BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も知らない妻に向かって、俺は精一杯の笑顔を見せた
 
 
「例の後輩だよ、俺が営業に同行してるって話してた、覚えてる?」
 
「あぁ、そうだったの?
せっかくお見舞いに来てくださったのに立ち話なんて失礼だから、中に入っていただいたら?」
 
 
妻が玄関の外のチャンミンを気に掛けるように覗いて二人の目が合った、ように見えた
俺の心境はとてもじゃないが穏やかではいられない
 
 
「はじめまして、部下のシムと申します
夜分遅くに突然お伺いして申し訳ありません」
 
「いいえ、わざわざお見舞いに来てくださるなんて、ご親切にありがとうございます
狭い部屋ですけどどうぞお上がりください」
 
 
妻はそう言ってラックから来客用のスリッパを取り出して上がり口に置いた
チャンミンは俺を見もせずに靴を脱いでスリッパに足を入れると、妻に先導されるままリビングの方へ行ってしまった
 
 
「今コーヒー淹れますから、お掛けになっててください」
 
 
妻がキッチンに消えると、すかさず俺はチャンミンの脇腹を肘で突いた
 
 
「何で一言連絡くれなかったの?」
 
「だって、メールしたって返事くれないし、連絡するだけ無駄だと思ったんです」
 
「そうだとしても、自宅に来るってよっぽどだよ?」
 
「それはそうですけど、ユノさんが心配だったから...
それにしても、奥さん、思った通りの美人さんで納得です」
 
 
返す言葉もなく溜め息をつくと、チャンミンは俺をまじまじと見つめて優しく微笑んだ
 
 
「元気そうでホッとしました」
 
「...お見舞いなんて言って、本当はついでなんじゃないの?」
 
「まさか!!変な事言わないでください」
 
 
そこで妻がコーヒーを運んで来たので二人の会話は終わった
俺と妻とチャンミンと、決して顔を合わせる事はないと思っていた3人が揃ってコーヒーを飲んでいる光景は、何とも不思議で居心地の悪いものだった
 
 
「もう体調はいいんですか?」
 
「うん、熱も下がったし、明日は会社に行けると思う」
 
「良かったぁ」
 
 
チャンミンがホッとしたようにそう言うと、妻が揶揄うような視線を投げた
 
 
「上司のいない方が気が楽だったんじゃないですか?」
 
「気が楽だなんてとんでもない!!
チョンさんがいないと不安で落ち着かなくて...だからわざわざ様子を見に来てしまったくらいで...」
 
「あら、そうなの?随分と頼りにされてるのね」
 
 
妻は意外だとでも言うように俺を見た
チャンミンが余計な事でも言わないか気が気じゃないし、妻がチャンミンに話し掛ける度に俺は寿命が縮む思いだった
 
 
盛り上がるような雰囲気でもなく時間も時間だったので、余り長居はさせず1時間ほどでチャンミンを帰した
 
 
 
「シムさん...だったかしら?可愛らしい人ね」
 
 
コーヒーカップを片付けていると、テーブルを拭いている妻がそう言った
 
 
「...可愛い?」
 
「えぇ、何だかあなたの事を凄く慕ってるみたいで
家では仕事の話をあまりしないから、あなたが会社でどんな上司なのか気になってたんだけど、それなりにいい上司してるのね」
 
「まぁ...普通だよ」
 
「そう?でも、あなたを見る時の目付きが凄く印象的だったわ
憧れてるっていうか、何て言うか...まるで恋してるみたいでちょっとドキッとした」
 
「恋してるって、あいつは後輩だし男だよ?
どっちかというと俺は面倒臭い上司の部類だと思うけど」
 
「面倒臭いけど、目が離せない人なのよね、あなたって
失恋して自暴自棄になってたあたしをバカみたいに元気付けてくれたり、それでどれだけ救われたか...あの時あなたと出会ってなかったら今頃あたしどうしてたかな」
 
 
妻の表情が曇って、俺は何も言葉を返せずそのままキッチンに逃げた
 
 
妻とはもともと、大学時代の交友関係で知り合った
当時妻には長く交際していた恋人がいて、失恋した時に俺が元気付けてあげるうちに向こうが俺を頼るようになり、それに応えてあげたらそのまま男女の仲になっていた
あの頃はまだ恋愛感情があったのに、いつからこうなってしまったのだろう...
 
 
チャンミンの俺を見る目がまるで恋しているみたいだった...か
俺は敢えてチャンミンを見ないようにしていたけれど、もし俺がチャンミンを見ていたら、それも恋しているように見えていたのだろうか
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
翌日、久々に出社すると、チャンミンの嬉しそうな笑顔で出迎えられた
いつものように朝から営業同行...と行きたいところだけれど、独り立ちに向けて同行日数を調整する事にしたので今日は別行動だった
 
当たり前のように隣にいたのが急にいなくなって、空いた助手席が何とも寂しい
二度と会えないわけでもないのに、どれだけチャンミンの存在に支えられていたのか、つくづく思い知らされた
 
 
昼の12時が近付いて来て、たまには一人で埠頭に行こうかと思っていた矢先、チャンミンからメールが届いた
近くまで来ているので、駅で自分を拾ってそのまま埠頭に行かないか、という内容だった
思い掛けない誘いに俺は迷わず飛び付き、いつものように二人で埠頭に向かった
 
 
車を停め、まずは熱い抱擁から始まりひとしきり欲望を満たした後、ようやく腹を満たした
 
 
「ねぇユノさん」
 
「ん?」
 
「来月から本格的に僕が一人で営業に行くようになったら、もうこういう時間はなくなるんですよね?」
 
「そうせざるを得ないだろうな
でも、会おうと思えば仕事終わりに会えるし、休日だって都合をつければ会えるんだ
仕事中にこうして会えるのはむしろ贅沢だったんだよ」
 
「ユノさんとこうやって触れ合えるから頑張れたのに、それがなくなるなんて寂しいです
もし都合が合えば、今日みたいに途中で僕を拾ってもらう事もできますよね?」
 
「...それは本当に例外だよ
仕事に影響が出ないようにしないと」
 
 
チャンミンはつまらなさそうに口を尖らせ、プイとそっぽを向いた
揶揄いたくなるようなそんな姿も、もうあと数える程度しか見られなくなるのだ
運転席から窓の外に目を向けると、かもめの大群が空をぐるぐると飛び回っていた
 
 
妻から突き付けられた離婚の話は、まだあれから何の進展もない..というか、俺がまだ妻と話せていない
そして勿論、チャンミンにその事を話してはいない
 
子供を持つ気がないのなら別れる...という妻の気持ちはよく分かるし、今の今までそれにきちんと向き合おうとしなかった俺の責任は大きい
特別子供が嫌いなワケではないし、親戚の子供は可愛いと思うけれど、自分が子を持つという事が全く想像できないのだ
 
チャンミンの言うように、妻は客観的に見てもキレイだ
友人たちからは羨ましがられ、親戚からも早く子供を見せろとせっつかれてもいた
でも、「キレイで優しい妻」は「キレイで優しい妻」であって、俺たちの新婚生活には燃えるような熱い時期はただの一度もなかった
 
それなのに今、チャンミンとは時間の許す限り逢瀬を重ねている
チャンミンの事を思うだけで俺の心は搔き乱され、止めどなく想いが溢れてしまうのだ
そして、大きな茶色い瞳は見つめるだけで時が経つのも忘れてしまうし、耳触りのいい柔らかな優しい声は何よりも俺を癒してくれた
出会った時は、まさかこんなにも大切な存在になるとは思ってもいなかった
 
 
 
「ユノさん、また考え事ですか?」
 
「ん?あぁ、ちょっとね」
 
「僕の事で悩んでくれてたらいいな、なんて思ったら性格悪いですか?」
 
「え?」
 
「僕は毎日ユノさんの事を考えて、胸が苦しいです
だからユノさんも同じように悩んで、苦しんでくれてたらいいな..って」
 
 
そう言って切なげに微笑む姿に胸がキュッと締め付けられた
俺は、妻もチャンミンも同時に苦しめている、最低の男だ
こんな俺が幸せになりたいなんて思うのはとんでもなくおこがましい
 
 
「なぁチャンミン」
 
「はい?」
 
「営業に同行できるのもあと数日しかないんだけど...
ここに来るのはもうこれで最後にしようか」
 
「...え?」
 
 
チャンミンがハッと顔を上げて、大きな目がじっと俺を見た
 
 
「何を突然って思うよね、でも、このまま続けて行くのはやっぱりダメだ
これから独り立ちって時に俺との事で仕事に支障を来したらいけないし、ここ最近のチャンミンの悩む姿を見ていたら、この関係がもたらすものって何もないんじゃないかって思った
 
一度距離を置いて、お互い冷静になる必要があると思う」
 
 
チャンミンはパチパチと何度か瞬きをして、それから小さな子供に話し掛けるように、ゆっくりと言った
 
 
「ユノさんは...本気でそう...思ってるんですか?」
 
「冗談なんかでこんな事を言ったりしないよ」
 
「僕の事が嫌いになったんですか?」
 
「嫌いに?なる訳ないだろ、そもそも嫌いになる理由がない
 
俺はチャンミンを愛してる、心からね
だからダメなんだ」
 
「意味が分かりません
僕を愛してるなら、今のままでいいじゃないですか
距離を置いたって会社で会うんですよ?そんなの気休めで、どうせそのうち我慢できずにこうやって会う事になるんです」
 
「俺はそうならないようにする
例えチャンミンが会いたいって言っても」
 
 
本当はこんな事を言うつもりでここに来たのではない
いつものように二人きりの甘い時間を求めて来たのに、チャンミンの切ない表情を見たら自然と言葉が口をついて出ていた
 
いつかチャンミンが言っていたように、俺たちのしている事は"イケナイコト"なのだ
 
 
「とりあえず、分かりましたとは言いません
いきなりそんな事言われて納得できるハズがないんですから」
 
「分かってる
でも俺の気持ちは伝えたから、じっくり考えて欲しい」
 
 
ピピっと車の時計が1時の時報を鳴らし、張り詰めた空気がフッと緩んだ
 
 
「さ、会社に戻るよ」
 
 
俺はエンジンを掛けると、シートベルトを装着した
 
 
あとは今夜、妻と話をするだけだ
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

※画像お借りしました※