BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャンミンが選んだ店は、かなり大人な雰囲気のバーだった
普通に居酒屋にでも行くものだと思っていたから、こういう店を知っている事自体が驚きでもあった
 
 
カウンター席に案内されると、チャンミンはジントニックを、俺はジンジャーエールを頼んだ
 
 
ほぼ間接照明だけで構成された店内は全体的に薄暗く、その僅かな光がバーカウンターにずらりと並んだ色とりどりの酒のボトルや、整然と並んだグラスに反射してキラキラと優しい光を放ち、幻想的な雰囲気を演出していた
 
ゆったりとしたジャズが流れ、まだ20時前だというのにまるで深夜かと思わせるような雰囲気だった
 
 
目の前で様々な酒が手際よく調合されていくのを眺めながら、自分たちの飲み物が出来上がるのをじっと待った
 
 
「ここ、前から知ってるの?」
 
 
酒が来る前に水が運ばれて来て、俺は一口飲んでからそう訊いた
 
 
「いえ、初めてです
何となく勘で決めたんですけど、思ってた以上にいい感じですね」
 
「良過ぎるくらいだよ、男二人には」
 
「たまにはいいじゃないですか、こういうのも」
 
 
チャンミンはそう言うと、水の入ったグラスを持ち上げて口を付けた
グラスに付けられた唇や細い顎に目が行き、そのまま視線は首筋へと移動して、ゆっくりと上下する喉仏で止まった
 
そうだ、チャンミンは男なのだ
 
照明が暗いせいか、一連の動作がどこか艶めかしく、ただ水を飲んでいるだけなのにまるでほんのり酔っているように見えた
チャンミンに色気を感じるのはこれが初めてではないけれど、今夜はいつもとはちょっと違った
 
 
「カクテルなんて頼んでるけど、夕飯はまだなんだよね?」
 
「えぇ、あ、ユノさんもですよね?何か食べますか?」
 
 
チャンミンはそう言って、カウンターに置いてあったフードメニューを手に取った
 
 
「いや、俺は家で用意してるから、チャンミンだけで食べていいよ」
 
「あ...そっか、そうでしたね」
 
 
やや声のトーンを落としてそう言うと、手に取ったメニューを見る事なくまた元の場所に置いた
 
 
「...頼まないの?」
 
「ユノさんが食べないなら僕もやめておきます
とりあえず、今はお酒だけ飲めればいいですし」
 
「でも、度数の高いお酒を空きっ腹で飲むのはあんまり良くないんじゃない?
遠慮しないで食べたらいいのに」
 
「いえ、大丈夫です」
 
 
ようやく飲み物が運ばれて来ると、何もないのもやっぱり寂しいからと、とりあえず乾き物だけ注文した
そして、ナッツやレーズンをつまみながら、気になっていた本題に取り掛かった
 
 
「わざわざ飲みに誘うって、何か相談事でもあるの?」
 
「え?」
 
「こんな風に俺を誘うのって、初めてだよね」
 
「...相談事がないと、誘ったらダメですか?」
 
「いや..そういう訳じゃないけど、珍しいなと思ったから」
 
「僕は単純にユノさんと飲みたいなと思っただけで、それ以外の理由はありません」
 
「...そっか、ごめん、余計なお節介だったね
そろそろ仕事も慣れて来た頃だし、色々思うところがあるんじゃないかって思ったんだ
今くらいの時期に辞めて行く人も多いからさ」
 
「僕は辞めたりしません」
 
「そう..だよね、本当にごめん
チャンミンの仕事ぶりは取引先からも評判がいいし、そのうち俺の方が追い掛ける立場になるかもね」
 
 
俺がそう言うと、チャンミンはクスっと笑った
 
 
「それはないですよ
それに、できればまだまだユノさんに同行させてもらいたいです」
 
 
たとえその言葉が社交辞令だったとしても、素直に嬉しいし、俺の方こそまだまだチャンミンを連れて回りたいと思っている
二人で飲みたいと思ってくれた事も、こうして誘ってくれた事も、そこに他意があって欲しいと思ってしまうのは我儘だろうか?
 
 
「あとひと月もしたら独り立ちの準備に入ろうかと思ってるから、今のうちに吸収できるとこはどんどん吸収して、俺に限らず、他の営業に同行するのもアリだからね」
 
「他の営業に?それは遠慮しておきます」
 
「どうして?俺にだけ付いてると偏ったやり方が身に付く可能性もあるし、色々見た方が勉強になるよ」
 
「僕は...ユノさんだけでいいです」
 
「そっか、まぁ、無理強いはしないけど...」
 
 
俺だけでいい..なんて言われたら、ちょっと勘違いしたくなる
待ち伏せしていたかのような鉢合わせも、ドライブの事も、チャンミンが俺に対して特別な感情を持っているのではとつい勘繰ってしまいたくなる
そしてもし本当にそうだとして、俺は自分の気持ちに素直になってもいいのだろうか?
 
"これ以上のめり込まない"という選択肢は、俺の中にもはやなかった
 
 
「あのさ、チャンミン」
 
「何ですか」
 
「恋人って...いるの?」
 
 
すると、チャンミンの表情がサッと変わって、信じられないとでも言うような顔つきになった
 
 
「そういうの、今どきはセクハラになるって知ってますか?」
 
「ごめん、でも気になって
いつも暇だからいつでもドライブに誘っていいって言われた時、正直びっくりしたんだ
チャンミンはハンサムで性格もいいし、色んな意味でモテるだろうなって思ったから」
 
「そういうのもセクハラですよ」
 
「あ...ごめん」
 
 
チャンミンは大きな目を三日月のようにして、ふふっと笑った
 
 
「ユノさんだから許します」
 
 
それからジントニックを数口飲むと、グラスは空になった
チャンミンは空になったグラスを傾けて、中の氷がカラカラと転がるのを見つめながら言葉を続けた
 
 
「恋人は暫くいません

もう...ここ5年くらいでしょうか」

 

「そっか...

じゃあ、好きな人は...いるの?」

 

「好きな人ですか?」

 

 

グラスを見ていた視線が急に俺の方に向けられて、またセクハラだと言われるのかと思わず身構えた

でも、返ってきた言葉は思っていたのとは違っていた

 
 
「好きな人は、いますけど...叶わぬ恋なんです」
 
「叶わぬ恋?」
 
「えぇ、でも、叶わないなりに僕はそれを楽しもうと思ってます
万が一って事もありますし」
 
「万が一...って?」
 
 
チャンミンは俺の言葉には答えず、店員を呼んでジントニックのお代わりを頼んだ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
軽く飲みませんか?と誘われてバーに入ってから、そろそろ2時間が経とうとしていた
妻には残業で遅くなると伝えていたから問題ないけれど、隣にいる同伴者にやや問題が発生していた
 
ジントニックを3杯飲んで、締めだと言ってモスコミュールを飲み始めてからちょっと様子がおかしかった
 
チャンミンは明らかに酔っていた
 
お酒には強い方だと言っていたから、何を頼もうが特に気にしていなかった
でもこの様子だと、お酒は好きだけどそれほど強くない、という方が正解だ
 
 
「チャンミン、もう水だけにしよう」
 
「でも...せっかく頼んだんですから全部飲まないと...」
 
 
赤い顔をして目を潤ませ、今にもこの場で寝てしまいそうな様子だった
置いて帰る訳にも行かないし、送って行くのも時間的に厳しいし、ここはある程度酔いを醒ましてから帰したい
 
ひとまずモスコミュールのグラスをチャンミンから遠ざけると、代わりに水の入ったグラスを握らせた
あと30分も経てば多少は酔いも醒めるだろう
でも、この調子では明日のドライブは延期にした方がいい
 
頬杖をついてぼんやりしているチャンミンの横顔を俺はじっと見つめていた
何も話さなくても、そうしているだけで十分だった
 
 
すると突然、チャンミンがくるりと俺の方を向いた
アルコールのせいで潤んだ色っぽい眼差しで、俺を見つめ、そっと俺の腕に手を掛けた
心臓がドクンドクンと、速度を早めた
 
 

「ユノさんに訊きたい事があります」

 

「ん?」

 

「奥さんを愛してますか?」

 

「...え?」

 

「心から愛してますか?」

 
「何を...急に」
 
「答えてください」
 
 
酔っ払いの戯言で片付けていい雰囲気ではなかった
チャンミンはこの質問を真剣に訊いているのだ
 
 
妻を心から愛しているか?
 
 
答えはノーだ
でも、いくらなんでもこればかりは俺の完全なるプライバシーで、それをチャンミンに言っていいものかどうか..
なんて悩んでいる間に、チャンミンの方から答えを切り出された
 
 
「愛していませんよね?」
 
「あのさ...随分と明け透けに言うんだね」
 
「だって、そうでしょう?」
 
「俺は...それにどう答えればいい?」
 
 
チャンミンは俺の狼狽ぶりを見て苦笑いをした
 
 
「ユノさんは隠してるつもりでも、僕には分かるんです
だから一人でドライブに行ったりして物思いに耽りたいんですよね?」
 
「まぁ...そうだね」
 
「でもそこに僕が加わって、正直迷惑だなって思ったんじゃないですか?
一人の時間が奪われた..って」
 
「...そんな事は思ってないよ
むしろ、チャンミンが一緒にいてくれて嬉しい」
 
 
そう言ってから、これはちょっとストレート過ぎたかな、と思った
でも、これが俺の正直な気持ちだ
 
 
チャンミンは俺の言葉を聞いて、なぜか悲し気な表情を見せた
俺の腕に置かれたチャンミンの手に、ぎゅっと力が入ったのが分かった
 
 
「狡いです」
 
「狡い?」
 
「僕を...こんな気持ちにさせて、それなのに既婚者なんて...狡いです」
 
「...どういう事?」
 
 
チャンミンは俺から視線を逸らすと、俺の腕に置いた自分の手を見つめて呟いた
 
 
「僕は...ユノさんが好きです」
 
 
その瞬間、店内に流れるジャズも、カチャカチャと鳴るグラスや食器の触れ合う音も、お客さん同士の会話も、全ての音が一瞬でミュートになり、目の前に流れる時間がピタッと止まった
 
 
チャンミンが...俺を好き?
 
 
そうであって欲しいと願っていた事が現実になって嬉しいはずなのに、言いようのない不安が、見えない靄のようにじわじわと俺を包み込んでいた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

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