BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m
< The view from Changmin >
運命って何だろう?
あ、この人だ!!...なんて、ピンと来る事が現実で本当にあるのだろうか?
そんなのは絶対にあり得ないし、ただの妄想だ...と、超リアリストな僕はずっとそう思っていた
あの人に出会う、あの日までは...
僕がバー"Phoenix"で働いて、かれこれ5年が経とうとしていた
毎夜バラエティに富んだ人間模様を見てきて思うのは、人生とは常に厳しいという事だ
成功と挫折を繰り返している人、ずっと苦労しっぱなしの人、かと思えば最初から成功街道まっしぐらの人、みんな人生の悲喜こもごもを味わっている
僕だってそうだ
大学を出て、意気揚々と社会人生活を始めたものの思うように行かず、仕舞いには何がしたいのかも分からなくなって、全く新しい世界に飛び込んでやれ..と、この世界に足を突っ込んだ
人付き合いが苦手な僕が、僕なりに努力しながら5年も続けられたのは、ひとえに度量の大きなマスターのお陰だ
マスターと出会わなければ、今頃きっと別の道を歩んでいただろう
店に来るお客さんはさまざまで、もともと立地がスナック界隈なのもあって独身の中年男性が多く、カップルだとしても大抵が訳アリだ
男性客の中には僕のファンだと言ってくれる人もいるけれど、正直、他のお客さんには妙な目で見られるし、仕事がしにくくて困っていた
いっそホストクラブにでも行ってくれればと思うけれど、なかなかそううまくは世の中回らない
誰かと運命的な出会いをして、僕をここから連れ出して欲しい...なんて、まるで白雪姫みたいな事を願ってしまう僕は、ちょっと病んでいるのかもしれない
その日もいつものように、店内にはまばらにしかお客さんはいなかった
金曜の夜だからもう少し賑わっていて欲しいところだけれど、給料日前とあって客足は少なかった
カウンターでマスターと次月のフードメニューについて話していると、珍しく若い男性が一人入って来てカウンターに座った
初めて見る顔で、僕と歳が近いように思えた
金曜夜の22時過ぎだというのに完全シラフで、しかもソフトドリンクを注文していた
僕はなぜかその人が気になって、さり気なく前に立つと話し掛けた
チョンさん、と名乗るその人はとても感じのいいなかなかのハンサムで、僕の知る限りではこの界隈のNo.1ホストも霞んでしまうようなルックスだった
ひょっとして新入りホストが偵察にでも来たのかと思ったけれど、純粋にお客さんだった
猫のようなアーモンド型の目は笑うと三日月型に変わり、セクシーな口元からは真っ白な歯が覗いて、薄暗い店内に真夏のひまわりが咲いているみたいだった
話せば話すほどに魅力的で、僕はどんどんその人に引き込まれていった
ここで働くに際して、僕には徹底したルールが一つあった
それは、お客さんとは必要以上に深く関わらないというものだ
僕に好意を寄せてくれる一部のお客さんに勘違いをさせないためでもあり、僕自身も他人に自分の事をベラベラ話すのが好きではないからだ
でもチョンさんの場合は違っていて、普段は出勤日について訊かれても絶対に教えないのに、チョンさんには迷わず教えてしまったし、プライベートについても抵抗なく話していた
こんなにあっさり打ち解けてしまうのは初めてで、自分で自分に驚いた
この日はそれ以上の発展はなく、チョンさんは終電がなくなる前に帰って行った
数日後、チョンさんは再び店に来てくれた
出勤日を訊かれていたからまた来るかもしれないとは思っていたけれど、本当に来てくれるとは思わなかったから、店の入り口にその姿を見た時は飛び上がるくらいに嬉しかった
ただそこにいる、というだけで体は熱くなり、時折感じる視線にどうしていいか分からなくなって、ドキドキして、舞い上がってしまって...
まるで、恋に落ちているみたいだと思った
まさかこの僕が、男性客に好かれる事はあっても好きになる事なんてあるはずがない...と、必死にその考えを打ち消そうとしても、実際僕はチョンさんに胸がときめいているし、戸惑いながらもどうにかしてチョンさんとの繋がりを求めてしまう
そんな僕の迷いを見透かすように、チョンさんは大胆にも店以外で会えないかと言った
どうしてそんな事を言うのか...
店の外で僕と会ってどうするのか...
疑問はあっても、僕の答えはNOではなかった
どうにかしてそれに応えたいと、悩みに悩んで禁じ手を使う事にした
会計のレシートに、連絡先を書いた紙を紛れ込ませたのだ
誰かに見られたらと思うと気が気じゃなくて、店から追い出すようにしてチョンさんを帰してしまった
もしこれがうまく行けばチョンさんから連絡が来るはずで、仕事中もそわそわして全く集中できなかった
「お疲れ様でした」
「お疲れ様、明日も頼むね」
「はい、ではお先に失礼しまーす」
店が終わって片付けが済むと、マスターと他に残っているスタッフに挨拶をして、僕はいそいそと裏口から外に出た
手には既にスマホを握り締め、出たすぐのところで急くようにスマホを覗いた
本体上部に通知を知らせるランプが点滅し、画面にはショートメールのアイコンが表示されている
多分これは...そうだ
逸る気持ちを抑えながらアプリを開いた
--お疲れ様です、チョンです
連絡先のメモをありがとうございました
こちらのアドレスをお伝えしておきます
XXXXXXXXXXX@XXXX.com
お時間ある時にご連絡ください
会社員らしい丁寧な文面に、人柄を垣間見れたような気がした
僕は急いでそのショートメールに返事を送ろうとして、ふと手を止めた
ショートメールが送られて来たのは23時半で、恐らくチョンさんが店を出てすぐだ
そして今、僕がそのメッセージを読んでいるのは深夜の2時を回っている
普通に考えてこんな時間に連絡をするのは非常識だ
すぐにでも返事をしたいところだけれど、明日の朝にした方がいい
僕はタクシーを拾いに大通りを目指した
掴まえたタクシーで10分程走ると、自宅マンションに到着した
エレベーターなしの3階建て、その2階角部屋が僕の部屋だ
鍵を開けて中に入ると、まずは電気ケトルで湯を沸かしてカップ麺の準備をした
店では22時頃に軽食を取るための休憩をもらっているけれど、帰って来る頃には普通にお腹が空いてしまう
だからこの時間に夜食を取らないと、空腹で眠るに眠れないのだ
スウェットに着替えてカップ麺が出来上がるのを待つ間、ニュースでも読もうとスマホを開くと、また通知のランプが点滅していた
時刻は午前2時半、まさかのチョンさんからだった
僕から返事がないのを心配して、ちゃんと送れているかを確認する内容だった
送信時間はつい数分前...ということはつまり、今なら起きている
僕は急いで返事を送った
--お疲れ様です
返事が遅くなってごめんなさい!!
深夜なので、明日にしようと思っていました
まだ起きていたんですね
まさか瞬殺で寝るとは思えないけれど、返事が来るか不安はあった
でも、チョンさんからは1分と空けずに返事が届いた
僕からの返事を寝ずに待っていたと知って胸が熱くなったけれど、このまま付き合わせるのはさすがに申し訳ない
--待たせてしまって本当にすみませんでした
明日も仕事ですよね?ゆっくり休んでください
そう送信すると、キッチンタイマーが鳴ってカップ麺が出来上がった
でも、チョンさんとリアルタイムで繋がれた事が嬉しくて、興奮してしまって、胸がいっぱいで、そんなものを食べる気分ではなくなっていた
出来上がったカップ麺を前にどうしようかと悩んでいると、また返事が送られて来た
こうなったらもう、カップ麺は後回しでいい
--もう仕事は終わったんですか?
---はい
帰宅して、夜食の準備をしてます
--これから食事だったんですね、邪魔してすみませんでした
俺に気にせず食べてください
---いえ、大丈夫です
チョンさんと話している方が夜食より大事ですから
そう送ってから、自分は何を書いているのだろうと思った
まるで恋人とやりとりをしているような気になっているけれど、僕とチョンさんはただの客と従業員だ
連絡先を教え合っただけなのに、なぜか気持ちは先へ先へと進もうとしている
このまま続けていたら、自分の気持ちも分からないまま突っ走ってしまいそうだ
もっと会話を続けていたい気持ちを無理矢理に抑え込んだ
--チョンさんはもう休んでくださいね
ご連絡いただけて嬉しかったです、おやすみなさい
そう送信すると、スマホをキッチンに残し、カップ麺を持ってテーブルに移動した
万が一また返事が来ても見なければいいだけのこと
温くなったカップ麺に箸を入れ、麺を一口啜った
汁気を吸って完全に伸びていたけれど、なぜかそれでも美味しく思えた
※画像お借りしました※