イラン  自身を紛争に巻き込むようなパレスチナでの大規模なエスカレーションは避けたい“綱渡り” | 碧空

イラン  自身を紛争に巻き込むようなパレスチナでの大規模なエスカレーションは避けたい“綱渡り”

(パレスチナのイスラム組織ハマスの指導者ハニヤ氏と会談したイランのアブドラヒアン外相=14日、ドーハ アブドラヒアン外相はハマスが7日に実行したイスラエルへの奇襲を「歴史的勝利」と称賛。「パレスチナの人々が記録した新たな輝かしい歴史だ」と強調したとのことですが・・・・)

 

【ハマスの攻撃にイランは関与したのか?】

イスラエルとハマスの戦争において今後予想されているイスラエル軍の地上作戦や、懸念されているレバノンのイスラム武装勢力ヒズボラの参戦といった戦闘拡大の可能性について、イスラエルを支持する欧米も、ハマスを支持するイランも表向きの「支持」とは別に、本音では苦慮する面もあるようです。

 

欧米について言えば、犠牲を強いられているガザ住民に対し今でも同情論が少なからずありますが、今後地上作戦で犠牲が更に大きくなれば、そうした状況に反発する世論も更に強まります。

 

ロシアのウクライナ侵略による住民殺害を批判する一方で、イスラエルのガザ侵攻を支持することの二重基準も問題になってきます。

 

また、アメリカにはそうした事に加え、今後の中東戦略を考えた場合、イスラエル支持一辺倒でいいかという「国益」の問題も絡んでくるでしょう。

 

欧米のそうした問題はまた別機会に取り上げるとして、今回はイランの立場。

イランがイスラエルとハマスの戦争においてハマスを支持しているということ、これまでハマスをに軍事的に支援してきたことは間違いないですが、ハマスの今回の攻撃にどこまで関与していたのかは定かではないようです。

 

109日ブログ“ハマスのイスラエル攻撃 イラン革命防衛隊が計画に関与か 今後のヒズボラの動向は?”では、“イラン革命防衛隊が8月から作戦会議に参加、102日に攻撃を承認していた”とするWSJ記事をとりあげましたが、イラン指導部は攻撃を知らされていなかったという情報もありますし、アメリカもイランの関与を確認していません。

 

****イランはハマスのイスラエル攻撃に関与したのか****

(中略)

イランと米国・イスラエルが示す立場

まず、ハマスによるイスラエルに対する大規模攻撃を受けての各国の反応を確認しておきたい。

 

107日、イランのサファディ最高指導者付軍事顧問は、ハマスの作戦を称賛する立場を示した。キャナアーニー外務報道官も同日、今回の事件はイスラエルによる入植・占領に対するパレスチナ人民の自然な反応だと述べたことから、イランのハマス支持の立場は公式のものと考えてよかろう。

 

続く10日、ハーメネイー最高指導者は、今回の攻撃はパレスチナ人によって実行されたもので、「イランは関与していない」と疑惑を否定した。

 

イラン政府は、イスラエルによる地上侵攻をさまざまな形で牽制してもいる。アブドゥルラヒヤーン外相は12日、訪問先のベイルートで、イスラエルのガザ攻撃が続けば「抵抗の枢軸」が集団的に反撃するだろうと警告した。「アルジャジーラ放送」の取材に対しても15日、同外相は、もしイスラエルがガザ地区に進攻すれば、抵抗運動の指導者らが報復することになると警鐘を鳴らしている。

 

要するに、イランの今回の事案に対する主な反応は、(1)ハマスの作戦の称賛、(2)イランの関与の否定、(3)イスラエルの地上侵攻への警告の3点にまとめられる。

 

一方、米国とイスラエルは、イランの関与を疑っているものの、断定にまでは至ってない。

 

108日付『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、革命防衛隊がハマスに作戦の指示を下したとの一報を伝えた。しかし、米国のブリンケン国務長官は、「米国はイランが指示した、あるいは今回の攻撃の背後にいたとの証拠を見ていない」(9日)と述べるに留めている。バイデン大統領も、イランに「注意せよ」(11日)と牽制はしているが、イランが首謀者だとまでは断言していない。

 

イスラエル軍広報官も8日、イランが計画や訓練に関与したとは言えない、との立場を示しており、米国同様、断定を避けている状況だ。確証がない中での軍事行動は、国際法違反との批判を招く。現在の曖昧な現状は、イスラエルによるイラン攻撃を抑止している。

 

誤解の多いイランとハマスの関係性

では、実際のところ、ハマスが今回の攻撃を起こすに当たり、イランは背後から支援を与えたり、指示したりしていたのだろうか。  

 

結論からいうと、長い時間軸で見れば、イランがハマスの後ろ盾となり、軍事・財政支援を行ってきた形跡がある一方、今回の戦闘に限ってみれば、現時点でイランが指示した確証はない。  

 

そもそも、誤解が多いことではあるが、イランと非国家主体との関係は一様ではない。関与の程度にもばらつきがあるのである。  

 

非国家主体への支援を行うのは、イラン・イスラム革命防衛隊ゴドス部隊である。ゴドス部隊とは、革命直後の19795月に国軍のクーデター防止、および左派ゲリラへの対抗を目的として創設された革命防衛隊の諜報・対外工作を担う部隊である。  

 

ゴドスは、ペルシャ語でエルサレムを意味する。つまり、イランが「抑圧者」と見做すイスラエルと鋭く対立する組織である。  

 

ゴドス部隊は、「抵抗の枢軸」と呼ばれる代理勢力ネットワーク(俗に「シーア派の三日月」と他称される)を活用しつつ、イランの抑止力強化を図る。

 

他方で、一口に「支援」といっても、その内容は、政治的認知の付与、ヒト・モノ・カネ等の資源の供与、軍事訓練、助言、聖域の提供等、多岐にわたると考えられている。  

 

「代理勢力」とはいっても、革命防衛隊の指示を従順に待つだけの受け身の存在というわけではない。各々の非国家主体は、一部例外を除き、自己決定権を持つ独立した武装勢力で、両者間に何か同盟関係を示す文書やMoU(覚書)があるわけでもないのである。  

 

革命防衛隊ゴドス部隊の活動の実態はベールに覆われているが、近年、それを隠さなくなっていることも事実である。20201月、革命防衛隊のハージーザーデ空軍司令官が演説した際、その背後には複数の代理勢力の旗が並べられた。  

 

並べられたのは、レバノンのヒズボラ、イエメンのアンサール・アッラー(通称フーシー派)、イラクの人民動員、パレスチナのハマス、シリアで活動するファーテミユーン旅団(主にアフガニスタン人から成る)とザイナビユーン旅団(主にパキスタン人から成る)であった。  

 

イラン自らが誇示する通り、イランとハマスを含む非国家主体との間には長年の関係がある。ハーメネイー師自ら236月にハマスのハニーヤ政治局長とテヘランで会談したことも、こうした事実を傍証している。また、107日の攻撃以降、ライシ大統領がハニーヤ政治局長と電話会談(8日)した他、アブドゥルラヒヤーン外相が直接会談(14日)し、ハマスに寄り添う姿勢を鮮明にした。

 

ハマスはいかに周到な準備をしたのか

(中略)1016日付「タスニーム通信」(革命防衛隊系)は、ハマスが4年前から演習を行うなど今回の攻撃を周到に準備していたと報じている。

 

準備期間を約2年とする憶測もあり、4年という数字が正しいか否かについては議論が分かれるところだが、充分な兵器(ロケットや小型小銃・弾薬等)を準備し、これだけ統制の取れた軍事作戦を実行するには、何者かから立案に関する助言と軍事資源の供与があったと考えるのは自然なことであろう。

 

(中略)もっとも、繰り返しになるがイランの関与があったのか、あったとすればその程度はどれ程だったのかは曖昧である。

 

過去にも、イエメンのフーシー派によるサウジアラムコ社の石油施設に対する攻撃(19年)、ロシアに対するイランのドローン供与疑惑(22年~)が取り沙汰されたが、結局証拠は見つからず懲罰は見送られてきた。つまり、公式に否定したとはいえ、イランが責任の所在を曖昧にする戦略を取っている可能性は残る。

 

戦線拡大の可能性は

今後の懸念は、現在はイスラエル・ハマス間に限定されている戦闘が、イランや近隣諸国、ひいては域外国をも巻き込んで拡大することである。

 

既に、レバノンのヒズボラは同国南部から、イスラエル北部に対する牽制や陽動を狙った軍事行動を起こしている。イランから発せられる累次の警告を踏まえると、このままイスラエルがガザ地区への地上軍派遣に踏み切った場合、イランから報復がなされる可能性がある。  

 

イランが具体的に何を講じるかは明らかでないが、アブドゥルラヒヤーン外相が「抵抗の枢軸」に言及していることから見て、イランがヒズボラ等の「抵抗の枢軸」を成す非国家主体と連動してイスラエル軍に攻勢を仕掛ける可能性が考えられる。その場合、イスラエル軍による反撃、並びに、米軍の介入も想定されることから、戦線が一挙に拡大することが危惧される。  

 

なお、米国は参戦することに対して消極的なようにも見えるため、介入に踏み切るか否かは、同国内政や兵隊の士気等を総合的に鑑みて決定されるだろう。  

 

イラン体制指導部にしてみると、今回の戦闘が勃発したことでイスラエル・サウジアラビア国交正常化交渉が頓挫し、結果的に利を得た状況である。昨秋以来のヒジャブ抗議デモを受けて体制批判の声が増えていた中、イスラエルという外患を抱えたことで、むしろ国内の結束も高まっている。  

 

イランへの直接被害が及ばない範囲での(代理勢力ネットワークを通じた)戦闘の長期化は、イスラエルの国力を消耗させる点に限れば、イランにとって悪くはないシナリオともいえる。  

 

とはいえ、レバノン等周辺諸国への戦線拡大は、イスラエルによるイラン本土への直接攻撃を誘発するかもしれず、イランにとって不利な状況を生むリスクもある。レバノン、エジプト、ヨルダン等近隣諸国の治安悪化も懸念事項だ。今後の情勢を過度に楽観視することは控え、予防策を早めに講じることが重要である。【1020日 WEDGE

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【戦争の激化・拡大でイランは苦境に立つことにも】

直接の関与は定かではないが、イスラエルとサウジアラビアの接近といった事態を当面停滞させ、イスラエルを不安定化させることにおいては、“イランにとって悪くはないシナリオ”ということですが、それも今後の戦闘の拡大状況次第でしょう。

 

イスラエルがガザに侵攻して激しい戦闘状態が続き、ハマス以上にイランとの関係が深いヒズボラも本格参戦するといったことになれば、ヒズボラやハマス、フーシ派といった「抵抗の枢軸」と呼ばれる代理勢力の後ろ盾となってきたイランとしても単なる口頭での「支持」だけでなく何らかの戦闘への関与を立場上求められます。

 

しかし、それはイラン自身へのイスラエルの攻撃、アメリカなどの制裁強化を伴います。今でもヒジャブ問題を機に国内で体制への不満が充満している状況で、イラン指導部にとっては更に厄介な事態ともなりかねません。

イランとして、そうしたリスクを考えつつ、どこまで関与していくのか・・・悩ましいところでしょう。

 

****軍事関与避けるイラン、ハマス支援との整合性に苦慮****

今月15日、イランは宿敵イスラエルに痛烈な最後通告を行った。パレスチナ自治区ガザへの猛攻撃を止めなければ、わが国も行動を起こさざるを得なくなる、と外相が警告を発したのだ。

そのわずか数時間後、イランの国連代表はタカ派的なトーンを和らげ、イスラエルがイランの利益や市民を攻撃しない限り、自国の軍隊は紛争に介入しないと世界に保証した。

イスラム組織ハマスを長年支援してきたイランは今、板挟みの状況に立たされている。そのことが、イラン指導部の考え方を直接知る同国高官9人への取材で分かった。

イスラエルによるガザ侵攻を傍観すれば、イランが40年以上追求してきた地域支配戦略が大きく後退することになると、これらの情報筋は言う。

しかし、米国が支援するイスラエルに大規模な攻撃を行えば、イランは大きな打撃を被る上に、既に経済危機に苦しむ国民の間で指導者への怒りに火がつく可能性がある。

イランは軍事、外交、国内の優先課題など、幅広い問題をてんびんに掛けていると情報筋らは説明した。

安全保障当局者3人によれば、イランの最高意思決定者の間では、当面のコンセンサスが以下のように形成されている。

一つ目は、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラによるイスラエルの軍事目標への限定的な越境攻撃および、地域の他の同盟組織による米国の軍事目標への小規模な攻撃に賛同すること。

二つ目は、イラン自身を紛争に巻き込むような大規模なエスカレーションを防ぐことだ。

イランの国営メディアによると、議会・国家安全保障委員会のバヒド・ジャルザデ委員長は18日に「われわれは、友であるハマス、(ガザの過激派)イスラム聖戦、ヒズボラと連絡を取り合っている。彼らのスタンスは、われわれが軍事行動を起こすのを期待していないということだ」と述べた。

イラン外務省に今回の危機に対する対応についてコメントを求めたが、回答はなかった。イスラエル軍当局もコメントを控えた。

イランは綱渡り状態だ。

情報筋らによると、30年以上をかけ、ハマスとイスラム聖戦を通じて築いてきたガザの権力基盤を失うことは、イランにとってネットワーク構築に穴が開くことを意味する。

同国はヒズボラからイエメンの親イラン武装組織フーシ派まで、中東全域に代理武装組織の網を張り巡らせてきた。

3人の政府関係者によれば、イランが軍事行動を起こさなければ、こうした代理組織から弱腰と見なされかねない。また、イスラエルに対するパレスチナの大義を長年支持してきたイランの立場が損なわれる恐れもある。イランはイスラエルを国として認めず、邪悪な占領者と見なしている。

「イランは、ガザ地区にある武器を守るためにヒズボラを戦場に送るのか、それともこの武器を放棄して降参するのかというジレンマに直面している」と、イスラエルの元諜報高官、アビ・メラメド氏は語った。「これがイランの立ち位置だ。リスクを計算しているのだ」とも語った。

<国の存続を最優先>
軍事大国イスラエルは、核兵器を持っていると広く信じられている。同国はこれを肯定も否定もしていない。イスラエルはまた、米国の支持を得ており、米国はイランへの警告も兼ねて空母2隻と戦闘機を地中海東部に移動させた。

イランの外交高官は「イランの指導部、とりわけ最高指導者ハメネイ師にとって、最優先事項はイランの存続だ」と述べるとともに「だからこそ、イラン当局は攻撃開始以来、イスラエルに対して強い言い回しを用いながらも、少なくとも今のところ、直接的な軍事的関与を控えている」と解説した。

ハマスがイスラエルを攻撃した今月7日以来、ヒズボラはレバノン・イスラエル国境沿いでイスラエル軍と衝突し、ヒズボラの戦闘員14人が死亡した。

ヒズボラの考え方に詳しい情報筋2人によると、こうした低レベルの戦闘はイスラエル軍を忙殺させつつ、新たな主要戦線は開けないよう意図されたものだ。

イスラエルの安全保障に詳しい情報筋3人と西側の安全保障筋1人がロイターに語ったところによると、イスラエルはイランとの直接対決を望んでいない。また、イランはハマスを訓練し武器を供与してきたが、7日の攻撃を事前に知っていた形跡はないという。

最高指導者ハメネイ師は、ハマスがイスラエルに与えた損害を賞賛しつつも、イランによる攻撃への関与は否定している。

イスラエルと西側の安全保障筋は、イスラエルがイランを攻撃するのは、イラン軍に直接攻撃された場合だけだと語った。もっとも状況は不安定であり、ヒズボラや、シリアやイラクのイラン代理組織がイスラエルを攻撃し、多くの死傷者が出た場合には、状況は変わり得るとくぎを刺した。

<米国は軍事介入せず>
米政府高官らは米国の目的について、選択肢を開けておきつつも、紛争拡大を防ぎ、他国が米国の利益を攻撃するのを抑止することだと説明している。

バイデン米大統領は18日にイスラエルを訪問した帰り、ヒズボラが戦争を始めた場合、米軍はイスラエル軍と一緒に戦うとバイデン氏側近がイスラエルに示唆した、というイスラエルメディアの報道をきっぱりと否定した。

米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、紛争を封じ込めたいという米国の意向を改めて説明し「米軍を戦闘に投入する意図はない」と記者団に語った。

<イラン国内に蓄積する指導部への不満>
一方、今回の中東紛争にはイラン国民自身が一定の影響を及ぼすかもしれない。

高官2人によると、国内では経済危機と社会問題を背景に指導部への反感が強まっており、指導部はこれを鎮めながら直接紛争に関与する余裕はない。

昨年、スカーフの着用が不適切だとして当局に拘束された女性が死亡して以来、何カ月間も社会不安が続いている。国は着用規則を守らない国民への取り締まりを続けている。

経済的な苦境が続く中、多くのイラン国民は、中東におけるイランの影響力を拡大するため、数十年にわたり代理組織に資金を流してきた政府を批判するようになった。

イランの反政府デモでは何年も前から「ガザでもレバノンでもなく、私はイランのために命を捧げる」という言葉がスローガンとなっている。

元イラン高官は「イランの曖昧な立ち回りは、地域の利益と国内安定との間で微妙なバランスを採る必要性を浮き彫りにしている」と語った。【1023日 ロイター

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イスラエルに対し欧米が抑制的に働きかけ、ヒズボラに対しイランは「限定的な行動」に留めるように働きかける・・・という形で、イスラエルのガザ侵攻はあるにしても限定的なものにとどまり、戦線もそれ以上には拡大しない・・・人質をめぐる複雑な交渉が始まる・・・・というシナリオも考えられます。

 

ただ、イランとしてもハマスやヒズボラを完全にコントロールすることはできませんので、事態はイラン指導部の思惑を超えて、思わぬ方向に・・・ということも否定できませんが。