落ち込んでる私を

密かに心配してくれていた

清掃のおばあさん。

特別、何を聞くでもなく

私が休憩時間に休めるよう

そっと居場所を作ってくれていた。

私への配慮は痛いほど伝わってきたが、

お互い何も言わなかった。
聞かなかった。

ある日の勤務、休み時間に2人きりになった。

すると、おばあさんが

最近、元気ないように見えるけど…

あまり、聞かないようにしてたんだけど
大丈夫?と。
言われた。

弱りきった私は、

つい本音を吐いた。

うん、大切な家族を亡くしてね、
なかなか、元気になれないんだ…。
いつも、配慮してもらってたこと
気づいてたよ。って言ったら

そうなの?
気づいてたんだ。良かった。
でも、私もわかるよ。
大切な人、私も亡くしたからね…と。

十月十日お腹で育った子が
死産でね…。
初めての子だった、女の子だったのよ。
でも、私は泣けなかった。
だって、周りが無くから。
父母、義父母みんな泣くから、
私の泣き場所は布団の中に入った時くらい。

そのあとも、3人子供を授かったけど
みんな男。
孫も全員男なんだょ!
と、笑いながら話してくれた。

でも今も、亡くした子の事を
忘れることは絶対にないよ。

今は悲しい、辛い。
だけど、ずっとこのままでもない。
今は我慢しないで生きなさい。
いつか、何かが変わる時が来るから。

皆、いろんな事を抱えている。
言わないだけ、
何にもない人はいない。
うちの主人も若い頃、
一番下の弟を亡くしてさ、辛い姿見てたしね。

また、声掛けるからね。
じゃあねって、仕事に戻ったおばあさん。

以前、私がおばあさんやおじいさんの話を
聞いてみたいとブログに書いてたけど
本当に、このタイミングで救われた言葉が
いくつもあった。

やはり、見ていてくれる人はいる。

やはり、心が通じる人はいるんだな。

心がある、心がない
見た目ではわからないけど、
何を持って心があるのか
わからないけど

それは人に寄り添って生きてるからこそ
気づく視点であり、それは受け取りや
通じるものが確かにある。

救ってくれる人に感謝。
人はやっぱり、1人で生きていけないものだな。
支えて支えられて
辛くても、
そうやって、みな今日も生きている…。