南米ガイアナ  石油がもたらした「富」と「不安」、そして隣国ベネズエラとの緊張も | 碧空

南米ガイアナ  石油がもたらした「富」と「不安」、そして隣国ベネズエラとの緊張も

(【1130日 時事】)

 

【「最貧国」ガイアナを石油が突如「エネルギー大国」に】

「ガイアナ」と聞いて、その位置がわかる人は少ないでしょう。私も知りませんでした。アメリカのキリスト教系新宗教団体「人民寺院」の集団自殺事件(1978年 信者918名が集団自殺もしくは殺害)があった国と聞けば、「ああ、あそこね・・・」って感じ。

 

南米大陸の北部、カリブ海に面する南米の小国で、西隣がベネズエラ、南はブラジルに接しています。経済的にはコメ・バナナ・砂糖などの農業、ボーキサイト・金などの鉱業がメイン。最近は石油資源開発も。

 

本州よりやや小さい国土に約81万人が暮らしています。

 

歴史的には“ガイアナはオランダ、その後イギリスの植民地であり、1966年に独立を達成した。国民の多くは、アフリカ系とインド系の子孫で構成されているが、先住民族、ヨーロッパ系、中国系の住民もいる。公用語は英語。”【ウィキペディア】と移民が多い国家です。人口の4割をインド系が占め、アリ大統領もインド系です。

 

この「最貧国」ガイアナを石油が突如「エネルギー大国」に変えようとしています。膨大な「富」をもたらしながら。しかし石油がもたらすものは「富」だけではないようです。

 

****巨大油田に沸くガイアナ、小国が手にした富と不安****

この都市の新しいスーパーマーケットには、米テキサス産ステーキ肉で最高級のプライムリブアイが並んでいる。最近開業したウオーターフロントのホテルには1750ドル(約11万円)のエグゼクティブ・スイートがある。ガイアナ代表のクリケットチーム「アマゾン・ウォリアーズ」は新スタジアム建設を計画しており、来春に着工する。

 

南米ガイアナに今、マネーが流入している。国際通貨基金(IMF)によると、西半球の最貧国の一つだった同国は、世界で最も急成長する経済国へと急速な発展を遂げている。この変貌ぶりを端的に物語るのが、クリケット代表チームのユニホームに、同国の北方約4800キロメートルに本社を置く米石油大手エクソンモービルの名前があることだ。

 

ガイアナは突如、次のエネルギー大国となった。エクソンとそのパートナーである同業の米ヘスと中国海洋石油(CNOOC)は、2015年に始まった一連の油田発見のおかげで、ガイアナ沖合に眠る110億バレル超の石油を見つけ出した。その恩恵は今後数十年にわたって続く可能性がある。(中略)

 

首都ジョージタウンに向かう航空便は今や、このチャンスに乗じようとする外国からの油田労働者で満杯となり、米シェブロンはこの幸運に一部あやかろうと、ヘスを530億ドル(約8兆円)で買収することで先月下旬に合意した。ヘスがガイアナの油田開発事業に持つ約3分の1の権益を取得することが主な目的だった。

 

「これは世界で類を見ないものだ」。シェブロンのマイク・ワース最高経営責任者(CEO)はインタビューでそう語った。「過去10年で最大の発見となる高品質の資源であり(中略)、比類なき成長の可能性を秘めている」

 

IMFによると、ガイアナの政府収入は2017年以降、3倍に増えた。経済規模も同じく3倍になった。同国は9月末時点で石油収入と天然資源ファンドのロイヤルティー(使用料)ですでに188000万ドルを得ていた。

 

石油輸出国機構(OPEC)はガイアナに最新の加盟国となり、サウジアラビアやイラクの仲間入りをするよう働きかけている。今のところガイアナは独立性を維持し、石油を好きなだけ生産したい考えだ。

 

今回の発見はあまりにも貴重なため、エクソンとパートナー企業は石油事業でもガイアナという国にも、抜かりなく自分たちの足跡を残そうとしている。

 

エクソンは、ジャングルに覆われた旧英植民地である同国の経済や国内全域のコミュニティー支援に10億ドル近くを費やし、アジアやアフリカの他のフロンティア市場よりもはるかに多くの投資を行っている。

 

ジョージタウンの道路脇や空港にはエクソンの看板がおいかぶさるように立ち並ぶ。求人広告のほか、海洋ガス田で採取した天然ガスを燃料とする発電所建設によって国内電力がより安価になるとうたったものもある。

 

またエクソンは完成後に物資の自由な流れを可能にするものの赤字営業となる港湾開発に資金援助を行い、女性の地位向上を目指す会議や起業家ワークショップ、地元の環境保護団体にも資金をつぎ込んでいる。

 

この違和感のある新しい現実は、地元住民の間に警戒感を引き起こしている。自国がエクソンの子会社と化すことを懸念する声もある。エクソンへの監視強化を求める一連の訴訟も起きている。

 

国境を接するベネズエラは、ガイアナが競争入札にかける油田の一部は自国の領土だと主張。100年以上前にさかのぼる領土問題が再燃している。

 

降って湧いた幸運

エクソンとヘスは当初、ガイアナ沖のスタブローク鉱区と呼ばれる場所でこれほど大規模な油田が発見されるとは想像もしなかった。約10年前、世界中を飛び回っていた米ヘスのジョン・ヘスCEOは地図上でガイアナという国を指し示せなかった。(中略)

 

ガイアナの国民1人当たり国内総生産(GDP)は、今後34年でメキシコやブラジルの水準に到達する見通しだという。(中略)

 

ガイアナの石油ブームは同国の不動産にも予期せぬ幸運をもたらしている。新しいショッピングモールや道路、高級コンドミニアムが石油業界の従業員や経営幹部のために次々と建設されている。ガイアナの伝統的な鉱業・製材分野の投資家や実業家は、不動産価格上昇をチャンスとみて利益を得ようとしている。(中略)

 

鮮魚店を営むクリフトン・アンダーソンさんは、石油がガイアナの恩恵になることを疑問視する平均的ガイアナ人がよく言うせりふを口にした。「現時点では、政府がエクソンの傘下に入ったようなものだ」。彼はこう話し、石油ブームで生活費が上昇したと不満を訴えた。(中略)

 

エクソンとそのパートナー企業は今のところ、ガイアナの難しい政治環境にうまく対応している。同国は1966年に独立するまで英植民地だった。それ以降、アフリカ系黒人奴隷の子孫とインド系契約労働移民の子孫という二大民族間の対立が鮮明となっている。

 

「われわれはガイアナに滞在する訪問客だ。当社の存在によって市民が恩恵を受けることは必要不可欠だ」とエクソンの広報担当者ミシェル・グレイ氏は言う。「当社は貢献することを誇りに思い、何十年にもわたり繁栄を共有するのを楽しみにしている」

 

ガイアナの政治は、人種に基づく緊張や脆弱(ぜいじゃく)な制度、汚職によって混乱してきた。主に二つの政治運動がこれを支配し、一方を主導するのはインド系ガイアナ人、もう一つはアフリカ系ガイアナ人だ。この状況が経済発展を妨げ、多くの市民が国外へ逃げ出す理由になった、とエコノミストや政府当局者は話している。【1113日 WSJ

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「資源」の存在が腐敗・汚職の蔓延、民族紛争をもたらし、社会の発展の足かせにもなってしまう「資源の呪い」はしばしば目にするところですが、ガイアナにもその不安があります。

 

【隣国ベネズエラ 領有権を主張し国民投票へ】

ガイアナの場合、もっと差し迫った不安もあります。隣国ベネズエラとの緊張です。ベネズエラは石油が眠るエセキボ地域を自国領と主張しています。この国境紛争は1899年以来のものですが、「石油の発見」によって俄かにきな臭くなる可能性が出ています。

 

****隣国の7割が「自国領」 ベネズエラ、ガイアナと対立南米****

強権姿勢を強める南米ベネズエラの反米左派マドゥロ政権が、隣の小国ガイアナの国土の約7割を占める地域を自国領と主張し、12月3日の国民投票を通じ「奪還」に向けた機運を高めようとしている。

 

反発するガイアナは国際司法裁判所(ICJ)に対し投票差し止めなど暫定措置を求め、米国との軍事協力も模索。双方は一歩も譲らない姿勢だ。

 

ベネズエラが領有権を訴えているのは、16万平方キロに及ぶ「エセキボ地域」。1899年の国際仲裁裁定で当時英領だったガイアナの領土と認められたが、ベネズエラは仲裁には不正があったとして無効を主張している。

 

ガイアナの沖合では、2015年に石油メジャーの米エクソンモービルが大規模油田を発見したのを皮切りに、油田が相次ぎ確認された。ガイアナはオイルマネーで潤い、国際通貨基金(IMF)によれば今年の経済成長率は38%が見込まれる。経済的な思惑も絡み、ベネズエラ側の要求は最近になって高まった。

 

ベネズエラの国民投票では、仲裁裁定を拒否するかや、係争地を最終的に自国領とするかなどを問う。マドゥロ大統領は投票を控え、領土を取り戻すため「国が一体になっている」と強調した。投票で国民の支持を得て、主張の正当性をアピールする狙いがあるとみられる。

 

一方、ガイアナは仲裁裁定を「最終決着」と見なしている。ジャグデオ副大統領は24日、国益を守るため、外国軍の基地建設など「全ての選択肢がある」と表明。米国防総省の担当者らが近くガイアナを訪問すると明らかにした。

 

ICJは28日、ガイアナの求める暫定措置に関して、12月1日に判断を示すと発表した。(後略)【1130日 時事
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国際司法裁判所(ICJ)は「現状変更」は認めないとしながらも、ベネズエラの国民投票には言及せず、ベネズエラ・マドゥロ政権は投票を強行する構えです。

 

****領有権巡る国民投票、予定通り=国際司法裁は中止に言及せず南米ベネズエラ****

南米ベネズエラ政府は1日、領有権を主張している隣国ガイアナ内の「エセキボ地域」の帰属などを問うため、国民投票を予定通り3日に実施すると発表した。

 

国際司法裁判所(ICJ)が1日の判断で、同地域の「現状変更」は認めないとしたが、ガイアナが求めた投票の中止には言及しなかったため、問題なしと判断した。

 

エセキボ地域はガイアナの国土の約7割を占める。近年になり、同国沖合で海底油田が相次ぎ発見されて以降、ベネズエラが圧力を強化。投票を控えて緊迫感が高まる中、両国と国境を接するブラジルも軍による監視を強めている。

 

ICJは1日、エセキボ地域を「ガイアナが管理し、支配している」と認定。ベネズエラは現状変更につながる行動を控えるべきだとする判断を示した。【122日 時事

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ベネズエラと日本は13時間の時差がありますので、そろそろ国民投票が始まっている時間ですが・・・。(その関係の報道は明日以降でしょう)

 

【マドゥロ政権 自らの失政から国民の目をそらそうとするポピュリズム的政治手法】

国民投票を強行しようとするマドゥロ政権の意図は経済破綻の失政から国民の目をそらしたいポピュリズム的動機によるものに思えますが、(すでに十分な石油資源を持ちながら、設備老朽化などで十分に活用できていない)ベネズエラがたとえどれだけ資源を獲得してもマドゥロ政権下の腐敗と非効率な体制では大きな利益を国民にもたらすことはないようにも思えます。

 

****「ガイアナ危機」はあり得るのか ベネズエラ、油田地域併合へ国民投票****

ベネズエラの国会(透明性が低く、非民主的な機関に成り下がっている)は、隣国ガイアナ西部のエセキボ(エセキバ)地域の地位を決める国民投票を、123日に実施することを承認した。

 

国際的な注目を浴びないように、ウクライナとイスラエルの危機が同時に進む時期を見計らって決められた、非常に重要な動きだ。

 

問題は、エセキボはベネズエラの一部ではなく、スペイン帝国の時代以降、一度もそうだったことはないという点に尽きる。ガイアナの国土のおよそ3分の2を占め、石油資源の豊富なエセキボは、ガイアナの一部として国際的に認められてもいる。

ガイアナは、英植民地時代の1899年に国際仲裁裁定で定められた現在の国境が有効だという立場だ。これに対してベネズエラは、エセキボ地域の東を南北に流れるエセキボ川が自然の国境になっていると主張し、1899年の裁定は「無効だ」と退けている。(中略)

エセキボは両国間の長年の懸案だったが、今回の国民投票の動きまで、ベネズエラが現状変更を積極的に進めようとしている兆候はなかった。

 

このタイミングでの国民投票は、ニコラス・マドゥロ大統領の決断が国内政治に動機づけられていることを強く示唆する。同時に、領土拡大によって国を豊かにできるかもしれないという判断もあるのかもしれない。

 

だが、仮にベネズエラ(世界最大の原油埋蔵量を誇る)がさらに石油資源を獲得できたとしても、現在保有する原油の輸出にすら自国の問題で支障が出ている状況を見れば、国の役に立つとはとても思えない。

 

ウクライナでの戦争の影響でロシア産原油が西側市場から締め出され、さらに中東でも緊張が激化するなかで、米国はベネズエラと外交面で再び関わりをもつようになった。

 

米国はベネズエラのチャビスタ(チャベス派、ウーゴ・チャベス前大統領の支持者)左派政権に対する制裁を徐々に緩和しながら、ベネズエラ産原油をひっそりと世界市場に復帰させた。

 

しかし、制裁の緩和がベネズエラの自由な選挙につながると米政権が考えているのだとしたら、それは間違いだ。マドゥロとそのチャビスタ体制はロシアと中国に支えられており、キューバの共産主義者たちと同様、自発的に権力を手放そうとはしないだろう。

新たな石油収入によって持ち直したマドゥロ政権は、国民の関心を次期選挙(編集注:政府と野党側は2024年後半の大統領選挙の実施で合意している)からそらそうともしている。国民投票はそれに好都合だ。

 

この国民投票はナショナリズムをあおるだろうし、エセキボに関する政府の立場は反チャビスタの野党勢力の間でも受けがいいから、選挙戦でマドゥロにとって有利に働く可能性すらある。

 

ベネズエラ国民の間ではマドゥロ政権による数多くの破滅的な政策に対する反発が広がっているが、エセキボに関する政府の立場はおおむね支持されている。

 

政権側はエセキボをめぐる国民投票に、危機などの際に支持率が高まる「旗下結集効果」を期待しているとも考えられる。野党の指導者らを、国益に反して米国に同調する裏切り者として印象づける機会にしようとも考えているかもしれない。

 

エセキボをめぐる最近の対立が、この地域での莫大な石油の発見と関係している点は否定できない。2015年以来、米エクソンモービルをはじめとする石油会社はガイアナで46の油田を発見しており、直近では10月に発表されたものを含め今年も4つ見つかっている。ガイアナの原油埋蔵量は110億バレルを超える可能性があり、開発されれば国民はクウェートやアラブ首長国連邦(UAE)よりも豊かなになるだろう。

ガイアナもベネズエラも、エセキボにはきわめて大きな経済チャンスがあると認識している。ガイアナはすでに国民1人あたりの原油埋蔵量が世界最大だが、新たな油田は途方もない富をもたらす可能性がある。その可能性を感じているということなのだろう、ガイアナ政府は掘削の入札を実施し、エクソンモービル、米シェブロン、英BP、仏トタルエナジーズ、地元企業連合シスプロなどが応札している。

マドゥロは国境をめぐる危機、さらにはガイアナに対する侵略を利用して、みずからの権威主義体制の正統性を強固にすることを狙っているのかもしれない。

 

だが、マドゥロはエセキボの併合を強行した場合の影響について過小評価しているのではないか。ウクライナ、イスラエル、アジア太平洋で世界的な安全保障上の危機や懸念が相次ぐなかで、米国が新たな紛争を、それも自国の「裏庭」での紛争を容認するはずがない。

 

米国のスーパーメジャー(国際石油資本)も関与するなか、ブライアン・ニコルズ米国務次官補(西半球担当)はガイアナの資源開発権を支持すると述べ、ガイアナを支持する姿勢を打ち出している。カリブ共同体(カリコム)と米州機構(OAS)はいずれもベネズエラが計画する国民投票を違法とみなしている。ベネズエラ、ガイアナ両国と国境を接するブラジルも平和的な解決を呼びかけている。

ベネズエラがエセキボの併合を追求するのは重大な誤りであり、制裁と大量の国民の国外脱出によって荒廃している経済にもまったく利益にならないだろう。

 

石油資源を新たに獲得したところで、腐敗した無能な社会主義政権から輸出できるようになる見込みは薄く、国は救えない。

 

ベネズエラの指導部はそれを知ったうえで、国の将来の方向性を決める重要な選挙に先立ち、みずからの政治資本を蓄え、政敵に裏切り者の烙印を押すために、国民投票を利用する腹積もりなのかもしれない。

 

だが実際の意図が何にせよ、マドゥロは、崩れつつある体制を領土の拡大で救済しようとして失敗した2つの歴史的事例を思い出すべきだ。アルゼンチンの軍事政権による1982年の英領フォークランド侵攻と、イラクのサダム・フセインによる1990年のクウェート侵攻である。どちらも、ナショナリズムの武器化は長続きしないことを示す結果になった。次にどう行動するか、マドゥロは慎重に考えるべきだろう。【122日 Forbes

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今の国際情勢で、国民投票結果を受けて実際に軍事行動に出るような事態は考えにくいところですが、国民に人気のあるこの問題を煽ることで求心力を回復させることへの効果はあるでしょう。そのあたりがマドゥロ政権の狙いと考えられます。

 

もっとも、アルゼンチンのフォークランドに関する主張も当初はそんな感じでしたが、イギリスとの間のエスカレーションによって、実際の紛争に突入する結果にもなっていますが。

 

なお、“両国と国境を接するブラジルも軍による監視を強めている”【前出 時事】と、ブラジルも警戒を強めています。