食事の汁物がお腹に入るとお腹の調子が

悪くなる。


お腹の痛みはないが矢張り未だ本調子で

はないようだ。終日の点滴と重湯がもう暫

く続きそうだ。


ま~心配は何もないんで、のんびり病院

で療養してお腹を完璧に治そう。


午後からホールでミニコンサートをやって

いた。


桑原爺さん日々雑感 


今日も一日ゆったりと過ごせた。終日(ひ

ねもす)のたりのたりかな。

入院してからずっと点滴だったが、昨日白

湯を少し飲んだ。


大丈夫そうなんで点滴を続けながら今朝

から食事を摂る事になった。重湯等の流動

食だ。


朝食

        梅びしお↓   ↓ゼリー
桑原爺さん日々雑感 
  重湯↑  みそスープ↑   牛乳↑


昼食

                  ↓ブイクレス
桑原爺さん日々雑感 

  重湯↑ 卵黄かき玉汁↑ヨーグルト↑


夕食

      ↓野菜ジュース
桑原爺さん日々雑感 
  重湯↑豆腐すり流し汁↑ ゼリー↑


今迄点滴は30本やったが、未だ点滴は続

きそうだ。


桑原爺さん日々雑感   桑原爺さん日々雑感 

お腹は順調に快復している。


同級生の女性から手作り酵素、SOD食品

が届いて、上司殿が病院に持って来て呉

れた。

(2013年04月12日 38.8℃の発熱)


桑原爺さん日々雑感 


お腹の調子を見ながら頂く事にしよう。有り

難うね。


4月15日から極度の食欲不振になり、体力

を快復する為本日より急遽療養入院をす

る事になった。


今迄入院したのは、 

①インプラント骨造成手術

(平成23年9月14日~平成23年9月16日

(2011年09月14日 

      インプラント骨造成手術)

②白斑症手術

(平成23年10月5日~平成23年10月19日)

(2011年10月05日 

     舌の白斑症、腫瘍手術入院)

③頚部リンパ節郭清術

平成24年5月30日~平成24年6月8日)

に続き4回目だ.


入院に準備する物はリスト一覧にして

あるんで、準備はスムーズだ。


がんセンターの談話コーナーにはテレ

ビがあった。


桑原爺さん日々雑感 


癌に特化した専門病院なんで、労災病

院と比べるとこじんまりとして何とな

く静かで落ち着いた感じだ。


また対応もきめ細かい気がする。がん

センターでは病室でパソが使えるよう

だ。今度持ってきて貰おう。


入院して早速点滴となった。手術入院

と違って気分的には楽だ。

食欲がないので1週間前程から小皿に少

しだけ盛り付けて食べている。


桑原爺さん日々雑感 


大皿で盛ってあると、見ただけで嘔吐を感

じて食べたくなくなるのだ。ただ15日からは

殆ど絶食の状態だ。


抗癌剤の副作用がかなり出てきたようだ。

当初は服用して2週目の中程でやヽ食欲が

なくなる程度で、3週目の休薬期間の中程

には食欲は快復していた。


ところが5クール目辺りから食欲減退が1

週間早まってきた。抗癌剤がじわじわと正

常細胞を傷めるスピードが速まってきたよ

うだ。 


風邪と副作用の影響で極端に食欲がなく

なってきたんで、念の為がんセンターに行

って血液検査をして診察して貰った。


血液検査では白血球の異常な下がりもな

く、電解質の異常もないので脱水状態にな

ってはいない。整腸剤で家で様子を見る事

も可能かなとの診断であった。


でビオフェルミン錠剤を貰ってきた。これに

期待しよう。


♪ 負けてたまるか   一生一度

   浪花(なにわ)男の 茨(いばら)道 ♪ 

建物に蔦がびっしりと貼り付いてた。まる

で爺さんの血管に癌細胞が貼り付いてる

感じだ。


桑原爺さん日々雑感 


べリッ!と剥がしたくなるね。下痢が未だ

続いていて口内炎も出来た。次の診察時

には減薬、中断等も含めて服用方法の見

直しの相談をしてみよう。最後の踏ん張り

処だ。


公園に行ったら量は少ないが湧き水が流

れてた。


桑原爺さん日々雑感 


そう云や湧き水には重宝したな~って思っ

た。


6年生の時戻った家は山の頂上付近にあ

って水は貴重だった。この湧き水を同じよ

うに竹で導き、飲料水はドラム缶に貯水し

て使った。けど井戸の水を桶で汲み上げ

た事を思えば随分楽だ。

(2011年07月14日 手押しポンプ)


お風呂は家の外にあって、屋根はあった

が柱だけの昔ながらの五右衛門風呂だっ

た。お風呂に入ると物凄い開放感があった。

勿論トイレも外で戸なんてなかった。他人

に見られる事はないんで問題なかった。


また電気は通じてなくてランプ生活だった。

だから日が暮れるとみんな早く寝るんだ。

郵便物等は麓の村のお店屋さんに預けて

あって学校の帰りに爺さんが持って帰る事

になってた。


何もかもが新鮮で楽しかった。大自然の中

での生活、懐かしいな~

(2012年03月29日 算盤教室)

公園に行ったらこんな形の物があった。


桑原爺さん日々雑感 


子供の頃、今は他人の土地になってるけ

ど、庭の前に荒れ地があったんだ。柿の木

が2本あったけど草木とゴミで埋まっていた。

(2010年10月07日 田舎の家)


小学校2年生頃、此の土地に自分の公園

を作ってみたくなった。


柿の木だけは残し通路も作って、拾ってき

た椅子を並べたり、2本の柿の木にロープ

を渡し古タイヤで遊び場も作った。


1週間程掛かったけど、自分なりに満足出

来るものであった。おにぎりを自分で握っ

て椅子に座って公園を眺めながら食べた。

何とも言えない満足感が漲ってきた。


近くに住む先生が通り掛かり、「英ちゃん、

上手に作ったな。物作りが上手いな。」って

褒められた。その時何もない物から何かを

創り出すのは面白いなと思った。


中学生の頃、酒好きな養父がおじいちゃん

の親戚の方と何処かで飲んだのか、「あの

人は建設業やってて、1級建築士を持って

てえらい儲かってるみたいや。名古屋で飲

むんやったら大抵の店はあの人の名前を

出せばお金は要らないって言ってた。」とよ

く言ってた。


へ~建設ってそんなに儲かる商売かと思

った。裕福な家庭ではなかったので金儲

けには小さい頃から関心があったんだ。

(2012年05月05日 はないちもんめ)

(2012年02月04日 商売の原点)

(2011年04月25日 リヤカーで行商)


やがてそれが爺さんの行く末に大きな影

響を与える事になる。

(2011年06月13日 白壁の家)


事程左様に子供の進路は親の影響が出

る事になる。子供達は世間を知らない

ので、正確な情報は与えてあげる必要

がある。後は子供達が選択をすれば良

いのだ。

抗癌剤の副作用と風邪の為か10日から

下痢が続いてる。6クール目が終わるの

が、後今日1日だけだ。


医師からは症状が酷くなったら抗癌剤の

服用を中止するように指示されているが、

今中止する訳にはいかない。頑張ろう。


暖かい日だが散歩は止めた。庭のノース

ポールが雑草並みの繁殖力で分枝しか

なり増えてきた。

(2012年01月25日 北極の白い花)


         2013年4月14日                   2012年01月25日

桑原爺さん日々雑感   桑原爺さん日々雑感 


花は12月頃から初夏迄長く咲いている。

原産地はアフリカ辺りのようだ。


アフリカは人類の祖先が誕生した処で、

繁殖力が旺盛な土地柄なのかも知れな

い。


子孫が繁栄して隆昌(りゅうしょう)していく

のは喜ばしい事だ。

車で買物に行ったので、ついでに近くにあ

る樹林道を歩いてきた。


と、こんな処にお墓があった。お墓は昼間

でも何となく神秘的に感じる。


桑原爺さん日々雑感 


お墓を見ながらこんな事を思い出した。


小学生の頃は元気の良い者からしばしば

挑戦を受けた。昔は自分より強いと思う者

に挑戦をして打ち負かすのが手柄であった。


ある日結構走りに自信のある者から、「ど

っちが早いか、かけっこしよう。」と申し込ま

れた。


爺さんは学校から戻ると、よく野山を走り回

っていたので走りは早かった。学校の運動

会では部落別の地区対抗リレーでいつも学

年の選抜選手になっていた。


でまともに走るんでは面白くないんで夕方

薄暗くなってから度胸試しを兼ねて、村の

外れにある墓地迄行って戻ってくる事にし

た。


で夕方スタート。前半は爺さんの直ぐ後ろ

に付いて頑張っていた。墓地に着く頃は辺

りは薄暗くなり怪しげな雰囲気になってき

た。


爺さんは一段とスピードを上げて墓地を折

り返し打っ千切り(ぶっちぎり)で勝った。か

なり遅れて戻ってきた挑戦者は、「お化け

に足を引っ張れて・・・」と半べそをかいてた。

「そうか、お化けが出たんか~」と慰めてや

った。


またこんな事もあった。足腰に粘りのある

者から相撲の挑戦を受けた。で白山神社

に土俵の輪を作って仲間が見守る中で勝

負する事になった。

(2010年10月07日 田舎の家)


相手の粘り腰はよく知っていたので、一気

に押し出す戦法で1回目は勝った。2回目

はがっぷり組んでしまい大苦戦をしたが何

とか寄り切った。勝った時はほっとした。


小学校の体育館ではがっしりした1年上の

者からレスリングの挑戦を受けた。


体育館で組み手から戦いが始まった。相

手はかなり強くてなかなか倒せななかった。

どう云う格好からなったが覚えてないが、

最後は爺さんが両足で胴締めをしていた。


相手は必死に足を外そうと爺さんの体を

あちこち引っ張り始めた。終った時は爺さ

んの耳から血が流れていた。よく耳が千切

れなかったものだと思う。その先輩は高校

柔道部の主将を務めた。


転校した小学校でも最初に挑戦を受けた。

(2012年03月29日 算盤教室)

小柄だったが筋肉質の男がグランドで、

「おい!お前は生意気だ!」と言い掛

かりをつけてきて喧嘩となった。


殴り合いの喧嘩になって相手が泣き出

した時に、先生が止めに入って呉れた。

「泣く位なら喧嘩なんかするな!」と

相手を叱責して呉れた。


転校先の小学校から中学校に入るとバ

ス通学になった。中学生になる頃は爺

さんは今迄と人が変わったように勉強

に熱中し始めていた。


中学校は川の傍にあってとても長閑な

雰囲気であった。中学生になって間も

なく別のクラスの屈強な同級生が休み

時間に決闘を申し込んできた。


もうそんな事はしたくなかったが、こ

れで最後にしようと思って止むなく受

ける事にした。


お互いに木刀を準備して学校の傍の河

原で昼休みの時間に決着をつける事に

なった。


当日昼休み時間では決着がつかず授業

時間にも及んでしまった。授業中に河

原で喧嘩していると学内は騒然となっ

た。窓から大勢が河原で勝負の行方を

眺めていた。結局勝負は決着せず引き

分けとなり教室に戻った。


教室に戻ると、女性教師が「授業中に

をやってるんですか!」と烈火の如

ってきた。


それに対して爺さんは「売られた喧嘩

だ!」と猛反撃した。話した内容はよ

く覚えてないが、余りの反撃振りにと

うとうその女性教師は泣き出してしま

った。女性教師には申し訳ない事をし

たと今でも思っている。


その後暫くして再びゆりおばあちゃん

の桑原家に戻る事になる。


子供の頃の競争心は必要だと思う。子

供の頃から社会では競争があり差別が

ある事を確りと体験しておく必要があ

る。

(2013年03月22日 古墳から学ぶ)


今や経済はグローバル化が進んでいる。

どんどん世界に打って出て競争してい

かなければ日本の未来はない。未来を

背負う子供達から競争心を奪ってはな

らない。

一昨日の散歩から戻ると物凄い寒気を感

じた。 


で42℃のやゝ熱目のお風呂に入って直ぐ

に寝た。夜体が熱いので体温を測ると38.8

℃もあった。今迄風邪を引いても熱が出る

事はなかったので、これは何かの前兆か

なと思った。


が昨日は38.1℃とやゝ熱は下がった。鼻水

等は出ないが咳だけは時々出るようになっ

た。矢張り風邪かな。


で今日は36.8℃と熱も下がった。やれやれ、

風邪のようで良かったな。暫く安静にしよう。


同級生の女性から贈り物が届いた。


桑原爺さん日々雑感 


添えてあった手紙を懐かしく拝見した。野

草の手作り酵素、市民農園で野菜作りと

楽しんでいるようだ。家族みんなで楽しそ

うに夕食を摂っている様子が目に浮かん

でくる。いつまでもお元気でお幸せにね。

上司殿がホームの仲間の洋服を買いに行

くんで、運転手で付いて行った。


ホームの仲間達は大人だけど体型が子供

のように小さい方が多くて、洋服選びには

苦労してる。大人のSサイズを買ってサイ

ズ直しをする事も多いんだ。


その後昼食となったが、仲間が「お昼は豚

カツが食べたいな~」って言うんで、豚カツ

のお店に行ってきた。


爺さんは抗癌剤の副作用で食欲がなくな

ってきて、主治医から好きな物で良いから

兎に角食べるように指示されている。


なので先月15日からホームの朝・夕食を断

り、食べられる物を食べるようにしてるんだ。


食べられる物はその日に依って味覚が色

々異なるのか、その日に依って変わる。


で今日は豚カツを食べたくないんで、爺さ

んだけはミニポテトサラダにして三人で楽

しく食事をした。


桑原爺さん日々雑感 
                ↑ミニポテトサラダ


ホームの仲間達を見てると、高齢者の方

でもお肉が好きな人やよく食べる人は実に

元気が良い。食べる事は生きる事に通じる

んだな~ってつくづく思う。


爺さんも今は口が不味くても食べてるけど、

食べられなくなったら愈々人生の終末期を

迎える事になるのだろう。


ホームに戻ってから散歩に出掛けた。


散歩の途中、竹林に筍が生えてて横に「親

竹です」と但し書きがあった。


桑原爺さん日々雑感 


竹は一般的に5~6年位で筍を産まなくな

り、切って処分する事になる。


そこで親竹の近くに出て来た活力に富ん

だ筍を毎年一定本数親竹として残し、成長

を促す為に同じ地下茎から出た筍は早目

に掘り取り、親竹を大切に育てていくのだ。


竹の赤ちゃん来年から子孫をどんどん産

んでおくれ。