イラン 相次ぐ周辺国への攻撃 アメリカを直接的に刺激することは避ける配慮も
(イランの首都テヘランで、反米・反イスラエルを訴えるプラカードを掲げる人々(2024年1月5日撮影)【1月16日 AFP】)
【相次ぐ周辺国への攻撃】
イランが周辺国を相次いで攻撃しています。・・・とは言っても、相手国政府ではなく、そこに存在するテロ組織施設(とイランが主張するもの)に対する攻撃ですが。しかし、攻撃を受けた相手国からすれば、当然ながら重大な主権侵害となります。
****革命防衛隊、イラクとシリア攻撃=イスラエル機関の「拠点破壊」―イラン****
イランの精鋭部隊、革命防衛隊は16日、隣国イラクとシリア領内を弾道ミサイルで攻撃したと明らかにした。イラクでは北部クルド人自治区アルビル近郊の「イランに対する諜報(ちょうほう)活動とテロ計画の拠点」を標的にしたと表明。イスラエルの対外情報機関モサドの拠点を破壊したと主張した。
イラクのメディアによると、空爆は15日深夜に行われ、民間人4人が死亡した。イラン外務省報道官は16日、「テロに対抗し、主権と安全を守る軍事行動だ」と正当化。一方、イラク政府とクルド自治政府は「主権侵害」と反発し、イランの駐イラク代理大使を呼んで抗議した。
革命防衛隊は、空爆は「司令官らを殉教させたシオニスト(イスラエル)の悪に対する反応だ」と強調した。革命防衛隊の上級軍事顧問が昨年12月、シリアでイスラエルからのミサイル攻撃で死亡し、イランは「イスラエルは犯罪の代償を必ず払う」(ライシ大統領)と報復を宣言していた。
アルビルには米軍部隊も駐留しているが、米軍関連施設への被害は確認されていない。AFP通信によると、米国務省報道官は「無謀な攻撃」と非難した。【1月16日 時事】
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“イラン外務省報道官は16日、革命防衛隊が15日、シリア北西部イドリブのイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の拠点にも弾道ミサイルを発射したと述べた。ISは3日、イラン南東部ケルマンで80人以上が死亡した爆発事件で犯行声明を出し、イランは報復を明言していた。
報道官はイラクとシリアへの攻撃について、「主権と治安を守る政策に基づくものだ」とし、「報復する権利はためらわずに行使する」と述べ、警告した。”【1月17日 産経】
革命防衛隊のムサビ上級軍事顧問が昨年12月25日、シリア・ダマスカス郊外でイスラエルからのミサイル攻撃で死亡、1月3日にはイラン南東部ケルマンで、2020年に米軍に殺害されたイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官の追悼式典が行われている最中にイスラム国による自爆テロにより80人以上が死亡・・・ということで、イラン政府としても何らかの「報復」を行わないと国民に対して立場がない・・・といったところなのでしょう。
ただ、「主権と治安を守る政策に基づくものだ」とし、「報復する権利はためらわずに行使する」・・・イランが敵対するイスラエルのガザ攻撃と全く同じ主張です。
パキスタン領内の武装組織拠点に対しても。
****イランがパキスタンの武装組織を攻撃、子供2人死亡 緊張高まる****
イラン革命防衛隊は16日、隣国パキスタン南西部バルチスタン州の武装組織の拠点を攻撃した。イランのタスニム通信が報じた。パキスタン外務省は「罪のない子ども2人が死亡し、少女3人が負傷した」として強く反発しており、核保有国でもある同国とイランとの緊張が高まっている。
イランのタスニム通信によると、標的とされたのはイラン政府と敵対する武装組織「ジャイシュ・アル・アドル」の拠点2カ所。ミサイルとドローン(無人機)で破壊したとしている。同組織は昨年12月にイラン南東部ラスクで治安当局者11人が死亡するテロ事件を起こしており、イランが報復した形だ。
一方、パキスタン外務省は「いわれのない領空侵犯」だとして強く非難する声明を発表した。「パキスタンの主権に対する侵害はまったく容認できず、深刻な結果を招きかねない」として、イラン外務省に抗議を申し立てたことを明らかにした。
地域のすべての国にとってテロが共通の脅威であるとした上で「このような一方的な行動は良い隣国関係に反するもので、2国間の信頼と信用を著しく損なう」としている。【1月17日 毎日】
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【留意点その1 イラク・シリアで続く親イラン組織と米軍の攻撃の応酬】
今回のイランによるイラク・シリア攻撃については、留意しておくべき点が二つあります。
一つは、いきなりイランの攻撃があった訳でもなく、イスラエル・ハマスの戦闘の影に隠れて目立ちませんが、この地域ではこのところ親イラン武装勢力と駐留米軍の間で攻撃の応酬が続いています。
イラクの米軍駐留基地に無人機攻撃、米大使館でも警報【2023年11月9日 ロイター】
米軍がイラク国内の親イラン勢力の施設2カ所を空爆 イラク駐留米軍への攻撃の報復【2023年11月22日 テレ朝NEWS】
米軍、イラクで親イラン武装勢力を空爆 駐留部隊への攻撃阻止【12月4日 ロイター】
****「親イラン武装組織が好き勝手」 米、イラクの統治力に懸念****
米国のオースティン国防長官は8日、イラクのスダニ首相と電話で協議し、親イラン武装組織による駐留米軍への相次ぐ攻撃に関して「イラクの主権と安定を損ない、イラク市民の安全も危険にさらしており、止めなければならない」と強調した。
国務省のミラー報道官も8日の声明で「イラクでは親イラン武装組織が好き勝手に活動している」と指摘し、武装組織の抑止に積極的に動かないイラク政府の「統治力」に疑問を呈した。
イラクでは10月以降、駐留米軍の拠点に対する無人機やロケット弾による攻撃が頻発しており、米軍は親イラン武装組織の攻撃だと指摘している。イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘を巡って、米国はイスラエル、イランはハマスを支持しており、この対立構図がイラクにも波及している形だ。
オースティン氏はスダニ氏との電話協議で、イラクの親イラン民兵組織「神の党旅団(カタイブ・ヒズボラ)」と「ヌジャバ運動」が「大半の攻撃に関与している」と批判し、「米国はこれらの組織に断固として対応する権利を有する」と通告した。在イラク米国大使館が8日未明にロケット弾による攻撃を受けたことも非難し、イラク政府に大使館や外交官らの保護を求めた。
ミラー氏も「米軍はイラク政府の要請に基づいて駐留している。イラク政府は外国公館や米軍を保護する義務があると繰り返し確認してきたが、これは交渉の余地がないことだ」と強調。イラク治安部隊に米側への攻撃に関する捜査を求めた。
イラクでは2003年に米軍などがフセイン政権を打倒して以降、治安が混乱し、さまざまな親イラン民兵組織が活動基盤を築いて、反米運動にも加わった。
14年以降の過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦では、イラク政府を介して米国と親イラン組織が実質的な「共闘」関係になったが、ISの衰退後は再び緊張が高まった。イラク政府は民兵の政府軍への取り込みを図ったが、民兵組織は独自の軍事力を保ち、政府も制御できない状況が続いている。【12月9日 毎日】
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その後も双方の攻撃は続いています。
米軍、イラクで親イラン組織の施設空爆 駐留基地攻撃に報復【12月26日 ロイター】
米軍、イラク民兵組織指導者を殺害 バグダッドで攻撃=当局者【1月5日 ロイター】
武装ドローンがイラク北部の米軍基地を攻撃【1月6日 ロイター】
一方、イラク・スダニ首相は声明で「有志連合軍が駐留する正当性がなくなったため、駐留を終わらせるという確固たる立場を強調する」と発表し、イラク首相府はイラクに駐留する米軍主導の有志連合軍を撤収させるための手続きに着手すると発表しています。
しかし、アメリカは撤収に応じていません。
****イラク、米軍の駐留終了に向け手続きへ 米側は継続意向で難航か****
イラクのスダニ首相は5日、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦を支援している米軍の駐留終了に向けた手続きを始めると発表した。ロイター通信などが報じた。
米軍は4日にイラクの首都バグダッドで親イラン武装組織の幹部を殺害したが、イラク政府は「主権侵害で、テロ行為と変わりない」と反発していた。ただ、米政府は駐留を続けたい考えを示しており、イラクとの協議は難航が予想される。
イラクにはIS掃討に関する助言やイラク軍の訓練のため、2500人規模の米軍が駐留している。報道によると、スダニ氏は5日、「イラクの主権に関わる問題を無視することはできない」と述べ、米軍による武装組織幹部の殺害を改めて批判。駐留終了に関して、イラク政府と米側で構成する委員会で具体的に協議する方針を示した。
米国防総省のライダー報道官は4日の記者会見で、武装組織の幹部殺害について「(幹部は)駐留米軍への攻撃計画や実行に積極的に関与していた。我々には自衛権がある」と説明。その上で「10年前の夏に米軍が対IS作戦を始めた時、ISはバグダッドまで約24キロの地点に迫っていた。誰もISが復活することは望んでいない。我々は今後もIS掃討に集中していく」と述べ、駐留を続けたい意向を示していた。
2023年10月にイスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスとの戦闘が激化して以降、イラクでは親イラン武装組織による駐留米軍の拠点への攻撃が頻発。イスラエルの後ろ盾である米国と、ハマスを支援するイランの対立が背景にある。
米国はイラク政府に取り締まり強化を要求したが、親イラン武装組織には政府の完全な統制は及んでいない。これらの武装組織が治安維持で政府に協力していることもあり、イラク政府は米国と武装組織の板挟みになっている格好だ。【1月6日 毎日】
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****米、イラク駐留部隊の撤収計画ない=国防総省****
米国防総省は8日、米国はイラクに駐留する2500人の部隊を撤収する計画はないと述べた。
イラクは先週5日、国内に駐留する米軍主導の有志連合軍の撤収に向けた手続きに着手すると表明。スダニ首相は声明で「有志連合軍が駐留する正当性がなくなったため、駐留を終わらせるという確固たる立場を強調する」としていた。
これについて国防総省のパトリック・ライダー報道官は記者会見で「現時点で撤収計画について承知していない」とし、「われわれは過激派組織『イスラム国(IS)』掃討に集中している」と述べた。
その上で、米軍はイラク政府の招きで駐留しているとし、国防総省はイラク政府から米軍撤収の決定の通知は受けていないと述べた。【1月9日 ロイター】
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こうしたイラクにおける親イラン組織とアメリカの最近の攻撃応酬を考えると、冒頭のイランの直接攻撃は米軍を狙ってもよさそうなところですが、さすがにイランもそこまでアメリカを刺激はしたくない模様で、米軍施設は避けています。
シリアでも親イラン武装勢力と米軍の間で同様の攻撃応酬があります。
****アメリカ軍がシリア東部の施設を空爆「武装勢力による米軍への攻撃への対応」****
アメリカ軍がシリア東部にある武器貯蔵施設への空爆を行いました。中東に駐留するアメリカ軍への攻撃への対応だとしています。
アメリカのオースティン国防長官はバイデン大統領の指示で、8日にシリア東部にある武器貯蔵施設をアメリカ軍のF15戦闘機が空爆したと明らかにしました。
この施設はイランのイスラム革命防衛隊とその関連組織が使用していると指摘し、空爆はイラクとシリアに駐留するアメリカ軍への攻撃への対応だとしています。
アメリカ国防総省によりますと、イランが支援する武装勢力によるアメリカ軍に対する攻撃は今月7日までに40回にのぼっていて、アメリカ軍は先月26日にもシリア東部の施設2か所の空爆を実施しています。【2023年11月9日 TBS NEWS DIG】
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【留意点その2 イランだけでなくトルコも同様攻撃実施】
イランのイラク・シリア攻撃のニュースについて留意すべきことの二つ目は、同じような攻撃はイランだけでなくトルコもPKK関連で行っており、(その良し悪しは別にして)こうしたことはこの地域ではさほど珍しいことでもないということです。
****イラクでトルコ兵12人死亡 武装組織の攻撃相次ぐ****
トルコ国防省は23日、トルコに隣接するイラク北部で22日から、トルコの非合法武装組織クルド労働者党(PKK)によるトルコ軍に対する攻撃が相次ぎ、兵士計12人が死亡したと発表した。軍は反撃し、イラクとシリアのPKK拠点を破壊したと主張した。
イラク北部にはPKKの拠点があり、シリアにも関連組織がある。トルコ軍が掃討作戦を続けている。エルドアン大統領は23日、「最後のテロリストが排除されるまで」作戦を続けると表明した。
22日の攻撃で兵士6人が死亡、23日にはPKKが軍の基地に侵入を試み、兵士6人が死亡した。【12月24日 共同】
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こうした攻撃を受けて・・・
****トルコ軍 イラク北部、シリア北東部に集中的空爆 “クルド人武装勢力との衝突への報復措置”****
トルコ軍は25日、政府と対立するクルド人勢力が支配するイラク北部やシリア北東部に集中的な空爆を行いました。先週起きたクルド人武装勢力との衝突への報復措置だとしています。
ロイター通信によりますと、トルコ当局は、軍が25日、政府と対立するクルド人武装組織PKK(=クルド労働者党)が拠点とするシリア北東部とイラク北部の施設およそ50か所を空爆したとを明らかにしました。
トルコ軍はイラク北部で23日に起きたクルド人武装勢力との衝突で兵士12人が死亡したことへの報復措置だとしています。
クルド系メディアによりますと、空爆を受けたのは主に油田や発電所、病院などのインフラ施設で、シリア北部ではおよそ2600の自治体が停電となり、少なくとも民間人8人が死亡、女性や子供を含む18人がケガをしたということです。
また、別のクルド系メディアによりますと、クルド系住民が多く住むトルコ南部のディヤルバクルで25日、親クルド政党の集会に参加者した52人が「テロ組織を賞賛した」として警察に拘束されました。
トルコ政府は国内外のクルド系住民への弾圧を強めていて、双方の間で緊張が高まってます。【12月27日 日テレNEWS】
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【アメリカとの対立を煽るつもりはないという意思表示ともとれるが・・・】
イラク・シリアでは親イラン武装勢力と米軍の間で攻撃の応酬が続いていること、イラク・シリア領内を攻撃しているのはイランだけでなくトルコも同じ・・・といったことを留意したうえで・・・
****イラン、周辺国を相次ぎ攻撃 「報復と処罰」 中東不安定化に拍車****
イランが周辺国を相次ぎ攻撃して緊張が高まっている。イラクとシリアへの攻撃に続き、16日にはパキスタン南西部バルチスタン州をミサイルと無人機で攻撃したと発表した。パキスタン外務省は17日、5人が死傷したとして「強く非難する」との声明を出した。
イランはイスラム原理主義組織ハマスへの攻撃を続けるイスラエルや後ろ盾の米国と対立し、中東の親イラン民兵組織は紅海などで攻撃を強化している。イラン自らも行動をとることで地域の不安定化に拍車がかかっている。
国営イラン通信などによると、イランはバルチスタン州にあるスンニ派民兵組織の基地2カ所を攻撃した。この組織はシーア派大国イランでも反体制活動を行っており、昨年12月にはイラン南東部で警察署を襲撃、18人が死傷した。イラン政府は「国内外を問わず、犯罪者は処罰する」との立場を強調した。
最高指導者に近いイランの革命防衛隊は15日、イラク北部のクルド人自治区アルビルに弾道ミサイルを発射した。イスラエルの特務機関モサドの「スパイの拠点」が標的だったとしている。昨年12月にはイスラエルによるとみられるシリアへの攻撃で革命防衛隊の幹部が死亡し、イランのライシ大統領は「代償を支払うことになる」と述べ、報復を誓っていた。
この攻撃でイスラエルとの貿易を手掛ける富豪ら少なくとも4人が死亡した。イラク政府は駐イラン大使を呼び戻して抗議の意を示し、米仏もイラクの主権を侵害する「無謀」な攻撃だとイランを非難した。
現場は米国の領事館の近くだが、施設や職員は無事だった。イスラエルへの報復であり、米国との対立を煽(あお)るつもりはないという意思表示とも受け取れる。
革命防衛隊は15日、シリア北西部イドリブにも弾道ミサイルを発射した。標的はスンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の拠点で、ISは3日、イラン南東部ケルマンで90人近くが死亡した爆発事件で犯行声明を出していた。
イラン外務省報道官は16日、イラクとシリアへの攻撃は主権と治安を守るのが目的だとし、「報復する権利はためらわずに行使する」と述べて警告した。
イランは連携する中東各地の民兵組織に兵器や資金を支援しているとみられるが、国民や要人が攻撃を受けない限り戦闘には深入りを避ける姿勢もうかがえる。【1月17日 産経】
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前述のように、“現場は米国の領事館の近くだが、施設や職員は無事だった。イスラエルへの報復であり、米国との対立を煽(あお)るつもりはないという意思表示とも受け取れる。”"国民や要人が攻撃を受けない限り戦闘には深入りを避ける姿勢"といったあたりが“ミソ”のようにも。
対立を煽(あお)るつもりはない・・・とは言いつつも、「もし、そっちが一線を超えた場合は、こっちも容赦しない」という意思表示もこめて・・・といったところでしょうか。