蜘蛛の巣に引っかかっていたトンボのつがいを見た。



逃がしてあげることが優しさなのだろうか?



そうすると、蜘蛛を殺すことになる。

だけど、そのままならばトンボは?



わかりきっていることだ。



結局なにもしなかった。



残酷に思う人もいるのだろう。

冷たいと感じる人もいるのだろう。



ただ、何をしたとしても、結局は人間のエゴなのかもしれない。



虫には虫の社会がある。



そもそも、蜘蛛を殺すと言っていることに違和感を持っただろうか?



それを言うなら、トンボも救うではなく殺すかでなくてはならないのではないか?



もしくはどちらも救うかと同じ表現でなければならない。



蜘蛛が捕食側だから?

明確な力の差があるから?



もしこれが人間社会なら、

蜘蛛がいじめっ子で、トンボはいじめられっ子なのかも知れない。



すると、どちらも救わなければならないとなる。

表面上わかりやすいいじめられっ子に目を向けられがちだが。



目的も社会も違うのだが。



種が変わればイメージも何もかもが変わる。



全てが常に変化している。

正しいことが正しいとも限らない。



後悔しないことが最良なのだろうが。

選択を迫られている時点で、後悔は残る。



むつかしい。














 

 

 

 

 

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