BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっと...ここ、だよね...?
 
 
スマホ画面に表示された地図を見ながら、目の前にある建物が目的の建物だと何度も何度も確認した
 
見上げるほどに高くそびえ立つ高層マンション、それをぐるりと囲む舗道には街路樹が整然と並び、エントランスの内側にはお洒落な照明とちょっとした応接セットが置かれている
自分の住む世界とはちょっと...いや、かなりかけ離れている世界にチョンさんがいるのかと思うと、少し不安を覚えた
 
 
ていうか、本当にここで合ってる?
 
 
何度見ても地図上の矢印はここを示していて、マンションの入り口にあるプレートに書かれている住所もスマホの表示と合っているから間違いない
 
恐る恐る入口の中に入ると、教えてもらっていた部屋番号をインターホンに入力して呼び出しボタンを押した
数秒経って、聞き慣れた声で"はい"と応答があった
本当にチョンさんがここに住んでいるのだと実感して、ちょっと緊張した
 
 
「あ、僕です、シムです」
 
「どうぞ」
 
 
ピッピッピッ...という電子音と共に自動ドアが開き、エントランスの中に入った
正面にはコンシェルジュ用のカウンターがあり、今はお昼どきだからか休憩中の札が置かれていた
 
 
エレベーターで目的階まで上がると、扉が開いた瞬間、目の前にチョンさんが立っていて心臓が止まりそうになった
チョンさんは上下共にオフホワイトのスウェットと、とてもラフな格好で、いつもの映画デートの時とはまるで違っていた
 
 
「...びっくりした」
 
「ごめん、驚かすつもりはなかったんだけど、待てなくて...
大丈夫だった?場所、迷ったんじゃない?」
 
「えぇ、少し迷いました
ここ、似たようなマンションが幾つもあるんですね」
 
「あぁ、そうかもね」
 
 
チョンさんはそう言うと、くるりと向きを変えて歩き出した
慌ててその後をついて行きながら、今の言葉をもう一度頭の中で反芻した
 
 
"驚かすつもりはなかったんだけど、待てなくて..."
 
 
"待てなくて"というのはつまり、僕が来るのをじっと待っていられなくて、思わずエレベーターホールまで迎えに来てしまった、という意味ではないだろうか
サラリと言われたその短い言葉の中に真意を見出して、内心嬉しくて仕方がなかった
 
 
チョンさんの部屋は突き当りで、どうやら角部屋らしい
ドアを開けようとして手を止めると、僕の方を振り向いた
 
 
「先に言っておくけど、一応掃除はした
シムさん的にはそう見えないかもしれないけど、俺なりに頑張った努力は認めて欲しい」
 
「...なんでそんな事をわざわざ僕に言うんですか?
気にしなくていいですよ、とりあえず中に入りませんか?」
 
 
チョンさんは何か言いたげだったけれど、ドアを開けて僕を中に入れてくれた
玄関は広く、靴の収納スペースも一人暮らしには十分過ぎるほど大きく取られていて、自分の住むアパートのあの狭い玄関を思い出して恥ずかしくなった
 
靴を脱いで玄関を上がり、チョンさんの後について部屋の中へと入って行くと、なるほど、チョンさんがなぜあんな風に前置きをしたのか理由が分かった
散らかっている訳ではないけれど、色々なものがテーブルや棚の上に雑然と置かれていて、それが出しっぱなしなのか正しい置き場所なのかは分からないけれど、整理整頓されているという感じではなかった
 
 
「...何か言いたそうだね」
 
「そんな風に見えますか?
でも、思っていたよりは片付いてますよ」
 
「ほらね
シムさんが見たら絶対何か言うだろうと思って、今朝起きてすぐ片付けたんだ
でも普段から片付けてないから、やっぱり限界があるな」
 
「僕は姑じゃないんですから、いちいち突っ込んだりしませんよ
家に呼んでもらえただけで嬉しいんですから」
 
「...そう?」
 
「そうですよ」
 
 
僕は改めてだだっ広いリビングを見渡して、その広さに驚嘆した
一体何畳あるのだろう?家具が少ないせいか、余計に広さを感じる
 
 
「適当に座ってて、何か飲むよね?コーヒーでいい?」
 
「あ、すいません、ありがとうございます」
 
 
チョンさんがキッチンの方に姿を消すと、僕はソファの一番端に座った
素晴らしく大きな黒い革張りのソファで、白くてふわふわしたクッションが2つ置かれていた
これはチョンさんの趣味なのだろうか?と、ちょっと意外性を感じた
 
 
暫くして、チョンさんがコーヒーの入ったカップを手に戻って来ると、それをソファの前のローテーブルの上に置いた
そしてソファのど真ん中に座ると、端に座っている僕に向かって"こっちに来い"というような仕草をした
 
 
「何でそんな端に座ってるの?」
 
「いや...何となく」
 
「何となく..って、どう見てもおかしな構図だから、隣においでよ」
 
 
立ち上がってチョンさんの隣に移動すると、一応、少しだけ間を空けた
チョンさんはその中途半端な隙間をじっと見て、それから僕を見た
 
 
「そうなの?」
 
「え、何がですか?」
 
「...まぁいいや、じゃあ早速観ようか」
 
 
チョンさんはリモコンを手に取ると、ポチポチと操作して映画の作品一覧の画面を出した
事前に二人で決めていた映画を選択すると、決定ボタンを押した
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「...いやぁ面白かった、ね?」
 
「えぇ、なかなか手に汗握りましたね
途中、ハラハラし過ぎて見ていられなかったです」
 
「あ、それ分かる
シムさんが何か落ち着きないなって感じた時があったんだけど、そこかな」
 
 
映画が終わってエンドロールが流れると、僕たちは途端に感想を述べあった
映画館ではなかなかこういう事はできないので、とても新鮮で、とても楽しくて、気付けばエンドロールはとっくに終わって、次の作品が自動再生されるところだった
チョンさんはリモコンで作品一覧の画面に戻した
 
 
「次はどうする?
昨日電話で話してたのでもいいし、他のでもいいし
ていうかシムさん、そろそろビールかな?」
 
「あ...もしかして、お酒あるんですか?」
 
 
チョンさんは得意げな顔でうんうんと頷いた
 
 
「ビール持って来るから、どの映画にするか決めといて」
 
 
チョンさんからリモコンをもらうと、ポチポチ押してどれにするか選んだ
正直、お酒も入るし、ラブロマンスでちょっといい雰囲気になりたいな..と思った
でもすぐに、僕は一体何を期待しているんだろう?と、慌てて邪念を振り払った
まだ僕たちはそういう関係になれるほど親密ではない
 
 
「決めた?」
 
 
ビールとグラスを持ったチョンさんが戻って来て、邪な事を考えかけていた僕は動揺してリモコンを床に落としてしまった
 
 
「どうかした?」
 
「い、いえ...スミマセン」
 
 
チョンさんは不思議そうに僕を見ながらビールとグラスをローテーブルの上に置いた
そして元の場所ではなく、僕のすぐ隣に腰を下ろした
敢えて空けていた隙間は見事に埋まり、何なら少し僕に乗っていると言ってもいいくらいにグッと密着していた
 
 
「あの...近くないですか?
これだけ大きいソファなんですから、わざわざ詰めて座る事なくないですか?」
 
「ダメ?」
 
「いや、ダメではないんですけど...」
 
「好きな人の近くにいたいって思うのは普通だよね、ダメ?」
 
 
そんなストレートに気持ちをぶつけられてしまったら、何も言い返せない
心の中では歓喜しているのに、素直に自分の気持ちを認められない自分が嫌だ
 
 
「あ、この映画にするんだ?いいね、俺も見たかったんだ」
 
 
チョンさんは僕の気持ちは全くお構いなしに、再生ボタンを押した
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
...何だか妙だ
 
 
妙だ、というのは僕の気持ちの事で、チョンさんと密着している左半身がさっきからずっとムズムズして仕方がない
 
映画はそろそろクライマックスで、最高にロマンチックなシーンに来ていた
僕が女性だったら、きっとウットリしながら隣の彼氏の肩に頭を乗せるくらいの事をしていただろう
でも僕は男で、チョンさんは彼氏ではない、まだ
 
画面の中ではヒロインが恋人とやたら濃厚なキスを交わしていて、収音マイクが高感度なのか、鼻から漏れる息や粘着質な音が生々しく聞こえていた
 
 
あぁ...こんな甘いキスシーンをチョンさんと観ているなんて...なんて気まずい
 
 
隣でチョンさんがどんな気持ちで見ているのかと考えながら、画面の中のとびきりスイートな光景をじっと眺めていると、ふわっと何かが僕の手に触れて、直後に手全体を上から何かが包んだ
 
チョンさんの手だった
 
その瞬間、僕の意識は画面から一気に自分の左手に移った
ヒロインと恋人のやりとりなんてもうどうでも良くて、この手がこれからどうなるのか、そっちが最優先事項だった
 
 
ゆっくりとチョンさんの方を見ると、チョンさんもゆっくりと僕の方を向いた
間近に見るチョンさんの真っ黒な瞳は吸い込まれそうなくらいに僕の心を惹きつけた
 
 
「...チョンさん、あの...」
 
「驚いた?でも俺、言ったよね、シムさんが好きだって」
 
 
チョンさんはそう言って僕の手をぎゅっと握った
心臓がバクバクと暴れて、とても息がしにくい
 
 
「困ってる?」
 
「...少し」
 
「そっか」
 
 
チョンさんの目がずっと僕を見ていて、こんなに長時間誰かに見つめられる事は今まで経験がなかった僕は、それに耐えられなくなって思わず目を逸らした
 
 
「恥ずかしい?」
 
「恥ずかしいっていうか...こういうの、慣れていないので...」
 
「俺だって慣れてないよ」
 
「でも凄く落ち着いてます」
 
「落ち着いてなんかない、めちゃくちゃドキドキしてる」
 
 
チョンさんはそう言って少し身を屈めると、僕の顔を覗き込んだ
 
 
「シムさんも顔が赤いけど、俺だって赤いでしょ?」
 
 
言われて顔を上げて見ると、確かにチョンさんもやや顔が赤かった
でもそんなのどうでも良くて、今、この状況に僕はどうしていいか分からない
 
 
「...キスしていい?」
 
「...え!?」
 
 
唐突な一言に、一瞬で頭の中が真っ白になった
手を握られているだけでも半分パニックなのに、キスしていいか訊いて来るなんて...
 
 
「そ..そういうのって、事前に尋ねるものですか?」
 
「嫌だったらはっきり言って」
 
「い、嫌だったらって...そんなの...」
 
 
僕がまだ喋っているにも関わらず、チョンさんの顔がだんだんと近付いて来て、ふ..っと柔らかい唇が重なった
 
 
最後にキスをしたのはいつだろう...?
誰とだったのか...
 
 
チョンさんの唇は一瞬離れてまたすぐに重なった
今度はさっきよりも積極的に、少し唇を開いて僕の唇を啄むように...
 
 
あぁ...そんなキスをしたらもう...
 
 
僕の体は火が点いたように一気に熱くなった
 
 

 

 

 

 

~ つづく ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは

いつもご訪問ありがとうございます

完結してからさほど間が空いていませんが、続編を書いてみました

前後編の短いものですが、楽しんでいただけたら嬉しいです

 

※画像お借りしました※