BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m
出来心...なんて言ったら怒られてしまうだろうか
相手は自分たちの生活を支えてくれている屋敷の主人の息子で、魔が差したからとはいえ、あんな行動に出てしまった俺はきっとどうかしていたのだ
寄宿学校が夏休みに入り、チャンミンは数ヶ月ぶりに屋敷に帰って来ていた
久し振りの再会を秘かに心待ちにしていた俺は、その姿を見付けた瞬間、体中の血が沸騰するかと思うくらいに嬉しかった
束の間の休暇を一日でも無駄にするまいと、俺たちは近くの小川で遊んだりしてそれなりに充実した日々を過ごしていた
そんなある日、暇を持て余したチャンミンに誘われて敷地内の木立ちで昆虫採りをしていると、飽きて来たのかいつの間にかチャンミンが木陰で休んでいた
思っていたよりも虫が見付けられなくて退屈だったのは確かだった
「ねぇ、虫探しはやめたの?」
俺の問い掛けにチャンミンは黙って頷くと、大きな欠伸をしておもむろに芝生の上にゴロリと寝転がった
「今から昼寝?でも、もうすぐメイドが昼ご飯で呼びに来るんじゃないかな」
「多分ね、でも眠くて仕方ないんだ
ユノも一緒に寝ない?木陰は気持ちいいよ」
「俺まで寝てたら怒られるよ」
チャンミンの隣に腰を下ろすと、日向とは打って変わって風がそよそよと心地いい
ぼんやりしていると俺まで眠ってしまいそうで、両腕を開いて思い切り伸びをした
太陽の下をあちこちと歩き回ったせいか、半袖から出ている腕が真っ赤に日焼けしていた
ふと隣で横たわるチャンミンを見ると、もう寝てしまったのかじっと動かない
夏だというのに肌は白く、長い睫毛はまるで人形のよう艶やかにカールし、静かに眠る姿はお伽噺に出てくる眠り姫のようだった
思わずじっと見惚れていたら、次第に見てはいけないものを見ているような罪悪感を覚えて、慌てて視線を逸らした
すると突然、サァーっと木の葉が音を立てて揺れ、強い風が二人の間を駆け抜けて行った
眠っているチャンミンの茶色い髪がふわりと揺れ、瞼が微かに震えると、風を嫌がるようにしてこちらに寝返りを打った
その瞬間、俺は衝動的にチャンミンに触れたくなった
寝ているチャンミンを起こさないように傍らに手をついて身を屈めると、吸い寄せられるようにその口元に自分の唇を重ねた
風は変わらず強く吹き続け、木々は俺を非難するようにざわめいた
遠くの方で俺たちを呼ぶ声がして身を起こすと、まだ眠っているチャンミンを突いて起こした
「チャンミン、呼びに来たよ」
「...えぇ?もう?」
チャンミンは目を擦りながら眩しそうに俺を見上げた
ほんの数秒前に俺がしていた事には全く気付いていないらしい
「ほら、行こう」
俺はそう言って立ち上がると、まだ眠そうなチャンミンを見下ろした
もっと幼かった頃は、寄宿学校でなかなか会えなくてもこれほど辛くは感じなかった
でも、それが10代に入り、チャンミンへの想いが強くはっきりして来ると、会えない時間が途方もなく長く感じられるようになっていた
向こうはそんな俺の気持ちに全く気付いていないし、気付いて欲しいとも思わない
むしろ、こうして無邪気に笑い合える関係が壊れてしまうのが怖かった
「ユノ、行かないの?」
急に声を掛けられて我に返ると、チャンミンは体についた芝を手で払いながら、突っ立ったままの俺を不思議そうに眺めていた
「今更眠くなった?だからユノも一緒に寝れば良かったのに」
「違うよ、考え事してただけ、ほら、行くよ」
「あ、ちょっと待ってよ!!」
パッと駆け出してチャンミンを置き去りにすると、遥か前方で俺たちに向かって手を振るメイドに応えて大きく手を振り返した
さっきチャンミンにキスした事は、きっと白昼夢だったのだ
そしてそれきり俺はチャンミンへの想いを封印し、あの日の出来事は心の奥底にしまった
車のエンジン音がして窓から外の様子を窺うと、白いスポーツカーが屋敷の前に停まっているのが見えた
急いで出迎えに行くと、S氏が大きなバッグをトランクから出して来たところで、俺を見るなり無言でそのバッグを寄越した
「お久し振りでございます」
「やぁ、元気そうだね
車は適当に移動しておいて」
「かしこまりました」
何が入っているのか大して重くもないバッグを持って屋敷内に案内すると、S氏はチャンミンを探すように片っ端から部屋を覗き始めた
「チャンミン様は書斎においででございます」
「あぁ、書斎か...
悪いけど、酒の用意を頼むよ」
「かしこまりました」
夕食前に酒を飲む気か...
でも、チャンミンを酔わせるには相当量を飲ませないと、以前に比べてかなりアルコールに強くなっている
チャンミンを酔わせる前に自分が酔ってしまうのが関の山だ
言われた通りにウィスキーを載せたトレーを持って書斎に向かうと、S氏はチャンミンの隣に座って何やら熱心に話し込んでいた
俺が入って行くと、警戒するような視線を素早くこちらに向けた
「トレーを置いたら下がっていいよ、後は俺がやるから」
S氏はそう言ってソファから立ち上がると、俺からトレーを受け取った
チャンミンの方を見ると、不安そうに、できるだけ傍にいて欲しい、そう訴えているような眼差しでこちらをじっと見ていた
「お酒の準備は私がいたしますので、お掛けになってお待ちください」
「いや、俺がやるからいいよ、君はもう下がって」
「しかし...」
これ以上しつこく粘るとS氏は機嫌を損ねるだろう
どうしたものかと迷っていると、すかさずチャンミンが立ち上がった
「せっかくだからユノにお願いしようよ
ユノがやってくれた方が僕好みに作ってくれるし、美味しいから」
「...ありがとうございます」
S氏の悔しそうな顔を横目に、俺は二人分のウィスキーソーダを作った
チャンミン好みの絶妙な分量があり、それを毎回正確に作れる自信が俺にはあった
「あ、ユノ、デスクの上の書類に目を通しておいてもらえない?」
「今でございますか?」
「そう、忘れるといけないから」
「かしこまりました」
お酒を作ったらすぐにでも俺が出て行くと思ったのか、S氏のガッカリした顔を見て内心ニヤリとした
きっとチャンミンなりに何かしら俺がここに残るための用事を作っておいてくれたのだ
書類は幾つかあり、中には数ページにわたって細かく読まなければいけない土地の権利書のようなものもあって、夕食の支度が整う頃まで十分にかかりそうだった
俺が書類に目を通している間、S氏は当たり障りのない会話をチャンミンと交わしていた
本当はもっと打ち解けて二人だけの会話をしたかったのだろうけれど、俺がいたのでは気になってそうもできまい
チャンミンの方も、どうにかして俺を会話の中に入れようと、こちらに話題を振ったり同意を求めたり、お陰で書類の確認がなかなか進まなかった
30分程してメイドがやって来ると、夕飯の支度が整った事を告げた
一足先にウィスキーのトレーを持って書斎を出ようとしたら、どうした事かチャンミンも一緒に部屋を出ようと立ち上がった
俺とチャンミンは行き先が違うので一緒に出る必要はない
「...一緒に行かれるのですか?」
「そう
ここにいてもお酒飲んでるだけだし、それより早く何か食べたい」
そう言ってチャンミンはS氏の方を振り返り、一緒に行くよう促した
せっかくチャンミンに会いに来たのに二人きりになれず、ようやくチャンスが巡って来たと思ったら一瞬でそのチャンスが潰され、さぞかしS氏は歯痒い思いでいるだろう
少し気の毒な気もするけれど、チャンミンを守るためなのだから仕方がない
夕食の席で、S氏は盛んに食後は自分の部屋に来るようチャンミンを誘っていた
食後は居間でコーヒーなどを飲んで寛ぐのが一般的で、いきなり自室に誘うのはいかにも下心を感じる
S氏としては、自室ならば執事の俺が立ち入る事はないと思っているのだろう
チャンミンもそこはしっかりと心得ているのか、S氏のいる場で食後のコーヒーを居間に運ぶよう俺に指示を出した
夕食の片付けが終わり、コーヒーのトレーを持って居間に向かうと、S氏は俺が入って行くなりあからさまに嫌な顔をした
ひとまずトレーをテーブルに置いてカップを並べていると、チャンミンが俺のところへやって来た
「たまにはユノも一緒に飲まない?」
「私もですか?しかし...」
「ユノが年寄りの執事だったら別だけど、僕たちみんな歳が近いし、たまにはいいんじゃない?ねぇ?」
チャンミンがそう言ってS氏の方を振り向くと、S氏は戸惑ったような表情を見せた
どうして執事なんかと、とでも言いたいのだろうけれど、チャンミンに言われてしまっては断れまい
3人分のコーヒーを淹れながら、さてこれからどんな展開が待っているのかと、俺の胸中は少しばかり複雑だった
※画像お借りしました※