人間は目標とする人間を見つけると憧れ、嫉妬し、尊敬し近づきたいと思うものです。 
私は幸いにも一般企業にいた時に2人の憧れる人に出会いました。
1人は明るく、少しだけ抜けていて、仕事でミスをしたりもする人でした。
ただ、そのミスをその人は人柄で許され、ミスの何倍も成果を上げる人でした。
何かがあれば普段頼りなく見えるこの人を誰もが頼ります。それを鼻にかけない。
いつも部下と同じ目線で、何があっても動じない安心感を部下にも上司にも与えてくれる人でした。
もう1人は、仕事中は全く遊びがなく、朝は一番早く出勤し、夜は一番遅く帰る。
部下には厳しく、育てる意識が強く、手加減は全くなし。
部下を誉めず上司に媚びず。
ですから敵も多いが敵はその人の仕事の素晴らしさに黙り、育てられた部下は統一され全員が自分の仕事に誇りをもてる人間になり自分の師匠はその人だと胸を張って言える人でした。

当時の私は2人の憧れる師に近づきたくて、口調や仕事のやり方、部下や上司の接し方を真似しようとしたものです。
いくら真似をしても近づく事すら出来ず、メモを取り夜中まで教えをこい、会社の中で一定の評価はされましたが納得出来ず。
2人になりたくてなりたくて、努力をし朝は誰よりも早く出社して教えをこい、昼はいつも一緒にとって人を楽しませる方法を学び、夜は一番遅くまで残り教えをこい。
休みはどちらかの上司と共に過ごし、学びたい近づきたい、2人になりたい、そして2人になれればこの人達を越える日が来ると徹底的に真似をしました。
2人分の真似をした事で、身体に負担が来ていたのかもしれません。
原因不明の病気にかかり、結局それが元で会社を自ら退社しました。
その身体では2人にはなれないと絶望してしまったからです。
2人とも必死にとめてくださいましたが、側にいて余計に自分がみじめな存在になるのが嫌で辞めました。

今でも2人の上司に憧れはあります。
学んだ事は今の仕事でも活きています。
ですが私は私です。病気も含め自分の人生は自分の生き方でしか変えられないと学びました。
育ちも環境も違う、年齢も経験も違う。
真似は真似でしかなく、いつまでも越えられない壁であったのだと思います。

今の時代、色々な人の人生がネットを通じて知る事が出来ます。
直接会いに行く訳ではないので、いくらでも人の人生や言葉を学ぶ事が出来ます。
しかし、それは直接学んだ訳ではなく一方的に知ったつもりになるだけ。
人は汚い部分を文章にするのは苦手です。
敢えて汚い部分を見せる人はいますが、良く思われたい、認められたいという気持ちも透けて見えます。
ネットを通じて人の人生を学んで自分が真似をし成りきっても、昔の私の劣化版になるだけです。
あれだけ優れた人達が親身になって教えて下さったのに、近づく事すら出来ませんでした。

ですから私は私の生き方を見つけようと、常に正直に生きる事にしました。
努力はしますが、自分は自分。
ブログや仕事で嘘を並べても、子供と言うものは正直に大人を観察しています。
その目が100人以上私を見ています。
保護者様や卒業生を入れれぱ何百、何千の目に私は映っています。
遠くの他人に良く見せたくて誰かの人生をあたかも自分の事のように語っても近くの100人の信頼を裏切り、嘘として認識され、離れて行ってしまうでしょう。
信頼は失ってからはあっと言う間に消えてしまうものです。
ですから私は、塾のブログには数字と結果と実績などの生徒が見れば誤魔化せない事しか書きません。
このブログには、私のダメな部分もたまには見せるようにしています。

人は正直に生きるのが一番楽です。
人に過大に評価はされなくとも、不信感や裏切る事は無くなります。
体調にも無理がすくなくなります。
真似をするのではなく、自分なりに吸収し等身大の自分を少しづつ成長させる事が結局は一番人から信頼されます。
本当の自分になると楽なものです。
その本当の自分が信頼されれば他人を真似したり嘘で塗り固めた自分より何倍も喜びが大きくなります。
だからまた努力出来る自分になれます。
自分が少し大きくなると、少しだけ人からの信頼も大きくなりました。

私は本当の自分で十分です。
大きな事件も素晴らしい過去もありませんが、自分は自分。
過去に憧れた2人の上司もそうやって信頼や実績を積み重ねたからこそ私のようなひねくれ者が憧れたのでしょうね。
あの人達の等身大が素晴らしかっただけ。
私の等身大も努力や我慢を重ねて積み上げたと思えば悪くありません。

偽らない自分は楽な生き方。
そんな自分を信頼してくれる人が増えるのが嬉しい。
憧れた人達とは違う生き方になりましたが、私は私の人生を歩いています。
駄目な自分も隠さずに、等身大で。
それが楽しい生き方だと麻布学院の生徒達から学びました。
生徒や保護者様に感謝です。
もちろん講師やもう1人の塾長にも。

自分のままで生きる事を許してくれて本当に有難い。
ブログも私そのもの。
だから負担なく続けています。
知らない誰かのためじゃなく興味を持ってくれ自分のままを許してくれる人達に私はブログを書いています。
多分明日も。