バックグランド(家庭環境)はハンディとなる。
整っていない土からは何も生えない。
障害を乗り越えて生えてくる雑草ですら、
「生えることのできる土」があるというのが前提。
背景は関係ない、自分自身で・・・とかいうようなことが
語られる世の中だけど、
たしかにある程度は自分自身でどうにかするしかないし、
どうにかできることもある。
ただ、ハンディが及ぼす影響が半端なく大きいことは事実で、
自分で頑張る、どうにかできる、という問題ではないことは確実にある。
綺麗ごとばかりの精神論なポジティブさの押しつけは
ハラスメントと同じだ。
啓発本も、読む人誰もが当てはめられる「思考の転換」が書かれているが
思考を変えても、在る(バックグラウンド)の実態は何も変わっていないのだから、
精神を整え、考え方を変えるだかえで変えられる現実(実態)の人だから
有効なのであって、
当てはまらない人にとってはポジハラと同じである。
気合でなんとかなる、という昭和の働き方のような精神論は
凶器だと考える。
人生とは、自身でどうにもならないことに苦しみ耐えて生き続けることが
ベースにあるように感じる。
そんなことを考えた一日。