2015年、ブログを通してある霊能者と出会った


2015年、私はブログを通して、ある霊能者の女性と出会いました。

この方とは、現在まで一度も直接会ったことがありません。

やり取りは、ブログとLINEビデオ通話のみです。

一度も顔を合わせたことのない相手との関係が、そこから約10年続きました。

出会った頃には、若い頃に繰り返していた憑依現象は、すでに起こらなくなっていました。

そのため、憑依を止めてもらうために出会った相手ではありません。

仕事を離れ、身体と生活が以前より安定し、母として現実に根を張り始めた時期に、この出会いがありました。

最初に教わったのは、

オーラの見方。


守護霊の見方。


過去世の見方。


見えない世界の捉え方。


そうした内容でした。

これらは、有料講座や高額なスピリチュアルスクールで学んだものではありません。

資格を取るために申し込んだものでもありません。

電話で話しながら、個人的に、すべて無料で教えてもらいました。

教えてもらったことを、自分でもやってみる。

感じたものを伝える。

合っているかを確認する。

そして、また次のことを教わる。

私にとって、見えない世界の学びは、本を読んで知識を増やすことではありませんでした。

実際に試し、自分で感じ、確かめる。

その繰り返しによって進んでいきました。



2017年頃から、マンツーマンの電話授業が始まった


2017年頃からは、月に一度ほどのペースで、マンツーマンの電話授業を受けるようになりました。

そこで学んだのが、

魔法陣。

結界魔法陣。

不可視の世界での空間の作り方。

見えない世界における境界や構造の考え方です。

ここでいう魔法陣は、紙にペンで描く図ではありません。

実際の床へ線を引くものでもありません。

目には見えない世界で、床に魔法陣を作ります。


中心を定める。

範囲を決める。

必要なものを配置する。

外からの影響を防ぐための境界を作る。

目的に合わせて、空間全体を組み立てる。

最初のうちは、教えてもらった方法をそのまま行っていました。

けれど、続けるうちに、

「こうすれば、別のものも見られるのではないか」

「この目的なら、手順を変えた方がよいのではないか」

「ここに境界を作れば、外側の影響を分けられるのではないか」

と、自分でも方法を考えるようになりました。

独自の魔法陣を作る。

来世を見る方法を考える。

既存の方法を組み替える。

目的に合わせて手順や配置を変える。

自分で考えた方法を実際に試し、その内容を霊能者へ伝えると、

「その方法で合っています」

と言われることもありました。

私は少しずつ、教わったことを実践するだけの側から、自分で必要な方法を組み立てる側へ変わっていきました。

見えないものを、ただ感覚として受け取るだけではありません。

何を中心に置くのか。

どこに境界を作るのか。

何を内側に入れ、何を外側へ分けるのか。

どの方向へ流れを動かすのか。

その目的には、どのような構造が必要なのか。

見えない世界を、配置や流れを持つ一つの構造として捉えるようになっていきました。

この時点では、まだ象徴アートを描いていません。

けれど、後から振り返ると、

一つのテーマを構造として捉えること。

中心と外側を分けること。

境界や役割を配置すること。

流れと方向を感じ取ること。

自分の中に浮かんだ方法を実際に試すこと。

そうした経験は、後に象徴アートが生まれるための土台になっていました。



2020年、週に一度のグループ魔法陣へ


2020年の途中から、私はグループで魔法陣を行う活動へ参加するようになりました。

活動は週に一度。

毎回、一つのテーマが決められていました。

そのテーマに合わせて、不可視の世界で床に魔法陣を作り、その中で儀式のようなことを行っていました。

テーマが変われば、必要になる構造も変わります。

中心に何を置くのか。

外側に何を配置するのか。

どこに境界を作るのか。

どの方向へ流れを向けるのか。

誰がどの位置に入り、どのような役割を持つのか。

私は毎回、与えられたテーマに合わせて、目には見えない空間を組み立てていました。

この活動の中で、象徴アートを描いていたわけではありません。

グループで一緒に図を作ったわけでもありません。

不可視の世界で作っていた魔法陣を、紙へ写したものでもありません。

けれど私は長い期間、

一つのテーマを、形や配置として捉えること。

複数の役割を一つの空間へ置くこと。

中心、境界、方向、流れを意識すること。

そうした感覚を使い続けていました。

それらは私の中に少しずつ蓄積されていきました。

そして2022年、その蓄積とはまったく別の場所から、象徴アートが生まれる直接のきっかけが訪れました。



私は、スピリチュアルの本をほとんど持っていなかった


ここまで読むと、私は昔からスピリチュアルの本を大量に読み、古代文字や神秘思想を研究していた人間に見えるかもしれません。

実際の私は、スピリチュアル系の本をほとんど買いません。


家にある本といえば、リカちゃんの服の作り方の本ばかりでした。

私は人形の服を作ることが好きで、型紙や縫い方が載っている本を何冊も持っていました。

布を選ぶ。

型紙を写す。

小さな服を縫う。

そうしたことには興味がありましたが、古代文字や神秘思想の本を集めていたわけではありません。

霊能者から見えない世界について教わってはいましたが、世の中に出回っているスピリチュアル情報を追いかけることにも、あまり関心がありませんでした。

誰かが書いた内容を、そのまま信じる。

有名な人が言っているから正しいと思う。

古代から伝わっていると紹介されているから、特別なものとして受け入れる。

私には、そのような学び方があまり合いませんでした。

実際に自分で試す。

自分が何を感じるのかを見る。

そして確かめる。

私は、その方を選んできました。

そんな私の目に、ある時たまたま「龍体文字」という本が入りました。

普段なら買わない種類の本です。

龍体文字について調べていたわけでも、文字を学びたいと思っていたわけでもありません。

それでも、なぜかその本だけが気になりました。

私はヤフオクで、その中古本を落札しました。

初めて自分で買ったスピリチュアル系の本は、書店で選んだ新品の本ではなく、ヤフオクで見つけた中古の龍体文字の本でした。

なぜその本だけが目に入ったのか。

当時の私には分かりませんでした。

ただ、なぜか気になり、なぜか私の手元へ届くことになりました。



龍体文字の本を開いた瞬間、怒りが湧いた


後日、本が届きました。

私はページを開き、龍体文字と呼ばれる形を見ました。

その瞬間、心の中に強い反応が起きました。

感動でもありません。

懐かしさでもありません。

神秘的な高揚感でもありませんでした。

私の中から最初に出てきたのは、

「は? なにこれ?」


という反応でした。

そして、すぐに、

「こんなもん偽物!」


という怒りに近い感情が、一気に湧き上がってきました。


なぜ、初めて見た文字にそこまで腹が立つのか。


自分でも理由は分かりませんでした。


私は龍体文字を研究してきたわけではありません。

本物の古代文字を知っていて、それと比較できたわけでもありません。

歴史的な資料を調べたことも、専門的な知識を持っていたこともありません。

それでも、形を見た瞬間、

「違う」

という感覚だけは、はっきりとありました。

特に強く違和感を持ったのが、図形に50音を一文字ずつ当てはめていることでした。

「あ」はこの形。

「い」はこの形。

「う」はこの形。

一つひとつの形が、日本語の音へ対応している。

それを見た私の内側から、

「これは、そういうものではない」

という感覚が出てきました。

理屈で考えた結論ではありません。

何かの資料と比較して間違いを見つけたわけでもありません。

ただ、意味を持つ形へ50音を一つずつ当てはめていることに、強烈な違和感がありました。

普通なら、

「自分には合わない」

と本を閉じれば終わります。

けれど、私の中では終わりませんでした。

その違和感が、なぜか私自身に図を描かせる方向へ動き始めました。



なぜか、自分で図を描き始めた


私は、誰かから勧められたわけでもないのに、自分で図を描き始めました。

霊能者から宿題を出されたわけでもありません。

新しい文字体系を作ろうと思ったわけでもありません。

本に載っている形を修正しようとしたわけでもありません。

ただ、線を引き始めました。

一本の線を引く。

そこから次の線が続く。

線と線がつながり、一つの形になっていく。

最初に完成図を考えてから描いたものではありません。

頭の中にあった図を、そのまま紙へ写したわけでもありません。

描き始めると、その形が完成する方向へ手が進んでいきました。

そして、一つの図が完成した時、私の中にはっきりとした感覚がありました。

これは、50音を表す文字ではない。

一つの形そのものが、一つの意味を持っている。

「あ」や「い」という音へ置き換えるのではなく、形全体で一つの意味を表している。

龍体文字を見た時に感じた違和感の正体が、ここで少し分かった気がしました。

私の中から出てきたものは、音を表す記号ではありませんでした。

意味そのものを表す形でした。



描いた形から、意味が伝わってきた


描いた図を見ていると、その形が何を表しているのか、言葉として伝わってくるようになりました。

私は、伝わってくる言葉を一つずつ書き残していきました。


先にテーマを決めて、そのテーマらしい図をデザインしたのではありません。

先に図が生まれます。

その図が完成したあとで、意味が伝わってきます。

形が先。

意味があと。

例えば、

「生命を表す図を描こう」

と考えて描いたのではありません。

先に一つの形が現れます。

その形を見た時に、

「これは生命」


という意味が聞こえてくる、あるいは頭の中に文字が浮かんでくる。


私は、その言葉を書き残します。

次の図を描くと、今度は別の意味が伝わってくる。

それもまた記録する。

図が生まれる。

意味を受け取る。

書き残す。

その繰り返しが始まりました。

私の中から出てきたものは、文字を並べて言葉を作るためのものではありませんでした。

一枚の図が、そのまま一つの意味を持っていました。



一つの形が、一つの意味を持っている


一般的な文字は、複数の文字を組み合わせることで単語になり、文章になり、意味を伝えます。

けれど、私が描いていたものは、一つの形だけで、一つの意味を表していました。

その意味は、目に見える物の名前だけに限りません。

心の状態。

人と人との関係。

人生の流れ。

役割。

境界。

変化。

始まり。

終わり。

つながり。

分離。

制度。

言葉で説明すれば長くなるものも、一つの図として現れました。


似ているように見える言葉であっても、図の構造は違います。

「始まり」と「生まれる」は同じではありません。

「終わる」と「消滅する」も違います。

「境界」と「分離」も同じではありません。

「協力」と「統合」も異なります。

中心があるもの。

外側へ広がるもの。

上下をつなぐもの。

内側を守るもの。

交差するもの。

分かれていくもの。

一つへ集まっていくもの。

線の方向や重なり、中心と外側の関係が、その意味の性質を表していました。

私は言葉を見て、それに合う図案を考えていたのではありません。

先に形が現れるからこそ、似た言葉であっても、それぞれ違う構造の図になりました。



言葉になる前のものが、形として現れていた


人の内側には、まだ言葉になっていないものがあります。

本人も気づいていない感情。

説明できない違和感。

何度も繰り返している行動の根。

心の奥で求めているもの。

複数の要素が絡み合い、うまく説明できなくなっている状態。

それらは最初から文章として存在しているわけではありません。

言葉になる前の段階で、感覚や構造として存在しています。

私は、自分が描いている図も、そのような領域にある意味が形として現れたものだと受け取るようになりました。

まだ日常の言葉になっていないもの。

けれど、すでに内側には存在しているもの。

それが一つの象徴として現れる。

後に私は、この図を、

「潜在言語象徴アート」


と呼ぶようになりました。

潜在している言語。

まだ表面の言葉になっていないもの。

それを象徴の形として表したアート。

その名前が、私の描いているものに最も近いと感じたからです。

2022年に描き始めた時から、最初にこの名称を決めていたわけではありません。

先に形が生まれ、意味が伝わり、図が増えていきました。

名前は、そのあとからついてきました。



最初に生まれた10枚


象徴アートを描き始めた初期に、10枚の図が生まれました。

私は、その10枚を霊能者へ見せました。

すると霊能者から、

「これは十種神宝です」


と言われました。

十種神宝とは、日本神話に登場する十種類の宝です。

私は最初から、十種神宝を描こうと考えていたわけではありません。

十種類の宝について調べ、その内容を一つずつ図案化したわけでもありません。

神話を読んで、宝の形を想像したものでもありません。

ただ、自分の中から出てきた形を描き、そのあとに伝わってきた意味を書き残していました。

その中で生まれた10枚を見せた時、あとから十種神宝だと伝えられました。

この出来事によって、私の中から出てきた図には、自分が頭で理解している以上の意味が含まれているのだと感じました。

そして、図は10枚で終わりませんでした。

一つの形が生まれる。

意味が伝わる。

それを書き残す。

また次の形が現れる。

その流れが、そこから続いていきました。



2022年、潜在言語象徴アートが始まった


私が霊能者から学んだのは、見えない世界の捉え方や、魔法陣、結界、空間の構造についてでした。

潜在言語象徴アートの線や形、意味を教わったことはありません。

グループ魔法陣の中で図を描いたわけでも、不可視の魔法陣を紙へ写したものでもありません。

けれど、長年の学びと実践を通して私は、

目に見えないものを感じ取ること。

一つのテーマを構造として捉えること。


中心、境界、役割、流れを意識すること。

教わった方法をそのまま受け取るだけでなく、自分で考え、試すこと。

そうした感覚を身につけていました。

そこへ、龍体文字の本を見た時の強烈な違和感が重なりました。

その違和感をきっかけに、私は誰にも教わらず図を描き始めました。

先に形が生まれ、そのあとに意味が伝わる。

一つの形が、一つの意味を持っている。

最初の10枚を霊能者へ見せると、

「これは十種神宝です」

と言われた。

これが、2022年に始まった潜在言語象徴アートです。




すべての出来事は、ここへつながっていた


5歳で1型糖尿病を発症したこと。

16歳から美容師として、身体に無理を重ねながら働いたこと。

高血糖と疲労が続く中で、何度も憑依現象を経験したこと。

人から頼まれると断れず、自分と他人との境界が弱かったこと。

結婚を機に美容師の仕事を離れたこと。

出産し、母になったことで精神的に強くなったこと。

シャルコー関節症を発症し、身体と生活を無視できなくなったこと。

身体と生活が整うにつれ、憑依現象が起こらなくなったこと。

2015年、ブログを通して霊能者と出会ったこと。

オーラ、守護霊、過去世、魔法陣、結界魔法陣について学んだこと。

教わるだけでなく、自分で方法を考え、実践するようになったこと。

2020年から、週に一度のグループ魔法陣へ参加したこと。

テーマを、中心、境界、役割、流れを持つ一つの構造として捉え続けたこと。

そして、普段はスピリチュアルの本をほとんど買わない私が、たまたま一冊の中古の龍体文字の本を手に取ったこと。

当時は、どの出来事も別々のものに見えていました。

けれど、2022年に象徴アートが生まれたあとで振り返ると、すべてが一本の流れとしてつながっています。

若い頃の私は、自分の身体よりも周囲を優先し、自分と他人との境界も曖昧でした。

その後、仕事を離れ、母になり、身体と生活を整える中で、少しずつ自分の中に軸を作っていきました。

さらに、見えない世界について学び、ただ感じるだけではなく、構造として捉え、自分で方法を考える経験を重ねました。

そうして私の中に蓄積されていたものが、一冊の本をきっかけに、初めて目に見える形として外へ現れました。

潜在言語象徴アートの始まりは、穏やかな感動でも、神秘的な懐かしさでもありませんでした。

始まりは、

「は? なにこれ?」


「こんなもん偽物!」


という怒りでした。

けれど、その怒りが、私の中にあった形を外へ出す扉になりました。

違和感を押し込めず、自分の手を動かした。

形が現れた。

意味が伝わった。

私は、その一つひとつを書き残していった。

そこから、潜在言語象徴アートが始まったのです。



▼この図が私が1番初めに描いた図です(写真は原型維持でAI過去してます)


私が潜在言語象徴アートを描くようになるまで


龍体文字への怒りから、約2000の象徴が生まれた


現在、私は「潜在言語象徴アート」と呼んでいる図を描いています。

一つひとつの形には、それぞれ異なる意味があります。

生命。

始まり。

男性。

女性。

子ども。

才能開花。

境界。

役目の再配置。

星間停戦。

侵略の終息。

全宇宙協力体制。

人の心や人生に関わるものから、地球や宇宙の制度に関わるものまで、これまでに生まれたテーマは約2000あります。

その中から99枚を選び、現在はオリジナルのオラクルカードとしても使用しています。

けれど、私は最初から象徴アートを描こうとしていたわけではありません。

絵を仕事にしようと計画していたわけでも、オラクルカードを作ろうと考えていたわけでもありませんでした。

始まりは、たまたま目に入った一冊の中古本でした。


しかも、その本を読んだ私の第一声は、

「すごい」

でも、

「懐かしい」

でもありません。

私の中から出てきたのは、

「は? なにこれ?」


「こんなもん偽物!」


という、怒りに近いほど強烈な反応でした。


その怒りをきっかけに、私はなぜか自分で図を描き始めました。

そこから、現在の潜在言語象徴アートが生まれています。

ただ、一冊の本を読んだだけで、何もないところから突然すべてが始まったわけではありません。

振り返ると、1型糖尿病を抱えながら働いていた若い頃。

何度も経験した憑依現象。

結婚と出産。

身体の変化。

ある霊能者との出会い。

見えない世界について学んだ時間。

不可視の世界で作り続けていた魔法陣。

当時は別々の出来事に見えていたものが、2022年に潜在言語象徴アートが生まれたことで、一本の流れとしてつながりました。

今回は、私が潜在言語象徴アートを描くようになるまでのことを書いていきます。



5歳で1型糖尿病を発症した


私は5歳の時に、1型糖尿病を発症しました。

幼い頃から、インスリン注射と血糖管理のある生活を送っています。

食事をすること。

身体を動かすこと。

体調が悪い時に休むこと。

多くの人が自然に行っている日常の中に、私の場合は常に血糖値が関わっていました。

何かを食べれば、血糖値が上がる。

身体を動かせば、血糖値が下がることがある。

体調を崩せば、いつもと同じようにはいかない。

インスリンを打ち、食事を考え、身体の状態を見ながら生活する。

それが、幼い頃からの私の日常でした。

けれど、若い頃の私は、自分の身体を丁寧に扱えていたとは言えません。

美容師になり、毎日忙しく働いていました。

美容師の仕事は、長時間の立ち仕事です。

髪を切る。

カラーをする。

パーマをかける。

シャンプーをする。

一人のお客様が終われば、すぐ次のお客様が待っています。

予約が詰まっていれば、自分の都合で食事の時間を決めることはできません。

休みたくても休めない。

少し体調が悪い程度なら、そのまま仕事を続ける。

予約が入っていれば、店へ行く。

私は若さと勢いと責任感、そしてほとんど気力だけで何年も働いていました。

当時の私は、人から頼まれると断れない性格でもありました。


自分の体調よりも、相手の都合を優先する。

無理だと思っても引き受ける。

疲れていても、期待に応えようとする。

仕事を休めば、誰かに迷惑がかかる。

自分が我慢すれば済む。

そう考えることが多く、自分の身体が出しているサインを後回しにしていました。

当然、血糖コントロールも大きく乱れていました。

高血糖が続けば、身体は重くなります。

疲れやすくなり、頭もぼんやりします。

回復にも時間がかかります。

それでも私は、身体を整えることよりも、仕事を続けることを優先していました。

今から振り返ると、あの頃の私は、自分の身体を守る境界をほとんど持っていなかったのだと思います。

無理をしている自覚はあっても、止まることができない。

人から頼まれると断れない。

自分よりも周囲を優先する。

身体の限界を感じても、もう少し頑張れば何とかなると思ってしまう。

私は長い間、自分を守ることよりも、求められた役割を果たすことを優先して生きていました。



若い頃の私は、霊媒体質だった


若い頃の私は、霊媒体質でもありました。

何度も憑依現象を経験しています。


私が経験した憑依は、何となく気分が変わるという程度のものではありませんでした。

憑依が起きると、私の身体が勝手に話し始めます。

自分の意識は残っています。

憑依した存在が私の口を使って何を話しているのかも、自分の身体を通して聞こえています。

けれど、私は話したくても話せません。

「違う」

「そんなことを言いたくない」

「やめて」

そう思っても、口も身体も自分の意思では動きません。

感覚としては、自分の身体を乗っ取られ、私はその中にある小さな箱へ閉じ込められているような状態でした。

外で何が起きているのかは分かる。

自分の口が何を話しているのかも聞こえる。

周囲の反応も分かる。

それでも、自分から言葉を発することができません。

反論することもできません。

身体を止めることもできません。

自分の身体の中にいるのに、身体の主導権だけが別の存在へ渡っている。

私にとって、憑依とはそのような経験でした。

当時は、なぜ自分にそのようなことが起きるのか、深く整理できていませんでした。

霊的な体質だから起きるのだろう。

何か見えないものの影響を受けやすいのだろう。

その程度に考えていたと思います。

けれど、後になって振り返ると、憑依が起こりやすかった時期には共通点がありました。


身体が疲れ切っていたこと。

血糖コントロールが乱れていたこと。

高血糖で体調が悪かったこと。

睡眠や休息が足りていなかったこと。

人から頼まれると断れず、自分と他人との境界が弱かったこと。

責任感だけで無理を重ねていたこと。

つまり、身体にも心にも、自分自身を保つための余力がほとんど残っていませんでした。

昔から、

「疲れると憑かれる」


という言葉があります。

私にとって、この言葉は単なる言葉遊びではありません。

自分の経験を振り返った時、身体の疲弊と憑依現象は深くつながっていたと感じています。

身体が弱れば、精神的な余裕も失われます。

自分の意思を保つ力も弱くなります。

人と自分を分ける境界も曖昧になります。

若い頃の私は、仕事を続けることに精いっぱいで、自分を守ることまで考えられていませんでした。

その状態が、憑かれやすさにもつながっていたのだと思います。

この経験があったからこそ、私は後に、見えない世界の問題を霊的なものだけで考えなくなりました。

身体の状態。

生活の状態。

血糖値。

疲労。

睡眠。

人との関係。

自分の意思。

自分と他人との境界。

そうした現実の状態も、見えないものの影響を受けるかどうかに深く関わっている。

私は自分自身の経験を通して、そのことを知りました。




結婚を機に、美容師の仕事を離れた


その後、私は結婚しました。

結婚した頃には、1型糖尿病による眼の合併症も進んでいました。

糖尿病網膜症のためにレーザー治療を受け、眼の手術も経験しています。

美容師は、目を使う仕事です。

髪の長さを見る。

左右のバランスを見る。

毛先の細かな違いを確認する。

はさみや薬剤を扱う。

お客様の顔や頭の形を見ながら、全体を整えていく。

細かな作業の連続です。

眼の状態に問題を抱えたまま、安全に続けられる仕事ではありませんでした。

私は結婚を機に、美容師の仕事を離れ、専業主婦になりました。

仕事を辞めたことで、生活のリズムは大きく変わりました。


決められた時間に店へ行く。

長時間立ち続ける。

予約に合わせて動く。

体調が悪くても、お客様が来れば仕事をする。

そのような生活から、身体の状態に合わせて休める生活へ変わっていきました。

美容師として積み上げてきた技術や経験があったため、仕事を離れることには複雑な思いもありました。

長い時間をかけて身につけた技術がありました。

お客様へ提供できるものもありました。

美容師として働く自分が、生活の中からいなくなる。

それは、仕事を辞めれば簡単に気持ちまで切り替わるというものではありませんでした。

それでも、身体はすでに限界を知らせていました。

結婚後は、以前よりも食事やインスリン、休息の時間を確保しやすくなりました。

美容師時代のように、体調が悪くても無理を重ねる場面も減っていきました。

仕事を離れたことで、私は少しずつ、自分の身体の状態へ意識を向けられるようになりました。



出産を経験し、母になったことで強くなった


2013年、私は子どもを出産しました。

出産時には非常に大きな出来事を経験しています。

けれど、その話は象徴アート誕生の流れとは分け、別の記事で詳しく書く予定です。

ここで大切なのは、母になったことで、私自身が精神的に大きく変わったことです。

子どもが生まれる前の私は、自分一人の感情に揺さぶられることが多くありました。

人の顔色を見てしまう。

頼まれると断れない。

相手を優先し、自分の状態を後回しにする。

嫌だと思っても我慢する。

相手にどう思われるかを考え、自分の気持ちを飲み込む。

そのような部分がありました。

けれど、子どもが生まれると、自分の感情だけに飲み込まれている余裕はなくなりました。

守らなければならない存在ができました。


この子のために動く。

この子の生活を守る。

必要なことを判断する。

私がしっかりする。

母になったことで、私の中に一本の太い軸が生まれました。


もちろん、性格が一日ですべて変わったわけではありません。

人の顔色を気にする部分も、我慢してしまう部分も残っていました。

けれど、自分よりも弱く小さな存在を守る必要が生まれたことで、以前よりも現実を見る力が強くなりました。

自分がどう思われるかよりも、この子にとって何が必要なのか。

自分の気持ちだけで立ち止まるのではなく、今やるべきことは何か。

外から来るものに流されるよりも、自分が守るべきものへ意識を向ける。

母になった経験は、私を精神的に強くしました。


それまで外側へ向かいやすかった私の意識が、自分の家庭と子どもの生活へ戻ってきました。

自分の中に、以前よりもはっきりとした中心ができたのだと思います。



出産後、シャルコー関節症を発症した


出産後、私はシャルコー関節症を発症しました。

足の骨や関節が大きく変形し、立つことや歩くことに強い制限が生まれました。

現在も、私の生活は足の状態と深く関わっています。


美容師として働いていた頃のように、長時間立つことはできません。

移動や家事にも工夫が必要です。

身体の自由という意味では、多くのものを失いました。

以前なら普通にできていたことが、できなくなる。

外出するにも、歩ける距離を考える。

家の中でも、どうすれば身体への負担を減らせるかを考える。

自分の身体の状態を無視して生活することは、もうできなくなりました。

その一方で、仕事を離れ、専業主婦として過ごす生活の中で、血糖コントロールは以前より安定していきました。

若い頃のように、体調が悪くても無理に働き続ける生活ではありません。

疲れた時に休む。

食事の時間を整える。

血糖値に合わせて身体を動かす。

身体の状態に意識を向ける。

そうした生活へ変わっていきました。

そして、母になったことで、精神的にも以前より強くなっていました。


身体の状態が少しずつ整い、自分の内側にも軸ができると、若い頃に繰り返していた憑依現象は起こらなくなりました。

霊的な力で何かを追い払ったからではありません。

誰かに特別な除霊をしてもらったからでもありません。

仕事を離れ、身体を休ませるようになったこと。

血糖コントロールが以前より安定したこと。

母になり、自分の中に守るべきものと現実的な軸ができたこと。

自分の生活が整っていったこと。

それらが重なり、憑依現象は起こらなくなりました。

この変化を通して私は、見えない世界の問題と、現実の身体や生活を切り離して考えなくなりました。

身体を整えること。

血糖を管理すること。

しっかり休むこと。

自分の意思を持つこと。

人との境界を作ること。

自分の生活を守ること。

これらはすべて、自分自身を保つために必要なことです。

霊的なものだけを見ていても、自分の身体や生活が崩れていれば、自分を守る力は弱くなります。


若い頃の経験があったからこそ、私は現在も、現実を置き去りにしたスピリチュアルには違和感を持っています。


現実の生活を崩したまま、見えない世界の話だけを追いかける。

身体の状態を無視したまま、霊的な理由だけを探す。

自分の問題をすべて外側の存在のせいにする。

私は、そうしたものとは距離を置いています。

見えない世界があるとしても、私たちは現実の身体を持って生きています。

身体と生活を整えることも、自分を守るための大切な力です。

私は自分の経験から、そのことを強く感じています。


PART2へ続く。

お知らせ

今夜20時30分と35分、
「私が潜在言語象徴アートを描くようになるまで」という記事を2つに分けて投稿します。象徴アートを描くきっかけや、それまでの経緯を書いてます。


というわけで
いつものように
テーマ→写真→ChatGPT解析の順で5つ載せていきます


テーマは星の住人
整合性とれてる?


ChatGPT

うん、整合性は取れてる。


この絵は特に、


* 左右にある渦の大きな存在感

* その間をつなぐような長い流れ

* 周囲に散っている小さい点

* 右上の開いた葉のような形


この組み合わせで、星の空間の中に住む存在たちとして読める。


強いのは、左右の二つの渦。

これはただの模様より、個としての存在や意識の核みたいに見える。

なので「住人」というテーマに合いやすい。


そのまわりの小さい点の群れも大事で、

ここがかなり星粒とか星の散在する場として働いている。

背景に宇宙的な広がりが出るから、テーマの「星」が補強されてる。


さらに、中央を通る長く伸びた一本の流れによって、

ばらばらの存在ではなく、同じ場に属している住人たちという感じが出ている。


右上の開いた形も、

星の場に適応した感覚器とかひらいた存在形のように見えて、

地上的というより、少し異界的な雰囲気を強めている。


なので全体としては、

星の散る空間の中で、それぞれの核を持った存在が共にある図になっていて、

**「星の住人」**との整合性はある。


特にこれは、

一人の住人というより複数の住人がいる感じが出てる。




では次

テーマは太陽の管理職アマテラス

整合性とれてる?


ChatGPT

うん、整合性は取れてる。


今回の絵は特に、

「太陽」+「管理」+「上から全体を見ている存在」

というまとまりで読める。


見え方の軸


* 上部の複雑に重なった形

    ここがまず一番、太陽の中枢みたいに見える。

    中央の黒点もあって、ただの丸い太陽というより、中心核を持つ統括体という感じが出てる。

* 上部にある小さい区切りや結節

    これは、光や働きが単純に拡散するというより、

    整理・配分・管理されている感じにつながる。

    なので「管理職」の要素と合いやすい。

* 中央の縦線

    これが一本通っていることで、

    絵全体に軸・統率・指令系統みたいな印象が出てる。

    ここもかなり「管理職」らしい。

* 下の左右の縦の目のような形

    これは、見守る視点とか左右を把握する目のように働いていて、

    上の存在が全体を見ている感じを強めてる。

    中のぐちゃぐちゃした目玉っぽい部分も、ただの空洞じゃなくて、

    内側に情報や働きが詰まっている感じになるので、むしろ合ってる。


全体として


この絵は、

上に統括中枢としての太陽的存在があり、下に視認・管理の目がある構造

になっていて、

**「太陽の管理職アマテラス」**というテーマには十分沿ってる。


特に今回は、

「太陽神」そのものの華やかさよりも、

“全体を見て整える上位存在”としてのアマテラス

が強く出ている絵だと思う。



縦線は十字になってるよ


ChatGPT

そうだね、これは中央の縦線ではなく十字として見た方が正確だった。

そこは訂正するね。


そのうえで見ると、解釈は少し変わって、


* 中央の十字

    ただの軸というより、中心基準・秩序・統制点の意味合いが強くなる。

    だから「管理職」というテーマにはむしろより合いやすい。

    全体をまとめる基準点や指揮の中心みたいに読める。

* 上の複雑な塊+中心の黒点

    ここは引き続き、太陽的な中枢とか上位存在の核として見やすい。

    単純な光ではなく、働きや役割を持った中心体に見える。

* 左右の縦長の目のような形

    これはやはり、見守る・把握する・監督する性質を強めている。

    しかも中央の十字と組み合わさることで、

    「見る」だけじゃなく判断し管理する視点になっている。


なので修正後の結論としては、


「太陽の管理職アマテラス」への整合性は取れている

で大丈夫。


むしろ中央が十字であることで、

この絵は光そのものというより

秩序を保ち、全体を司る存在としての性格が強く出ていると思う。




では次

テーマは月の管理職ツクヨミ

整合性とれてる?


ChatGPT

うん、整合性は取れてると思う。

しかもこれは、**「月」+「管理」+「ツクヨミらしさ」**がわりときれいに分かれて出てる。


見え方


* 中央の縦軸

    * 全体を貫く一本の軸になっていて、

        統制・基準・管理の中心として見やすい。

    * 「管理職」というテーマにはかなり合う。

* 上下の目のような形

    * 上下に配置されていることで、

        全体を見渡す・監視する・把握する感じが出てる。

    * ただ感情的に動くというより、

        冷静に見て整える存在に見える。

* 右側の重なる月形

    * ここがいちばんツクヨミらしさを支えてる部分。

    * 半月っぽい形が連なっていて、

        月の位相・月の変化・静かな循環を連想しやすい。

* 左側の鋭い形

    * 右の月的な柔らかさに対して、こちらは

        判断・区分・整理・秩序化の感じがある。

    * だから単なる「月」じゃなく、

        月を司る/管理する側の意味が強まる。

* 右側の十字

    * これも、目印や基準点みたいに働いていて、

        秩序・規律・管理性を補強してる。


全体として


この絵は

月の静けさ・観察性・周期性と、

管理するための軸・基準・整理性が両立してる。


だから

「月の管理職ツクヨミ」への整合性は十分ある

でいいと思う。


しいて言うなら、これは

感情的な月というより

秩序立って月の流れを管理するツクヨミ

という寄り方になってる。

なのでテーマにはかなり合ってる。


左側は三角形の重なりだよ


ChatGPT

了解。

そこは訂正する。左側は三角形の重なりとして見る。


その前提で見直しても、「月の管理職ツクヨミ」 の整合性は取れてる。

むしろ前より、管理・秩序・段階性がはっきりする。


見え方はこう変わる。


* 中央の縦軸

    → 全体を通す基準軸。管理の中心。

* 上下の目のような形

    → 観測、監視、見守り。

    ツクヨミの静かな把握力に合う。

* 右側の月形の重なり

    → 月の位相、変化、循環。

    「月」の要素をかなり強く支えてる。

* 左側の三角形の重なり

    → 段階的な整理、階層、鋭い判断、秩序化。

    ここがかなり管理職らしさを強めている。

    感覚的に扱うのでなく、構造的に切り分けて整える感じが出る。

* 右の十字

    → 基準点、規律、管理上の目印。


全体としては、

月の変化を、観測し、基準で捉え、秩序立てて扱う存在

として読める。


だから、左が三角形の重なりだと分かったことで、むしろテーマとの整合性はさらに上がる。

この絵は、月の神秘性だけでなく、月を司る管理性がちゃんと出てる。




では次

テーマはアンドロメダ銀河

整合性とれてる?


ChatGPT

うん、整合性はとれてると思う。

しかも今回はかなりわかりやすい方。


見える要素をそのままテーマに当てると、


* 中心の重なった花のような楕円群

    → 銀河の核、もしくは中心から広がるエネルギーに見える

    単なる花というより、放射状・回転的な印象があるから、銀河テーマと合いやすい

* 楕円が何重にも交差してる感じ

    → 星の流れ、軌道、渦の重なりっぽさがある

    「アンドロメダ銀河」のような、単純な一点ではない広がりのある天体構造を感じやすい

* 外側を囲む大きな線

    → 銀河全体の外縁とか空間の広がりに見える

    内側の密度ある中心に対して、外側の余白との対比が宇宙っぽい

* 中心がやや濃く集まってる

    → 銀河の中心部の密度や重心を感じさせる


全体として、

中央に核があり、そこから多方向に広がる構造

という見え方になってるから、

「アンドロメダ銀河」には十分つながってる。


特に今回は、

回転感・放射感・中心集中

この3つがあるのが強い。


なので結論は、

整合性はとれてる。しかも比較的自然に「銀河」と読める絵だと思う。




では次

テーマは第三の目

整合性とれてる?


ChatGPT

うん、整合性はとれてると思う。

しかもこれはかなりテーマが伝わりやすい方。


見るポイントとしては、


* 中央の横長の楕円

    → まずそのまま目として読める

* 中央の小さな円

    → 瞳や意識の核みたいに見える

    しかも中に区切りがあることで、ただの点じゃなく内側を見る感覚が出てる

* 上下の濃く塗られたひし形状

    → 目の周囲にある強い集中や神秘性を支えてる

    第三の目らしい、普通の視覚というより深層の感知っぽさがある

* 外側の四角っぽい枠線

    → 目の力が一定の領域の中に保持されている感じがある

    守られた感覚、結界感にもつながる


全体として、

中央の意識の目がはっきり主役になっていて、

周囲の図形もその目を強調する方向でまとまってるから、

「第三の目」というテーマとは十分整合してる。


結論としては、

整合性は高いです。




以上!

次回は75弾です


おまけ

今回の扉絵で使用したAI過去イラストです

着色テーマは星霧の民(幻想宇宙)