有機農業について考えるとき、

企業による「有機の取り込み」という言い方があります






第1章 


有機農業の広がりと「有機農業の社会化」


有機農業の「産業化」と「社会化」

ここで今までの議論を少し学問的に整理してみよう。

議論の発端は、「農水省の統計を見ると有機農業は広がっていないように見えるのに、社会現象として見ると広がっているように見える」という食い違いだった。

次に、二〇〇〇年代以降、有機農業が地方自治体に特色ある形で広がっているという話をした。

そこでは、地方自治体は有機農業を農業政策だけでなく幅広い政策に位置づけていることを明らかにした。

これらの事実は全体として何を物語っているのだろうか。それを説明するために次のように考えてみた。


有機農業の広がりを

「産業化」と「社会化」という二つの論理から考える

「有機農業の産業化」(以下、「産業化」)とは、有機農産物の価値が認められて、商品としての有機農産物の生産量が増えていくことをいう。

これは有機農業に関するごく普通の考え方だろう。この考え方に従えば、有機農産物には安全性、美味しさ、栄養などの価値があり、消費者がその価値に気づいて多少値段が高くても買ってくれるようになれば、消費が増え、それに見合った生産も増える。その結果、有機農家の数や面積も増える。

この論理は農水省の有機農業政策の根本的な考え方である。

また、有機農産物の消費をマーケットとして捉え、「日本の有機農産物マーケットはどこまで伸びるか」といった議論も「産業化」のなかに含まれる。


しかし、「産業化」の論理だけでは日本の有機農業は広がっていないという結論になり、前述した「社会現象としての有機農業」の大きな広がりを説明することができない。なぜなら、「産業化」の論理は、さまざまな有機農業のうちの「ビジネスとしての有機農業」だけ、それも農産物がお金で販売(買う側からすれば購入)されるという一つの面だけを切り取って、そこの増減を見ているだけだからである。わかりやすい例として、自給農家や家庭菜園を楽しむ人が自分で育てた有機野菜を自分で食べたとしても、それは経済統計に表れないので「産業化」の論理では捉えることができないのである。

それに対して「有機農業の社会化」(以下、「社会化」)は「産業化」の論理では説明できない有機農業の多様な広がりを説明しようとする考え方である。たとえば、都会から農山漁村に移住する若者の多くが有機農業をやろうとしているとか、有機栽培の水田で生きもの観察を行う子どもや大人が感動するとか、農業経験のない若い起業家たちが「オーガニック」を印に事業を始めようとするなどである。

こうした活動は明らかに「産業化」とは違う方向を示している。生産を増やしたり、面積を広げることを第一に目指しているのではないからだ。そうではなく、移住者を増やして農山村の存続を支えたり、都市住民を含む多彩な人びとのつながりを取り戻すというような、一言で

いえば「社会的な問題の解決」を目指しているといえる。

「社会化」はとても幅広い現象を含むので正な定義は難しいが、簡潔にいうと「有機農業が社会的な問題の解決に貢献することを通じて、地域や社会に広がっていく動き」と定義したい。

この定義では人びとの直接的な関係を通じて広がる範囲を「地域」とし、それを超える範囲を「社会」として区別した。そのほうが有機農業の広がりをよりていねいに説明できると思うから

だ。

ここで「『産業化』は停滞しているのに、なぜ『社会化』は進んだのか」という問いについてもう一度考えてみよう。これまで有機農業の広がりを説明する理論としては、「生産者と消費者の相互交流と理解に基づいて有機農産物の流通が広がっていく」という産消提携などの理論や、有機農産物には安全性などの高い付加価値があるので、消費者がその価値を認めて購入するという付加価値論などがあった。しかし、先の例が示すように、「社会化」はこうした理論では説明できない。生産者と消費者の間の人間関係や農産物の経済的価値とは別に、有機農業のもっている「意味」が人から人に伝わっていく何らかの「経路」(ルート)があると考えるべきだろう。「社会化」が進む経路について、二つの仮説を考えてみた。

①有機農業は人間と自然の関係に関する価値観の転換を促す(価値転換の系)

第一は、「社会化」が進むと、多くの人びとが有機農業と多様な形で出会うようになり、それが人間と自然の関係に関する価値観の転換を促す。一言でいえば、「『社会化』が進むと、人び



は、農業が本来果たすべき機能(たとえば地域資源を循環的に利用する機能、生態系を豊かにする機能、安心して食べられる食料を生産する機能、中山間地の地域活性化を促す機能、社会的公正を高める機能など)は慣行農業では十分果たせていないからである。この仮説では「有機農業はさまざまな社会問題の解決に独自の貢献をする」と書いたが、この「独自の」というのは「慣行業ではできない」、あるいは「『産業化』の論理ではできない」という意味である。

国や地方自治体が有機農業を政策に取り入れているという事実は、有機農業が果たしているさまざまな機能が理解・評価され、社会の問題解決に利用されて広がっていることを示していると考えられる。

日本の有機農業は「産業化」の面では停滞してきたが、二〇〇〇年代以降「社会化」の面では発展してきた

日本の有機農業は有機農家の人数や面積の点では停滞してきたが、二〇〇〇年代以降、社会現象としての有機農業は大きく広がりつつある。この矛盾する二つの傾向をまとめて表現するとこのようになる。言い換えると、「日本では有機農業は広がっていない」という議論は有機農業の「産業化」の面だけを見て、「社会化」の面を見逃してきた結果だということになる。

「社会化」の面が見逃されてきた最大の理由は日本では農業を産業とする見方が非常に根強か

つたからである。よって有機農業も産業として見なす傾向が強く、有機農業が果たしている数

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多くの環境保全機能、生物多様性創出機能、社会的機能が無視されてきたのである。日本の農業政策の目標は長い間生産力向上一本だけだったといわれている事実がそれを物語っている。

その意味では、有機農業を多様な政策に取り入れている先進自治体のほうが時代を先取りしている。みどり戦略のキャッチコピーは「生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現」である。生産力向上に「持続性」を追加した点では一歩前進したといわれているが、「社会化」の立場からいえばまだまだ改善の余地が大きい。これについては第7章で詳しく述べる。

だいぶ長い総論になったが、以上の議論を踏まえて、次章から調査した四つの事例の報告に移ることにしよう。

(1)谷口吉光「有機農業の「第4の波』がやってきた!」有機農業参入促進協議会編『有機農業をはじめようー

農業経営力を養うために』二〇一八年、四〜五ページ。(https://yuki-hajimeru.net/wp-content/uploads/

2018/06/hajimeyo9.pdf)

(N) IFOAM. (2018). Definition of Organic Agriculture. https://archive.ifoam.bio/sites/default/files/

page/files/dooa_japanese.pdf(二〇二二年一一月一四日閲覧)

(3)たとえば、全国農業会議所「2010年度新・農業人フェアにおけるアンケート調査」では新規就農者の

二八%が「有機農業をやりたい」、六五%が「有機農業に興味がある」と回答している。

(4)谷口吉光「有機農業の『社会化』と『産業化』」澤登早苗・小松崎将一編著『有機農業大全ー持続可能な農

の技術と思想』コモンズ、二〇一九年、一七八~一八〇ページ。

37第1章 有機農業の広がりと「有機農業の社会化」