BL表現を含みますので、苦手な方はスルーでお願い致しますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しく着任したチョンさんはあっと言う間に社員の心を掴み、まるでカウンセラーのように皆が相談に押し寄せるから、チョンさんの部屋には連日列ができた

 

僕もその一人になりたかったのだけれど、動機が違うような気がして思い切れずにいた

 

モヤモヤした気持ちを抱えてパソコンに向かっていると、隣の席の同僚が外回りから戻って来て、チョンさんの部屋の方を見ながら席に着いた

 

 

「なぁシム、チョンさんのとこに行ったか?」

 

「いや、行ってない」

 

「そうなの?あんなに乗り気だったじゃん」

 

「何か、凄い並んでるし、恥ずかしいし...」

 

「恥ずかしいって、自分の仕事の相談するだけだろ?

そんなの、普段やってる上長面談と一緒じゃん」

 

「...ちょっと違うと思うけど

で、お前は行ったの?」

 

「行った行った

何かさ、的確にどこがどう良くないかを指摘してくれて、しかも嫌味っぽくなくて、上長とは違うなぁって感動した」

 

 

チョンさんを首切りの刺客と言っていた奴が..と思って睨むと、すぐに気付いたようできまり悪そうに笑った

 

 

「チョンさんが来てから社内の空気もちょっと変わったような気がしねぇか?

だからシム、お前も早く行った方がいいぞ」

 

「うん...」

 

 

チョンさんの部屋はいつもドアが開いていて、誰でも気軽に入れるようになっていた

本当は皆とデスクを並べて欲しかったらしく、それで最初は少し専務と揉めていた

役員扱いされるのも嫌がり、役職名を付けずにさん付けで呼ぶようにと言われた

 

 

僕は日頃から企画書の作成が遅いと言われていて、自分なりに案を練ってそれを組み立てていると、つい細かいところが気になって時間がかかってしまう

どうしたらもっと効率良く作業が進められるのかを相談しようと、それなりにメモも用意していたのだけれど、どうしても一歩が踏み出せないでいた

 

なぜなら、相談というより単にチョンさんの近くに行きたいという気持ちが勝っているような気がしてならなかったのだ

 

 

僕はつくづく不甲斐ない男だな...

 

 

昼になって一人になると、コンビニで買ったサンドイッチを持って会社近くの公園に向かった

同僚と店で食べる日もあれば、こうして一人物思いに耽りながらベンチに座って食べる日もあり、今日は不甲斐ない自分に反省したい気分だった

 

 

おこぼれ目当ての鳩をぼんやり眺めながらサンドイッチを齧っていると、誰かが僕のいるベンチの前にやって来て、驚いた鳩がバサバサと音を立てて四方に飛んで行った

 

顔を上げると、そこにいたのはチョンさんだった

 

 

「あ...」

 

「やぁ、やっと話せた

君だよね、僕が着任した日の朝にぶつかりそうになったの」

 

「...えぇ、そうです」

 

「あの時は本当にすまなかった

急いでいてちゃんと周りを見ていなかった...なんて言い訳か」

 

「いえ、僕も急に走り出したからいけないんです、すみませんでした

あの...もしかして、その事で僕のところに?」

 

 

着任間もない超多忙のチョンさんが、貴重な昼休みにわざわざ僕のところに来るというのはよっぽどの事だ

もしかしたらあの自転車に何か不具合でも起きたのではと、冷や汗が全身の毛穴から噴き出した

 

でもチョンさんは優しく微笑み、首を振って否定した

 

 

「いや、勿論それはそれできちんと謝ろうとは思っていたけど、そのためにわざわざ君を探してここまで来るほど僕は有能じゃないよ

たまたま公園の脇を歩いていたら君の姿が見えて、いい機会だと思って来たんだ」

 

「そうでしたか...」

 

「ところで、君の名前を教えてもらってもいいかな」

 

「あ、すみません!!

僕はシムと言います」

 

「...シムさんね

改めまして、チョンと言います、よろしく」

 

 

サッと大きな手が目の前に差し出されて、僕はサンドイッチの包みを脇に置くと、ズボンからハンカチを取り出し自分の手をゴシゴシと拭いてから握手に応じた

チョンさんの手はとても大きく骨ばっていて、まるで父親のような包容力のある手だった

 

 

「いつもこうして公園で昼を取ってるの?」

 

「いえ、日によって違います

今日はたまたま..」

 

「なるほどね

じゃあ、時々見掛けたらこうして訪ねてもいいかな?」

 

「え...?

はい、勿論です!!」

 

「良かった

貴重な休憩時間に邪魔してごめん」

 

 

チョンさんはそう言うと足早に立ち去った

その後ろ姿も本当に美しくて、男性の後ろ姿をそんな風に思うのは初めてだった

 

 

 

 

 

 

会社に戻ると、早速僕は用意したメモと直近に作った企画書を携えてチョンさんの部屋に向かった

どんな叱咤があろうとも、僕は全てを受け入れる覚悟を決めていた

 

幸い今日は待っている人が少なくてすぐに順番が回って来た

ドアが開いているので入口の壁をコンコンと叩くと、中から「どうぞ」と声がした

 

ゴクリと唾を飲み込んで中に入ると、チョンさんは何かの書類に目を落として真剣にそれを読んでいた

そして僕の存在に気付くと、顔を上げてふわっと優しい表情を見せた

 

 

来る人皆にあんな表情を見せているのかな...

 

 

黒い瞳を包んだアーモンド型の目がゆっくりと弓型に形を変え、その目に見つめられていると思うだけで僕の膝は震えた

 

 

「...君か」

 

「お忙しいところすみません、僕の企画書を見ていただけますか」

 

 

チョンさんのデスクの前に立つと、震える手で企画書を渡し、入念に用意したメモを見ながら相談したい内容を伝えた

チョンさんは僕の言葉を黙って聞きながら企画書に目を通し、数ページパラパラと捲ってからデスクの上に置いた

 

 

「これ、もう少しじっくり読ませてもらってもいいかな

後でちゃんと時間を作って回答するから」

 

「はい」

 

「それと...

 

君、今夜は予定ある?」

 

「.......へ?」

 

 

思い掛けない言葉に一瞬何を言われたのか分からず、変な声が出てしまった

チョンさんは照れたように笑うと、僕の企画書の表紙を見ながら鼻の頭を掻いた

 

 

「急にこんな事を言って驚かれるのも無理はないか...

実は僕自身ここでの任務に連日てんてこ舞いで参ってるんだ

それで、ちょっと息抜きがしたいと思ったんだけど、一緒に付き合ってくれる相手がまだ見付からなくて、君だったらOKしてくれるかなと思って...

 

ダメかな?」

 

 

チョンさんの黒い瞳が真っ直ぐ僕に向けられて、それはまるで催眠術のようで微動だにできなかった

チョンさんはただのアドバイザーではなく、人の心をも懐柔できる不思議な力を持っているのではないだろうか?

そのチョンさんが、僕を誘っている

 

 

「無理にとは言わない

今はそういうコンプライアンスとかパワハラとか色々うるさいからね

うん、やめよう、今のは忘れてくれ」

 

 

チョンさんはそう言うと僕の企画書を引き出しにしまった

 

 

「とりあえず君の企画書は後でじっくり読んでから回答させてもらうよ

変な気を遣わせてすまない」

 

「あぁ、いえ...」

 

 

このまま部屋を出て行ったらせっかくのチャンスが台無しになってしまう

チョンさんに対するこの気持ちが一体何なのかは分からないけれど、このままではダメだというサイレンのようなものが胸のどこかで鳴り響いていた

 

 

「あのっ...

今夜予定はありません、だから...」

 

 

チョンさんは驚いた顔で僕を見上げると、ゆっくりと目を弓型にして微笑んだ

それを見た僕の胸は、トクンと鳴った

 

 

もう僕は、元の自分には戻れないかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※画像お借りしました※