BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m
店に一歩足を踏み入れると、真っ先にカウンターを見た
いつものように制服姿のシムさんがお客さんと談笑しているのが見える
俺が入口に立っているのに気付くと、一瞬笑顔が固まって、それからパチパチと瞬きをして何事もなかったかのように再びお客さんと会話を再開した
カウンターの一番端に座ると、暫くしてシムさんはやって来た
どんな言葉が来るかと身構えていたら、いつもと変わらない優しい笑顔で迎えてくれた
「こんばんは、来てくれたんですね」
「頑張って仕事終わらせて来た」
「大丈夫なんですか?仕事の方が大事ですよ」
「俺にとってはこっちの方が大事だから
今月のお勧めサンドイッチと、アイスコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
キッチンに入って行く後ろ姿を眺めながら、普通に会話ができた事にホッとしていた
日曜日以降、メッセージのやり取りはあるものの、いつも素っ気ないから本心が全く分からず、会えば分かると思っていても、どんな風に接すればいいのか不安だった
「お待たせしました」
サンドイッチとアイスコーヒーが運ばれて来ると、まずは腹ごしらえでそちらに専念した
そして食べ終わった皿を下げてもらったタイミングで、今日ここに来た最大の目的に取り掛かった
「シムさん」
「はい」
「また...誘ってもいいかな」
メッセージで訊けば済む事だけれど、面と向かってちゃんと誘いたい、そう思って仕事を無理矢理切り上げてここへ来た
シムさんは特に動揺したり驚く様子も見せず、軽く眉を持ち上げた
「...いつですか?」
「え、今決めていいの?」
「だって、その為に今日来てくださったんですよね?」
「あぁ、うん、まぁね
じゃあ...今度の日曜は?」
「いいですよ」
「良かった
その時は...ちゃんと覚悟決めてくれるよね?」
シムさんはパッと顔を赤くして、わざとらしい咳をした
「それ、今言わなくてもいいじゃないですか」
「でも、俺にとっては大事な事だから」
「努力はしますけど、でも、期待されても困ります」
「そっか...まぁ、そこはシムさんに任せるよ
とにかく無理強いは絶対にしないから、そこは信じて欲しい」
「...分かりました
詳しい時間なんかは後ででもいいですか?」
「うん、いいよ」
シムさんが俺を拒む事なくまた会ってくれると分かっただけで十分だ
そこでどうなるかはその時の状況次第、何よりもシムさんの気持ちが最優先だ
珍しく店が混んで来てカウンターが満席になったので、長居は無用と店を出た
すぐ隣に他のお客さんがいたのではシムさんとの会話も気を遣うし、確実に会える約束ができただけで満足だった
翌朝起きると、シムさんから深夜のうちにメッセージが届いていたと知って驚いた
普段は俺に気を遣って朝になるまで送って来ないのに珍しい
俺が早々に帰ってしまったのが寂しかったようで、その事だけが書かれてあった
寝起きにも関わらず顔はニヤケてしまうし、シムさんへの想いはますます募ってしまう
狡いよな...と思いつつ、そうやってさり気なく気持ちを見せてくれる事が嬉しかった
それからまた仕事が忙しくなって、結局会えず仕舞いで日曜日を迎えた
当日、シムさんはチャコールグレーのざっくり編みのニットにライトブルーのジーンズで現れた
濃い目のトップスが肌の白さを際立たせて、遠巻きに見てもハッと目を引く美しさだった
途中のスーパーで食材を調達すると、シムさんは夕飯の材料よりもよっぽど時間をかけてワインとビールを選んでいた
そしてマンションに着いて荷物を一旦冷蔵庫にしまうと、早速シムさんは缶ビールを開けた
「ちょっと待って、いきなり飲むの?」
「え...ダメですか?」
「料理する前に飲んで大丈夫?」
「だって...家ではいつもそうしてますけど」
「そっか、それならいいけど、酔っ払ってちゃんと料理できるのかなって思ったから」
「大丈夫ですよ、泥酔するほど飲んだりしませんから
チョンさんも何か飲みますか?」
「いや、俺はアイスコーヒーにするよ」
シムさんは缶ビール、俺はアイスコーヒーでソファに落ち着いた
「そう言えば夕飯のメニューを聞いてないけど、訊いてもいい?」
「それは出来てからのお楽しみです」
シムさんはそう言って嬉しそうにふふと笑うと、缶を傾けてゴクゴクと飲んだ
それを横目で見ながら、このまま酔って甘えて来てくれたらいいな、なんて安易な事を考えてしまった
平静を装ってアイスコーヒーなんて飲んでいるけれど、心の中は朝からずっと穏やかではなかった
何なら今夜は泊まってくれたって構わない
「あのさ...今日は何時までいられるの?」
「んー...成り行き次第、って言ったらダメですか?」
「成り行き?」
「夕飯食べたらすぐ帰れって言うならそうしますけど...」
「いや、それは絶対にないから
いくらでもいてくれて構わないんだけど、一応聞いておこうかと思って
お酒はまだたっぷりあるし、帰るのは全部飲んでからでもいいよ」
「えぇ、そのつもりです」
そう言ってまたビールをゴクゴクと飲んだ
喉が渇いてでもいるのか、シムさんのピッチの速さにハラハラしていると、突然スッと立ち上がって台所の方に消え、新たな缶を手にして戻って来た
「それ2本目?大丈夫?」
「僕にとってはいつも通りですよ、これ」
「そうなんだ?でも..」
いくら何でもこの短時間に1本空けるのは普通ではない
このまま2本目を飲ませてしまっては夕飯にありつけるかどうか危うい、そう思った俺は、シムさんがプルタブに指を掛けた所ですかさず缶を取り上げた
「あっ、何するんですか」
「これは夕飯の時に飲むって事で、ビールは一旦おしまい
ここで酔っ払って夕飯作るの放棄されたら堪んないからね」
「そんな...」
「どうしても何か飲みたいならアルコールの入ってないもので我慢して
俺のアイスコーヒーでも飲む?」
そう言ってアイスコーヒーのグラスを持ち上げて見せると、シムさんは渋い顔で首を横に振った
気のせいか目がトロンとしていて酔っているように見える
シラフの俺は、そんなシムさんの様子に胸がざわついた
酔っているからチャンスだなんて思わない
ここで襲い掛かったらそれこそ俺は最低の男だ
「...テレビでも見よっか」
煩悩を振り払うようにテレビを点けると、ちょうど旅番組をやっていた
伝統ある老舗旅館の客室の映像を眺めながら、シムさんが小さく"いいな"と呟いた
「旅行?」
「えぇ、僕とチョンさんでどうですか?」
「俺と?」
思わずシムさんを見ると、真顔でこちらを向いて"行きたくないですか?"と言った
「いや...行ってもいいなら行きたいけど、俺と二人で?」
「えぇ
こういう旅館でしっぽり...って、良くないですか?」
「しっぽり..って、まだ俺たちには早い気もするけど」
「そうですか?」
「だって、俺たちまだ...キス?しかしてないし」
"しっぽり"、という言葉の意味をシムさんは分かっているのだろうか?
そこには乱れたシーツやはだけた浴衣なんかがイメージされる訳で、分かっていて敢えて使っているのなら、俺たちはいつでもそうなっていいという事だ
視線を感じてシムさんを見ると、思い詰めたような表情で俺を見つめていた
「もしかして、怒った?」
シムさんは何も言わずに、片手をそっと俺の太腿の上に置いた
手の平からシムさんの体温が伝わって来て、じんわりと熱い
「シムさん?」
「今日はちゃんと、覚悟決めて来ました」
「...いいの?」
シムさんは俺の目を見つめたまま、ゆっくりと頷いた
あぁ、だから急ピッチでビールを1缶空けたのか..と納得した
シムさんの手が置かれている部分を起点に、内腿から下半身へと熱を帯び始めていた
ベッドに移動したいところだけれど、その時間がもったいないし、気分がシラケては困る
俺は意を決してシムさんの両肩に手を置くと、ゆっくりと後ろに倒した
シムさんの腕が俺の背中に回されて、同時に二人の唇も重なった
キスが激しくなるにつれ、シムさんの俺を抱く腕に力が入るのが分かる
覚悟を決めて来たのなら、もう止まる理由は何もない
今夜こそは、シムさんを...俺の全てで感じたい
※画像お借りしました※