エジプト  イスラエル軍のラファ侵攻による大量の難民発生に備える したたかな外交戦略も | 碧空

エジプト  イスラエル軍のラファ侵攻による大量の難民発生に備える したたかな外交戦略も

(避難民が暮らすテントの近くで犬の散歩をする子供ら=パレスチナ自治区ガザ地区南部ラファで202428日、ロイター【210日 毎日】)

 

【「ろくでなし」バイデン大統領苛立つも、ネタニヤフ首相はラファ侵攻の姿勢を変えず】

パレスチナ情勢に関しては、イスラエルがガザ地区最南部の都市ラファへの侵攻をいつ、どのような形で行うのか・・・ということが最大の焦点となっています。

 

国連によるとラファにはイスラエル軍の攻撃によってガザ地区北部・南部から追われた100万人以上の避難民が集結しており、もはや逃げ場がない状況にもなっています。そのラファに攻撃が本格化すればおびただしい民間人犠牲者が出ることが懸念されています。

 

ネタニヤフ首相も民間人退避に言及はしていますが、その具体策は示していません。

 

****ガザ南部・ラファでの地上作戦「民間人退避後に」 ネタニヤフ首相が意向****

イスラエルのネタニヤフ首相は、多くの市民が避難する南部ラファでの地上作戦について、民間人の退避後に行うとの意向を示しました。ただ、退避に向けた具体的な動きは見られません。

ネタニヤフ首相は14日、SNSへの投稿で「我々は完全な勝利まで戦う。そのためには、ラファでの強力な作戦も含まれる」などと述べ、ガザ南部ラファで地上作戦を行うことを改めて強調しました。

一方、作戦を開始するタイミングについては
ネタニヤフ首相  「民間人が戦闘地域から退避できるようになってから行う」 
作戦前に、民間人を避難させる意向を示しました。

ただ、ネタニヤフ氏が軍と治安当局に対して提出を指示したとされる民間人の避難計画について、アメリカメディアは、現時点で策定されていないと報じています。

また、13日にカイロで開かれた、アメリカやイスラエルなど4か国の情報機関高官による一時停戦と人質解放に向けた協議について、進展なく終了したと伝えられるなか、ネタニヤフ氏はハマス側が譲歩すべきだとの考えを強調しました。

ネタニヤフ首相  「ハマスが妄想に近い要求を取り下げる必要がある。そうすれば我々は前進できるだろう」

こうした中、隣国レバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」とイスラエルの間で戦闘が激化しています。

ロイター通信によるとイスラエル軍は14日、レバノン南部の複数の村などに空爆を行い、ヒズボラ戦闘員のほか、子どもを含む少なくとも9人が死亡したということです。

これに先立ち、イスラエル北部の軍基地ではレバノンからのロケット攻撃により兵士1人が死亡していて、今回の攻撃はこの報復とみられています。【215日 TBS NEWS DIG

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国連やイスラエルの後ろ盾となってきたアメリカもネタニヤフ首相に思いとどまるように働きかけてはいますが、ネタニヤフ首相はハマス壊滅のためにはラファ侵攻が不可欠との姿勢を変えていません。

 

****バイデン氏、イスラエル首相にラファ侵攻への懸念再度伝える****

バイデン米大統領は15日、イスラエルのネタニヤフ首相と電話会談を行い、パレスチナ自治区ガザ最南部ラファについて、市民の安全を確保する信頼できる計画なしに軍事行動に踏み切るべきでないとの考えを改めて伝えた。ホワイトハウスが明らかにした。

バイデン氏は11日にもネタニヤフ氏と電話会談を行い、ラファへの地上侵攻に懸念を伝えていた。 

ホワイトハウスによると、両首脳は現在進められている人質解放交渉についても協議した。バイデン氏は、人質の解放を支援するために24時間体制で取り組むと表明した。【216日 ロイター

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バイデン・ネタニヤフ両氏の間でどのようなやり取りがなされているのかは知りませんが、強硬姿勢を変えないネタニヤフ首相にバイデン大統領は苛立ちを見せています。

 

****「ろくでなし」バイデン大統領、私的な会話の中でいら立ち見せる 説得聞き入れないイスラエル首相に対して****

(中略)バイデン氏はこの前日にも、イスラエルのネタニヤフ首相と電話会談し、繰り返し自制を求めていますが、ネタニヤフ氏は強硬な姿勢を崩していません。 

 

そのバイデン氏が説得を聞き入れないネタニヤフ氏について、「ろくでなし」などと呼んでいたとアメリカNBCテレビが報じました。私的な会話の中での発言だということですが、強いいら立ちを感じている様子がうかがえます。【213日 TBS NEWS DIG】

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「ろくでなし」と呼ぼうが、何と呼ぼうがかまいませんが、アメリカのイスラエルへの自制を求める要請は以前から続いていますが、無視され続けています。

 

アメリカ国内の若者には親パレスチナ的な風潮、イスラエル批判も広がっており、バイデン大統領にとって大統領選挙へのマイナスの影響も懸念されます。

 

【ラファ侵攻に対しエジプトはイスラエルとの和平合意停止を警告 アメリカの中東政策の根幹が崩壊する恐れ】

更に、エジプトなど周辺国などの反対を押し切ってイスラエルがラファ侵攻するのをアメリカが抑止できず、大きな混乱が起きた場合、中東地域におけるアメリカの影響力は大きなダメージを受け、アメリカがこれまで行ってきた中東政策は根幹から見直しが必要になります。

 

具体的に言えば、カギとなるのは難民が押し寄せる隣国エジプト。エジプトはイスラエルとの和平合意停止にも言及していますが、イスラエル・エジプトの和平合意はアメリカの中東政策の根幹をなすものです。

 

****イスラエル軍の「ラファ地上侵攻」はアメリカの中東政策を破壊する****

<ラファ地上侵攻が行われれば、アラブ諸国で初めてイスラエルを承認したエジプトが、イスラエルとの平和条約を停止すると警告。アメリカが仲介して成った中東政策の土台までもが、バイデン政権の下で失われる?>

 

イスラム組織ハマスとの戦いを続けるイスラエルは、パレスチナ自治区ガザ最南端のラファへの地上侵攻を計画している。これは、何十年にもわたってアメリカの中東政策を下支えしてきたエジプトとアメリカの関係を悪化させるおそれがあり、ジョー・バイデン米大統領にとって新たな悩みの種となっている。

 

エジプトは、イスラエルがラファへの地上侵攻を開始すればイスラエルとの平和条約を停止すると警告している。(中略)

 

エジプトとイスラエルの外交関係の停止は、バイデンにとって打撃になりかねない。バイデンの任期中に中東地域が手に負えない状況に悪化しているという見方を助長する可能性があるためだ。

 

米シンクタンク「アラブ・アメリカ研究所」の創業者兼所長であるジェームズ・ゾグビーは、アメリカの軍事支援を受ける忠実な同盟国のエジプトが、イスラエルとの歴史的な平和条約の停止を公然と示唆したことは、きわめて異例だと指摘する。 「エジプト政府がよほど大きな圧力にさらされていることを意味している」と彼は本誌に語った。

 

歴代米大統領が頼りにしてきたエジプト

(中略)ジミー・カーター以降の歴代米大統領は、1979年にアメリカの仲介によってエジプトとイスラエルの間で締結された平和条約を、中東のより幅広い安定を推し進める土台としてきた。

 

エジプトは、アラブ諸国として初めてイスラエルを承認。これが1994年のイスラエル・ヨルダン間の和平条約に扉を開き、ドナルド・トランプ米前政権下で結ばれたイスラエルと一部アラブ諸国の国交正常化合意(アブラハム合意)につながった。(中略)

 

一方で、エジプトはガザ地区との境界の警備をさらに強化し、ガザ地区の住民がエジプトに逃れることは認めない姿勢を明確にしている。

 

ガザの保健省によれば、戦闘開始以降、イスラエル軍によって殺害されたガザの民間人は28000人を超えている。ガザ地区の人道危機が悪化するなか、米与党・民主党の進歩派からも、イスラエルへの支援を続けるバイデンへの批判の声が上がっている。

 

さらにイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が29日に、ラファへの進軍に向けて軍に計画提出を指示したとしたことを受けて、バイデンに対して戦闘を終結させるよう求める圧力がますます高まっている。(後略)【213日 Newsweek

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【エジプト難民流入に備えて緩衝地帯と壁を建設】

イスラエル軍のラファ侵攻は、境界を超えて難民が大量にエジプトに押し寄せる事態を惹起しますが、過激派流入による不安定化の懸念もあって、エジプトは難民流入を認めていません。

 

****エジプト、パレスチナ人のガザ帰還許可 難民受け入れは一貫反対****

(中略)

過激派刺激や攻撃を警戒

エジプトが主張するのは、「パレスチナの大義」を守る重要性だ。パレスチナでは、イスラエルが建国された1948年にも約70万人が難民として国外へ逃れ、いまも帰還が実現していない。そのため、難民受け入れはパレスチナの土地と住民を引き離すことになり、パレスチナ国家建設という目標が遠ざかるという懸念がある。

 

一方、難民受け入れによる治安悪化への警戒感も大きい。ハマスはエジプトが非合法化しているイスラム組織ムスリム同胞団が母体で、難民とともにハマスの戦闘員が流入すれば、国内のイスラム過激派を刺激する可能性があるからだ。

 

また、シナイ半島に逃れた戦闘員がイスラエルに向けてロケット弾などで攻撃を仕掛ければ、イスラエルとの衝突にさらされる恐れもある。

 

実際、レバノンでは南部にあるパレスチナ人の難民キャンプからイスラエルに向けてロケット弾が発射され、イスラエル軍の報復を招いたこともある。エジプト国民の間には反イスラエル感情が根強く、仮にイスラエルとの武力衝突に発展すれば、国内が一気に不安定化するのは避けられない。

 

エジプト日本科学技術大学のサイード・サデク教授(平和学)は「難民受け入れに反対しているのは、イスラエルの安全保障上の問題をエジプトが肩代わりすることになるからだ。難民の中にはイスラエルに対する復讐(ふくしゅう)を考える人も出てくるだろう。そうなれば、エジプト社会は彼らを支持するかどうかで分断され、内戦になるかもしれない」と指摘する。【20231125日 毎日】

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しかし、ネタニヤフ首相の決意が固いことから、エジプトとしても最悪の状況を想定せざるを得ません。

 

****エジプト、ガザ境界に幅3キロ超の緩衝地帯と壁建設 衛星画像で判明****

エジプトがパレスチナ自治区ガザ地区南部との境界に巨大な緩衝地帯と壁を建設していることが、新たな衛星画像から明らかになった。ガザ地区最南端のラファにはガザ住民の半数超が避難しており、イスラエルが予定している地上攻勢への懸念が高まっている。

 

衛星画像は米マクサー・テクノロジーズが過去5日間に撮影したもので、ガザとの境界と道路に挟まれたエジプトの土地がブルドーザーで整地されている。

 

建設中の緩衝地帯はガザ境界の端から地中海まで伸びている。完成した場合、エジプトとラファの境界にある検問所がそっくり含まれることになる。(中略)

 

シナイ人権財団が公開した動画にも、壁建設の様子が映っている。壁の高さは5メートルに上るという。

シナイ人権財団は活動家や研究者、ジャーナリストらでつくる非政府人権団体。地元の二つの請負業者か同財団に語ったところによると、工事はエジプト軍から委託されたという。(後略)【216日 CNN

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このCNNが報じる「壁」なるものは、単に境界を封鎖するものではなく、下記記事にあるように、そこに難民を収容してそれ以上エジプト領内への収入を許さない壁で囲まれた「緩衝地帯」のようなものと想像されます。

 

****エジプト、ガザ境界付近に壁の囲い建設 難民殺到に備え****

エジプトはパレスチナ自治区ガザの境界近くのシナイ半島の砂漠に、壁で囲われた20平方キロメートルの囲いを建設している。イスラエル軍によるガザ南部への進攻に伴い難民が大量に発生する事態を懸念しているためという。エジプト当局者と安全保障に詳しいアナリストらが明らかにした。

 

エジプトはここ数週間、パレスチナ人の流入を防ぐため境界沿いの警備を強化してきた。兵士や装甲車を配備し、フェンスを強化している。新たな囲い地の建設は、ガザ住民が大量に押し寄せた場合の緊急対策の一環となる。

 

エジプト当局者によれば、新たな難民キャンプは10万人以上を収容できる。周囲はコンクリートの壁が囲む。まだ組み立てられていないテントが大量に運び込まれているという。

 

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、軍はエジプトとの境界沿いにある都市ラファでイスラム組織ハマスと戦う必要があるとの認識を示している。エジプト当局者らは、イスラエルは数週間以内に大規模な作戦を実行するとみている。

 

ガザからパレスチナ人が大量に脱出した場合、エジプト当局者は新たな難民キャンプで収容する人数を収容能力を大幅に下回る水準に抑えることを想定している。5万から6万人程度が理想的という。【216日 WSJ

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****エジプト、ガザ境界付近に難民施設 ラファ侵攻に備え=関係筋****

エジプトはイスラエルがパレスチナ自治区ガザ最南部ラファに侵攻した際に備え、脱出するパレスチナ難民を収容できる施設を整えた場所をガザとの境界付近に構築している。関係筋4人が明らかにした。

一方、エジプト政府「国家情報サービス」のトップは取材に「これは事実無根だ。パレスチナの兄弟たちもエジプトもこの可能性に対して何の準備もないと言っている」と述べ、関係筋の証言を否定した。

エジプトはこれまで、イスラエルのガザ攻撃によってパレスチナ人がシナイ半島に流入する可能性に繰り返し警鐘を鳴らし、こうした事態は全く受け入れられないと表明している。

関係筋の1人によると、エジプトは停戦に向けた話し合いでそのような事態は避けられると楽観視しているが、一時的な予防措置として境界付近にこうした場所を設けている。

他の3人は、エジプトがパレスチナ人の避難所として使える基本的な施設を備えた場所を用意し始めたと証言。これはコンティンジェンシー(不測の事態に備えた)措置だと強調した。【216日 ロイター

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エジプトにとってはガザ地区からの難民流入は難しい対応を迫られる事態です。(あまりに難民に冷たいと、エジプトのイスラム世界での評価にかかわります。)

 

それ以外にも、エジプトは今回のパレスチナの混乱で大きな被害を受けています。パレスチナ情勢に呼応する形でイエメンの反政府武装組織フーシ派が行うの商船攻撃の影響で、欧州とアジアを結ぶスエズ運河を通航する船が激減、運河を管理するエジプトのスエズ運河庁によると、1月の通航収入は前年比でほぼ半減しました。

 

エジプト政府にとって、スエズ運河の通航収入は国内総生産(GDP)の2%余りを占める極めて重要な収入源です。

 

【エジプト この機に乗じたしたたかな外交戦略も展開】

ただ、エジプトも「被害者」という受け身の姿勢だけでなく、この機を使った外交戦略も展開しています。

 

****停戦後のガザは誰が治める?エジプトの動きが活発化している深い理由【佐藤優】****

イスラエルとイスラム組織ハマスの停戦の仲介やガザ地区の復興を巡り、エジプトの動きが活発化している。(中略)

 

休戦案のイニシアチブを取ったのはエジプトだった

ガザ地区で続く戦闘に関して、新たな動きがありました。130日のロイターは、「ハマス、3段階の休戦案を検討 エジプトなど4カ国が提案」と題する記事で、こう伝えています。(中略)

 

4カ国による提案という形ですが、イニシアチブを取ったのはエジプトだと思われます。というのは、14日のロシア紙「イズヴェスチア」に、興味深い記事が載っていたからです。(中略)

 

パレスチナ解放機構を再編して背後から操りたい

エジプトはパレスチナ政党間の分裂を埋めるための国民対話を推進し、テクノクラート(高度な技術的専門知識を持つ官僚による)政府を樹立する計画である。そして、人道問題、ガザ地区の復興、パレスチナの総選挙と大統領選挙の開始に責任を持つことになる。

 

この記事で興味を引かれたのは、エジプトがパレスチナ自治政府のアッバス議長率いるパレスチナ解放機構(PLO)の代わりとなる政府を樹立しようとしている点です。(中略)

 

現在のPLOは、米国が後押ししています。それに対してガザ地区に隣接するエジプトは、イスラエルとの戦闘によって弱体化したハマスとイスラム聖戦をPLOに糾合し、自国が統制できる政権をつくりたい。PLOを再編して背後から操ることによって、中東地域におけるエジプトの地位向上も図ろうとしているのでしょう。(後略)【216日 佐藤優氏 DIAMONDonline

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なかなかしたたかな外交戦略が存在するようです。ただ、エジプトの思惑どおりにことが進むかはまた別問題ですが。