トルコ  「地域大国」を実現しているエルドアン大統領を国民は支持 経済政策は正統派へ転換? | 碧空

トルコ  「地域大国」を実現しているエルドアン大統領を国民は支持 経済政策は正統派へ転換?

(エルドアン大統領の勝利を喜ぶ支持者たち(AP【529日 東京】)

 

【事前予測を覆し、ナショナリズムを背景にエルドアン大統領再選】

周知のように、トルコ大統領選挙の事前予測では野党統一候補のクルチダルオール氏が優勢であると分析されていましたが、5月14日の1回目の投票では現職エルドアン大統領が過半数には満たないもののリードし、5月28日の決選投票では約4%の差をつけて勝利しました。

 

かねてよりの強権的統治、加速するイスラム主義重視に加え、市民生活を困窮させる物価上昇などの経済政策の失敗、選挙直前に襲った地震被害拡大に対する責任など、エルドアン政治には問題も多かったのですが、「それでもやはりエルドアン大統領は強かった」というのが大方の印象。

 

****エルドアン大統領「再選」の背景にあるトルコ的なナショナリズムの「存在」****

ジャーナリストの須田慎一郎が529日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。エルドアン大統領が再選した理由について解説した。(中略)

 

エルドアン大統領が再選

(中略)

須田)その背景には、ある意味、トルコ的なナショナリズムがあったのではないでしょうか。1つは地域大国として、エルドアン大統領が存在感を発揮したということ。もう1つは、ヨーロッパに対するトルコあるいはトルコ国民の視線です。(中略)

 

トルコはNATOには加盟しているけれど、EUには加盟していません。エルドアン大統領以前は、EU加盟に向けて一生懸命やってきたわけです。(中略)

 

(EU側の要求に応えて)トルコサイドは譲歩に譲歩を重ねていたのだけれど、結果的にはEUに加盟できなかった。(中略)

 

トルコ国民には、ヨーロッパに対する複雑な思いがあるのです。結果的にエルドアン大統領は「EUに加盟しない」という方針を打ち出した。ヨーロッパに対抗し、地域大国としての地位を固めていくスタンスを取ったのです。今回は、そのスタンスに対する国民の大きな支持があったのだと思います。(中略)

 

経済政策で大失敗し、インフレを止められないなど、いろいろ問題はあるのだけれど、それ以上にナショナリズムの部分でトルコ国民はエルドアン大統領を支持したのだと思います。

 

ボスポラス海峡を押さえて存在感を強めるトルコ 〜「地域大国」を実現しているエルドアン大統領に対する、国民の支持がある

飯田)地域大国という意味では、実はウクライナと黒海を挟んでおり、小麦の船を通すなど独自の仲介をしています。

 

須田)かつ、イスタンブールでは海峡を押さえていますからね。(中略)トルコの影響力は非常に大きく、存在感を強めていると思います。(中略)

 

経済対策や地震対策などでは、ミスも多いのです。失政も多いのですけれど、結果的にそれを上回る熱い国民の支持がどこにあったのかと言うと、背景にはトルコ独自の存在感、「地域大国」を実現しているエルドアン大統領に対して、国民の支持があるのだと思います。(後略)【529日 ニッポン放送NEWS ONLINE

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野党統一候補のクルチダルオール氏については、多くの異なる立場の勢力の“寄せ集め”としての弱み、特にクルド系政党との関係でのジレンマがありました。

 

勝つためにはクルド人の支持が必要ですが、逆に保守派からはそこが「テロ勢力と繋がっている」と攻撃を受けることにもなります。1回目投票でエルドアン大統領にリードを許した時点で事実上選挙戦は終わっていました。

 

****エルドアン勝利の大統領選 トルコの民主主義の行方は****

(中略)保守的な有権者の一部が(エルドアン与党)AKPを見限ったために、エルドアンは一回目の投票では勝利できなかったが、世論調査に現れない隠れた支持があった。

 

トルコのナショナリズムにも関係がある。クルチダルオールが勝つためにはクルド系の国民民主党(HDP)の支持を必要とすることは明らかだった。

 

それゆえ、彼は(非合法組織である)クルド労働者党(PKK)に繋がる勢力の側に寝返ったと描かれ易くなった。

 

その結果、エルドアンあるいは第3の候補シナン・オアン(ナショナリストで対クルド強硬派の)のいずれかに票が流れた。(後略)【65日 WEDGE

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【今後の外交は、これまで同様全方位外交を基本とし、更なる独自色も 注目されるスウェーデンのNATO加盟承認への対応】

今後のエルドアン政治については、外交面ではトルコ人としてのナショナリズム高揚を背景に“(これまでを継承する)全方位外交を軸に、ロシアとウクライナの仲介をはじめ、これまで以上に外交で独自色を打ち出す可能性もある”とも指摘されています。

 

****エルドアン再選後のトルコは何を守り、何を変えるのか****

(中略)今回のトルコの大統領選挙では外交について争点になることが多かった。その要因は二つある。一つは、国際政治におけるトルコの重要性の高まり、もう一つはシリア難民の帰還や対テロ対策である。これらは外交と密接に結びついていた。

 

トルコの国際政治上での重要性の高まりはロシアのウクライナ侵攻に関連している。トルコは両国の間で積極的な仲介を行い、22年3月10日にアンタルヤで侵攻後初の両国の外相間会談、同年7月に国連とトルコがロシアとウクライナを説得する形でウクライナの小麦の輸出を可能にする穀物合意が実現し、現在に至るまで延長が繰り返されている。

 

一方、フィンランドとスウェーデンが北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請する中、トルコは両国の加盟承認に難色を示した。フィンランドに関して、トルコは今年3月末に承認したものの、スウェーデンについては承認に至っていない(6月5日時点)。

 

次に、対テロ対策とシリア難民の帰還についてである。エルドアン大統領率いる公正発展党は01年の結党以降、「親イスラーム政党」とみなされてきた。

 

しかし、16年7月15日のクーデター未遂事件以降、トルコ人というアイデンティティーを前面に押し出すようになり、さらに右派政党の民族主義者行動党と密接な協力関係を築いた。

 

トルコ人というアイデンティティーを危機に晒すテロ組織に対して、断固とした対応をとるようになり、15年7月まで和平交渉を行っていた非合法武装組織、クルディスタン労働者党(PKK)に対しても一切の妥協を見せなくなった。

 

特にトルコが危惧したのが、「イスラーム国」対策で米国から武器の供与を受けた北シリアのクルド民族主義勢力である。トルコ政府は北シリアのクルド民族主義勢力とPKKを同一組織とみている。そのため、これまで北シリアに4度の越境攻撃を行っている。

 

また、現在トルコに340万人ほど在住しているシリア難民をシリアに帰還させるという点も与野党ともに選挙戦で言及した。もちろん、難民を強制的に帰還させるのではなく、帰還時の安全を保障することが不可欠である。

 

こうしたPKK対策、難民対応を実行するため、トルコ政府はシリアのアサド政権との関係正常化を視野に入れている。両国は113月のシリア内戦勃発後、関係が悪化し、同年10月に関係を断絶していたが、22年末から関係の改善に向けた動きが見られ始めた。

 

大統領選挙後のトルコ外交注目は湾岸諸国とスウェーデン

エルドアン大統領の再選が決まった中、外交はどのように変化するのだろうか。結論から言うと、これまで通り、トルコはその地政学的な特性や安全保障上の脅威に対抗するため、全方位外交を基軸とするとみられる。

 

(中略)もちろん、全方位外交といっても全ての隣接、近隣する国と等しく関係を築いたり、対応したりするわけではなく、重視する国や地域には濃淡があり、それは時代とともに移り変わる。

 

その意味で、大統領選挙後に注目されるのは湾岸諸国とスウェーデンのNATO加盟承認である。  

 

エルドアン大統領は、決選投票の数日前に停滞する経済のテコ入れとして、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)といった湾岸諸国からの融資を受けることが可能であると発言している。事実、ここ数年、三国とは通貨交換(スワップ)協定を結んでいる。(中略)  

 

サウジアラビアとは、サウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏殺害事件で対立が深まったが、215月にメッカで両国の外相会談が実現したのを手始めに、224月にはトルコ国内でのカショギ事件の審理を停止し、審理をサウジアラビアに移管することを発表するなど関係も好転している。

 

233月には両国間で約50億ドルのスワップ協定を締結、さらにはトルコ・サウジアラビア・ビジネスフォーラムが実施され、3つの貿易協定が締結された。

 

スウェーデンのNATO加盟承認に進展があるかは今後のトルコと欧米の関係を推し量る試金石となるだろう。

 

トルコがスウェーデンのNATO加盟承認を渋っている理由は、PKKおよび16715日のクーデター未遂事件を引き起こしたとみられているイスラームの新興宗教組織である「ギュレン運動」の関係者がスウェーデンで活動しているからであり、トルコ政府は両組織の関係者の引き渡しを求めている。

 

右傾化しているエルドアン政権がこの問題でどこまで妥協するのかが焦点となる。普通に考えれば承認は困難だが、選挙が終わったこともあり、また、全方位外交の観点からPKK関連組織の活動停止などを妥協点として翻意する可能性も十分考えられる。

 

トルコとの関係強化が国際秩序安定への重要な一手に

以上、見てきたようにトルコの〝全方位外交〟という基軸は変わらないだろう。その中で留意すべきは、エルドアン大統領には欧米が主導する国際秩序形成への不満があり、トルコが国際社会でより大きな役割を果たせるという自負が見られることだ。  

 

トルコには元来、オスマン帝国の後継としてのナショナル・プライド(自尊心)がある。さらに、ヨーロッパ、旧ソ連圏、中東の結節点という地政学的な特徴から国際政治上でその重要性がたびたび指摘されてきた。(中略)

 

だが、近年、北シリアのクルド民族主義組織への支援に代表されるように、欧米は自分たちの利益や安全保障上の戦略を優先させ、トルコに配慮を見せなかったことで、エルドアン大統領の欧米不信は強まっていった。(中略)

 

大統領選挙後のトルコは全方位外交を軸に、ロシアとウクライナの仲介をはじめ、これまで以上に外交で独自色を打ち出す可能性もある。プラグマティズムとナショナル・プライドの間でエルドアン大統領がどのような判断を下していくか、そこに欧米や日本がどう関与していくかに注目したい。【622日 WEDGE

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注目されているスウェーデンのNATO加盟承認に関しては、欧米側の期待は強まっていますが、現段階ではエルドアン大統領はまだ変化を明らかにしていません。

 

****スウェーデンのNATO7月加盟、エルドアン氏は否定的****

北大西洋条約機構が7月に首脳会議を開催する前に、スウェーデンの加盟を批准するよう国際的圧力を受けているトルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は14日、これを一蹴した。

 

トルコ大統領府の発表によると、エルドアン氏は「スウェーデンは期待しているだろうが、われわれがそれに応えるとは限らない」「期待に応えてほしいなら、何よりもまず、スウェーデンがすべきことをしなければならない」と述べた。(中略)

 

エルドアン氏はスウェーデンの首都ストックホルムで今月、トルコ政府がテロ組織とみなす団体を支持するクルド人による抗議デモがあったことを指摘。トルコはスウェーデンに対し、こうしたデモを禁じ、取り締まるよう要求している。

 

エルドアン氏は「(スウェーデン側が)対処しないのならば、われわれもサミットで(同意)できない」と述べた。 【614日 AFP

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【経済政策はオーソドックスな方向に変化か?】

一方、インフレにもかかわらず低金利政策をとるという、経済学教科書に反する奇妙な対応をとっていた経済政策に関しては変化の兆しが見られます。

 

エルドアン再選を受けて、高インフレにもかかわらず金利を引き下げるなど、長年にわたる型破りな政策からの変化を求めていた市場は落胆、通貨安に歯止めがかからない状況が続いていましたが、政策立案のベテランであるシムシェキ元財務相が新財務相に任命されたことから、よりオーソドックスな経済政策への回帰観測が出ています。

 

シムシェキ氏は就任時には「理にかなったやり方に戻る以外にない」と述べ、金融政策の「常道」への回帰を示唆しています。

 

併せて、中央銀行トップに米銀行などでの勤務経験を持つハフィゼ・ガイェ・エルカン氏が女性で初めて就任しています。

 

****トルコ、インフレ抑制へ経済政策転換か 財務相にシムシェク氏を起用****

5月の大統領選で勝利したトルコのエルドアン大統領は(6月)3日、新たな内閣を発足させ、財務相にシムシェク元副首相を任命した。

 

シムシェク氏は2007〜18年まで財務相、副首相などを歴任し、トルコの経済成長を支えた人物。エルドアン政権は今後、インフレ抑制のための政策転換を図る可能性がある。

 

エルドアン政権は21年以降、欧米諸国がインフレ抑制のために利上げに踏み切る中、景気刺激を狙って逆に利下げを実施。その結果、通貨リラは暴落し、インフレ率は一時80%以上を記録するなど、市民生活は苦境に陥っている。

 

エルドアン氏はこれまで、政府の方針を批判した中央銀行総裁や財務相を更迭して独自の政策にこだわってきた。だがシムシェク氏の財務相起用は、経済政策の転換を示唆している。シムシェク氏は、欧州の金融機関などで長く勤務したエコノミストで国外からの評価も高く、投資の増加も期待できる。【64日 毎日

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そしてトルコ中央銀行は22日、主要政策金利を8.5%から15%に引き上げることを決めました

 

****「物価高でも利下げ」独自路線のトルコ 23か月ぶりの利上げを決定****

トルコ中央銀行は22日、主要政策金利を8.5%から15%に引き上げることを決めました。エルドアン政権のもと、物価高にもかかわらず異例の低金利を強行してきたトルコですが、23か月ぶりの利上げとなります。

トルコ中央銀行は22日の金融政策決定会合で、主要政策金利を現状の8.5%から6.5%引き上げ、15%にすることを決めました。利上げは20213月以来、23カ月ぶりです。

トルコでは去年、一時、前年比で80%を超えるインフレ率となり、先月も40%近くを記録しました。

エルドアン大統領の意向に沿い、中央銀行は物価高でも金利を下げるという異例の対応を続けてきましたが、エルドアン氏は5月の再選のあと、財務相と中央銀行総裁を刷新し、政策転換を示唆する発言をしていました。

トルコ中央銀行は声明で「金融引き締めは、インフレ見通しの大幅な改善が達成されるまで、適時かつ段階的に、必要な限り強化される」としていますが、エルドアン氏は「金利を下げれば物価は下がる」という独自の理論は変えておらず、利上げがいつまで続くのかは不透明です。【623日 TBS NEWS DIG)】

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ただ、市場関係者は平均で21%への利上げを予想していましたが、予想より小幅だったため、利上げ発表直後にリラは売られ、対ドルで急落して最安値を更新しています。

 

エルドアン大統領はこれまで、インフレを抑えようと利上げをするなどした中央銀行総裁を次々と交代させてきた経緯があるだけに、中央銀行やシムシェッキ財務相の利上げ政策が今後も続くかが注目されています。