BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

< The view from Yunho>

 

 

 

 

 

 

俺の人生は決して平坦ではなかった

いわゆる苦学生とでも言うのか、家があまり裕福ではなかったから、大学進学も奨学金を得てどうにか通う事ができた

大学在学中はバイトに明け暮れ、卒業後も奨学金返済のためにひたすら働き、そのお陰で沢山のスキルを身に付けて今の俺がある

 

"アドバイザー"と言うと聞こえはいいが、常に歓迎されるとは限らない

一部の人から煙たがられたりして、だからこそ俺は嘘偽りない言葉で企業の為に最善を尽くして来た

 

ここ数年はそういう思いをする事は減り、むしろ人づてで俺の評判がどんどん広がって引く手あまたな状態に変わっていた

収入もそれなりに得て、自由気ままな独身貴族を謳歌していた

 

 

 

今回、業績が落ち込んでいるある企業からアドバイザーとしての依頼を受け着任した

以前に関わった企業の社長がここの社長と友人だったという縁がきっかけだ

 

幸い、俺の住むマンションから自転車通勤が可能な距離だったので、着任初日から自転車で会社へと向かった

 

 

 

大きな交差点に差し掛かり、少しスピードを上げようとしたその時だった

突然横からヒョイと男が現われて危うくぶつかりそうになった

男がすぐに気付いて避けてくれたから良かったものの、あと少し遅れていたら完全に体当たりしていただろう

 

男を追い越した所で自転車を止め、振り返ると、男は茫然と俺を見ていた

 

 

「すいません、大丈夫ですか!?」

 

 

男はびっくりしながらも大丈夫だと答えて、特にどこかをぶつけた様子でもなかったのでホッとした

今は自転車での事故も損害賠償が恐ろしい額になるので細心の注意が必要だ

 

 

男が俺をじっと見るから、俺も男をじっと見た

太陽に照らされ艶やかに光る焦げ茶色の髪に、同じ色のキリっとした眉、そしてその下にある大きな茶色い瞳がとても印象的だった

 

その瞳から目が逸らせずに、思わずじっと見入ってしまった

 

遠くの車のクラクションにふと我に返ると、俺はそのままその場を去った

でも頭の中にはさっきの男の顔がずっと消えずに残っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着任先では連日のように社員が俺の元を訪れた

今までどうしていたのかと思うほど基本的な事を訊いてくる者もいれば、ダイヤの原石を秘めた素質を持つ者もいて、ピンキリだった

 

そんな風に毎日面談のような事をやっていると、さすがの俺も精神的に疲労が溜まり、少し息抜きがしたいと思うようになっていた

 

俺の場合の息抜きは、お酒ではない

例えばバッティングセンターやゴルフの打ちっぱなし、映画、日常を忘れられるものなら何でもいいけれど、お酒は強くないので該当しなかった

 

 

そんなある日、せめてもの気分転換にと昼休みに外を歩いていると、大きな公園に差し掛かった

息の詰まるようなオフィス群の中でここだけがぽっかり非現実的な空間に見えて、引き寄せられるように入って行った

 

公園内をぶらぶら歩くサラリーマンや、噴水の縁に座ってお喋りを楽しむOLたちの姿を眺めていると、ふとベンチの男に目が留まった

物憂げな表情でサンドイッチを齧るあの顔を着任先のフロアで見たような気がして、それはまさに、俺が自転車でぶつかりかけた大きな瞳の男だと気付いた

 

そう気付いた時にはもう俺の足は男に向かって勝手に歩き出していた

 

 

男のいるベンチまで来ると、足元に集まっていた鳩たちが一斉に飛び立ち、男も驚いたように顔を上げて俺を見た

 

 

あの時、急に横から出て来た男も不注意だけれど、スピードを出そうとしていた俺も悪い

でも別にそれについて話がしたかった訳ではなく、ただ単に男と話がしたいと思った

ほんの一言二言しか言葉を交わせなかったから、男がどんな声なのか知りたくもあった

 

男は少し高めの、絹のように滑らかな声をしていて、シムと名乗った

どこか寂しそうな雰囲気が気になった

 

 

「シムさん...か」

 

 

名前が分かっただけでなく、着任先の社員だった事が嬉しかった

そして、そう思っている自分自身に何より驚いた

確かに俺には妹がいるけれど、あのシムさんを弟のような感覚で見ている感じでもなく、どうしてこんなに気になるのか分からなかった

 

 

 

 

 

 

昼休みが終わり、午後から数人の面談を終えると、次の社員の経歴書を確認しようと書類を開いて思わず手が止まった

そこにはあのシムさんの顔写真が貼られていたのだ

 

 

「シム...チャンミン」

 

 

学歴は素晴らしく、偏差値が高くて有名な大学の院卒だった

年齢が近いように感じていたのも当然で、俺とシムさんは2歳しか離れていなかった

 

コンコン、と壁を叩く音がして「どうぞ」と声を掛けると、シムさんがおずおずと入って来た

何かに怯えるように不安でいっぱいな表情を見て、なぜかそれが可愛いと思えてしまうから不思議だった

 

 

シムさんの企画書は細部まで丁寧に書かれていて抜けはなかった

でも逆に丁寧過ぎて、もう少し勢いがあってもいいのではと感じた

 

普段の面談ならばここでじっくり書類に目を通し、それから簡潔にアドバイスをして終わりなのだけれど、どうしてかそうしたくなかった

それをしてしまうと、ここでシムさんとの関りが切れてしまう、そう思ったのだ

 

もっとシムさんと関りを持つためにはどうしたらいい?

どんな形でもいい、もっとシムさんを知りたいと思った俺は、思い切って声を掛けた

 

 

「君、今夜予定はある?」

 

 

正直、具体的な事は何も考えていなかった

もしその場でどこに行くと聞かれたら、確実に答えに困っていただろう

 

でも、シムさんの困惑した様子を見て自分の軽率な行動を後悔した

普段こんな風に衝動的になる事は滅多にない俺が、シムさんを前にすると調子が狂ってしまうのはなぜだ?

 

潔癖な社員だとここでパワハラだ、モラハラだと言い出すかもしれない

そう思った俺は慌てて自分の発言を忘れてもらおうとしたけれど、意外にもシムさんは俺の誘いに応じてくれた

 

 

「えっと...大丈夫、という事でいいのかな?」

 

 

恐る恐る意思確認をすると、シムさんはふわりと優しく微笑んだ

 

 

「えぇ、大丈夫です

僕で良ければ、息抜きにお付き合いします」

 

「そっか...ありがとう

そしたら、18時半頃に一度ここに来てもらえるかな」

 

「はい、分かりました」

 

 

シムさんはペコリとお辞儀をすると、まだ緊張しているのかぎこちなく部屋を出て行った

その後ろ姿を眺めながら、俺はホッと胸を撫で下ろした

 

咄嗟に出た言葉が今夜の誘いとは...

思わず自分に苦笑した

 

そして椅子の背凭れに身を預けると、シムさんのまるで砂糖のように甘い微笑を思い出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※画像お借りしました※