BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ...今日は本当にツイてない

 

久々の土曜出勤だというのに、会議の途中でプロジェクターが故障して、頑張って準備したプレゼンが中途半端に終わってしまったし、お気に入りの弁当屋でお昼を買おうとしたら臨時休業で休みだったし、自販機で缶コーヒーを買おうとしたら、なぜか苦手なトマトジュースが出て来るし...

 

締め括りは、久々に同僚に誘われて飲みに行ったら途中で同僚に連絡が入って、いい雰囲気になりつつある女性から急にお誘いが来たとか言って、あっさり俺はフラれてしまった


とりあえず注文した分は全て胃の中に収めて店を出たものの、何となく不完全燃焼で帰る気にはなれず、どうしたものかと遊歩道のベンチに座っていると、ふっとチョンさんの顔が頭に浮かんだ

 

こんな時はチョンさんと会って慰めてもらうのが一番なのに、今はそれが叶わない

今はというか、あれ以来ずっとだから二ヶ月は経つ

 

暫く会わないと承諾したのは僕自身だし、こちらから連絡はしないと言ったのも僕だけれど、ふとした時にチョンさんの事を思い出して苦しくなる

どうしたらチョンさんを思い出さずにいられるのか、その術を僕はまだ見付けられていないし、そもそもそんな事は絶対に不可能だ

僕の中で、あまりにもチョンさんの存在が大きくなり過ぎた

 

 

艶を帯びた黒い瞳にぽってりとした唇、美しい鼻筋、尖った顎...

あの細く長い指先で触れられると、僕の体温は一気に上昇し、細胞の一つ一つがチョンさんを求めてしまう

 

いつかまたあの声で僕の名を呼んでもらえる、そう信じてもう二ヶ月

スマホが震える度にハッと画面を見て、チョンさんではないと分かった時のあの悲しい気持ちをあと何回乗り越えればいいのだろう?

 

ほんの気紛れで、あのホテルのバーに行ってみようかな、と思った

 

チョンさんは普段お酒を飲まないから、僕が一緒でもない限りはきっとあのバーに行く事はないだろう...と、何の根拠もないけれど、僕は心を決めてホテルに向かって歩き始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々に訪れたバーは、あの頃と何も変わっていなかった

たかが二ヶ月やそこらで何かが変わる訳もないのに、僕はそれがとても嬉しくて、同時にそこにチョンさんがいない事が堪らなく悲しくもあった

 

一杯目はいつものように自分の好きなものを注文し、二杯目は少し悩んで、いつだったかチョンさんが飲んでいたストロベリーフィズを選んだ

 

ストロベリーフィズは、その可愛らしいネーミングに見合った甘酸っぱさと、思っていたよりアルコール感が強いお酒だと知った

そういえばあの時、チョンさんの酔いの回りは確かに早かった

そんな状態で部屋に行ったものだから、いつもより心なしか激しめに、雑に抱かれたのを思い出して、今更ながらに納得した

 

そんな事を思い出して懐かしみながら、優しいピンク色の液体をじっと見つめていると、背後の方で女性の大きな笑い声が聞こえてきて、同じカウンターの並びにいた別のお客さんが振り返って見ていた

こういうしっとりとした雰囲気にそぐわない笑い声の持ち主が気になって、僕も一緒になって振り返って見た

 

テーブル席はいくつか埋まっていて、どの人だろうと視線を巡らせていると、ふっと一人の男性の視線と重なった

見覚えのある切れ長の美しい猫目と目が合って、それがチョンさんだと認識するのに数秒かかった

ここにいるはずもない人と目が合うわけがない、そう思ったからだ

 

でもそこにいたのは紛れもなくチョンさんだった

 

チョンさんは微動だにせず、ただ僕をじっと見つめていた

それから僕の視線は隣にいる女性に移り、それが奥さんだと直感的に分かった

 

チョンさんを独り占めしているその女性は、僕の予想に反してキレイな人だった

黒くて長い髪をサラリと肩に垂らし、色白で華やかな顔立ちで、チョンさんが選んだのだから当然といえば当然だけれど、どうせならもう少し地味な人だったら良かったのにと、なんだかちょっと悔しかった

 

チョンさんに再び視線を戻すと、ハッとしたように立ち上がり、奥さんに何か言うとそのまま店を出て行ってしまって、それを見た僕は衝動的に椅子から降りてチョンさんの後を追い掛けていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チョンさんが出て行って一人残された僕は、暫くそこから動けなかった

今頃奥さんの隣に座って何事もなかったかのように過ごしているのかと思うと、無性に悲しくて、苦しくて、悔しい

 

洗面台の鏡に映った自分を見ると、まるで絶望の淵にいるような顔をしていた

それなのに、久々に味わったチョンさんとの蕩けるようなキスのせいで、体はこんなにも熱くて胸は高鳴ったままだ

 

会えたのは嬉しいけれど、次にいつ会えるのか分からないまま、中途半端な余韻を引きずって明日からまた過ごさなければならないのなら、会えない方がまだ良かった

 

 

飲み逃げだと思われたらいけないので仕方なく店に戻ると、チョンさんと奥さんの姿はもうなかった

きっと僕が戻る前に慌てて会計を済ませて出て行ったのだろう

 

グラスに残っていたストロベリーフィズを飲み切ってから店を出ると、どこの部屋にいるか分からないチョンさんの姿を思いながらホテルを見上げた

殆どの部屋に明かりがついて、窓越しに影がちらちら動いているものもあった

きっとこのどこかにいるんだ...そう思うだけで胸は熱くなり、会いたい気持ちがどんどん膨らんで今すぐにでも連絡を取ってしまいたくなる、でも...ダメだ

 

すぐ目の前に愛しい人がいるのに会えない

きっと向こうも同じ気持ちでいるのにそれが叶わない

 

身を切り裂くような痛みに耐え切れず、僕は逃げるように駅への道を急いだ

もうここには来ない、決して

ここには二人の思い出があり過ぎる

 

 

駅に着いて電車を待っていると、カバンからスマホを取り出しじっと見つめた

自分からは連絡しないと言ったけれど、あんな風に会ってしまってきっとチョンさんも思い悩んでいるに違いない、いや、そうであって欲しい

 

奥さんは家に帰すと言っていたから、今はチョンさん一人のはずだ

通信アプリを開いて、最後にチョンさんと交わしたやりとりの下に新しく会話を書きかけて...途中で操作の指を止めた

 

"会いたいです"

 

書きかけのメッセージを残したままアプリを閉じてスマホをしまうと、そのタイミングで構内アナウンスが電車の到着を告げた

 

到着した電車に乗り込み、ドアの脇に立つと、窓の外の暗い景色をぼんやりと眺めて溜め息を一つついた

危うく約束を破りそうになって辛うじて踏み止まったけれど、今の僕はもう、二ヶ月前に毅然とした気持ちでチョンさんの想いを押し退けた僕ではない

ちょっとしたきっかけさえあれば容易に誘惑に負けてしまう、とてもあやふやで意志の弱い人間になりつつある

 
それもこれも、チョンさんに会ってしまったからだ
 
車内には、次の停車駅と乗り換えのアナウンスが流れていた
僕の住んでいる町の最寄駅はまだずっと先で、チョンさんは駅名を似ている別の駅と勘違いしていたっけ...
 
カバンにしまったスマホの振動に気付いて取り出すと、画面表示を見て心臓が止まりそうなった
電車内だというのにも構わず通話ボタンをスライドして、スマホを耳にあてた
 
 
「...もしもし」
 
 
思わず息を止めて相手の声を待った
僕の全神経が今、耳に集中している
 
 
「...もしもし、シムさん?」
 
 
聞き慣れたハスキーな低音が、鼓膜を優しく震わせた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

※画像お借りしました※