タイ  総選挙先延ばしで“時間稼ぎ”する軍事政権 いつまでそうした対応が通用するのか? | 碧空

タイ  総選挙先延ばしで“時間稼ぎ”する軍事政権 いつまでそうした対応が通用するのか?

(【5月22日 時事】総選挙早期実施を求めるデモ隊と阻止する警察との間で混乱もあったようです。)

【プラユット暫定首相「平和と秩序が必要だ。総選挙の実施は彼ら次第だ」】
タイの軍事政権は22日で4年を迎えました。
プラユット暫定首相は総選挙実施による民政復帰をズルズルと先延ばしにしており、現在は一応“来年2月までに実施する”とされてはいますが、これも軍事政権の判断次第というところでしょう。

軍事政権によって5人以上の政治集会は禁止されていますが、こうした状況に総選挙の早期実施を求める運動も散発的に起きています。

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タイ軍政、抗議のデモ行進を阻止 クーデターから4年、総選挙要求****
タイ軍事政権が発足して4年を迎えた22日、長期化する軍政に抗議して市民約200人が首都バンコクのタマサート大に集結、約3キロ離れた首相府に向けてデモ行進を開始した。

しかし数百メートル行進した地点で警察がデモ隊の前進を阻止。デモ続行の可否に関し、警察とデモ隊リーダーの交渉が続いている。衝突は起きていない。
 
警察によると周辺には警察官約3千人が配置された。大学を出発したデモ隊は活動家らが車で先導し、タイの国旗などを手にした市民らが続いた。だが警察に行く手を阻まれ、道路上に座り込むなどした。
 
首相府周辺は集会が禁止されている区域となっている。【5月22日 共同】
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活動家らは総選挙の年内実施を強く要求し、6月までに回答がなければ、抗議行動を強化すると警告していますが、結局、今回行動は警官隊によって強制排除され、活動家数名が拘束されたようです。

19日夕方にも、2010年にタクシン元首相派のデモを軍治安部隊が強制排除し、多数が死傷してから8年の追悼集会が行われ、「ティーニーミー コン ターイ(ここで人が死んだ)」と群衆が連呼したとか。
学生リーダーは「とにかく民主主義の第一歩である選挙の早期実施を求めたい」とも。【5月20日 毎日より】

政権・当局側は、抗議行動に対しあまりに強固な姿勢をとると市民の間で反軍政感情が高まる可能性があるとの懸念もありますが、さりとて放置もできないというところです。

こうした総選挙早期実施を求める動きに対し、プラユット氏は「平和と秩序が必要だ。総選挙の実施は彼ら次第だ」と、治安悪化を理由に延期をちらつかせてけん制しており、実際、政権側が選挙での勝利を確実にできなければ、来年2月がさらに先送りされる可能性も大いにあり得ます。

現在のところ、22日の抗議行動参加者が“200人”と小規模であることに示されるように、国民、特に混乱を嫌い、農村・貧困層を支持基盤とするタクシン派への嫌悪感もある都市部中間層の間では、総選挙実施への関心はあまり高くないとも。

そのことが、軍事政権側の総選挙先延ばしを可能しているとも言えます。

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<タイ>反軍政デモ阻止される 総選挙延期の可能性も****
タイで軍がクーデターで実権を握ってから22日で4年を迎えた。民政復帰に必要な総選挙の早期実施を求める人々が、首都バンコク中心部で抗議デモを試みたが、軍事政権は5人以上の政治集会禁止令を盾に許可せず、警官隊に阻止された。軍政は総選挙を来年2月までに実施するとしているが、延期の可能性も指摘されている。(中略)

参加者のパサート・ユーサワイさん(78)は「タイには市民が民主主義を勝ち取った歴史があるのに、後退してしまった。軍政は何度も総選挙を延期しており、今度も信じられない」と話した。
 
この4年間について、チュラロンコン大のスラチャート・バムルンスック教授は「国民の権利と自由が後退する一方、軍はさまざまな分野で、かつてないほど影響力を拡大させた」と指摘する。
軍政は支配の長期化も視野に入れ、今後20年にわたる国の経済、社会の長期戦略も策定した。
 
現時点でデモへの参加者は限定的で、総選挙を早期に実施することへの国民の関心は高いとは言えない。スコタイ・タマティラート・オープン大のユタポン・イサラチャイ准教授は「早期の総選挙が実現しても、かえって混乱が拡大するだけと懸念する人が都市部の中間層に多い」と分析。

選挙関連法が全て施行されていないことも踏まえ、ユタポン氏は「実施は早くても来年中旬だ。最悪の場合は1、2年遅れることもありうる」と指摘する。
 
軍政は、総選挙に踏み切ったとしても、プラユット暫定首相の続投を目指すとみられる。ただ、選挙では、軍政と対立するタクシン元首相派のタイ貢献党が第1党になることも有力視される。貢献党と並ぶ大政党の民主党が、軍政と貢献党のどちらに歩み寄るかも今後のかぎを握りそうだ。【5月22日 毎日】
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【依然として高い支持を得ているタクシン派政党 親軍勢力はプラユット氏続投の受け皿づくりへ】
こうしたタイの情勢については、これまでも何度か取り上げてきました。
3月3日ブログ“タイ 先延ばしにされる総選挙 来年2月には・・・・ 注目される国王・タクシン元首相の動向
2月13日ブログ“タイ 軍政は総選挙先送り 広がる抗議 見えない国王の姿勢 不敬罪が阻む体制に関する議論

当時と情勢はほとんど変わっていません。

政党支持率で見ると、軍事政権が排除を狙うタクシン派政党が相変わらずもっとも大きな支持を維持しているようで、軍事政権がなかなか選挙に踏み出せない背景となっています。

政権側は、軍部支持の新党を組織するなど、民政復帰後も軍部が主導権を維持できる(あるいは、プラユット氏自身が非議員として続投できる)体制への受け皿づくりを行っています。

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タイ、総選挙へ動き加速=軍政首相、続投視野か-クーデターから4年****
(中略)タイでは01年以降、軍と敵対するタクシン元首相派の政党が総選挙で圧勝を続けてきた。

国立開発行政大学院の世論調査では、同派のタイ貢献党の支持率は32.2%でトップ。次回総選挙でも、低所得者層の支持を受けるタイ貢献党の第1党確保が有力視されている。

党幹部のチャトゥロン元副首相は「改革や国民和解が進まない一方で、汚職がまん延し、貧富の格差が広がった」と軍政の4年間を総括。対決姿勢を鮮明にする。
 
クーデター前まで野党第1党だった民主党のアピシット元首相は「クーデターは国にとって最善の解決策ではない」と述べ、法の支配の重要性を説く。(中略)

一方、新党・新未来党を立ち上げた若手実業家のタナトーン氏は「クーデターの理由が腐敗阻止なら、クーデターが繰り返されるタイは最も透明性が高い国のはず」と軍政を批判。舌鋒(ぜっぽう)の鋭さと39歳という若さで人気を集め、政治経験がないにもかかわらず、世論調査では次期首相にふさわしい人物として、プラユット首相らに続いて4番手につけている。
 
昨年4月に施行された新憲法は非議員の首相就任に道を開き、プラユット首相の続投が可能になった。
政府スポークスマンは「腐敗防止や代替エネルギーの利用促進など4年間で大きな成果を挙げた」と実績を強調。首相は自分の考えを明確にしていないが、総選挙を何度も延期したのは続投への準備を整えるためとの観測もある。
 
新党登録では、続投を支持する親軍政党が次々と名乗りを上げた。有力な親軍政党の党首を務めるパイブーン元上院議員は「他党と協力すれば首相を再任できる」と自信を示している。【5月20日 時事】
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タイで軍政首相続投論 総選挙後、軍の影響力温存狙う ****
軍事政権下のタイで、2019年2月とされる総選挙後も軍出身のプラユット暫定首相が続投するのを支持する動きが出てきた。

支持を公言する「親軍政党」が発足、文民閣僚からも待望論が上がる。軍の影響力を温存し、軍が敵対するタクシン元首相派など既存の政党・政治家への権力委譲を後退させる狙い。首相再任の是非は総選挙の大きな争点となりそうだ。
 
プラユット氏はタクシン派政権を倒した14年5月のクーデターを主導。今月22日でそのクーデターから4年となる。

タイが経済発展した1980年代以降では、軍出身の首相としてプレム元首相の8年半に次ぐ在職期間だ。軍出身の首相が本人は出馬しないまま総選挙を挟んで続投したのは、プレム政権期の86年以降、例がない。
 
今世紀に入りタクシン派が台頭してから、タイは選挙とクーデターを繰り返した。軍の影響力を温存する動きが出ていることは、民主政治の未成熟ぶりを改めて示す。
 
続投支持をいち早く公言した政党は、総選挙に向けて発足した人民改革党だ。パイブーン・ニティタワン党首は「プラユット氏は(首相に必要な)すべての資質、能力、高潔さを持ち合わせている」と持ち上げた。
 
その2日前に口火を切ったのは、軍政の経済政策の司令塔で文民閣僚の1人でもあるソムキット副首相だった。ソムキット氏は「私はプラユット氏(の続投)を支持する」と表明。治安を安定させた功績を評価した。
 
ソムキット氏または同氏の右腕として知られるウッタマ工業相が別の親軍政党を率い、プラユット氏の続投を直接後押しするとの観測もある。
 
プラユット氏は明言しないが、続投の意思を持っているとの見方が支配的だ。4月17日には、バンコク南東のチョンブリ県を地盤とする地方政党の党首とその弟を首相顧問などに任命した。有力政治家を味方に付ける戦術とみられている。
 
ただし首相続投への支持がどこまで広がるかは不透明だ。軍政にとって誤算だったのは、昨年末に発覚したプラウィット副首相の資産隠し疑惑だった。副首相をかばったプラユット氏は不評を買った。幻滅した国民の軍政離れが広がった。(中略)

軍政は政治活動を禁じ言論統制も続けている。6月説もある政治活動の解禁後は、軍政やタクシン派の功罪を巡る舌戦が活発になる見通し。30年前の統治体制への逆戻りを受け入れるかどうかが議論の的になる。【5月7日 日経】
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“プラウィット副首相の資産隠し疑惑”とは、“プラウィット副首相の疑惑は、再改造内閣の記念撮影時に発覚した。まぶしい太陽光を遮った右手に輝くスイス製高級腕時計。副首相は「友人から借りたもの」と弁明したが、閣僚の資産報告書への未記載も次々と判明し、国家汚職防止取締委員会が調査に乗り出す事態となった。”【4月3日 Sankei Biz】というものです。


【プラユット暫定首相・軍事政権の既成秩序を重視する権威主義的体質】
疑惑の副首相をかばうプラユット暫定首相の感覚は、市民感覚から少しずれているようにも思われます。
プラユット氏の趣味は作詞ですが、その内容も・・・・。

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タイ軍政首相の新曲「国のために戦う」 ネットで散々の評価****
タイ軍事政権のプラユット首相(元陸軍司令官)が作詞した新曲「国のために戦う」が9日、インターネットの動画投稿サイト、ユーチューブで公開された。

歌詞は「私は国のために戦うと決意している」「毎日疲れ果てているが、耐え抜く。なぜなら、国のためだと心が告げるから」「明日はきっと良くなるという希望をまだ持っている」といった内容で、17世紀のアユタヤ王朝時代を舞台にした大ヒット中のテレビドラマ「ブペーサンニワート」のテーマ曲を担当した作曲家が作曲した。

首相は10日の記者会見で、新曲について、「国家のために働く決意を示したものだ」と説明。「国民全員が国のために助け合おう」と呼びかけた。

ユーチューブでの「国のために戦う」の評価は「低評価」が圧倒的で、「作詞する暇があったら仕事しろ」「どんだけ暇なの? それで首相は疲れるって?」といった批判的なコメントが目立つ。

プラユット首相作詞の曲は2014年のクーデターで軍事政権が発足して以来6曲目。2014年6月に発表された1曲目「タイに幸せを取り戻す」はユーチューブでの再生回数が数百万回に上るなど話題を呼んだ。【4月11日 newsclip.be】
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趣味の作詞内容がずれているのはまだしも、「持続可能なタイ主義」と称するその政治理念も民主主義とは相いれないものがあります。

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持続可能なタイ主義」 タイ軍政が新政策****
タイ軍事政権のプラユット首相は9日、バンコク北郊のコンベンションセンター、インパクトに、全省の事務次官、軍司令官、内務省幹部、タイの全77都県の知事ら約2800人を集め、「持続可能なタイ主義」とうたった新政策を説明した。

「助け合い」、「幸福な共同体」、「権利と義務と法律を知る」、「足るを知る」、「タイ的民主主義を知る」、「麻薬問題の解決」といった10の目標を掲げ、公務員が全国の津々浦々に入って国民の要望を聞き、解決策を立案、実行に移すというもので、予算総額1500億バーツ。

首相は新政策について、国民の生活水準の向上、貧富の差の縮小が狙いで、自身が常々批判してきたバラマキ政策ではなく、2019年の実施が予想される議会下院総選挙に向けた人気取りでもないと主張した。【2月12日 newsclip.be】
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“タイ的民主主義”とは、民政を前提にしながらも、政治対立・混乱が深まる際には、国王がその最終調停役をなす体制を指すとされています。そこでは、軍部・枢密院・官僚組織・有力者などの既存の秩序が重視されます。

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昨年の前国王の葬儀前後から、軍政は移動閣議や地方視察を盛んに開催している。9月半ばには中部スパンブリー県で1995~96年にかけて内閣を率いたバンハーン元首相の親族や後継者らを集め、ミャンマー南部ダウェー経済特区に隣接する土地の早期入札を約束した。

昨年11月には南部ソンクラー県でも移動閣議を開催し、地元商工会議所は総額5000億バーツの開発支援を要請、都市間高速道路の建設や港湾施設の開発が了承された。今年になってからも精力的に協議が続けられている。
 
有力政治家グループに働きかける一方で、首相府と内務省を通じた地方への引き締めも着実に進められている。

今年1月下旬には首相府令として「国家発展推進会議」の設置を通達。県や郡(日本の市に相当)の幹部職員を直接配下に従える体制を構築した。

軍政の決定事項を全国津々浦々の村に浸透させるための仕組みづくりが目的だ。軍政は今後、現政権の妥当性と総選挙実施に伴う問題点を繰り返し説明していくとみられる。【4月3日 Sankei Biz】
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公務員を地方に派遣して、不満・要望を吸い上げるような取り組みも行っているようです。

ただ、それらは“お上”が下々の声を聞いてやる・・・・ということであり、あくまでも決定するのは“お上”であり、決定されたことに下々のものは従うのが当然という、権威主義的な体制でもあり、民意でものごとを決めるいわゆる民主主義とは異なるものです。


【選挙での勝算と国民の不満のジレンマに直面する軍事政権】
親軍勢力は「他党と協力すれば首相を再任できる」としていますが、どうでしょうか?

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タイ軍政に迫る「退陣」包囲網****
(中略)プラユット政権を見限る動きが静かに進んでいる。その背景にはタイ国内でふたつの大きな流れがある。
 
第一は、プラユット政権に対する国民の信任低下だ。バンコク大学が一月中旬、十八歳以上のタイ人に実施した世論調査では「プラユット氏を首相に選ぶか」という質問に、「はい」と答えた人は三六・八%、「いいえ」が三四・八%と支持と不支持が拮抗した。

昨年五月の調査では同じ質問に「はい」と答えた人が五二・八%もおり、支持が急落していることがわかる。別の世論調査でも政権不支持が支持を上回ったものが出ている。
 
政治混乱に嫌気が差し、安定政権としての軍政を一時は支持した国民も、四年近くたっても公約の民政移管を一切行わず、軍政長期化のための憲法改正、民主派弾圧、言論封殺を続けるプラユット首相への反発が強まっているのだ。【「選択」3月号】
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上記記事が指摘する“もう一つの大きな流れ”は、タクシン元首相と近いとされるワチラロンコン国王の意向です。
こちらの方は、実際のところどう動くのか、軍事政権を担う軍部主流派と決定的に対立する“タクシン恩赦”に踏み切るのか・・・よくわかりません。

総選挙先延ばしで“時間稼ぎ”をしているとも言われる軍事政権ですが、“「軍政は選挙に勝てる確信が持てないので実施を先延ばししてきたが、逆に国民の不満が高まるジレンマに直面している。来年後半がタイムリミットではないか」(浅見靖仁法政大教授(タイ政治))”【5月20日 毎日】とも。