BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m
「本当に家に行っていいの?」
居酒屋を出て自宅アパートに向かって歩いていると、僕の代わりに自転車を押していたチョン君が振り返ってそう言った
今更そんな風に言われても、あと数分で到着してしまう
「うん、だって、もう二度と再放送しないかもしれないし、見たいんでしょ?」
「見たい」
見たい番組をうっかり録画予約し忘れた時の悲しみは、僕も痛い程に良く分かる
幸か不幸か、居酒屋から僕の家までは歩いてすぐで、どんなにゆっくり歩いたってチョン君の見たがっているドラマまで十分間に合う、となれば、招かないのは薄情だ
でも、自分から提案しておきながら、実はちょっと後悔していた
なぜならチョン君が僕の部屋に上がる事は全く予想だにしていない事で、ただでさえ見つめられると居心地悪くて仕方がないのに、僕の部屋でテレビを見るというのだからどうしたものか、いや、どうもしないか...なんて事を考えているうちにアパートの前に到着した
「着いたよ
自転車はそこの駐輪スペースに停めてくれる?一番端のとこ」
「ここ?」
「そう、で、鍵かけておいてね」
駐輪スペースの脇を通って外階段を上り、2階の一番奥が僕の部屋だ
玄関を開けて中に入ると、まずはテレビとレコーダーの電源を入れて例のドラマの録画予約をした
「テレビつけとくから、適当にしてて」
「ありがと」
チョン君はソファの真ん中に陣取り、いつ始まってもいいようにスタンバイしていた
その間に僕はシャワーの準備をして、酔い覚ましにコーン茶を一杯飲むと、チョン君の分もグラスに注いで持って行った
「お、ありがと、一緒に見る?」
「ううん、いい
見てる間にシャワー浴びてくるから、ゆっくり寛いでてよ」
「シャワー?」
「だって、時間がもったいないじゃん
それに、一人で見てる方が気兼ねしないでしょ?」
「まぁね」
気を利かせている風に言ってみたけれど、本当はチョン君と二人きりでいるのが嫌だからで、シャワーは逃げるためのいい口実になった
一緒にドラマを見たところで、きっと気が散って内容なんて頭に入って来ない
あぁ、それにしても、どうして家に呼んでしまったのか...
考えれば考える程、自分の判断は間違っていたのではないかと思えてくる
でももう連れて来てしまったし、ドラマが終わったら帰るだろうからそれまでの辛抱だ
でも、もしなかなか帰りそうになかったら?
泊まる、とか言い出したら?
急にそんな考えが浮かんで来て、キュっと心臓が痛くなった
いやいや、さすがにそんな無理は言わないだろう
チョン君は歩いて帰れる場所に住んでいるのだ
シャワーを浴びながら鏡に映った自分の顔を見て、その不安げな表情に戸惑った
今日の僕はどうかしている
「...え、今何て言ったの?」
「ん?シャワー浴びていい?って訊いたんだけど」
シャワーを済ませて出てくると、ドラマはちょうどエンディングが流れていて、チョン君は空になったコーン茶のグラスを手にじっと画面に見入っていた
そして僕に気付くと、当たり前のように"俺もシャワー浴びていい?"と言った
「なんでチョン君がうちでシャワー浴びるの?」
「なんでって...泊まるから」
「は?」
絶句、思考停止、そしてプチパニック...
「ちょ、ちょっと待って、今、うちに泊まるって言った?」
「言ったけど...まさかこの時間に帰れって言うつもり?
もう深夜だし、そもそも俺、歩きなんだけど?」
「もしかして、最初から帰るつもりは全然なかった?」
「当たり前だよ
ていうか、そのつもりで家に来ていいって言ってるんだと思ってた、違ったの?」
違うも違う、大間違いだ
泊まるつもりなら、最初にそう言ってくれれば家に呼んだりしなかった
その代わり、僕だけ急いで帰宅してドラマの予約をして、後日、ダビングしたものをチョン君に渡せばいいだけだ
「下着だけでも借りていい?シム君もMサイズでしょ?」
いいともダメとも言っていないのに、チョン君はもうそのつもりなのかテレビを消して浴室の方に向かっていた
「あっ、ねぇ、ちょっと待ってよ!!」
慌てて追い掛けると、トイレに入ってしまったらしく姿はなく、どうしよう...と途方に暮れていると、トイレから出て来たチョン君は既にTシャツと靴下を脱いでいた
「下着は?持って来てくれた?あとバスタオルも」
「ちょっと待ってよ、泊まっていいなんて一言も言ってないけど
そもそもチョン君も明日...っていうか今日は大学だよね?ここから通う気?」
「そうだけど、何か不都合でもある?」
「それは...不都合って言われたら、特に何もないけどさ...」
「だったらいいじゃん」
そう言ってチョン君はジーンズに手をかけて脱ごうとして、ピタリと動きを止め、僕をじっと見て軽く咳払いをした
「俺が素っ裸になるとこ、そこでずっと見てるつもり?」
「え?あ...ごめんっ!!」
慌てて洗面所を出てドアを閉めると、閉めたはずのドアがパッと開いてチョン君が顔を出した
「一緒に入る?」
「...なっ、何言ってんだよっ!!」
チョン君を強引に洗面所に押し込みドアを閉めると、急いでその場から離れた
顔が燃えるように熱くて、心臓が物凄い速さでドキドキしている
ちょっと揶揄われただけなのにこんなに心が乱れて、あんなセリフを真に受けてしまった自分が恥ずかしい
少しずつ冷静さを取り戻すと、今度はまた別の問題に直面した
どこでチョン君に寝てもらうかを考えていなかったのだ
一人暮らしなのでシングルベッドだし、寝具の予備も当然ない
ソファはあるものの、僕やチョン君みたいな高身長の男が足を伸ばして横になれる程の大きさもない
そもそも、突然泊まると言い出したのは向こうなのだから、少しぐらい不便でも我慢してもらおう
「あ、そうだ、下着とタオル!!」
自分の下着とスウェット上下、それから洗い替え用の予備タオルを洗面所に持って行くと、浴室からはシャワーの音に混じってチョン君のご機嫌な鼻唄が聞こえてきた
誰の歌かは分からないけれど、最近よくテレビのCMで耳にするメロディだ
へぇ...案外歌が上手いのか
本能的に浴室の扉に背を向けていたのに、なぜだか無性に振り向きたくなって、真後ろに全裸のチョン君が立っている訳でもないのに僕の鼓動は激しく乱れた
見ちゃダメだ...でも、見たい
えい!!と思い切って振り返ると、摺りガラス越しに肌色の影がチラチラ動いているのが見えて、それがチョン君の裸体だと思った途端、とても平静ではいられなくなって慌てて洗面所から飛び出した
やっぱり僕はどうかしている
チョン君がシャワーから出て来る頃、僕はだいぶん落ち着きを取り戻していた
とにかく余計な事は考えずに、ただ寝て、起きて、朝食を済ませて、大学に行く事だけを考えていればいいのだ
「スウェットありがと、助かる」
僕のスウェットを着ているチョン君は、同じスウェットとは思えないほどカッコ良く着こなしていて、つい見惚れてしまいそうになった
「さすがに着てた服をそのままっていうのもね...
でさ、悪いんだけど、ソファで寝てもらってもいい?」
「あぁ、いいよ
ごめんね、いきなり泊まるとか言い出して」
なんだ、そういう気持ちがちゃんとあったんだ...
「本当だよね
最初に言ってくれればそれなりに心の準備もできたのに」
「心の準備?」
「あ...いや、ほら、色々準備しなきゃいけないでしょ?下着とか」
「あぁ、あと歯ブラシとか?
でも来る時にコンビニあったし、もしあれだったら今から買いに行くけど」
「いいよ、歯ブラシは貰い物があるからそれ使って
スウェットはいいけど、下着はちゃんと洗ってから返してね」
僕はそう言ってから、自分のベッドからタオルケットを取って来てソファの上にポンと置いた
「歯ブラシは洗面所に分かるように出してあるから」
「ありがと」
ふとソファの端に目が行って、そこにはチョン君の脱いだ服が雑に畳まれてあった
本人なりに畳んでいるつもりなのだろうけれど、僕はそれを手に取ると、もう一度キレイに畳み直してあげた
「シム君て気が利くね、うっかり惚れちゃいそう」
うっかりって何だよ、と思いながら、内心ではちょっと嬉しかった
でも、こういうのを黙って見過ごせない性格なだけだ
「単に几帳面なだけで、ずっと一緒にいたらきっと鬱陶しいよ」
「そう?俺はそうは思わないけど
おまけに可愛いし、むしろ一緒にいて欲しいくらいだけどな...って、どうしたの?顔が赤いけど大丈夫?」
「そ、そう?気のせいじゃない?
あ、もうこんな時間だ、寝なきゃ」
まるで大根役者の棒読み台詞のように早口でそう言うと、僕は急いで寝室に引っ込んだ
その後、チョン君がどんな風に寝たのかは分からないけれど、翌朝起きてみると、チョン君はソファにこぢんまりと収まって気持ち良さそうに眠っていた
その寝顔は起きている時とは違って隙だらけの完全無防備で、僕は敢えてすぐには起こさず、ゆるゆるなチョン君を暫く眺めていた
※画像お借りしました※