BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜日、シムさんと埠頭ドライブをする事になっていた俺は、逸る気持ちを抑えつつ待ち合わせ場所へと車を走らせていた
 
 
駅前ロータリーに到着すると、少し離れた所にシムさんの姿を見付けて一気に胸の鼓動が速まった
ハンドルを握る手に汗が滲んで、デニムの太腿辺りで手の平を擦って湿り気を拭った
 
 
これは完全に初デートの心境だ
 
 
舗道に車を寄せて停まると、予め伝えておいた車種とカラーにシムさんはすぐに気付いて駆け寄って来てくれた
俺は助手席側の窓を開けて、顔が見えるように身を乗り出した
 
 
「おはよう」
 
「おはようございます」
 
 
シムさんは少し照れたようにはにかむと、助手席のドアを開けて乗り込んだ
隣でシートベルトを装着する様子を眺めながら、ふと、ここに妻以外を乗せるのはシムさんが初めてだった事に気付いた
他の同僚でも、友人でもなく、それがシムさんで良かったと思った
 
 
「待たせちゃった?」
 
「いえ、僕もさっき着いたばかりです
道路は空いてましたか?」
 
「うん、ここまでは空いてたけど、埠頭まではちょっと怪しいかもな」
 
 
正直に言うと、混雑を予想してかなり早めに家を出ていた
でも思いの外すいすい進んでしまったので、待ち合わせまで時間を潰していたくらいだった
 
シムさんがシートベルトを装着し終えて前を向いたところで、俺はウィンカーを出して車を発進させた
 
 
暫く走ると、高速道路への分岐点が近付いて来た
普段だったらこのまま下道で行くけれど、シムさんとの時間を僅かでも無駄にしたくなくて、短い距離でも迷わず高速を選んだ
 
 
あっという間に埠頭に到着し、車を降りると、俺もシムさんも思い切り伸びをした
程良い緊張感から解放されたのと、日々の煩わしさから離れられて、ようやくホッとできた
 
シムさんは自分の腕時計を見て、それから俺を見た
 
 
「主任、お昼はいつもどうしてるんですか?」
 
 
"主任"と呼ばれた瞬間、なぜか現実に引き戻されたような気がした
確かに俺はシムさんからしたらチョン主任であって、それ以外の何物でもない
でも、せっかく休日を過ごしているのに仕事でいるような気分にはなりたくない
少なくとも今は、"主任"ではいたくなかった
 
 
「確かこの辺には牛丼屋とか蕎麦屋しかないよ
だから俺は大抵コンビニで買って来たおにぎりで済ませてる」
 
「そしたら...他にないかちょっと調べておきますね」
 
 
シムさんはそう言うと、コンクリートブロックの上に腰掛けてスマホを弄り始めた
俺はその様子を少し離れたところからじっと眺めた
 
高身長で手足がスラっと長く、おまけに抜群にイケメンで、当然休みの日は恋人とデートかと思っていたら、いつでもドライブに誘ってOKだと言われて正直驚いた
気になる相手もいないのか...もしいたとして、それはどんな人なのだろう?
 
俺の視線に気付いて、シムさんがチラッとこちらを見た
ばっちり視線が合って、俺は慌てて目を逸らした
あからさま過ぎたかと思ったけれど、特に気にしている様子はなかった
 
 
「主任、いいとこ見付けましたよ」
 
 
シムさんはそう言って立ち上がると、俺の方へとやって来た
そしてスマホに表示されたレストランの画像を見せてくれた
 
 
「イタリアンなんですけど、ランチのコスパが良くて評判みたいです
調べたら、ここから大体15分くらいみたいです、行ってみませんか?」
 
「うん、いいね」
 
「メニューが...ちょっと字が小さくて見にくいんですけど...」
 
 
シムさんはそう言いながら画面を拡大して見せてくれた
ついでにシムさん自身も俺に寄って来て、色白の頬が俺の顔のすぐ真横に迫った
太陽に照らされて茶色く透けたシムさんの前髪が、俺の前髪にさわさわと触れて擽ったい
そして、シャンプーか整髪料か、ふわっと甘い香りがした
 
相手は同じ男なのに、どうしてこんなにムラムラしてしまうのか...
俺の中で久しく顔を出す事のなかった"男"という本能が目覚めようとしていた
 
 
「いや、メニューは現地で見るからいいよ、ありがとう

車に乗ったら住所だけナビに入れさせて」

 

 

慌ててシムさんから離れると、動揺しているのを悟られないように背を向けた

シムさんは"分かりました"とだけ言って、それきり黙ってしまった

 

それにしても、参った

 

一人の時はその辺に座って、行き交う船や頭上のカモメたちをぼんやりと眺めたり、全てを忘れてただひたすら無になって過ごしていたけれど、二人となると、どう時間を潰せばいいのか分からない

そもそも、シムさんの一挙手一投足にドキドキして落ち着かない

 
 
「主任」
 
 
さっきよりも近くで声がして我に返ると、いつの間にかシムさんが隣に立っていた
シムさんは黙って俺をじっと見て、それからふっと視線を海に向けた
 
 
「今、何を考えてたんですか?」
 
「...ん?」
 
「悩み事ですか?」
 
「まぁ...悩み事と言えばそうかもね」
 
「仕事ですか?それとも、プライベート?」
 
「うん...両方かな」
 
 
どうしてか、俺は素直にシムさんの質問に答えていた
俺はシムさんより2つ年上で、仕事の悩みや家庭のゴタゴタを話せるほど親しい関係ではない
でも、俺の事をもっと知って欲しいと思った
 
 
「主任が仕事で悩むだなんて、想像できません
いつも何でもそつなくこなしてるじゃないですか」
 
「それは買い被り過ぎ
そう見えてるだけで、実際はいっぱいいっぱいだよ」
 
「そうですか?
でも僕は、主任みたいに頼れる存在になりたいです」
 
 
頬にシムさんの視線を感じて、前しか見れなくなった
憧れの存在になれたのは素直に嬉しいけれど、男としてどう見られているのか
少なくとも、俺はシムさんに対して胸がときめくし、もっと近付きたいと思ってしまう
だから"主任"と呼ばれる度に、隔たりを感じていた
 
 
「シムさん」
 
「はい?」
 
「今は仕事じゃないから、主任って呼ぶのはやめない?」
 
「え、でも..」
 
「チョンさん、てのもナシ」
 
「...そしたら何て呼べばいいんですか?
主任もダメ、チョンさんもダメ...じゃあニックネームですか?」
 
 
シムさんの妙な提案に思わず笑ってしまった
肩書でも苗字でもニックネームでもない、俺はシムさんをもっと近くに感じたい
 
 
「シムさんは、チャンミン、だよね?」
 
「えぇ、そうですけど」
 
「今から下の名前で呼び合おう
だから俺の事は、ユノ、って呼んで欲しい」
 
「え、でも....ユノ...って、呼び捨てはちょっと抵抗があります
せめて"さん"付けでもいいですか?」
 
「分かった」
 
「じゃあ、ユノさん、で行きます」
 
 
シムさんが恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに微笑む姿を見て、俺は一方的に、二人の距離が縮まったように感じた
シムさんからしたらそんな事は望んでいないかもしれないけれど、嫌がったり躊躇う様子がないのを見て、俺はどんどん突き進んでしまいたくなった
 
 
 
 
 
昼になって、チャンミンが調べておいてくれたイタリアンの店に向かい、評判通りの美味いパスタとピザを食べた
 
空腹が満たされた後は、再び車に乗ってドライブに出た
妻には夕方までには帰ると言ってしまった手前、あまり遠くまで出てしまうと帰りの時間が読めなくなるので、近場を中心に走った
 
助手席のチャンミンは窓の外の景色に時折声を上げたり、俺に向かって何か言ったり、運転しながら一人の時とはまた違うドライブの楽しさを実感した
隣にいるのがチャンミンだから、余計にそう思った
 
結婚当時は妻ともまだこういう楽しい日々があったっけ...なんて思い出して切なくなった
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
待ち合わせ場所だった駅のロータリーに戻って来ると、まずチャンミンが先に車を降り、見送る俺も一緒に降りた
 
 
「今日はありがとうございました」
 
「家まで送れなくてごめん
思ったよりドライブが長引いちゃって」
 
「時間、大丈夫ですか?
奥さんに怒られたりするんですか?」
 
「ハハ、怒られはしないよ
心配しなくても大丈夫だから」
 
 
チャンミンは笑っている俺を真剣な顔でじっと見ていた
 
 
「ユノさんの奥さんて、どんな人ですか?」
 
「え?どんなって...別に、普通の人だよ」
 
「奥さんに対して普通の人って何ですか
ユノさんのハートを射止めたくらいですから、よっぽど素敵な人なんでしょうね」
 
「...どうしてそんな事を訊くの?」
 
「ちょっと...気になるなぁって思って
いつかユノさんの家に招待してくださいよ
奥さんだって、自分の夫がどんな人と仕事してるか知りたいと思うんです」
 
「別に気にしてないと思うけど
それに、うちに来たって大して楽しくないと思うよ?」
 
「でも行きたいです
ユノさんのプライベートを覗いてみたいんです」
 
「...悪趣味だな」
 
「何とでも言ってください

後輩を家に呼ぶくらい、いいじゃないですか」

 
 
チャンミンはそう言って悪戯っぽくにっこりと微笑んだ
単純に俺のプライベートに興味があるだけだとは思うけれど、妻との関係が関係だけに、あまり気乗りがしない
かと言ってここで断るのも、チャンミンとの関係に影響が出るようで嫌だった
 
 
「じゃあ、日にちはまた改めて決めましょう
今日はありがとうございました」
 
「そっちの約束はまだ保留だからな
気を付けて帰って」
 
 
チャンミンは一礼すると、駅の方に行きかけて、思い直したようにまた俺の方に戻って来た
 
 
「何か忘れ物でもした?」
 
「いえ...今日は本当に楽しかったなぁって言いたくて」
 
「うん、俺もだよ」
 
「また連れて行ってくださいね
ユノさんと一緒に色んな所にドライブに行きたいです」
 
「考えとくよ」
 
「絶対ですからね」
 
「...分かった」
 
 
チャンミンは嬉しそうに微笑むと、そのまま駅に小走りで行ってしまった
その後ろ姿を見送りながら、何とも言えない熱い想いが胸の中に広がって行った
 
俺と一緒に色んな所にドライブに行きたい...か
 
一人で車に乗り込むと、ふっと空っぽの助手席に目が行った
ついさっきまでここにチャンミンがいて、俺に向かって笑い掛けてくれた
まだ微かに甘い香りが残っているような気がして、無性に恋しくて仕方がなかった
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

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