BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m
真新しい制服に袖を通すと、パリッと糊が効いていて気持ちがキュッと引き締まる
ロッカー扉の内側に付いている小さな鏡でもう一度身だしなみをチェックすると、扉を閉めて鍵を掛け、更衣室を出た
今日はバイトの初日だ
職場は地元に昔からある老舗の洋食屋で、僕はそこのウェイターだ
本当は厨房でも良かったのだけれど、店主が僕を一目見るなりホールスタッフに決めてしまった
大学に通いながらなので、平日と休日を含めた週4日、時間は夕方から閉店までだ
「あ、シム君、ちょっといい?」
更衣室を出てすぐが事務所スペースで、そこにいた店主が僕を呼んだ
店主の隣には、僕と同じ制服姿の男性が立っていた
「君と同じ時間帯のチョン君には、まだ会った事なかったよね?」
「えぇ」
「こちらがシム君、今日から君と同じ時間帯で入るから、色々と面倒見てあげて」
チョン君と呼ばれたその男性は、珍しいものでも見るような目付きで僕をジロジロと眺めた
どこかワルっぽさと優等生っぽさが同居しているような雰囲気で、男の僕ですらちょっと目を見張るようなイケメンだった
「とりあえず研修バッヂ付けて、暫くはチョン君と一緒に行動してね」
店主はそう言うと事務作業に戻って行った
「ホールの経験は?」
突然話し掛けられてビクっとすると、チョン君はあからさまに嫌な顔をした
「...そんなに驚く?俺が人形か何かだと思った?」
「いえ...すみません
ホールの経験はあります、前に喫茶店で働いてました」
「そっか、じゃあ大体の流れは分かるよね
うちは手書き伝票でオーダー取るから、ミスだけは絶対しないように」
「はい」
手書き伝票なら喫茶店と同じだ
でもあそこはメニューが少なかったからまだいい
ここは種類が多い上に、似たような名前も多いから間違えそうで怖い
「とりあえず俺と一緒に動いてくれればいいよ、細かい事はその都度教えるから」
「よろしくお願いします」
僕がそう言ってお辞儀をすると、チョン君はそれを見てうっすらと笑った
「礼儀正しいんだね、大学生だよね?」
「1年です」
「じゃあ俺と1学年差だ
家は近いの?」
「えっと...自転車で10分くらいです」
「そっか、俺は徒歩10分てとこかな
大学の授業が終わってから来てるって感じ?だよね、俺も一緒」
チョン君はどうやらお喋りが好きらしい
次から次と質問をしては、自分の情報も同じように僕に教えてくれた
お陰で勤務初日の30分やそこらで僕はチョン君の大体の個人情報を得てしまった
こんなに他人に話していいのかと思うような事すらも、いとも簡単に話してしまうのがちょっと心配になるくらいだった
店の入り口でお客さんの入店を知らせるベルが鳴ると、チョン君はサッとメニューを手に出て行き、人数を確認してテーブルに案内
水とお絞りを運んで、お客さんの注文を取り、それを厨房に伝達
あとは料理が出来上がったらそれをテーブルに運ぶ...
実に効率良く無駄な動きのない仕事ぶりだった
19時を過ぎると一気に忙しくなり、忙しなく動き回るチョン君について回るのはなかなか大変だった
そして20時半を過ぎるとようやく一段落して、ラストオーダーの21時頃にはかなり手が空くようになった
「この時間になると余裕が出て来るから、営業に支障が出ない程度に少しずつ片付け始めるよ」
「お客さんがいるのに片付けちゃうんですか?」
「例えばここにあるメニューはもう必要ないから一冊ずつ拭いてしまったり、あとは予備で出してるカトラリーなんかも一旦洗わないといけないから厨房に下げるし、レジ周りの備品を整理したり、そういう感じかな」
「分かりました」
一組、また一組とお客さんが帰って行って、22時ちょっと過ぎに最後のお客さんの会計を済ませると、ここから一気に本格的な片付けに入り、全て終えて退勤したのは22時半を過ぎた頃だった
「日によって違うけど、22時ジャストに片付けが始められるともっと早く終わるかな
なかなか帰らないお客さんなんかもいるから、それで左右されちゃうよね」
「そうですよね」
喫茶店はここまで閉店時間は遅くないけれど似たようなものだ
コーヒー一杯で何時間も粘ったり、とっくにドリンクが空になっているのにいつまでも喋っているグループがいたり、どこの店にもそういうお客さんはいる
チョン君と一緒に更衣室に入ると、チョン君のロッカーは僕の隣だった
何となく見られるのが嫌だったので、邪魔にならないように自分の服をロッカーから出して更衣室の端に移動すると、そこで着替えた
「シム君は夕飯どうするの?」
「...え?」
着替えの真っ最中に話し掛けられて戸惑いながら振り返ると、チョン君は上はTシャツ、下はボクサーパンツという中途半端な格好だった
そんな格好で話し掛けるなよ、と内心思いながら、そういう自分も似たような格好だったので慌ててジーンズを上まで引っ張り上げた
「俺はすぐ近くの牛丼屋で食べて帰るけど、シム君は?」
「僕は...特に考えてなかったです」
「じゃあ一緒にどう?
自転車で10分だっけ?帰宅したら23時近くになっちゃうし、腹が減るでしょ」
何となく押し切られる感じで僕はチョン君と一緒に近くの牛丼屋へ行く事になった
自転車を押しながら国道沿いの歩道を二人で歩いていると、人見知りの激しい僕が、今日初めて会った人と牛丼屋に向かっている事が不思議でならなかった
ある意味、強引に連れて行かれているようなものかもしれないけれど、それでも断らなかったのは僕自身だし、行ってもいいかな、と思えたのは珍しい
僕の少し前を歩くチョン君は、黒のキャップに黒のスウェット上下、おまけに黒のスニーカーと全身黒ずくめで、制服姿の時に感じていたワルっぽさはよりリアルになっていた
大学ではどんな感じなんだろう...なんて、ちょっと興味が湧いた
牛丼屋に着いてまずは食券を買うと、カウンターとテーブルで迷って、チョン君は最終的にテーブルを選んだ
向かい合って座ってチョン君を目の前に、改めてその完成されたルックスをじっくりと眺めた
黒髪が無造作にかかる額はキレイな山型をしていて、きりりとした眉毛に黒目がちの目、スッと通った鼻筋に、表情豊かな口元...
お客さんに女性が多いのはもしかしたらチョン君のせい?と思った
何時間も一緒に働いていたけれど、こんな風にじっくり観察する余裕なんてなかったし、そんな事しようものならきっと怒られていた
僕の視線に気付いたのか、チョン君は卓上のメニューからチラリと目だけを僕に向けた
「どうかした?」
「え?いえ...何でもないです」
「ふぅん...
今日働いてみた感想は?」
「感想ですか?そうですね...時間帯によっては結構タイトなんだなって感じました」
「そうだね、女性客が多いからか、後から追加追加ってなる事が多いんだよね
いっぺんに済ませてくれればこっちは楽なんだけど、そんな事言えないしね」
「そうですよね...」
女性客が多いのは店の雰囲気やメニューも理由の一つかもしれないけれど、主にチョン君が原因なんじゃないかと思った
追加追加で呼ばれる事が多いのも、単にチョン君見たさでそうなっているような気もした
牛丼が運ばれて来ると、暫く僕らは無言でそっちに掛かりきりになった
食べ終わってグラスの水を飲み干したチョン君が、カウンターの冷水筒をテーブルに持って来て僕のグラスにも注いでくれた
「ありがとう」
「明日も一緒だよね」
「えぇ、そうですね、よろしくお願いします」
僕がそう言って軽くお辞儀をしたら、チョン君は何か言いたげにじっと僕を見た
「あのさ...その敬語、やめてくれないかな
歳が近いのに俺だけタメ口で、何か自分が偉そうに感じるんだよね」
「でも僕はまだ新人だし、チョン君は年上で先輩だから...」
「そういうのはいいよ、それともシム君は硬派な体育会系?
同じ学生同士なんだから、もうちょっと気楽にしようよ」
「でも...」
「あ、分かった、明日、バイト終わりに飲みに行こうよ、そしたら今よりは打ち解けるんじゃない?」
「え..飲みに行くんですか?」
「シム君の家の近くまで行くからさ、それなら文句ないでしょ」
文句があっても、きっとこの感じだと聞き入れてもらえないだろう
そもそもチョン君は先輩だから、逆らったら仕事がし辛くなるかもしれないし、勤務初日で生意気のレッテルを貼られるのは嫌だ
という事で僕は明日、出会って二日目のチョン君と飲みに行く事になってしまった
いつもご訪問ありがとうございます
「転校生」に取り掛かる前にまたまた短編投稿です
主人公のシム君(大学一年生)が、バイト先でチョン君(大学二年生)と出会い、半強制的に距離を縮められて行く、軽めなタッチのお話です
長くならないように、5話くらいで終わらせる予定です
※画像お借りしました※