BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に思い残す事はない?」

 

「ありません」

 

「後になってやっぱり...って思っても手遅れになるけど、大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

「じゃあ...これで本当にお別れだ」

 

 

そう言ってユノが悲しそうな顔をするから、僕は思わず吹き出してしまった

 

 

「...なんで笑うんだよ」

 

「だって、たかが食器を捨てるだけなのに大袈裟なんですもん

心機一転するんですから、過去の物はきっぱり処分するんです」

 

 

ユノの手から使い慣れた茶碗を奪い取ると、それを新聞紙に包んでゴミ袋にそっと入れた

これ以外にも汁椀やお箸、マグカップなど、ここに住んでからずっと使っていた食器たちがゴミ袋の中には入っていた

 

 

何を隠そう、今日は僕がユノのマンションに移る日だ

 

 

引っ越し業者が来るまでの間、僕が今朝まで使っていた食器類に別れを告げていた

他の荷物は全て纏め終えていて、あとは運ぶだけだった

 

 

「今夜は料理しませんけど、いいですよね?

どうせ荷解きとかなんやかやで、それどころじゃないと思うんです」

 

「そうだね、外で食べよう

どこにするかはチャンミンの食べたいもので決めていいからね」

 

 

30分もしないうちに引っ越し業者が来て、僕たちは邪魔にならないように見届けてから、最終チェックと掃除をしてユノのマンションへ向かった

空っぽになった自分の部屋を見ながらちょっとセンチメンタルになったけれど、これから始まる二人の新生活に向けて期待の方が何十倍も大きい

 

 

ユノのマンションに着いて少しすると引っ越し業者も到着して、そこからはとにかく怒涛の数時間だった

僕の荷物はそれほど多くはないけれど、午後一に運び出しが始まって、全て終わったのは夕方になってからだった

疲れてはいても、今夜からユノと一緒に寝食を共にすると思うと気分は不思議と高ぶって、なかなかお腹も空かなかった

 

 

18時半を過ぎた頃、ようやく僕たちは片付けの手を止めて食事に出た

新生活スタート祝いと称して駅前の焼肉屋に行くと、僕はメニューの中のホルモンのページをじっくりと眺めた

 

 

「いきなりホルモン?」

 

「えぇ、スタミナたっぷりつけましょう」

 

「スタミナ?残りの片付けは明日でもいいんじゃない?」

 

「違いますよ、僕も今日はこれ以上続けるつもりはありません」

 

「そうなの?でも、スタミナつけたら寝れなくなるんじゃない?」

 

「寝るだけだからこそ、スタミナが必要なんです

だって、僕たちの初夜ですよ?」

 

 

すると、水を飲もうとしていたユノがブフっと吹いた

口から噴き出た水がテーブルを濡らして、慌てて僕は自分のおしぼりで拭いてあげた

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「うん...だって、チャンミンが変な事言うから..」

 

「変な事ですか?でも、事実ですよ

今夜は僕とユノが一緒に暮らす最初の夜なんですから」

 

「そうだけどさ...ベッドに入ったらすぐ寝ちゃうんじゃないかな

お互い、朝から結構よく働いたよ」

 

「でも...僕はそうならないに賭けます」

 

 

ユノは鼻でふっと笑った

 

 

「賭けなくてもいいけどさ

まぁ、とりあえずスタミナはつけておこうか?念の為」

 

 

そう言うと、ユノは僕が開いていたホルモンのページを覗き込んだ

 

 

そして...ホルモンの効果は抜群だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと...それじゃあこちら、住所変更の手続きしておきますね」

 

「はい、お願いします」

 

 

総務課で住所変更の手続きを済ませると、自分のデスクに戻る前に、かつてユノが使っていた部屋を覗きに寄った

ドアはしまったままで、ドアノブを回すと鍵はかかっていなかった

中は無人のせいか、ひんやりとした空気が廊下に流れ出た

 

もうどこにもユノの香りは残っていない

"どうかした?"と言って優しく微笑むユノもいない

 

無性に寂しくなってきて、ドアを閉めると足早に自分のデスクに戻った

 

 

「お、シム、どこ行ってた?」

 

「うん、ちょっと総務課に」

 

「へぇ、何か浮かない顔してんな

チョンさんと喧嘩でもした?」

 

「してないよ、むしろラブラブ」

 

「そこ聞いてねーし

まぁでも、お前が幸せならいいや

俺は俺で、頑張って自分のロマンスを探すよ」

 

「僕は応援するよ」

 

「...お前にだけは言われたくない

それよりさ、チョンさんと飲みに行きたいんだけど、どう?」

 

「チョンさんと?何で?」

 

「何でって、飲みに行きたいから言ってるんだけど?

もうお前にちょっかい出さないし、純粋にまた3人で飲みたいなって思ったわけ

今度の金曜とか空いてたら俺、店の予約とかするからさ、訊いてみてよ」

 

「強引だなぁ...でもま、そういう事なら訊いておくよ

多分大丈夫だと思うよ」

 

「サンキュ」

 

 

その晩、早速僕はユノにその話をした

ユノは快諾してくれて、トントン拍子に話は進んだ

 

 

同僚が選んだ店は、程よく賑やか、程よく半個室の居酒屋だった

和やかに乾杯から始まり、僕と同僚がちょっと前までぎくしゃくしていたとか、そういうのが嘘のように楽しく時間は過ぎた

そして、ふとしたタイミングで僕とユノが同棲している事がそれとなく匂ってしまって、すかさず同僚に突っ込まれた

 

 

「ていうかちょっと待って、いきなりそういう流れ?

チョンさんとシムって、そこまで深い関係だったの?」

 

「深いって言うか...まぁ社会人だし、付き合ってたらこうなるのって自然な流れなんじゃない?」

 

「そうだけどさ...それにしてもびっくりだよ

じゃあなに、朝は一緒に出勤してるの?」

 

「ううん、僕とチョンさんは出勤時間が違うから別々だよ

まぁ、帰りが一緒になる事は多々あるけどね」

 

「へー...そこは聞いてないけど」

 

 

そんな僕と同僚のやりとりをユノは楽しそうに聞いていた

ずっとひた隠しにしていた二人の交際を、こうして同僚に知られても平穏に過ごせていられるのが不思議だし、有難いと思う

 

 

それから僕らはユノの提案でバッティングセンターに移動した

そこは僕が初めてユノに頼まれて息抜きに付き合わされた場所で、今となっては二人の聖地みたいなものだ

 

 

「チョンさん凄いっすね、めちゃくちゃ打率高いじゃないですか

もしかして野球やってたんですか?」

 

「やってないよ」

 

「それでこの打率?すげぇ...」

 

 

同僚が目を白黒させているのを見て、自分の事でもないのに僕は得意になっていた

ユノは何をやらせてもパーフェクトで、バッティングは勿論、バスケのシューティングゲームもほぼ外さない

だからいつも、高得点を叩き出すユノを見て周りのお客さんが感心するのを、僕は密かにニヤニヤしながら眺めていた

 

 

「シムはやんないの?」

 

「僕?僕はこういうの得意じゃないから」

 

「でも俺もやったんだし、シムもやろうよ」

 

「えぇ?」

 

 

助けを求めてユノを見たら、満面の笑顔で頷かれた

その後、空振りを連発して同僚にボロクソ言われて凹んだのは言うまでもない

 

 

ひとしきり遊んで駅で同僚と別れると、僕とユノはホームのベンチに座って電車を待った

遅い時間なので本数が少なく、まだ暫くは来ない

 

 

「今日は楽しかったですか?」

 

「うん、楽しかったよ

チャンミンのその顔は、そうでもなかった?」

 

「いえ、僕も今日は凄く楽しかったです

でも、本当はユノが気乗りしなかったんじゃないかって気になってたんです

だってほら...あいつ、僕を襲った前科がありますから」

 

「あぁ、それ?そんなのもう気にしてないよ

久々にバッティングセンターでスカッとしたし、チャンミンの下手さも再確認できたし」

 

「あ、酷いっ」

 

「ハハ、冗談だよ

でも、懐かしかったな...

あの時、思い切ってチャンミンを息抜きに誘った自分を褒めてあげたいよ

じゃなかったら、今こうして一緒にいなかったかもしれない」

 

「そうですね、僕もそう思います

とてもじゃないけど、僕からユノに声を掛けるなんてできないですもん」

 

 

ユノの大きな手がスッと伸びて来て、僕の手の上に重なってぎゅっと握られた

顔を上げると、ユノの真っ黒な瞳が僕をじっと見つめていた

 

 

「好きだよ、チャンミン」

 

 

そう言ってユノは優しく微笑むと、パッと身を屈めて僕にキスをした

全くひと気がない訳じゃないのに、平気で大胆な行動に出るユノにいつもドキドキさせられる

お返しがしたいところだけれど、さすがに僕にはそんな度胸はない

 

 

「続きは帰ってからでいいよ」

 

 

ユノはそう言って握っていた手を離すと、ベンチの背凭れに寄り掛かった

長い脚を持て余すように前に投げ出し、考え事でもしているような姿は、まるで雑誌のグラビアを切り取ったようにサマになっていた

こんな人から好きだと言われ、キスをされてしまう僕は、世界一幸せかもしれない

どちらがどれだけ想いが強いかは分からないけれど、愛されているのは確かだ

 

 

「あ、そろそろ来るよ」

 

 

そう言ってユノは立ち上がると、僕を振り返って手を差し出して来た

僕はその手を掴んで立ち上がると、前を歩くユノの、頼もしくて温かくて、愛おしい大きな背中に胸が熱くなった

 

 

この背中に一生付いて行きたい

この背中に一生寄り添いたい

 

 

あぁ、僕はどうしようもなく、あなたが好きだ

 

 

 

 

 

 

~ 完 ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもご訪問ありがとうございます

後半はなかなか定期的に更新できずお待たせしてばかりでしたが、遂に最終話を迎えました

最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました

 

※画像お借りしました※