日米の「鉄は国家なり」を体現した製鉄企業間の買収話 アメリカでは大統領選挙の「政争の具」にも | 碧空

日米の「鉄は国家なり」を体現した製鉄企業間の買収話 アメリカでは大統領選挙の「政争の具」にも

(【1218日 日経】)

 

【日本製鉄、USスチールを買収 両社ともに日米の「鉄は国家なり」を体現した企業

パレスチナやウクライナ、その他多くのニュースが飛び交うなかで、「そうなんだ・・・」と目が留まったのが下記のニュース。

 

****日本製鉄、米鉄鋼大手会社「USスチール」を2兆円で買収へ****

「鉄鋼王」と呼ばれたアンドリュー・カーネギー氏や、「モルガン財閥」の創始者であるJ.P.モルガン氏らが複数の鉄鋼会社を合併させて1901年に誕生した「USスチール」。その老舗鉄鋼会社を日本最大の鉄鋼メーカー「日本製鉄」が約2兆円で買収することを決めた。

 

日本製鉄としては過去最大規模の買収で、日米をまたいだ大型再編となる。背景にあるのは、日本国内での需要の減少だ。電気自動車に使う高機能な鋼材の需要も多いアメリカに活路を求めるようだ。

 

「アメリカは高水準の高級鋼需要が期待できることから、当社の培ってきた技術力・商品力を生かせる地域だ」(日本製鉄)

 

買収により日本製鉄の粗鋼生産能力は、世界3位の規模となる見通しだ。【1220日 ABEMA TIMES】

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産業構造が様変わりした現代ではすっかり死語になりましたが、製鉄業が産業構造の中核にあった時代、「鉄は国家なり」という言葉がありました。

 

****「鉄は国家なり」は****

「鉄は国家なり」は19世紀にドイツを武力で統一したビスマルクの演説に由来するという。大砲や鉄道に欠かせない鉄は国力の源泉だった。

 

ドイツを範とした明治政府が今の北九州市に建設したのが官営八幡製鉄所だ。流れをくむ八幡製鉄が富士製鉄と合併し新日本製鉄が発足したのは、ちょうど50年前の1970年3月。日本初の売上高1兆円企業が誕生し「世紀の合併」と騒がれた。高度成長をけん引する「鉄は国家」の時代だった

 

世界遺産にもなった八幡製鉄所は来月、他の製鉄所と統合され名称が消える。新日鉄の後身の日本製鉄による合理化だ。広島県の呉製鉄所は異例の閉鎖、和歌山製鉄所はシンボルである高炉の休止が決まった。中国の攻勢にさらされ昔日の面影は薄れた。

 

今後の日本を支える産業は何か。政府はネットで集めた大量のデータを分析しビジネスなどに生かす人工知能(AI)を中核にしたいようだ。安倍晋三首相は「データは成長のエンジン」と強調する。

 

だが効率的なAIが発達すると、その分、職が失われる懸念がある。「鉄は国家」と呼ばれたのも、製鉄所が各地で多くの雇用を生み出し地域を支えたからだ。コロナ不況が深まる中、今回の合理化による打撃を心配する声は尽きない。

 

時代に応じた産業の変化が避けられないとすれば、痛みを和らげるのは政治の役割だろう。19世紀ドイツの急速な工業化に伴う貧困対策として、近代的な社会保障制度を世界で最初につくったのは意外にもビスマルクである。【2020325日 毎日「余禄」

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日本製鉄は2022年の粗鋼生産量で世界第4位ですが、第27位のUSスチールを買収すれば第3位に浮上します。

 

「鉄は国家なり」という言葉がまだ現役だった日本の高度成長期を支えたのが、八幡であり、その後身の新日鉄でした。その新日鉄の後身が、今回合併話の当事者である日本最大の鉄鋼メーカー「日本製鉄」

 

一方の「USスチール」も、アメリカの「鉄は国家なり」を体現してきた企業。

 

****USスチール****

JP・モルガンおよびエルバート・ヘンリー・ゲーリーは、連邦鉄鋼会社の株式を保有していた。その会社と、アンドリュー・カーネギーが保有していた製鉄会社の合併により、1901225、ペンシルベニア州ピッツバーグにUSスチールが設立された。

 

1901年には、USスチールが鉄鋼生産の3分の2を支配していた。1911に連邦政府は、USスチールを解体するために連邦法の反トラスト法を適用することを試みたが、その努力は結局失敗した。

 

当時USスチールはアメリカで生産されたすべての鋼の67%を生産していた。その後、USスチールは元初代社長、チャールズ・M・シュワブによって運営されるベスレヘム・スチールのような競争業者に技術革新で先んじられるなどし、USスチールの市場シェアは1911年までに50%まで減少した。なお、ベスレヘムにもロックフェラーやモルガンの系列会社から役員などが出ていた。

 

USスチールの生産量は19533500万トン以上でピークに達した。当時340,000人を超える従業員がおり、その雇用者数は1943の第二次世界大戦中でも最大であった。2000の時点ではおよそ52,500人を雇用している。【ウィキペディア】

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【かつての日米鉄鋼摩擦、現在の対中国規制 アメリカの保護主義的政策】

日本がアメリカを激しく追い上げていた時代、日米の製鉄業はその軋轢の舞台ともなり、USスチールは日本にとって厄介な存在でもありました。

 

****日米鉄鋼摩擦の長い歴史****

USスチールには、日本の鉄鋼メーカーが長年苦しめられた歴史がある。

 

1950年代、60年代に、米国の鉄鋼メーカーは値上げと賃上げを進める中で国際競争力を次第に失っていった。それが鉄鋼の輸入品の増加を招いたのである。

 

それを受けて米国の鉄鋼メーカーはロビー活動を活発に展開し、1970年代のカーター政権時代には、「トリガー価格制度」が導入された。これは、輸入鉄鋼製品の価格が一定の基準価格(トリガー価格)を下回る場合には、米国政府がダンピング調査を開始するというものだ。事実上、日本を狙い撃ちする措置だった。

 

このように、米国の鉄鋼メーカーは、ロビー活動を通じて輸入品の増加を抑える保護主義的な政策を政府に促す一方、自ら国際競争力を高めるような構造改革を怠ってきたとされる。そうしたメーカーの典型例がUSスチールとされている。【1220日 木内登英氏 NRI

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“米国は自国の鉄鋼産業に対して度重なる保護主義政策を打ち出してUSスチールを守ろうとしましたが、保護すればするほど高コスト体質の改善が遅れ、衰退が加速するという皮肉な結果となりました。米国トップの座も、電炉大手ニューコアに奪われ、2022年の粗鋼生産では米国で3位、世界で27位まで低下しています。”【1221日 窪田真之氏 トウシル】

 

今回の買収話の背景にも、買収によって規模の利益を得ることができることに加えて、上記のアメリカの主に中国を標的にした保護主義の問題があります。

 

****成長市場である米国へのアクセスを獲得すること****

日本製鉄は、自動車や家電向けのハイエンド・スチール(高級鋼材)に強みを持ちます。(中略)ただし、国内市場は成長性が見込めず、今後は海外での販売拡大が必要です。特にEV(電気自動車)などで高い需要の伸びが見込まれる米国市場での拡販が重要です。

 

ところが、米国は鉄鋼業について、長年にわたり保護主義を強化してきました。主な目的は安価な汎用品で攻勢をかけてくる中国メーカーから保護するためです。

 

日本のハイエンド・スチールは、同じ製品を作るメーカーが米国にないため、直接規制されるリスクは低いものの、それでもさまざまな非課税障壁があり、日本からの輸出を拡大するのは困難です。

 

こうした中、USスチールを買収して日本製鉄から電磁鋼板などで技術供与し、米国現地生産・現地販売を拡大するすべを得ることは大きなメリットです。

 

また、経済安全保障の観点から米中で経済分断が進みつつありますが、USスチール買収で米国に深く入り込むことができれば、そのメリットは極めて大きいと考えられます。【前出 窪田真之氏】

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****中国製品除外の動きで日本企業の米国市場へのアクセスも妨げられる****

米国の鉄鋼メーカーは、今は中国からの安い鉄鋼の輸入を警戒しており、それが2018年の25%の鉄鋼関税が導入され、日本にも適用された。

 

このように、米国が中国に対して保護主義的な姿勢を強める中、友好国である日本の企業も、米国市場へのアクセスが制限されている。(中略)

 

日本企業が米国市場の成長を取り込む手段として先駆けに

米国の中国からのディリスキリング、あるいはサプライチェーンを中国から分断するデカップリングが進められる中、日本企業が巨大な米国市場でビジネスを拡大させていくためには、米国への輸出拡大や米国での現地生産の拡大に留まらず、米国企業の買収などを行う必要が出てくるのではないか。

 

中国は鉄鋼生産が余剰状態にあり、それを安値で海外に輸出している。日本の鉄鋼メーカーはアジア市場で、そうした安値攻勢を受けている。保護主義的な手法で守られた米国市場であれば、中国の安い製品から守られるという計算も、日本製鉄によるUSスチールの買収にはあるだろう。

 

このような現在の国際情勢のもとで、今回の日本製鉄によるUSスチールの買収は、多くの業種で日本企業が米国市場の成長を取り込む手段として、先駆けとなる可能性もあるのではないか。【前出 木内登英氏】

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【労組、与野党から反対の声 激戦州ペンシルべニアということで大統領選挙の「政争の具」にも】

今回の買収に関してもアメリカの保護主義的傾向を反映して、アメリカの労働組合、そして与野党政治家から反対の声が上がっています。

 

****日鉄のUSスチール買収、米議員が反発 安全保障や労組巡り懸念****

米共和党の上院議員3人がイエレン財務長官に対し、日本製鉄による米鉄鋼大手メーカーのUSスチール買収を阻止するよう要請した。国家安全保障上の理由という。

 

共和党のJ.D.バンス上院議員、ジョシュ・ホーリー上院議員、マルコ・ルビオ上院議員は書簡で「USスチール側に国家安全保障に焦点を当てた検討がなかったが、国内の鉄鋼生産は米国家安全保障にとって不可欠だ」とした。日本製鉄は18日、USスチールを買収すると発表した。

 

イエレン氏は安全保障の観点から対米投資を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)の議長を務める。財務省のコメントは現時点で得られていない。

 

ホワイトハウスのジャンピエール報道官は定例会見で、規制当局の審査が行われる可能性があると述べたが、詳細には踏み込まなかった。

 

民主党でもシェロッド・ブラウン上院議員、ジョン・フェターマン上院議員、ジョー・マンチン上院議員、ボブ・ケーシー上院議員の少なくとも4人のほか、USスチールが本社を置くペンシルベニア州の下院議員2人が反対を表明。全米鉄鋼労働組合(USW)も反対している。【1220日 ロイター

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反対はバイデン陣営選挙参謀からも。

 

****バイデン氏陣営「参謀」、日本製鉄のUSスチール買収に精査求める****

 2024年の米大統領選で再選を目指すバイデン大統領の陣営で重要な役割を担うブライアン・ディーズ氏が20日、日本製鉄)による米鉄鋼大手USスチール)買収に懸念があるとし、政府は綿密に精査すべきとの考えを示した。

 

同氏はバイデン氏の任期最初の2年間に国家経済会議(NEC)委員長を務めた。大統領選を前にバイデン氏の政策や見解について発言しているとされる政治家や現職・元職の高官の一人。

 

ただ、同氏は個人的な立場で発言しているとした。「発表は政権が精査すべきで、そうすることになる見通しの一連の問題を提起している」と述べた。(後略)【1221日 ロイター

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話がこじれる可能性があるのは、USスチールが大統領選の激戦州であるペンシルベニアに本社を構える企業であること。経済マターと言うより、大統領選挙をめぐる政治マター、「政争の具」となっています。

 

****「難しいタイミングだった」と言わざるを得ない「日本製鉄のUSスチール買収」 専門家が指摘****

経済アナリストのジョセフ・クラフトが1221日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。米労組が反対する方針を明らかにした日本製鉄のUSスチール買収について解説した。

 

日本製鉄のUSスチール買収、全米鉄鋼労働組合が反対

日本製鉄によるアメリカの大手鉄鋼メーカー「USスチール」の買収について、鉄鋼業など85万人の労働者が加入する全米鉄鋼労働組合(USW)は1218日、買収に反対する方針を明らかにした。USWは「従業員の懸念を押しのけ、外資系企業による買収を選択した。非常に失望した」とUSスチールを非難した。

 

飯田)労組からの反対もありますし、議会からも反発の声が出ているそうですね。

 

大統領選の激戦州であるペンシルベニアに本社を構えるUSスチール 〜85万人の労働組合を敵に回すと選挙に勝てない

クラフト)完全に政争の具になってしまいましたね。同盟国である日本の企業が、先端技術でもない鉄鋼メーカーを買収しても、経済安全保障のリスクは少ないと思います。しかし、問題はUSスチールの本社がペンシルベニア州にあることです。(中略)

 

ペンシルベニア州は米大統領選における最大の激戦州で、数千人の差で決まります。USW85万人いるので、ここを敵に回すと、とても勝てません。さっそく共和党議員が反対を表明し、負けじとペンシルベニア州出身の民主党議員も「誰が反対を阻止できるか」で争っている。現状、本質の問題よりも大統領選の問題になっていると思います。

 

飯田)そうなると、「止めた者勝ち」になってしまいますか?

 

コストが高く、大統領選の1年前でタイミングが悪い

クラフト)その通りです。個人的には、日鉄が労働組合の強いアメリカ企業を買っても、本当に得があるのかなと思います。コストが非常に高いですから。

 

なおかつタイミングが悪い。大統領選の1年前に発表すれば、当然こういうことになるので、もっと前か大統領選後にすべきだったと思います。政治が絡んでくると非常に難しい。審査などもいろいろあるので、1年棚上げされるかも知れませんね。

 

バイデン政権の本音は「結論を大統領選後まで持ち越したい」

飯田)議会関係者のなかでは、「対米外国投資委員会(CFIUS)による審査を求めるべきだ」という主張もあります。経済安全保障などの審査でしょうか?

 

クラフト)そうです。所管は財務省なのですが、イエレン長官にとっても厳しいのは、CFIUSの審査にかけて「問題ない」となった場合、「民主党政権が許した」と言われ、大統領選に負けてしまう可能性があることです。そういう意味で、「結論は大統領選後まで引き延ばしたい」というのが政権の本音だと思います。

 

経済の減速と米大統領選があり、難しいタイミングだったと言わざるを得ない

飯田)企業の経済活動が政治に影響してしまうのですね。

クラフト)本来あってはいけないのですが、どの国でもあることです。逆の立場であれば、日本でも同じような反発があったかも知れません。ただ、企業側もそこを考えて買収するタイミングを計ったり、あるいは完全な買収ではなく合弁などからスタートするべきでした。考えたのかも知れませんが、日本製鉄としてはまずい展開になっていると思いますね。

 

飯田)製鉄業で考えると、最近は中国系の企業がある意味の廉売を行い、「安い。鉄冷え」などと言って、売っても売っても赤字になるような状況がありましたね。

 

クラフト)さらに言うと、この先12年は景気減速のリスクもあるので、果たして需要がそこまであるのか心配です。

 

飯田)規模の経済を追い求めたのかも知れませんが、これで(生産能力が)世界第3位に上がるという話もあります。

 

クラフト)戦略の問題はあるでしょうけれど、とにかくタイミング的には経済の減速と米大統領選の問題があります。難しいタイミングだったと言わざるを得ないですね。【1221日 ニッポン放送NEWS ONLINE

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反対論の背景には、アメリカ側の「鉄は国家なり」を体現したUSスチールの企業イメージも影響していると想像されます。

 

買収のメリット・デメリットについてはいろんな観点があるところで、上記記事では労組や需要の問題をしてきしていますが、当然に日本製鉄側もそうした点を考慮しての判断でしょう。

 

ただ、タイミングについては、確かに良くない。2016年選挙でトランプ前大統領が勝利した際の「ラストベルト」議論も想起されます。

 

「政争の具」になることは当然に予測されたところでしょうが、どうしてこのタイミングで?という感も。いろんな事情で「それでも今やらないと」ということなのでしょう。

 

いずれにしても、日米の「鉄は国家なり」を体現した企業間の買収・・・感慨深いものがあります。日米、そして中国も絡んだ骨太の政治・経済ドラマが出来そうです。