映画感想「鬼畜」 | 大TOKYOしみじみ散歩日記

大TOKYOしみじみ散歩日記

お独り様となった50路男の、ぶらぶらノンビリンの東京物語

映画・マンガ・小説・芝居・テレビに動物
そして大切な母ちゃんとの想い出も時おり混ぜ合わせて

書き留めてゆきたいなと、思います


『鬼畜』

3人の幼児が遊んでいるのを気だるそうに見つめていた菊代

思い立って連れ立ち、男衾(オブスマ)から川越へ来たのは
この町で印刷業を営む宗吉が、金を入れてくれなくなったからでした

火事を出し、自転車操業になっていた宗吉の前に現れた4人に衝撃を受けたのは

宗吉だけではありません
彼を支え、細々とでしたが幸せだと感じていた女房の梅にとって

夫の背信は彼女を打ちのめし
その奥底に眠らせていた不満や後悔を蘇らせるに十分だったのです

苛立ちと憎しみで我を失った菊代は2人に子供たちを押しつけ姿をくらまし


この日から、なんの罪もない子供が3人

人間のもっとも堕ちた姿というべき、鬼畜の餌食になってゆくのでした……

いやあ

辛い映画はたくさん見たけど、中学生の時に見たこの作品は




打ちのめされましたね


幸せと不幸せなんて

あっという間に逆転するんだなって

思いしらされます


3つの音が頭を離れません

芥川也寸志さんのテーマ音楽はヨーロッパの特殊な楽器


ストリートオルガン

この音色が実に秀逸で、見終えてからも頭でテーマ曲を奏でていました


もうひとつは
3人兄弟の長男、利一が口ずさむ(ガッチャマンの主題歌)

彼がこの歌に漠然とした不安を払い除ける力でもあるかのように口ずさむ姿は

強い印象を残します

そして

父の号泣

この瞬間、宗吉に取り憑いていた何かがいなくなったんだなと

公開当時もホッとしたのを覚えています


救いがない、と言う人もいますが

私は宗吉が泣く気持ちがあるだけ、救いがあったと思いました


上野寛永寺で撮られた中盤のシーン

改装が済んだ本堂も、80年代の頭頃はまだ一般の人も入れて

かび臭い本堂の中に掲げられた絵物語を母ちゃんとよく見に行ったものです


私には親父がいなくて、良かったなぁと
ホンのちょっと感じた映画でもありました

怖いのではなく、辛く悲しい日本映画です

(2016.7.20より転載)