アタラクシアという用語を発したときに、ふと公務員受験時代の友人を思い出した。成績が優秀な友人で教養科目で1問も出るかどうかわからない思想という科目もしっかり勉強していて、よく哲学用語を普段の会話に織り交ぜて来るという少しばかりのウザさがあった。その中でアタラクシアという響きが微妙に俺の中で来てるとか言っていたのを思い出した。
公務員受験以外の友人とはあり得ない、あの公務員試験に出てくる用語をふと使う言葉遊び的なのが何故か楽しかった。オピニオンリーダーやら麻酔的逆機能とか多用した記憶がある。
あの時は、夢があった。夢というと大袈裟過ぎるが、明確であり人生に大きな影響を与える夢、つまりは公務員になるという夢があって、それに向けて毎日勉強をしていた。
それが今は無いし、また、これからも無いのだろうかと思うと少しだけだが淋しく思う。だから先程のように最近よく受験時代の事を思い出すのかもしれない。ままごとではあったが、友人と共に政策について議論をするのは楽しかったが、政策立案、それとは無縁の公務員になるのは何とも皮肉な事だとつくづく思う。
でも、それについてはアタラクシアに以前よりかは近付いたと思うので、その分だけ哀しみも少なくなったかと思う。たぶんだが。たぶん。
ちなみにアタラクシアとは、欲を捨てて得られる平静な心の状態をさし、涅槃とは煩悩という火を消して得られる心穏やかな状態をいう。
アタラクシアとかいう名前のキャラ、FFとかにいそうだな。強欲の魔人的な設定で。いや、強欲かよって話だが。