Good guy シリーズ 2nd
『The Sign of Five(五つの徴候)純粋なる獣』千秋楽。
2回目の観劇。
今回はモリアーティーが言った殺人を犯す「徴候」について注目してみる。
彼曰く、徴候の五つ目は「解放」だという。
それは親や家族からの解放、世間やしがらみからの解放に他ならない。
このキーワードで、全ての展開や台詞に合点がいった。
自由であるためには、感情を縛りつける必要がある。
だが、その感情でさえ欠落してしまっていたら。それはもう恐怖を感じない化け物なのか。それこそ純粋なる獣なのか。
ウィルが殺人犯だと分かっても、「それでも僕達の弟だ」と見捨てず寄り添う仲間たちの姿が、1回目に観た時はやたらウザかった。
だが仲間たちの優しさが、還って彼から自由を奪い、せっかく家族から解放されたウィルを再び「家族」という囲みで縛り付けることになるのだ。
その未来予想図に唆られたモリアーティーは敢えてサイモンに選択を「託し」、「貴女たちの復讐は遂げられた」と宣告する。「束縛」こそがウィルへの処罰なのだから。
果たしてあのままウィルを獣として扱ったほうが、彼を純粋なままにさせたほうがよかったのではあるまいか。
色んな疑問視と考えが渦巻く舞台で刺激的だった。
簡易なセットだが、ソファとベンチを正義と悪とで暗喩させて印象的。
大中小のテディベアが可愛いが、スタッフの私物らしい。
照明と音響が地味ながらイイ仕事っぷり。
ラストは、サイモンの引越しという形で終わり、サイモンの家族からの「解放」を暗示。彼はこれから純粋な人間として生きていくのだろうか。
レストレイドの「(ウィルと)会えるといいですね」も意味深。
既に何かが起こりかけているのか。
続編に含みを持たせながら、いつかサイモンvsゲイブの直接対決を願いたい。
それと、ワトソンの登場も。
終演後、キャストとの歓談。
飛田展男さん、知人の為に快くメッセージを下さってありがとうございます。
『スリル・ミー』からのハシゴだったので、色んなことが重なり、新たなスリルミー考察の手がかりともなった。
「彼」は超人になりたがっていた。それは何故か。
「彼」は家族に執着していたのだ。超人となってドデカいことをしでかして、父をギャフンと言わせたい、弟を服従させたい、母の愛を一身に集めたいから。
だが犯罪が露呈し、その望みも叶わなくなった彼に、唯一救いがあったのは、そうした家族からの「解放」だった。
しかし解放からの束の間、今度は「私」がカゴの中の2羽の鳥だよと、彼を束縛する宣言をする。
これはもう、彼にとってたまったもんじゃない。「永遠じゃない!」と抗う彼の悲痛な叫びが、より胸を突き刺す。
この世の中、束縛する者と束縛される者とで分かれている。とは、誰かの言葉だったか。


