ベトナム  中国にも配慮した“バランス”外交 ネット上での政権批判には厳しい対応 | 碧空

ベトナム  中国にも配慮した“バランス”外交 ネット上での政権批判には厳しい対応

(インターネットに政府を批判する内容のコンテンツを繰り返し投稿し、国家の利益を侵害したとして、反国家宣伝容疑で逮捕された女性 【1月25日 VIET JO】)

【南シナ海での主張を続けるベトナム】
南シナ海における中国の進出については、ASEAN内で批判の急先鋒だったフィリピンがドゥテルテ大統領の親中国路線に転じたことで、今後は中国ペースで進むことが予想されます。

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南シナ海行動規範、中国とASEANが最初の原案作成=王外相****
中国の王毅外相は8日、南シナ海の領有権を主張し争う東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国との間で、同海域での行動規範をまとめた最初の原案が完成したと明らかにした。

中国とASEAN10カ国は2010年以来、同海域における紛争を回避することを目的としたルール作成を協議してきた。

全国人民代表大会(全人代、国会に相当)に合わせて記者会見した王外相は、先月になって協議が大きく進展したと明かした。

南シナ海問題を巡っては、米国が航行の自由を主張してパトロールを実施しているが、王氏はこうした動きを念頭に「この安定した状況に損傷を与えたり干渉することは断固として認めない」と述べた。【3月8日 ロイター】
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フィリピン以外では、中国と厳しく対峙してきたのがベトナム。
現在でも、中国とは問題を抱えています。

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ベトナム、中国に南シナ海での客船運航停止を要求****
ベトナムは13日、中国に対し、南シナ海での客船運航を停止するよう要求した。

中国は南シナ海の90%を領有すると主張。2013年にベトナムおよび台湾と領有権を争っている西沙諸島に中国の会社が客船を派遣し、今月には300人超の乗客を乗せた中国客船が到着した。

ベトナム外務省の広報担当者はロイターに「ベトナムはこれに強く反対する。中国が西沙諸島におけるベトナムの主権と国際法を尊重し、このような行動を直ちに停止するとともに、二度と繰り返さないよう要求する」と述べた。【3月13日 ロイター】
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ベトナムは、自国領と主張する地域での防衛強化も図っています。(規模は違っても、中国と同じような行動と言えば、そうも言えます)

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ベトナム、南シナ海の岩礁でしゅんせつ作業開始****
南シナ海にある南沙(英語名スプラトリー)諸島のラッド礁で、ベトナムがしゅんせつ作業を開始したことが、衛星画像で明らかになった。ベトナムが実効支配するラッド礁は、中国と台湾も領有権を主張している。

高潮の時は水没するが、灯台とベトナム軍兵士向けの施設がある。

米プラネット・ラブスが提供した、11月30日撮影の衛星画像では、新たに掘られた水路に複数の船が確認できる。

英防衛省で海軍の情報アナリストを過去に務めたトレバー・ホリングズビー氏は「ベトナムは防衛強化を加速している」との見方を示した。

米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)の南シナ海専門家、グレッグ・ポリング氏は、ラッド礁での作業がどの程度行われるかは明らかでないと述べた。作業の目的が埋め立てなどではなく、補給船や漁船のアクセス改善である可能性もある。

ポリング氏は、理論的には、ラッド礁が近くにあるスプラトリー島の防衛能力を高める役割を果たす可能性があると指摘。スプラトリー島では滑走路などが建設されている。同氏は「ベトナムは中国に対抗できないことは承知しているが、監視機能の改善を図りたい」との考えを示した。

ベトナム外務省はコメントの要請に応じていない。【2016年12月9日 ロイター】
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【中国との関係にも配慮した”バランス”重視の外交】
同じ社会主義国でありながらも、現実に中国との領土問題を抱え、また、歴史的にも幾度も中国と衝突してきたベトナムの中国への不信感・警戒感が強いのは間違いありませんが、巨大な隣国への対応は慎重でもあります。

これまで国内の中国批判についても、一定に“ガス抜き”的に抗議行動を認めつつも、過熱しないようにある範囲で抑える・・・といったバランス重視の対応をとってきました。

外交面も、中国やアメリカとのバランスに配慮したものとなっています。

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<ベトナム>日米と中国の間でバランスに腐心**** 
ベトナムは、ケリー米国務長官と安倍晋三首相の訪問を連続して受け入れる一方、その直前には最高指導者グエン・フー・チョン共産党書記長が訪中(12〜15日)し、中国の習近平国家主席と会談した。

南シナ海で中国と領有権を争うベトナムだが、フィリピンのドゥテルテ大統領が対中国で融和姿勢に転じる中、日米などと中国との間でどうバランスを取るかに腐心しているようだ。
 
ラヂオプレスによると、ハノイ放送は13日、ケリー氏とベトナムのソン外務次官が会談し、航行の自由の維持に向け、外交と法的手段で紛争を解決することの必要性を互いに訴えた、と報じた。
 
また、北京で12日に開かれた中越首脳会談では、習氏が南シナ海問題について「対立点を管理し、海上での協力、共同開発を推進しなければならない」と問題の棚上げなどを訴えたのに対し、チョン氏は「国際法を基礎とする平和的な解決の堅持を訴えている」と、ベトナムの原則的立場に言及したという。

中国国営新華社通信が伝えた両国の「共同コミュニケ」では「双方は南シナ海の平和と安定を守るため、海洋問題での相違点を管理し、状況を複雑にし緊張を高める行動を避けることで合意」し、この問題で両国は2国間の緊張を高めないことで一致した。(後略)【1月16日 毎日】
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昨年10月には、アメリカ・日本に続き、中国海軍の艦艇のカムラン湾寄港も認め、中国批判一辺倒ではない“バランス”を示しています。

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中国海軍艦艇 ベトナム カムラン湾に初寄港****
中国海軍の艦艇3隻がベトナム海軍の最重要拠点であるカムラン湾に初めて寄港しました。カムラン湾には海上自衛隊やアメリカ海軍の艦艇も相次いで寄港していて、ベトナム政府が隣国の中国にも配慮し、バランスをとったものと見られます。(中略)

カムラン湾は、ベトナム戦争中にはアメリカ軍が駐留し、その後、ロシア軍が2002年まで使用していた戦略的要衝で、ベトナムと中国が領有権を争う南シナ海の島々にも比較的近いことから、現在はベトナム海軍の最重要拠点となっています。

ベトナム政府はことし3月に国際港として対外開放し、4月には海上自衛隊の護衛艦が初めて寄港したほか、今月上旬にはアメリカ海軍の艦艇もベトナム戦争終結後初めて入港しました。

日米の艦艇の受け入れは南シナ海をめぐる問題で中国に対するけん制とも受け止められていますが、これに次ぐ初の中国艦艇の受け入れは、ベトナム政府が経済的には強く依存する隣国の中国にも配慮し、バランスをとったものと見られます。【2016年10月22日 NHK】
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ついでに言えば、ロシアとの関係にも配慮することで、中国を牽制したりもしています。

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ベトナムにロシア製潜水艦の引き渡し完了 6隻目、南シナ海にらみ就役へ****
ベトナムがロシアから調達する6隻のキロ級潜水艦のうち、最後の1隻が20日、南シナ海に面するベトナム中部の軍事要衝カムラン湾に到着した。同国国営メディアが伝えた。来週早々にベトナム海軍に引き渡され就役する。

同海軍は、南シナ海の領有権をめぐり対立する中国への抑止力向上につなげる構えだ。
 
ベトナムは2009年、ロシアから潜水艦6隻を総額20億ドル(約2300億円)で購入する契約を結び、13年秋から順次引き渡しを受けてきた。ロシアはベトナムの潜水艦乗組員への訓練なども行っている。(後略)【1月20日 産経】
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【ネット上には、中国に慎重な現政権への不満も】
こうした“バランス”重視の姿勢は、昨年2月の指導部交代の反映でもあるでしょう。

それまで中国に対して批判的姿勢を強く打ち出していた「改革派」ズン首相は、一時は共産党書記長への昇格が予想されていましたが、実際にはズン首相は退任し、中国に対しては比較的穏健なグエン・フー・チョン書記長が留任することになりました。

このあたりの人事については、2016年2月8日ブログ“ベトナム ズン首相退任の党人事には、「改革」「中国」のほか、「南北」の影響も”http://ameblo.jp/azianokaze/day-20160208.htmlでも取り上げたところです。

ズン首相退任、チョン書記長留任は必ずしも対中国姿勢の問題だけでなく、「改革」が進むことへの抵抗とか、南北問題とかも絡んだ話であることは前回ブログでも指摘したところですが、グエン・フー・チョン書記長が中国との関係に強く配慮していることは、1月の訪中・習近平国家主席との会談にも示されています。

そうした中国に対する慎重な姿勢がベトナム国内でどのように受け止められているか、面白い記事がありました。

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反中ベトナム人が怒り狂うネット上の噂とは****
3月頭にベトナムを訪問してきた。今回は、その際に出会った2人のベトナム人との会話を紹介しよう。

民間会社の社員(ハノイ在住、40代女性)
「私はベトナム共産党員ですが、最近の共産党は嫌いです」
「共産党員なのに。共産党が嫌いなの?」

「父はベトナム戦争の兵士でした。戦闘で大けがをして後遺症が残りましたが、勇敢な兵士だったので、戦後、軍関連の機関に就職してよい待遇を受けることができました。私はその娘として大学に行くことができたし、共産党にも入党できました。この国の人口は9000万人ですが、共産党員は400万人。役所で出世するには共産党員であることが必須です。共産党員はエリート。ただ、私は民間企業で働いているので、恩恵はそれほど受けていません」
「ふーん。ではなぜ最近になって共産党が嫌いになったのですか?」

「汚職のこともありますが、第1には現在の幹部が中国にべったりだからです。そのことに対して、みんなが怒っています。中国は南シナ海の島を占領して、その周辺で漁民が漁をすることを妨害しています。だから、水産物が少なくなり値段が上がりました。これは、私たち台所を預かる女性が身近に感じている中国の脅威です。それに対して、現政府は中国になにも文句を言っていません」
「脅威は水産物だけ?」

「政府はインターネットでの情報発信をコントロールしようとしています。ただ、ベトナム政府の能力は中国ほど高くないので、全ての情報を遮断できません。だから、若者たちが発信する情報がネット上に溢れています。ネット情報によると、この前、中国を訪問した時、ベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長は2020年にベトナムが中国の1つの省になると約束したそうです」
「本当ですか?」

「ベトナムは常に中国と戦ってきました。徴姉妹(ハイ・バー・チュン:注 約2000年前に後漢に対して反乱を起こした姉妹)の話は、ベトナム女性の誇りです。1000年前に独立を勝ち取ったのですが、中国はそれからも何度もベトナムに攻め込んできました。それを撃退するために私たちの祖先が多数戦死しています。その中国に対して、中国の省の1つになるなどという約束をするなんて、まったくチョン書記長はどうかしています。いくら中国が怖いからと言って、そこまですり寄る必要はないじゃありませんか。だから、私は怒っているのです。
日本は中国に対して毅然とした態度を取り続けていますね。立派ですよ。つい先日、天皇陛下にもお越しいただいたことだし、ベトナムは日本ともっと仲良くなりたい。なにかの時には助けてくださいね」

外資系企業の管理職(ホーチミン在住、50代男性)
「ベトナムが中国の省の1つになるという話は本当ですか?」
「ああ、ネット上にはそんな話がたくさん書き込んであるようだな」
「ただの噂ですか?」
「まあ噂だろう。だが、火のないところに煙は立たない。チョンは中国ベッタリだから、それに近いことを言っているのだろう」

「多くの国民が中国を嫌っているのに、なぜチョン書記長は中国ベッタリなのですか?」
「そこがポイントだよ。チョンは米国と仲が良かったグエン・タン・ズン前首相を政権から追い出したかったのさ。ズンはやり手で、この国の経済を発展させた。その手腕は見事だったよ。まあ、汚職も派手にやったから嫌う人も多いけど、1人当たりのGDPが2000ドルを超える水準にまでになったのは、彼のおかげと言っていい」

「経済成長をリードしてきた彼がなぜ失脚したのですか?」
「やり過ぎだよ。ズンは政府の力を強めて共産党の力を弱めた。“政高党低“てやつさ。そこに共産党が脅威を感じた。それにズンは米国と仲よくし過ぎた。この前、オバマ米大統領がベトナムを訪問した時に、庶民がよく行く食堂で”ブンチャ“と言うベトナム料理を食べた。その店ではオバマが注文した料理を”オバマ・セット“なんて言って、売りだしている。大人気だそうだ」

「米国との関係を改善することは経済に対してプラスになるでしょう」
「ああ、だけど共産党にはマイナスだね。米国の影響力が強まれば、共産党の立場は弱くなる。そこに中国がつけ込んだのさ」

「ふーん」
「2015年11月に習近平がベトナムを訪問した。まあ、中国はなにか用事があるときには、ベトナム首脳を呼びつけるから、自分からわざわざベトナムに来るなんてなにかあると思っていたが、案の定、その直後の2016年1月の第12回ベトナム共産党大会でズンは失脚したね。習近平は世界中で評判が悪いから、ベトナムまでが米国になびくことを許せなかったようだ。それにベトナム共産党保守派が飛びついたわけだ」

「そんなことがあったのですか」
「ああ、習近平はベトナム共産党の幹部に大量のお金を賄賂として渡したと聞いているよ。ズンを完全に追い追い落とすように頼んだのさ」

「チョン書記長は中国の力を借りて、党内抗争に勝利したのですね」
「まあ、そうなるね。ズンの政策は強引で汚職体質だったけど、庶民の生活は確実によくなっていた。ズンの方向は間違ってはいなかった。だか、共産党の連中はそんなことをしていると共産党がなくなってしまうと思ったのだよ」

「なるほど、国より共産党の方が大事だと思ったのですね」
「そうさ。みんなそのことに気が付いたから怒っている。いくら共産党を守りたいからといって、中国に国を売る奴があるものか。若者はチョンを殺せと叫んでいるが、俺は分別のある人間だから殺そうとまでは思わない。ただ、機会があればチョンを殴ってやりたいと思っているよ」【3月16日 川島 博之氏 JB Press】
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もちろん、“グエン・フー・チョン書記長は2020年にベトナムが中国の1つの省になると約束した”なんてフェイクでしょう。
“習近平はベトナム共産党の幹部に大量のお金を賄賂として渡した”というのもフェイクでしょう。(中国資本の対ベトナム投資を増やすとかいった話はあるでしょうが。その場合、結果的に誰かの懐に大金が入る・・・ということはあるのかも)

また、上記はあくまでも川島氏がたまたま話を聞いた二人の人物ということにすぎません。決して、ベトナム世論全体を代表している訳ではありません。

ただ、こういう話がネット上で飛び交うということは、現政権の中国への微温的な姿勢に対する不満が一定に存在していることを示すものでしょう。


【当局はネットでの政権批判に厳しい対応】
一方の共産党側は、ネットでの“無責任な発言・不正確な噂”を厳しく取り締まる姿勢を強めています。

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共産党批判、ブロガーを逮捕・・・・ベトナム警察****
ベトナム国営メディアによると、同国警察当局は18日、「インターネット上に共産党を中傷する虚偽の文章を掲載した」などとして、北中部タインホア省のブロガー、グエン・ザイン・ズン容疑者(29)を逮捕したと発表した。
 
ズン容疑者は、動画投稿サイト・ユーチューブやフェイスブックなどへの投稿を通じて共産党や国家指導者らを繰り返し批判していた。
 
ベトナムでは、ネット上で政権を批判したブロガーが相次いで摘発され、国際人権団体が懸念を表明している。今月中旬には国家銀行(中央銀行)が新紙幣を発行するとの虚偽の情報をネットを使って広めたとして、男2人が逮捕された。【2016年12月19日 読売】
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観光で訪れるベトナムからはあまり想像できませんが、ベトナムは世界的に見ても言論・報道が厳しく規制されている国です。

世界中の言論・報道の自由を主張するジャーナリストによる非営利組織「国境なき記者団」(本部:フランス・パリ)が昨年4月に発表した「2016年度 報道の自由度ランキング」によると、ベトナムは前年と同じく180か国・地域中175位でした。(日本は2015年の61位から72位に後退)

ちなみに、中国がベトナムの一つ下の176位、北朝鮮がワースト2の179位、ワースト1は東アフリカのエリトリアでした。

175位と176位の関係ですから、指導部の考え次第でいかようにもなる・・・ということでしょうか。