた。

 

しかし、ハメネイ師は核交渉の相手の一角である欧州各国との協議を「優先事項に挙げない」として、過去の制裁などを理由に列挙した。米国については名指しせず、「我々を苦しめ、困らせたことを忘れない」と述べた。米欧との交渉の実現には、困難が予想される。【728日 読売

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ただ、ハメネイ師にしても、保守強硬派にしても、大統領選挙で示された「民意」をあからさまに無視することもできません。それは「体制」を揺り動かす国民的抗議行動につながる恐れがあるためです。

 

そうした「民意」を背景にした新大統領と、「体制」の現状維持を目指す保守強硬派のせめぎあい、綱引きが続くと思われます。その中で、改革に否定的な最高指導者の「協力」「譲歩」をどこまで引き出せるかが新大統領の勝負所となります。

 

【改革を更に難しくするトランプ復権・イラン敵視】

国民が希望する変化の中核は経済状況の改善であり、そのためにはアメリカによる制裁の解除が必要になります。

しかし、新大統領が保守強硬派の抵抗をはねのけて、最高指導者の譲歩を引き出して「変化」を実現しようとする努力を阻むのがアメリカでのトランプ氏復権です。

 

前政権時代に核合意を離脱して、イラン制裁を課したトランプ氏が復権すれば、イラン敵視政策の復活で制裁解除に向けた試みは水泡と化します。

 

すでに、イランによる暗殺計画があったという情報もあって、トランプ氏のイラン敵視が露骨に示されています。

 

****「米国はイランを地球上から消滅させるべき」 トランプ氏****

米大統領選の共和党候補、ドナルド・トランプ前大統領は25日、敵対関係にあるイランが自身を暗殺した場合、同国を地球上から消滅させるよう呼び掛けた。

 

トランプ氏は自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、「彼ら(イラン)が『トランプ大統領暗殺』を実行するなら、それは常に起こり得ることだが、米国がイランを跡形もなく消し去ることを、地球上から消滅させることを願う。そうしないなら、米国の指導部は『腰抜けの臆病者』と見なされるだろう!」と述べた。

 

トランプ氏の投稿には、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が米連邦議会で、イランによるトランプ氏暗殺計画疑惑に言及する動画が添えられていた。

 

米メディアは先週、イランによるトランプ氏暗殺計画の情報を米当局が入手したのを受け、米大統領警護隊(シークレットサービス)が数週間前に同氏の警備を強化したと報じた。本件は、最近起きた20歳の男によるトランプ氏暗殺未遂事件とは無関係だという。

 

大統領時代の2019年、トランプ氏は類似の発言で議論を呼んだ。トランプ氏はこの時、「米国の何か」を攻撃すれば、イランを「跡形もなく消滅させる」と脅した。トランプ氏が新たな制裁措置を発動したのを受け、イラン当局が両国の外交の道は永遠に閉ざされたと述べた後の発言だった。

 

トランプ氏は大統領時代、北朝鮮に対しても「世界がかつて見たことがないような炎と怒り」で脅したが、やがて同国の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記と友好な関係を築き、しばしば両者の「愛」にさえ言及している。 【726日 AFP

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思想・信条ではなく、取引(ディール)で動くトランプ氏ですから、取引内容次第で流れが180度変わる可能性はある・・・・とは言うものの、同氏のイラン嫌いが変わるのは難しいでしょう。

 

保守強硬派の抵抗、更にはアメリカのイラン敵視で制裁も解除できない、結果的に変化も実現できない・・・となれば、国民の新大統領への期待も萎み、やがて保守強硬派の主導する対米強硬路線へと世論は流れ、新大統領は死に体となるのでしょう。これまでの改革派・穏健派のたどった道筋です。(就任した日に、それに言及するのはいかにも早過ぎますが)

 

****<前途多難なイラン新大統領>「改革派」が必ずしも民意を通せない複雑な事情****

(中略)

改革派を阻む国内外の壁

今後、神(正確にはイマーム)の代理人であるハメネイ最高指導者を戴く保守強硬派と国民の支持をバックとする改革派大統領の間で厳しいせめぎ合いが起きることは間違いないが、この改革派政権の前途は多難だと言わざるを得ない。

 

例えば、ペゼシュキアン氏は、イラン国民の不満が特に強い女性に対する服装規定や核開発問題に起因する米国、欧州との対立・緊張を緩和して制裁を解除させると公約しているが、公約の実現が一筋縄では行かないことは明白だ。

 

イスラム革命体制下でハメネイ最高指導者が大統領、国会議長、司法権長という三権の長の上に君臨しており、大統領といえども最高指導者の意向には従わなければならない。服装規定や核開発の見直しを最高指導者は、「国民の要求に譲歩することは権威に傷が付く」と見なすだろうから簡単に同意するとは思われない。

 

さらに最高指導者に直結している革命防衛隊が、改革派大統領を支持する国民のデモ等に対して無言の睨みを利かせている。

 

また、ヒズボラやフーシー派等のイランの代理勢力は革命防衛隊のコントロール下にあり、改革派政権を行き詰まらせるためにわざとこれらを使って米国等に対する挑発を激化させようとするかも知れない。

 

さらに、11月の米大統領選挙でトランプ前大統領の復活の可能性が高まっているが、トランプ前政権時に米・イラン関係が著しく悪化したことを考えれば、トランプ前大統領が当選する場合は、米・イラン関係を改善して経済制裁が解除されるのは望み薄であろう。

 

しかし、近隣アラブ諸国では、任命制か選挙結果を政府がコントロールするのが当たり前であるのに対して、イランでは今回、候補者の資格審査段階では保守強硬派があからさまな介入を行ったが、投票自体は自由な投票が許されたのであり、この点ついてはイランを評価するべきであろう。【726日 WEDGE

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上記記事最後に記されているように、世界には中国・北朝鮮のように選挙が実質的には行われていない国、ロシアのように反政府的な候補者の立候補が妨げられている国、今日投票が行われているベネズエラのように、投票結果とは全く関係ない結果が発表されるのではないかという不正が強く疑われる国も多い中で、(体制派の「誤算」もあったにせよ)一定に民意を反映する選挙が許されたイランはその点で評価すべきで、いたずらに「神権政治」、「テロ国家」と忌避すべきではないでしょう。

 

【就任したばかりの新大統領にのしかかるイスラエル・ヒズボラの危機的状況】

話を新大統領に戻すと、就任早々、極めて難しい状況に直面しています。

かねてから緊張が高まっており、本格的戦闘突入が懸念されていたイランの支持を受けるヒズボラとイスラエルの関係が限界点に近づいています。

 

****ゴラン高原にロケット弾、12人死亡=イスラエル・ヒズボラ全面衝突懸念高まる***

イスラエルのメディアは27日、同国が占領するゴラン高原のサッカー場にロケット弾が着弾し、子供を含む少なくとも12人が死亡したと報じた。イスラエル軍はレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの仕業と断定した。

 

昨年10月以降活発化した双方の交戦で、イスラエル側の死者数としては最悪。イスラエルの激しい報復は必至で、全面衝突の懸念がさらに高まった。

 

軍は、ロケット弾1発がグラウンドに着弾したと説明。犠牲者は10〜20歳という。目撃者はロイター通信に、グラウンドに遺体が転がり「誰が誰だか分からなかった」と語った。ヒズボラは関与を否定している。【728日 時事

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ハマスの奇襲を許したこと、人質解放が進まないこと、以前からの自身の裁判・司法改悪などで国内的に強い批判にさらされているイスラエル・ネタニヤフ首相はかねてより政権維持・政治生命維持のためにハマスとの戦闘継続だけでなく外敵ヒズボラとの全面戦争を望んでおり、ヒズボラを挑発している・・・とも言われていましたので、この事態に一気に対応を強化する可能性があります。

 

****「全面戦争近づいている」イスラエル占領のゴラン高原に攻撃で11人死亡 イスラエルとヒズボラの緊張一気に高まる*****

(中略)
イスラエル軍は、レバノンを拠点とするヒズボラによる攻撃だと主張していますが、ヒズボラは関与を否定しています。

ヒズボラは、去年10月のイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘開始以降、ハマスに連帯を示してイスラエル北部に攻撃を続けていて、交戦が激化していました。

イスラエル首相府によりますと、アメリカを訪問中のネタニヤフ首相は予定を早めてイスラエルに戻り、対応に当たるということです。

またイスラエルのカッツ外相は、アメリカメディアに対して、「レッドラインを超えた。我々はヒズボラとレバノンに対する全面戦争の瞬間に近づいている」と述べたほか、イスラエル国内の右派の閣僚からは激しい報復攻撃を求める声が上がっていて、緊張が一気に高まっています。【728日 TBS NEWS DIG

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アメリカはイスラエル支援を明確にしています。

 

****アメリカ NSC「この恐ろしい攻撃を非難する」****

ゴラン高原への攻撃についてアメリカ・ホワイトハウスのNSC=国家安全保障会議は27日、「この恐ろしい攻撃を非難する。イスラエルは、安全保障に対する深刻な脅威に直面しており、アメリカはこうした恐ろしい攻撃を終わらせる取り組みを続けていく」とする声明を発表しました。

その上で「イスラエルの安全保障へのわれわれの支援は、レバノンのヒズボラを含め、イランが支援するすべてのテロ組織に対して鉄壁であり、揺るぎない」としています。【728日 NHK

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「この恐ろしい攻撃」・・・ガザ地区では同じような、もっと大きな犠牲を伴う攻撃がイスラエルによって連日行われていますが・・・

 

それはともかく、大統領選挙真っただ中にある状況で、バイデン政権としてはトランプ氏に攻撃の種を与えないように強気姿勢をとることが予想されます。

 

イランとの関係では、“ヒズボラやフーシー派等のイランの代理勢力は革命防衛隊のコントロール下にあり、改革派政権を行き詰まらせるためにわざとこれらを使って米国等に対する挑発を激化させようとするかも知れない。”【前出】と今回の件の関係はわかりません。

 

いずれにしてもイランにとってレバノンを牛耳るヒズボラは最大の支援組織ですから、ヒズボラがアメリカの支援を受けるイスラエルと本格的戦争に突入すれば、改革派大統領であっても何らかの形でヒズボラを支援せざるを得ません。それによりアメリカとの関係が悪化しても。

 

というか、大統領の意思に関わらず、対米・対イスラエル強硬路線の革命防衛隊はヒズボラ支援で動くでしょう。

 

革命防衛隊をコントロールする力のないペゼシュキアン新大統領にとっては就任早々の難しい事態です。

 

****対ヒズボラ報復をけん制=イスラエルに自制要求イラン****

イラン外務省報道官は28日、イスラエルが占領地ゴラン高原へのロケット弾攻撃の報復として、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラに対して反撃する動きを見せていることについて、「地域の不安定化と紛争の拡大を招く」と述べ、イスラエルに自制を求めた。

 

イランが後ろ盾となっているヒズボラは、ゴラン高原への攻撃を否定している。同報道官は声明で、イスラエルが「架空のシナリオで、パレスチナでの犯罪から世界の関心をそらそうとしている」と主張。

 

レバノンへの報復攻撃は「新たな冒険」だと非難し、「シオニスト政権(イスラエル)は、ばかげた行動に伴う予期できない結果の責任を負うことになる」とけん制した。【728日 時事

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ヒズボラがやっていないなら誰が?

ヒズボラがやったとしたら、イラン革命防衛隊の意向が反映したものか?

イスラエル・ネタニヤフ政権はどこまでやる気か?

イラン新大統領ペゼシュキアン氏はどのように対応するのか?

 

戦闘がガザ地区から一気に拡大しかねない非常に危うい状況にあります。