はいた~いパー

 

さて。

いつからの更新かも思い出せないほど放置していました。滝汗滝汗滝汗

インドでの任務も去年の秋に終えてやりきった感でいっぱいですっかりここを忘れていました。

 

ふとインド人の元スタッフにブログの通知が来ないよ~と指摘を受けて、やっとまた始める気になりました。キョロキョロキョロキョロ

 

今、沖縄にいます。

 

本帰国してもう来月で1年になるんですねえ。びっくり当時の私は1年後にこんな世の中になるとは想像もできませんでした。

タイミング良く帰任できたといえば聞こえはいいですが、確かにそうなんですが、その後別用でインドに戻り、5年間有効のVISAも手に入り、次回からは旅行メインでインドに行こうと計画するもこの状態。

 

・・・・・

またブログやっていこうと思います。おねがい

 

話は変わって・・・

 

沖縄に帰ってきてからしたかったリストに「三線を習う」っていうのがありました。

祖父の三線が確かあったはずと実家で探すも見つからなくて、心機一転で三線を購入しようと決めて三線に詳しい方に尋ねたところ、三線の普及活動を通して県産の三線を取り扱っている

沖縄県三線製作事業協同組合さんを紹介してもらいました。

詳しい内容はHPをみてね。

 

当然ですがお店にはたくさんの三線が展示されています。

正直言って、三線の値段設定ってよく分からなくて、展示品を見ても私にはちんぷんかんぷん。

そんな私に親切丁寧に解説してくれた事務局長の仲嶺さんのお話に引き込まれてしまい、三線も製作する職人さんということで、そのまま彼に作ってもらうことになりました。

 

製作途中の三線も写メで送ってもらい・・・

 

 

棹の部分は県内北部にあるやんばるからとれたソウシジュを使用。余談ですが「ソウシジュ」ってひめゆり学徒隊の歌った「相思樹の詩」を思い出します。いい歌ですよ~

 

自粛ムードで暗くなりがちだった頃、マイ三線はこうやって少しずつ形になっていたんですねぇ。

 

最後はティーガー(胴巻き)を巻いて完成です。ふだんあまりきゃぴらない(死語)てへぺろ私ですが心の中は感無量でした。

 

 

とういうわけでラブラブラブラブ

6月23日の慰霊の日。3ヶ月かけてやっと受け取りました。

 

作者仲嶺さんとマイ三線。

そのときは「お母さん、生まれましたよ~」と勝手に脳内妄想中!!

 

この夏は目下、三線練習中!です。目指せ「唐船ドーイ。」

 

 

ハイビスカスサンサナーぬジカタ

  はやびちゆめみてぃ

  いちまでぃんとゅゆむ

  みーさんしん

 

  鳴く蝉の伴奏を背に

  早弾きを夢見て

  いつまでも響く

  新しき三線

 

 

 

ティーガーにはこだわりました。戦前よく見かけたデザインだとか。

オブジェとならないよう、がんばって練習します。ヘビ

 

 

 

はいた~いパー

 

見て見て~まぶしいおねがいほどの光キラキラ 日焼けが怖いけど…

先月沖縄から友人が2人来ていました。

帰任もうすぐの私は、すでに帰任された先輩方から

 

「レーには絶対に行って。

何でもっとはやく行かなかったのかと思うほどきれいでまた何度も行きたくなるから」 と。

 

それで初めてインドの二人をこの3500メートル級の場所へ誘導させて決行したのでした。

高山病にかかる危険もあるということで、慎重に慎重に過ごす3泊4日。

飛行機から見えた雪山に興奮びっくり

 

ホテルはこじんまりとしていましたが、なかなかきれいで清潔。1日目は休み、体を慣らせました。

次の日に撮った五色の旗がポプラの木の間からヒラヒラと見えますか?

そして。

ここで私の写真は終了。

 

なぜならこの後。

 

気持ち悪くなり滝汗

 

レー郊外をめぐるツアーの途中でギブ…

 

どうやらツアーを申し込んだ後にWifiがつながるカフェで飲んだコレ…下差し

 

一番左端のスイカジュースにやられてしまいました。滝汗滝汗滝汗 それまで元気だった私は「あれ?変だぞ?」とは思ったものの、高山病の一歩手前くらいにしか考えてなくて。

取りあえずその2時間後にはめちゃくちゃ体から危険サインが発生し。

山の上にあったお寺も一段も上がれず、じっと寝転がって二人を待っていました。

何とかホテルまで戻って部屋に入った途端。

上からも下からもゲロー波波波

夜、ホテルのオーナーさんが救急病院に連れて行ってくれました。

 

まだそのころまでは高山病の兆候だと思ってたんだけど。

血圧も、脈拍も異常なし。

この記録写真を撮ったAさんが「コレジャナイ???原因は」スイカと教えてくれたのでした。

医者に尋ねると。

「あ、食中毒ね」ゲッソリゲッソリ

隣りでは友人Kが本当の高山病になってしまい、注射発令。

私も酸素吸入だけで、抗生物質をもらってヨロヨロとホテルへ戻りました。

駐車場で見上げたらちょうど満月。少しだけ月に近づける位置にいる私たちに月光ビームを送ってくれました。

げんきんなもので高山病ではなかったと診断されて、(でもかなりまだクラクラでしたが)気持ちが軽くなりました。

 

ホテルのオーナーさん、てきぱきしていてとても親切でした。ずっとついていてくれて心強かったです。

「ここは、高山病にかかる観光客がたくさんいるから気にしないでいいわよ。これくらい、慣れてるもの。あなた方だけはないからね」と。

軽く温かいスープを作ってくれて薬を飲んでやっと休むことができました。

ありがとう、Rubinaさんお願い ホテルはココです

 

・・・というわけでここからはほとんど友人が撮ってくれた写真です。

時期が違うとこの川も青く美しいとのこと。インダス川とザンスカール川の合流ウインク

私にはなぜか☆の川に見えました。輝きは夜空に置いてきたんだと思いますキラキラ流れ星

 

五色の旗(タルチョ)が色のない風を視覚化して見せてくれます。美しい。

 

ハイビスカス空を踏みしめて 眼下に広がる 

 真昼のアマカー タルチョのカジ

 

アマカー(天の川) カジ(風)

またいつか来られるといいなぁ。

 

 

 

 

 

ハイビスカス駱駝の歩みを 遠くに望んで 

ナツメヤシひとつ 口にほおる。

 

はいた~いパー

 

更新しない歴半年。その間あちこち行きましたが、アップする時間がまったくナヒ~ンでした。

 

5月に訪れたドバイ、そしてツアーに乗っかってアブダビまで行っちゃいました。

当初「バンコク」とどっちにしようか迷いましたが、アラブ首長国連邦(UAE)って沖縄からはたぶんよほどの理由がなければ行くことはない国。

 

思い立ったが吉日と飛行機取って、調べたら…

 

思い切り。。。。

 

 

ラマダンでした。。。滝汗

 

水とかガブガブ日中は人前で飲めないとか、食事もついたての後ろでひそかに営業とか、初のUAEで難易度高め。充分ネットで調べて、UAEの皆様の信仰心を冒涜する行為は慎みながら観光させていただきます的な感じで空港に降り立ちました。

 

・・・・入国審査の建物から立派キラキラキラキラ

 

写真撮れなかったけど、宮殿にあるような柱がドーンとそびえていました。ポーン

 

3日間の滞在中、アブダビまでの日帰りツアーに申し込み、シェイク・ザイード・グランドモスクへ。550億円かけて作られたモスクは白と青のコントラストが空に映えて目が痛くなるくらいピカピカでした。

 

 

白い大理石にすっきりと浮かび上がる宝石を埋め込んだデザインです。タージ マハールにもあるけどほとんどなくなっていたと思います。ここは現役。

 

アブダビでは波が立たない人工の海や (映画:ジムキャリーのトゥルーマンショーのセットみたい)

 

アラビアン海で取れるいゆまち(魚市場)がありました。

 

よーく見てみると…。

ミーバイ(ハタ)???? 巨大魚です。味はどうなんだろうか、こっちの人もミーバイ食べるんだなあと、親近感湧いてきますデレデレ

 

そこにいた。1ぴきのねこ。

 

出稼ぎでバングラデシュから来たにーにーに甘えていました。

くえ~ぶ~です。(食に困りませんよ)ニコニコ

 

おにいちゃんたちのアイドル化していました。

イスラム圏は猫にやさしいと聞いていたけど、それが実証された瞬間でした。

 

 

さて

 

 

ドバイに戻り、次の日モールへ行くと…

 

 

びっくりびっくり人がいないYO!!

 

どこに行っても人人人のインドから来たから、ラマダンで日中はほとんど人を見かけないドバイモールに驚く。特に朝。

何だか変な夢を見ているような気になりました。

 

そこで立ち寄ったに~に~た~(お兄さん方)は馴染みのある顔立ち。

聞くとインドから来たんだと。爆  笑爆  笑 

タクシーも、お土産屋さんにいたお店の人もみなインドから。

しかも南インドのケララからが多かった。

 

 

行くとこほぼインド人お願いで、私もデリーから来たんだよと話すと結構盛り上がる。

探していた18Kのバングルをここで買いました。(今でもお気に入りです)

 

インドから出て、またインドに関わるおもしろさ。おうし座おうし座

 

 

デリー戻ると、ドバイよりグーンと気温上昇の40度越えでしたアセアセアセアセアセアセ

あっちさ~ん滝汗滝汗

 

行かなかったけど、一応写真撮ったよブルジュ・ハリファ