豊かなアメリカの水道水鉛汚染 貧しいバングラデシュの井戸水ヒ素汚染 | 碧空

豊かなアメリカの水道水鉛汚染 貧しいバングラデシュの井戸水ヒ素汚染


バングラデシュ ヒ素汚染
【4月6日 AFP】

【米全土の600万人が鉛汚染水を摂取 更には「シェール革命」の影響も】
アメリカ・ミシガン州フリント市における水道水の鉛汚染については、1月17日ブログ「アメリカ・ミシガン州 水道水汚染で非常事態宣言」
http://ameblo.jp/azianokaze/day-20160117.html でもとりあげました。

フリント市はデトロイト近郊にありますが、自動車産業の衰退に伴う苦しい財政事情から、デトロイトから水を購入するのを止め、フリント川の水を利用するようにしたところ、この水質が腐食性で水道管を溶かし、水道水に鉛が混入する事態となったものです。

鉛汚染の発生だけでなく、州政府が危機的な水質汚染の進行を「隠ぺい」してきたことにも住民の怒りが向けられています。

フリント市の件では、オバマ大統領が緊急事態を宣言し、州兵や現地警察、ボランティアなどを動員して、水道水が飲めない約30,000世帯(99,000人)の住民へのボトル水配布が行われる事態ともなりました。

この事件を契機に全米で調査を行ったところ“約600万人の米国人が連邦当局が示した許容値よりも高い濃度の鉛に汚染された水を飲んでいる”との報道もなされています。

****米全土の600万人、鉛汚染水を摂取 米紙報道****
米紙USAトゥデー(USA Today)は17日、約600万人の米国人が連邦当局が示した許容値よりも高い濃度の鉛に汚染された水を飲んでいる、と報じた。

米中西部ミシガン州フリントの水道設備に古い水道管から鉛がしみ出したことによる大規模な汚染問題が国民の注目を集める中、同紙が全米を対象に調査を実施。

全国の水道設備約2000か所から許容値よりも高い濃度の鉛が検出された。汚染された水は数百の託児施設や学校に供給されていたという。

鉛の毒はとりわけ子どもたちにとって有害とされ、神経系に影響を与えたり、不可逆的な学習遅延や問題行動を引き起こしたりする可能性がある。

同紙によると、米国の全50州で許容値よりも高い鉛濃度が検出された。東部メーン州の小学校で採取された水のサンプルからは、米環境保護局(EPA)が定める規制値である15ppmより約42倍高い鉛濃度が、ペンシルバニア州の保育園では許容値より14倍高い鉛濃度が検出されたという。【3月18日 AFP】
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また、米疾病予防管理センター(CDC)は、全米で「1~5歳の乳幼児55万人以上が鉛中毒の可能性がある」と推計しているとも。【選択 3月号より】

アメリカの水道水汚染は鉛だけにはとどまらないようです。
かねてより懸念されていた、シェールガス、オイル採掘による水質汚染も問題視されています。

****米国「水道水汚染」の壮絶****
大統領選の主要争点に
しかも、フリント市の衝撃を契機に、「シェール掘削が水道水汚染につながっている」との告発も、再び勢いを増している。

近年米国で急速に普及したシェール掘削は、地中の岩体に高圧の水を注入する「水圧破砕法(フラッキング)」が使われる。この際に、水道水の水源である地下水に、汚染水やメタンガスが流れ込む被害は、過去数年、全米でたびたび報告されてきた。水道水が黄色や茶色に濁るほか、蛇口にライターの火を近づけると炎が上がるといった、驚きの現象がある。

これまでは、米環境保護庁(EPA)が「問題なし」との見解を示してきた。また、掘削業者が、水道水に異常がある地域の住民に、高額の賠償金を申し出て、告発を食い止めるといった慣行もあり、シェール掘削に待ったがかかることはなかった。

ところが最近は、オバマ政権内で環境保護派の声が強まり、昨年のEPA報告では「(被害)件数は比較的少ない」と強調しながらも、フラッキングによる生活水汚染の例があることを認め、従来の見解を軌道修正した。オバマ大統領も「規制強化」を示唆している。

昨年末には、カリフォルニア州南部でガス田から多量のメタンガスが漏れて、周辺一体を異臭が覆った。ガス自体は有毒ではないが、激しい臭いに体調不良を訴える人が続出して数千世帯が避難。同州では「ミニ・チェルノブイリ」と呼ばれる事態になった。

この直後にフリント市の汚染が発覚とあって、カリフォルニア、ミシガン、フロリダ各州で民主党を中心に、「フラッキング規制も見直すべき」という動きが目立っている。サンダース候補ははっきり、「フラッキング禁止」を公約した。

「シェール掘削は今や米国の主要産業なので、さすがに『禁止』を唱えるのはサンダースだけですが、中道のクリントンも、フラッキングで使う化学物質には『厳しくやる』と明言して、環境政策で左に寄ってきた。規制反対の共和党とは主要争点になるでしょう」と、前出の科学記者は言う。

一方、ドナルド・トランプ候補ら共和党の各候補は水道水汚染問題では、おおむね沈黙。
化学関連業界はロビー活動だけで年間六千万ドルを使う、共和党の大スポンサーだからだ。

だが、ワシントンポスト紙のブロガーが「今度ばかりは訳が違うから、共和党も対策を準備したほうがよい」と示唆するなど、もはや避けては通れない。水道水で中毒なんて、「何も考えていないではすまされない話」(同紙)であることは間違いない。【選択 3月号】
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話が横道にそれてしまうので今回は簡単に触れるだけにしますが、水道水汚染同様に「シェール革命」の副作用として懸念されていた地震誘発の方も、現実の問題として表面化しています。

****米オクラホマ州で人為的な地震が増加****
米オクラホマ州で人為的な地震が増加
2016年3月28日、米地質調査所(USGS)は、米国中部および東部の最新の地震危険度予測マップを発表した。注目したいのは、今回初めて人為的な要因による誘発地震の予測が含められたことだろう。

予測では、今後1年間に、オクラホマ、カンザス、コロラド、ニューメキシコ、テキサス、アーカンソーの各州で暮らす700万人が誘発地震のリスクにさらされるという。(中略)

オクラホマ州のある地域では、こうした地下から出た水の廃水量が5~10倍に膨れ上がると、マグニチュード3.0以上の地震も急増。1970~2009年までの間でも100件以下だった地震発生数が、2014年の1年で600件近くに、2015年には907件にまで跳ね上がった。

ほとんどの廃水は、「アーバックル地層」と呼ばれる岩の層へ注入される。すると、さらに奥深くにある地震を引き起こす基盤岩の層に水圧が伝わる。注入される水の量が増えるほど、ただでさえストレスがかかっている断層の間隙水圧がますます上昇し、通常はしっかりと固く接着している断層面が滑りやすくなって、地震が発生するのだ。

オクラホマ州プラーグでは2011年に、廃水の注入が原因と考えられるマグニチュード5.6の地震が発生した。同州の記録では、過去最大規模の地震で、煙突が倒れるなどの被害が出た。
この地震で受けた被害の賠償を求めて、事業者を相手どった民事訴訟も起きている。

USGSの研究者によれば、オクラホマ州には有史以前にマグニチュード7規模の地震を引き起こした断層がある。このため、「廃水の注入や小規模の誘発地震が、より大きな地震を誘発してもおかしくない」とUSGSの研究者は指摘する。(後略)【3月31日 NATIONAL GEOGRAPHIC】
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もっとも、昨今の原油価格低迷によってシェールオイル採掘が休止される状態になっているため、被害の方も小康状態になっているようです。

【バングラデシュ 国際支援で細菌汚染の地表水から清潔な井戸水に代えた結果の大規模ヒ素汚染】
話を水質汚染に戻して、今度はバングラデシュの井戸水のヒ素汚染の話。
こちらは“毎年、推定で4万3000人が死亡している”と、アメリカより格段に大規模・深刻です。

****2000万人がヒ素汚染水を飲用、バングラデシュ HRW****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は6日、20年前に飲み水から有害なヒ素が検出されたバングラデシュで、現在もなお貧困層の2000万人がヒ素に汚染された水を飲用しているとの報告書を発表した。

HRWの報告書によると、バングラデシュ当局は、毎年、推定で4万3000人が死亡しているとされるヒ素汚染に対して基本的な対策を取ることができていないという。

汚染水の問題は1970年代にまでさかのぼる。土壌が自然由来のヒ素に重度に汚染されていることを知らずに、バングラデシュ政府は各村に清潔な水を供給するために、浅い掘り抜き井戸を掘削したのだ。

HRWの調査員、リチャード・ピアシャウス氏はAFPの取材に対し「バングラデシュ当局は、貧困な地方部に暮らす大勢の人々の飲み水からヒ素を除去するための、基本的で明白な対策を取っていない」と述べ、「この大惨事がまん延し続けているのは、お粗末な行政のせいだ」と語った。

世界保健機関(WHO)はバングラデシュのヒ素汚染問題について「歴史上最大の住民集団中毒」と名指しした。

慢性ヒ素中毒は肝臓がんや腎臓がん、膀胱がん、皮膚がん、心臓疾患などと関連性がある。しかしながら、HRWによるとバングラデシュの被害者の多くは、医療を受けられない状況にあったという。【4月6日 AFP】
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このバングラデシュのヒ素問題は、以前から指摘されているところで、しかも皮肉なことに、ユニセフなど国際支援団体と協力して,細菌だらけの地表水(川や池の水)に代えて清潔な水を国中の村に供給するという大がかりな政府プロジェクトの「成功」の結果として生まれた問題です。

****飲料水をヒ素汚染から守れ バングラデシュでの試み****
1970年代から1980年代にかけて,バングラデシュ政府は,ユニセフが先頭に立つ国際支援団体と協力して,清潔な水を国中の村に供給するという大がかりなプロジェクトに着手した。

当時,細菌だらけの地表水(川や池の水)を飲んで下痢を起こし,死亡する子どもがあとを絶たなかった。

解決策として考えられたのが「管井戸」だった。地表水を使う普通の井戸とは異なり,地下の比較的浅いところにある帯水層までボーリングで細長い穴を掘り,シンプルで頑丈な手押しポンプで水を汲み上げるという方法だ。

1990年代初めまでには,バングラデシュの人口の95%が“安全な水”を手に入れられるようになった。その供給源のほとんどすべてが1000万本を超える管井戸だ。ほかの点では貧窮している国としては珍しい成功例といえた。

だが,悲しいかな,水中ヒ素濃度を調べようとする人はいなかった。

今日,バングラデシュの管井戸の約30%から,井戸水1リットル当たり50μg以上のヒ素が検出される。さらに5~10%の井戸にはこの量の6倍以上のヒ素が含まれていることがわかっている。

バングラデシュ政府はヒ素含有量が1リットル当たり50μgを超える水を危険と指定している。ということは,人口のほぼ1/4にあたる,少なくとも3500万人の人が,命にかかわる濃度のヒ素を含む水を飲んでいるということになる
〔ここでは同国政府の定める1リットル当たり50μgを「基準値」とする。世界保健機関(WHO)の上限値や日本の水質基準値は10μgだが,残念ながら値が小さすぎて現地調査では検出できない〕。

これはバングラデシュだけの問題ではない。インド,ネパール,ベトナム,中国,アルゼンチン,メキシコ,チリ,台湾,モンゴル,そして米国や日本などさまざまな国で,飲料水にヒ素の混入した地域が見られる。

全世界で5000万人もの人々に,やがて深刻な被害がおよぶ可能性がある。飲料水のヒ素汚染は,チェルノブイリの原発事故を上回る史上最悪の大規模な中毒事件といえる。【日経サイエンス  2004年11月号】
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このヒ素はもとをたどればヒマラヤ山脈から流れ出したものですが、ヒ素に汚染されていても無味無臭なため発見が遅れたようです。

汚染されていることがわかっていても、生きるためには飲むしかない・・・という過酷な現実も。

****生きるためには砒素を含む水を飲むしかない‥‥****
・・・・人口が極端に多くて貧しい国では、生きるためには水を確保するのが先決で、国土全地域の砒素対策まで手が回らないのが実情であろう。

砒素により発病するのは数年後だが、水を飲まないと直ちに死んでしまう。

有効な対策をとるにしても、余りにも汚染範囲が広いので、浄化装置の建設や他場所から代替水を求める資金や技術もない。しかも工場廃水などの人為汚染ではなく、自然界による広範囲の汚染であるため、汚染は底なしの様相である。

ユニセフは、こうした状況に対応すべく、バングラデシュ政府公衆衛生工学局と共に、簡単な仕組みで容易に使用できる溜池の砂濾過器を開発し、汚染の深刻な地帯に優先して設置を行っている。

雨水や川の水を溜めた池の水は、衛生的には兎も角、砒素は含まないので、これを濾過して飲用とするためである。しかし、池の水を全量濾過しても乾季には水が不足し、砒素を含む井戸水を飲むしか方法がない。(後略)【江草拓氏 「私のどこでも散策記録」
http://www.bbweb-arena.com/users/et/bangladesh/bangladesh_076.htm
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政府の対応が遅れていると言えばそれまでですが、政府も国際機関も何もしてこなかった訳でもありません。
ただ、対策が現実に追いついていないのが実情です。

****バングラデシュの砒素汚染****
・・・・2003年には、バングラデシュ砒素汚染緩和水供給プロジェクト(BAMWSP)主導のもと、政府機関、国際機関、NGOなどの協力により、全国470郡のうちの砒素汚染のある271郡にある495万本の全井戸のスクリーニング調査を実施しました。

バングラデシュ基準値(0.05mg/l)を超える井戸は全体の29%で250万本の井戸が汚染されており、危険な水を飲んでいる人口は3,500万人と推計されました。

これらの井戸は”危険”を知らせるバロメーターとして赤色のペンキで塗られました。BAMWSPは、汚染率が80%以上の村(8,540村落)を緊急に対処すべき村落として同定し、砒素対策はそれらの村落で優先的に実施されていきました。

その後、バングラデシュ政府による給水プログラムや国際機関やNGOの水対策により、深井戸やコミュニティ砒素除去施設など10万基以上の代替水源が設置され、450万世帯に安全な水が届けられましたが、依然として2,000万人以上が安全な水を必要としています。

バングラデシュでは、砒素汚染対策に関連する分野でたくさんの課題が山積しています。
地下水には砒素以外にも、地域によってはマンガン、ウラン、塩分の汚染も各地で見られます。これらを含んだ対策が要求されています。

様々な機関によって代替水源の建設が行われていますが、それらの包括的なデータ管理とモニタリング体制の確立も必要です。

砒素中毒患者については、現在、バングラデシュ保健・家族福祉省がつくった枠組によって砒素中毒患者に登録されている人は38,000人います。

しかし、砒素中毒に関する知識を持つ医療関係者が不足しているため、地域によっては未発見の患者が存在したり、病院に行っても適切な治療を受けることができなかったりと、医療体制の整備にはたくさんの課題があります。

肥沃なデルタ地帯を最大限に活用した灌漑農業では、大量の地下水を汲み上げており、砒素を含む地下水による土壌汚染や農作物への影響、食物連鎖の影響などの研究も急がれています。

バングラデシュでは、近年爆発的に増えている都市人口に対応する都市給水や、農業用水の大量の汲み上げによる地下水位低下の問題も全国的に起こっています。これまで地下水に依存してきた水利用の長期的な水資源管理体制が求められています。

このように、まったなしの砒素汚染地域への安全な水供給とともに、長期的な水資源利用・管理体制、医療・農業分野も含めた総合的な対策が求められています。【アジア砒素ネットワーク 
http://www.asia-arsenic.jp/top/?page_id=304