ヤフーニュースより
上越市から新幹線に乗って上京し、集会会場に駆け付けた天明伸浩さん。
プラカードに掲げたのは、「村なくして米なし」。
「農業だけが残ればいいというようなことを言う人もいるんですけど、村で暮らしてる人がいて初めておコメができるっていうことを、伝えたい」。
東京出身、米作りがしたくて25歳で移住し、30年。
「米自体は輸入できるが“田んぼ”は輸入できない。田んぼがあることで、自分が好きな光景をずっと残していきたいなという思いは持っている」と話す。
「農産物は農民が作っているので、その農民が暮らす農村が疲弊すれば当然、農産物ができなくなる、そのことを考えてもらえれば嬉しいなと思います」。
新潟県産コシヒカリの卸売価格は30年間で3割低下。
一方、農業資材の価格は全体で6割ほど上がっています。
「やっぱり農村に人が残らなかった。僕が集落に入った頃までは、地方から東京に出た人たちがかなりいて(団塊の世代)、地方の暮らしとか、地方がどういう役割を担っているかっていうのは、わざわざ言葉で説明するまでもなく、わかっていたような気がするんです」いまは、都会と農村の“距離”が離れていっているのではないか。
「地方で暮らしてること自体がなんか迷惑だみたいな感じが出てきていて、誰でもが暮らしていけるような地域を作っていかないと。そのベースになるのは、やっぱり農業政策だと思うんですよね。」
農村が無くなればコメもなくなってしまう…
こうした思いで天明さんは東京を歩きました。
令和の百姓一揆 のことを批判したり、否定したりするのは簡単ですが、こういう考えを都会の人に向けて発信しなくてはこのままでは危ないと考えたから、わざわざ上越の集落から新幹線に乗ってプラカードを持って歩いた人がいる。
これを伝えたのは、新潟放送。
TVメディアにも地方局と中央のキー局があり、東京のメディアは食料の問題がどこか他人ごと。コメ問題もせいぜい政府を批判するしか論点を持っていません。
政府批判だけでは問題の本質が見えません。
一方、ローカル局において農村問題は、自分たちの問題。
食べものや人の生活の問題は、グローバリズムやナショナリズム、国家レベルだけではなく、生活圏、もっとローカリズムの視点が必要なのになと思う。
そういう意味でこの日、東京だけでなく九州沖縄から東日本まで全国14か所の地域で同時多発で百姓一揆の行進があったことは、とても意味があると思いました。
昨日も投稿に書いたけれど、気仙沼で始まった「森は海の恋人」の畠山重篤さんは、新しい運動を起こすときには、経済や科学だけでなく、真理を言葉で表現する詩人が必要だと語っておられた。
今回の令和の百姓一揆では、時給10円とか農家に所得補償を、は行動のきっかけの一部に過ぎず、運動全体を網羅するメッセージではない)(と、感じた)。
村なくして米なし。←わかりやすいメッセージだ。
米は輸入できても“田んぼ”は輸入できない。(宇根豊さんの言葉だそう)
お米は村の暮らしから
農家は暮らしをつくる
田んぼは未来をつくる
お米は命
NO FARMER NO FUTURE
NO FARMAER NO NIPPON
RICE isLIFE
今回の運動にもそういうシンプルでビジョンを表すキャッチフレーズがあるといいなと思った。