BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...元気?」
 
 
定食屋で料理が運ばれて来るのを待つ間、お絞りで手を拭きながら、隣に座るチャンミンに極力明るい調子で尋ねた
席はカウンターしか空いておらず、一番奥まった場所に案内された
向かい合って座ると会話に詰まった時に気まずいので、むしろカウンターで助かったと思った
 
チャンミンは手を拭いたお絞りを丁寧に畳んで脇に置くと、冷たい視線を俺に向けた
 
 
「元気そうに見えてるならそれでいいです
ていうか、毎日顔合わせてるじゃないですか」
 
「まぁ、そうなんだけど...」
 
 
独り立ちがスタートして毎日忙しそうにしているのを目の前で見ているし、仕事に関しては営業全体で情報が入って来るので、チャンミンがどんな状況なのかある程度は分かっていた
それでも、こうして直接面と向かって話す機会が殆どないので本当のところは分からないし、パッとしない表情からしてあまり調子がいいとは思えなかった
 
 
「得意先回りは順調みたいだけど」
 
「お陰様で、皆さん結構気を遣ってくださいます」
 
「チャンミンの人柄だよ」
 
「そんな事ないです、ユノさんのお陰です
前任者がある程度基礎を作ってくれたから、僕みたいなひよっこが来てもどうにかやって行けるんです」
 
「まぁ、そういう事にしといてもいいよ」
 
 
そこで料理が運ばれて来て、食べ始めると、一旦会話は途切れた
隣で聞こえるチャンミンの咀嚼音を懐かしいと感じながら、じわじわと胸が熱くなって来るのを感じた
こんな風にして二人で食事ができるのは、決して当たり前の事ではないのだ
どれくらいぶりか、もう思い出す事もできない
 
 
「今度、B社の担当さんが飲み会を開いてくださるんです」
 
「へぇ、親睦会?」
 
「みたいな感じでしょうね
それで、ユノさんにも声を掛けてくれって頼まれてて...どうですか?」
 
「あぁ、それで俺を誘ったのか」
 
「いえ、違います!!
あ、勿論それもありますけど、でも、単純にユノさんと食事がしたかったんです
だから...口実ができて凄く嬉しかったんですよ?」
 
 
照れて赤くなりながら手元の箸置きをいじる様子が何とも可愛くて、思わず揶揄いそうになってグッと我慢した
 
 
「親睦会か...俺も担当になった時に開いてもらった気がするよ」
 
「来てもらえますか?っていうか、先方はもう来てくれるものだと思ってるみたいで...」
 
「断れないって事?」
 
 
チャンミンは黙ってコクリと頷いた
先方からの誘いであれば、例えそこにチャンミンがいたとしても、私的感情を持ち込んで断る訳には行かない
 
 
「分かった、参加するよ」
 
「本当ですか!?」
 
「だって断れないだろ
その代わり、帰りは別々だからね」
 
「...分かりました
寂しいですけど、でも、ユノさんが来てくれるならそれで十分です」
 
 
嬉しそうに微笑むチャンミンを見て、俺は心の中で先方の担当者に感謝した
自分からは誘えないし、チャンミンだって俺を誘い辛いだろうし、でも得意先の誘いであれば、それは堂々と会うためのいい口実になる
 
 
「早速明日返事しておきますね
確か...〇日の金曜日だったと思うので、確実に予定空けておいてください」
 
 
よっぽど嬉しかったのか、チャンミンは急にテンションが上がって良く喋るようになり、珍しく俺は話を聞く側に回った
コロコロ変わる表情を眺めながら、何時間でもこうしていられると思ったし、できる事ならこのままチャンミンの部屋に行きたいとさえ思った
妻に離婚届を渡している以上、気分的にはもう独身のようで、もっと思い切りチャンミンを愛したいという強い想いが何度となく湧き上がった
 
 
「ユノさん...ちょっと痩せましたよね」
 
「え?」
 
「最近よく思うんです、ただでさえ小さい顔が一層小さく細くなったな..って
まさか奥さん、ご飯作ってくれなくなったんですか?」
 
「ちゃんと食べてるから心配しないで」
 
 
笑って受け流しながら、テーブルに置かれたメニュー表を手に取った
妻が出て行ってから、スーパーやコンビニの弁当で済ませる事が多くなり、それもそろそろ飽きて来て、自分が何を食べたいのかも分からなくなってきていた
だから今夜は久々にまともな食事ができている
 
 
「チャンミンはまだ飲むんだろ?」
 
「いえ、僕はもうやめておきます」
 
「そうなの?でも...まだ2杯目だよね?」
 
「これ以上飲んだら、ユノさんを自宅に誘っちゃいそうなので
誘ったって来てくれませんもんね」
 
「...そうだね」
 
 
チャンミンは俺の返事に"あーあ"と溜め息をついた
 
 
「分かっていても、そうやって言われるとショックですね
少しくらい冗談で返してくれたっていいのに、ユノさんって本当に正直なんですから」
 
「こんな時に冗談なんて言えないよ
第一、俺は酔ってないからそういう調子のいい事が言えない
もう飲まないならそろそろ帰ろうか」
 
 
俺が伝票を掴んで席を立とうとすると、チャンミンは真面目な顔で俺をじっと見つめた
 
 
「行かないの?」
 
「本当に真っ直ぐ帰るんですか?」
 
「食事するだけって言ったのはチャンミンだろ?」
 
「確かにそう言いましたけど、それはそれです」
 
「都合がいいな」
 
「奥さんが待ってるから早く帰りたいんですか?」
 
「...そういう話はしない約束じゃなかったの?」
 
「忘れました」
 
「とりあえずここを出よう
外でだって話はできるんだし」
 
 
会計を済ませて店の外に出ると、チャンミンは仏頂面で"ご馳走様でした"と言った
それからどこに行くでもなく、駅前の広場のベンチに腰を下ろした
賑やかな流行りの音楽がカラオケ店から聞こえてきて、ネオンサインがキラキラと光っていた
 
 
「今日はまさか駅にいると思わなかったからびっくりしたけど、会えて良かったよ」
 
「本当にそう思ってますか?」
 
「思ってるさ
 
俺だって会いたかったんだから」
 
「じゃあどうしていつも素気ないんですか?
僕がメールしたって事務的な返事しかくれないし、社内で声を掛けようとしても、避けるようにしていなくなっちゃうじゃないですか
てっきりもう、僕の事が嫌いになったんだと思ってました」
 
 
悲し気に地面を見つめる横顔に、胸は締め付けられ、誰よりも愛おしくて大切なチャンミンをこんなにも苦しめている自分を呪いたくなった
何もかも話して、今すぐ二人きりになれる場所に行きたいくらいだ
 
 
「いつになったら僕たちは前みたいに戻れるんですか?
冷静になるために距離を置こうってユノさんは言いましたけど、僕はもう十分冷静になりましたし、それだけの時間を過ごしたと思ってます
それとも、気持ちが冷めるまでずっとこうしていないとダメなんですか?」
 
 
チャンミンの訴えるような眼差しが、ちくちくと全身に刺さるようで痛かった
確かに冷静になるには十分過ぎるだけの時間を過ごして来たし、俺自身も冷静になって、やはりチャンミンが必要だと確信した
でも、俺自身の身辺整理ができない限り、チャンミンに向かって両手を伸ばす権利はないと思っている
ただ、いつまでこの宙ぶらりんな状態でチャンミンが納得してくれるか、そこだった
 
 
「詳しくは話せないけど、あともう少し待ってもらえないかな
信じてもらえないかもしれないけど、俺の気持ちは何一つとして変わらないよ
ただ、けじめとして、今はまだ前みたいに会ったり触れ合ったりはできない
苦しめてるのは十分分かってるけど、どうか俺を信じて欲しい
 
ダメかな」
 
 
当たり障りのない事しか言わない俺の言葉なんてきっと聞きたくないだろうけれど、今はこれが精一杯だった
チャンミンは俺をじっと見つめて、それから優しく微笑んだ
 
 
「僕の気持ちはずっとユノさんのもので、他の誰にも行ったりしませんよ
だから...いつか必ず元の二人に戻れるって、信じて大丈夫ですよね?」
 
「あぁ」
 
「だったら、もうこれ以上ユノさんを困らせたらダメですね...帰りましょうか」
 
 
そう言ってチャンミンはベンチから立ち上がった
街灯の明かりがチャンミンの顔を照らし、長い睫毛の影が頬に落ちていた
いつも二人きりでいる時に、俺はこの美しい顔をまじまじと眺めてはチャンミンにいつまで見ているのかと呆れられていた
それでも俺は眺めているのが好きだった
笑われようと、呆れられようと、俺はチャンミンが好きで、それはどうやっても曲げられない事実だ
 
 
駅での別れ際、チャンミンは取引先との飲み会の約束を念押しするように俺に繰り返した
第三者がいたとしても、チャンミンといられるならそれでいい
でも叶うのならば、その時には独身に戻っていたいと心から願った
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

※画像お借りしました※