「武蔵野の落ち葉堆肥農法」世界農業遺産(GIAHS)の認定を記念した式典が、昨日ありました。

三芳町、所沢市、川越市、ふじみ野市の3市1町は、「武蔵野」台地と言われ、

江戸時代から360年続く「落ち葉堆肥」が今も農家によって継承されています。

 

国連の食糧農業機関FAOより世界的に重要な持続可能な農業だと認定されたのは、今年7月。

協議会ができたのが2016(平成28)年、

国内基準の「日本農業遺産」認定が2017年、

さらに世界へと、準備期間を含めると7年以上の道のりを乗り越えて今年7月、

ようやく認定の日を迎えました。

 

 

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林町長~おめでとうございます。全国の応募の中からロゴマークが決定!

落ち葉から萌出づる新芽!希望に満ちたロゴマークです♪

 

協議会会長としてこの活動を牽引し、三芳町町長でもある林町長は、この地を360年支えてきた先人たちの功績に感謝するとともに、「私たちはスタート地点に立った」と挨拶しました。

式典が開かれた川越市の会場には、認定地域3市1町の市長・町長、全員が参加し、また

元文部科学大臣ほか国会議員やら副知事やら自治体、行政、農業関係者大勢が列席しました。

 

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【武蔵野の落ち葉堆肥農法】とは!?

 

江戸の人口増加に伴い、食料を支える供給地として、川越藩は、武蔵野地域に大々的な新田開発を行いました。(「三富新田」とも呼ばれますが、今の所沢と三芳町あたり)

しかし、火山灰土に厚く覆われ、作物が育ちにくい土地だったことから、まず始めたのは、土地に木を植えること!

 

 

まず、植林をして平地林(ヤマ)を作り、その木々の落ち葉を掃き集めて、堆肥として畑に投入する土壌改良を何十年と繰り返し、できたのが、肥沃な土壌の畑です。

「川越イモ」や「富のイモ」はおいしいとの評判は江戸当時からあったそうで、何十年単位の開発計画ということでしょうか。

そのため、この地域の地割は短冊形といって、1軒の農家が「平地林と畑と屋敷林」をセットで所有しています(全面積で5ヘクタールなので、農地はその半分ぐらい)

https://www.maff.go.jp/j/nousin/kantai/attach/pdf/giahs_1_2-23.pdf

 

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基調講演をしたのは、世界農業遺産等専門家会議の委員長で、IGES理事長の武内和彦先生。

 

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先生はつい先週までCOP28気候変動枠組条約の国際会議でドバイから帰国されたばかり!

 

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成長の限界から、限界内での成長へ。

ドーナツ経済学が地球を救う!ケイトラワースより。

ちょうどよい真ん中の領域で心地よく過ごす時代。

言い換えれば、「足るを知る」ですね。

 

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環境、社会、経済の統合によるSDGs。

いちばんの基本となるのは「自然資本」。

 

講演では、

FAOが世界農業遺産を始めた経緯として。

FAOは昔、「緑の革命」と言って「近代化、大規模化」を進めてきた背景がある。

世界的な貧困や食料問題を解決するために、大量生産、大規模化がよいと思って実行したのだが…、

実際はそうではなかった。

(細かくいうと、アジアの水田での収穫量は上がって一定の成功をおさめた。しかしアフリカなどでは失敗した。)

よって「近代化、大規模化」一辺倒では、世界の食料難は解決されず、少数民族は土地を奪われ、また地球の豊かさが失われると「反省」して、

「プランB」というオルタナティブな解決策として始めたのが、世界農業遺産である。

 

ユネスコの世界遺産が、歴史や不動産、過去を評価し、そのまま保全しようとするのに対して、GIAHSは農業、食料生産を「営み続ける」「未来志向の」「生きた遺産」であるため、動的保全といって、その土地の特性を細やかに活かす土地利用が重要で、そのためにはスマート技術を活用することは厭わない、むしろ歓迎すると言うお話もありました。

 

また

武蔵野地域の地層を花粉から調べる研究データによると、江戸時代には、ススキやチガヤなどの花粉があり、広葉樹の花粉は見つからなかったことから、当時はススキなどの原野だったことがわかっているそうです。

GIAHS認定基準には、食料と生計の保障をはじめ「農業生物多様性」が要件ですが、

平地林が連なっていて、落ち葉はきや山菜取りなど人の手が入ることから、そこが生き物の生息環境になり、春の植物から生き物などの希少な生態系、生物多様性も育まれています。

 

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川越祭りで舞われる狐の踊り

 

ともかく、こうして360年にわたり続けられてきた伝統農法が「落ち葉堆肥農法」。

今ではサツマイモや、里イモ、野菜生産で知られています。

その森林が地域の人々の憩いの場にもなっています。

 

改めて、食料を増産するためにまず森を作ろう~!って考え方、すごくないですか。昔の日本人すごい!と唸らないわけにはいきません。

 

こうした歴史が今に息づく「里山」が、大都市近郊にあると言うのは、首都圏にとっても豊かなことですよね。

しかも、埼玉県には「比企丘陵の天水を利用した谷津沼農業システム」という日本農業遺産もあります。

 

 

あと、忘れないように、この地域の農業に希望が持てると感じた理由として特筆すべきは、

JAいるま野の前の組合長の大木清志さんは、川越で江戸から続く落ち葉堆肥農法の実践農家です。今は長男夫妻が継いでおられ、映画「武蔵野」にも取り上げらました。

ジアスの認定や、落ち葉堆肥農法の評判が広がって、遠くは北海道のレストランから里芋の注文が来るなど、「持続可能な農業」の影響力を感じているそうです。

 

 

またJAいるま野では、落ち葉堆肥と、牛ふん堆肥、それぞれの特徴を生かして「おいしい土づくり」構想があるそうです。

現・組合長の亀田さんは、「酪農教育ファーム」の創設メンバーとしても知られます。

これからは、教育と農業との可能性、これからの農業は国に助けてもらうのではなく、消費者と一緒になって助け、助けられの関係が大事だと、話してくれました。

 

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武内先生を真ん中に、左から、evonneさん、先生、永田さん、石堂さん。

 

昨日の報告の最後に。

武蔵野の落ち葉堆肥農法のこれからに向けて、わたしの一番の「推し」は、「落ち葉はき」です。

今年も2回いきましたが、熊手を使って身体を動かし、めちゃくちゃ楽しかったです。

けんちん汁のおふるまいもありました。

このジアス認定を、地域づくり、まちの活性化の起爆剤にしてもらいたいですが、

自治体と農家だけで取り組むのではなく、

「住民参加」「市民参加」、「多様な主体の参加」が欠かせません。

自分ゴトにならないと広がらないんですよね。

紅はるか、シルクスイート、おいしい焼き芋やサツマイモのスイーツはみなさん大好きですが、

食べる、買う(消費)だけではなく、作る側(生産)に一歩踏み込んでみる。

畑作業を手伝ったり、平地林の落ち葉はきをやってみると、知らない発見があり、そこから親しみや愛着が生まれます。

多くの人々の視線や注目が平地林や落ち葉はきに集まれば、周りの意識や動きも変わるはずです。

 

竹で編んだ大きなかご(はちほんばさみ)に、ぎゅうぎゅうに落ち葉を詰め込む作業も楽しくて、親子でも大人同士でもレジャー感覚で参加できます。

落ち葉はき、農家だけでは重労働。みんなでやれば双方向!

 

土づくりも循環型ならば、生産と消費も、地元住民とのコラボでいきましょう。

認定地域の3市1町はもちろんのこと、埼玉県は森林も多いですから、

「年に1回落ち葉はき」を埼玉県民運動にしてはいかがでしょう。

毎年1月に開催。

所沢市では1月6日、三芳町では1月13日、

農家の集まり落ち葉野菜グループでも14日から複数回、落ち葉はきのイベントを開催するそうですよー。

まずは来年みんなで参加しませんか~!

 

 

 

武蔵野の落ち葉堆肥農法 世界農業遺産推進協議会では、

(川越市・所沢市・ふじみ野市・三芳町・いるま野農業協同組合・埼玉県川越農林振興センター)

この地に受け継がれてきた伝統農法を

未来のこどもたちへ残していくため、落ち葉サポーターの募集をしています。

 
 
 
ベジアナ・農ジャーナリストあゆみ