BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩、帰宅して夕食を済ませると、風呂に向かう妻を呼び止めた
妻は何の用かと訊く事もなく、黙って支度の手を止めてダイニングにやって来ると、俺の向かいに腰を下ろした
 
 
「この間、君から言われた事について話そうと思うんだけど」
 
「...今月中って言ったんだけど、もう答えが出たの?」
 
 
俺が黙って頷くと、妻は心の準備でもするように深呼吸をした
妻の動揺が伝わって来るようで、部屋の空気が重苦しい
 
 
「それで、結論は?」
 
「うん...
多分、俺はこれからも、子供は作らないと思う」
 
「これからも?今だけじゃなくて?」
 
「あぁ」
 
「それは...どうして?今はタイミングじゃないってだけじゃないの?
これからも作らないって事は、私たちの間に子供がいなくてもいいって事?」
 
「...そうだ」
 
「え...どうして?
確かに付き合ってる時も結婚する時もそういう話はしなかったけど、まさか子供が欲しくないなんて...そんな大事な事をどうして今まで黙ってたの?」
 
「...ごめん」
 
「ごめん..って、ごめんで済まされる?
あたしが友人の子供の話をしたり、街で子供の姿を見て微笑ましく思っていた時、あなたはどんな気持ちで見ていたの?
自分たちには関係ない..って?」
 
「本当にごめん...もう、それしか言えない」
 
 
まるで他人でも見るような目付きで妻が俺を見るから、どんな顔で妻を見ればいいのか分からなくなって、堪らず視線をテーブルの上に落とした
本来ならば幸福であったはずの結婚生活を、俺はただ寂しい思いをさせるだけのものにしてしまった
どれだけ詫びても許される事ではない
 
 
「それじゃあ...もうあたしたちは本当にこれで終わりって事なのね
一緒にいても、お互い不幸になるだけだものね」
 
「ごめん」
 
「ごめん..ってそればっかり、他に何か言う事ないの?」
 
「謝ったところで許してはもらえないだろうし、許してもらおうとも思わない
でも、俺との結婚を解消して君が幸せになってくれたらそれが一番嬉しい」
 
「何よそれ...一番傷付くセリフね
あたし、あなたの妻として幸せになりたかったのに
 
すぐにどうこうはできないけど、離婚手続きは進めて行くわ
この部屋もそうだけど、財産分与なんかも考えて行かないと」
 
「...そうだね」
 
 
急に現実的な話になって、それまでずっと張り詰めていた空気が一瞬和らいだ
住んでいるマンションはまだローンの支払いがあるし、家財道具に関してもそれぞれ持ち込んだものや新しく買ったものもある
それらをどう分けて行くのか、離婚しようとしている二人が否が応でも話し合わなければならない事は山ほどある
 
 
「今夜は悪いけど、あなたはこっちで寝てもらっていい?」
 
「え?」
 
「離婚するって決まって一緒に寝れるほど、あたしタフじゃないわ」
 
「そう...だよね、ごめん」
 
「布団、出しておくから」
 
 
妻はそう言うと、椅子から立ち上がって部屋を出て行った
空いた席を眺めながら、深い溜め息をついた
 
まさか本当に離婚する事になろうとは
 
勿論、あの時妻が俺に言った事が冗談やハッタリだとは思わなかったけれど、こんなにもすんなりと離婚を進めるとは思ってもいなかった
 
でも変な話、ホッとしている自分がいるのも事実だった
 
このまま結婚生活を続けながらチャンミンとの逢瀬を続けて行くのは妻にもチャンミンにも不誠実だし、二人の思い悩む姿をずっと見続ける事になる
結果的に妻を傷つける事になったけれど、これで良かったのだと自分自身に言い聞かせた
 
あとはチャンミンにいつ、打ち明けるかだ
 
できれば全て決着がついてから話すべきだろうけれど、そうなると、それまでの間にチャンミンの憂いが益々大きくなって、そのうち見限られてしまいそうな不安もあった
でもだからと言って決着がつく前に話すのは中途半端で嫌だった
 
もし見限られたとしたら、きっと俺たちはそれだけの関係だったのだ
妻の事で何か聞かれたらその時に話せばいい..と、俺は結論付けた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それからは妻も俺も、離婚に向けて少しずつ準備を進めて行った
マンションはローンの支払いもある事から引き続き俺が住む事になり、家財道具に関しては殆ど俺が引き継いだ
そして妻は、必要最低限の物と衣類だけを持って実家に帰って行った
出戻りで負担になるのは嫌だからと、何かしらの働き口を探すと言っていた
 
離婚届に関しては、既に俺は署名をし、妻に預けてあった
それを妻のタイミングで提出してもらい、報告を受ける事になっている
 
妻が出て行ってから半月が経つけれど、まだ連絡はない
その間も俺とチャンミンの関係はぎくしゃくしたまま、会社で顔を合わせてもお互いうまく笑顔が作れず、挨拶もぎこちない
 
あれだけ四六時中一緒にいたのに急に距離が出来た事で、周りからは不仲説が浮上していた
 
 
 
夕方、営業から戻って書類を仕上げていると、スマホにメールが入った
まだ外回りから戻っていないチャンミンからで、打ち合わせが長引きそうなので直帰させてもらえないかという内容だった
 
簡潔に返信を送り、再び書類に目を通していると、再びメールが届いた
直帰にはなるけれど、それほど遅くはならないので久々に食事でもどうかという誘いだった
 
あれ以来、部署の集まり以外でチャンミンと個人的に会う事は控えていた
離婚準備を進めている中、迂闊に会って万が一その事を漏らしてしまってはいけないと思ったのと、あとは純粋に、チャンミンを求めてしまいそうで怖かったからだ
 
会いたい気持ちは当然あるし、向こうもそれなりに勇気を出して俺を誘っているのも分かる
断った時のチャンミンの気持ちを思うと即答でOKしてあげたいけれど、未だ妻から離婚届を受理してもらったという連絡がない以上、断るしかない
 
今度も簡潔に返信を送ると、スマホの着信が気にならないようにミュートにして画面を伏せた
 
 
チャンミン...ごめん
 
 
どれだけ俺がチャンミンを欲しているか、本当はそれだけでも伝えたい
そうすれば、こうして会えなくても俺の心はチャンミンにしかないと分かってもらえる
でも、一度冷静になろうと言って距離を置いたのは自分だ
せめて離婚が成立するまでは自分の言った事を守る責任がある
 
でも...
 
冷静になろうとしても、冷静になるどころかただひたすらチャンミンが恋しくて、愛おしくて、どうしようもなく好きだと痛感しただけだった
距離を置くといっても同じ部署で毎日顔を合わせるので生き地獄も同然で、声を聴く度に胸は掻きむしられ、"チョン主任"と呼ばれる度に、余所余所しさを感じて、"ユノさん"と呼んでくれとつい言いそうになった
 
 
 
「さて..と、帰るか」
 
 
書類を添付したメールを得意先に送信すると、デスクを片付けて会社を出た
駅まで歩いて約10分、そこから乗り継ぎなしの30分程で地元駅に着いた
 
会社帰りの社会人、学校帰りの学生、見るからに遊んで帰って来たような人...それぞれが様々な表情で改札に向かって歩いている
俺の場合は、物悲しいサラリーマン..といったところか
 
改札が近付いて来て歩く速度を緩めると、ふと改札脇に立つ人影に目が行って心臓が止まりそうになった
カバンを手にしたチャンミンが立っていたのだ
俺の視線に気付いたのか、パッとこちらを向いて、目が合うと硬い表情に変わった
改札に向かう人の流れを強引に横切ると、まるで棒のように突っ立っているチャンミンの前に立った
 
 
「どうしたの!?」
 
「すいません...待ち伏せしてました」
 
「待ち伏せ..って、なんで!?」
 
「今日は無理だって言われましたけど、どうしても諦めきれなくて
ここで待っていればきっと会えると思ったんです
 
本当に食事、ダメですか?」
 
「メールでダメって書いただろ」
 
「それはユノさんの本心ですか?」
 
 
久々に"ユノさん"と呼ばれて、胸がトクンと鳴った
俺はずっとチャンミンからそう呼んで欲しかった、それが今叶ったのだ
もっと呼んで欲しい、もっと声を聴かせて欲しい、そんな想いが一気に溢れてしまいそうだ
 
 
「本心だよ」
 
「嘘です」
 
「嘘じゃない」
 
「だったら僕の目を見て言ってください
僕の目を見て、本心じゃないって言えますか?」
 
 
そう言われて、俺はチャンミンのクリっとした愛らしい目をじっと見つめた
薄茶色に透けた瞳はいつだって誠実で、俺だけを映してくれていた
この目を覗き込んだまま何度キスをしただろう?
蕩けるような眼差しを向けられながら、何度愛し合っただろう?
 
 
俺にはチャンミンが必要だ
俺にはチャンミンしかいない
 
 
「今、ユノさんの目の前にいる僕は、もうどうでもいい存在ですか?」
 
「チャンミン...」
 
「僕にはユノさんが必要です
ユノさんじゃなきゃダメなんです」
 
 
チャンミンはそう言って泣きそうな顔をした
それを見た途端、俺は咄嗟に手を伸ばしてチャンミンの体を抱き締めていた
改札の脇とはいえ、数人の通行人がギョッとした顔で俺たちの脇を通って行った
 
慌てて体を離して向かい合うと、チャンミンもまさか俺に抱き締められるとは思わなかったのか、目を真ん丸にしていた
 
 
「ごめん、つい..」
 
「いいんです、だって、これがユノさんの本心なんですよね?」
 
「...そうだよ」
 
「嬉しいから、謝らないでください
 
駅前の定食屋でもいいので食事しませんか?
それとも...奥さんの手料理が待ってますか?」
 
「いや、大丈夫」
 
「良かったぁ」
 
 
チャンミンは嬉しそうに微笑むと、俺の腕を掴んで改札の外へと引っ張って行った
この感じ、懐かしいな...と思いながら、ほんの少しだけ心の中は複雑だった
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

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