私は怖い子供だった。
小学校に上がる前にはもう、自分の父と母を見下していた。

「この人たちはバカなんだ。この人の言うことを真に受けていてはダメだ。」と。


それはしばらくすると、

「こいつらはキチガイだ。」

に代わり、

「私には頼れる人がいないから、自分で自分のことをなんとかしなければいけない。

完全にキチガイになってしまったら、キチガイを自覚できなくなり、人生が終わるから、
できる限りそうならないように、今から準備をしなければ。」

と思って、哲学や心理学の本を小学生の頃から読んでいた。


宗教のコミュニティ(キリスト教)で育ったため、自分の親だけでなく、周りの大人たちもなにか歪んだ感じのする人が多かった。

「この世の中に本物の愛なんてないんだ。」

と、いつの頃からか思うようになった。


誰かにそれを言うと、

「あなたは本当の愛を知っているから、それが分かるんだ。それは素晴らしいことだ!」

「その人たちの言っている愛は愛じゃない。あなたの感覚が正しい。」

と言われたけれど、

その時の私はまだ、完全には認めたくなかった。
自分は、誰にも、親にも、愛されない人間なのだと。
親から愛されるという体験を完全に諦めるべきなのだ、と。
私のここまでの人生には愛がなかったんだ、と。

しかも、そんな私が愛を知っているわけが無い。



「虐待は連鎖する」としたら、
親ガチャでハズレを引いた時点で、愛し愛される人生を諦めなくてはならなくなる。

それも認めたくなかった。


アドラー心理学が好きなのは、トラウマは自分で都合よく創り出しているものだ、という理論が好きだからだ。

トラウマに支配された人生なんて嫌だ、
自分の人生は自分で創れると思いたかった。


だけど、恋愛をする年頃になり、
男の子たちが、私のことを好きだと言ってくれたりすると、

「私の何を知っているんだ、好きってなんだよ。」

と思い、どう対応すればいいのかわからないまま、その男の子を好きな女子にイジメられたりもして、恋愛とはややこしいものだと思うようになった。

幼少期からずっと男の子とばかり遊んでいたので、そのままいたかったのに、
私の知らないところで女子たちが泣いたり怒ったり傷ついたりしていたらしく、突然責められたり嫌われたりした。


セックスをする年頃になり、
男の子たちはヤリたいから好きだとか付き合おうとか言うのだと、
自分の価値を上げるために女の子と付き合うのだと感じた。

でも私も恋愛をしたかったので、
偽物でも、どうせこの世には本物の愛なんて無いし、あっても私の人生には関係のないところにあるんだと思っていたから、
暇つぶし程度に適当に楽しもうと思った。

ある時から、そっちがやりたいだけで選ぶなら、私もやりたいだけで選んでやる!

と思うようになり、完全に見た目でやりたいと思える相手をばかり選ぶようになった。
どうせ気持ちなんて関係ない、
お互い恋愛なんてしないんだから、
中身とかどうでもいいやろ、と。

セックス依存性になっていったと思う。

この世で私はひとりぼっちという孤独感に襲われるのが嫌で、とにかく人肌を欲していた。


25歳の時に初めて、おかしな自分がどんどん登場してしまうくらい、心底好きになれる人と出会った。

恋愛依存×回避依存との闘いのはじまり。

彼のおかげでセックスの良さもわかるようになった。



私は本当はずっと、
心の底から真実の愛を求めていたのに、
自分の身にはそのようなことは起こらないと絶望するのが怖くて、それを認められなかった。


バツイチになってからは、
もう二度と離婚はしたくないと思ったので、
改めて本気で自分と、恋愛と、
向き合うようになった。

その頃からツインレイというワードも気になり始めた。


愛されたくて、必死だった人生だった。

でもそれだけじゃなくて、
親に愛されることを諦めきれなくて、
世の中を変えようとしてきた。

最初は社会が悪いんだと思ったから、
虐待してしまうような環境を無くせばいいんだと思ったから、とりあえず保育士になってみた。

児童養護施設では光が見えなかったし、
社会に働きかけることはできないと思ったのと、実習に行っただけでここにいたら自分が潰れると思ったからやれなかった。

そして気づいた。
社会を作っているのは人の意識だと。
社会を変えたかったら、まずは人の意識を変えていくしかない。

システムだけ変えたって、人が変わっていなければ、意図通りに機能しない。

社会を変えるには、職場が変わらなきゃダメだし、職場が変わるには、家庭が変わらなきゃダメだ。

そして、家庭を変えるには、夫婦の男女関係を変えるしかない。
そこまですれば、子供たちは虐待されない。


だから、パートナーシップと性の研究をしてきた。

だけど、いくら探究しても、自分の人生で結果が出せず、人や社会に影響を与えられるところまで行く事が出来ない。

そんなジレンマを抱えて生きていた。



そして、SEIGOさんに出会った。

私のやってきた事は、私の人生は全て計画通りだったんだと、
そしてここからSEIGOさんや、SEIGOさんのところに集まった仲間たちと、
地球を愛の星にしていく本当のミッションを始められるのだと、
本当の愛を具現化していくんだと、SEIGOさんのYouTubeを聞いていて嬉しくなったキラキラ

もう独りで戦わなくていいんだ!!


自分が本当に思っていることや感じていることを、わかってくれる人がこの世に存在すると思わなかった。

SEIGOさんや、SEIGOさんのブログに出てくるような方々は、本当に本気で深い所まで自分自身と向き合って来られたような方ばかりで、
私にとってはわからない感覚の話も多いけど、愛に本気で向き合ってきた仲間だと感じられてすごく嬉しい。

怖いと感じても蓋をして逃げるだけで終わらない。
似たようななにかで誤魔化さない。


そんなことを本気でやっていても、
誰もそのことをわからないし
認めてもくれないし、
自分がその価値を知っているとしても、
結果が出なくて、なにか間違っていたんじゃなかってどこか不安なまま、ここまできた。


仲間がいたこと、自力ではどうにもならなかった部分を何とかしてくれる人がいたこと。

その人と出会えたこと。

同じ夢?祈り?希望?使命?を
持ってる人がいたこと。


それが、本当にすごくすごく嬉しくて、
日々SEIGOさんのブログやYouTubeを
心待ちにしてしています。

コミュニティ作ってくれたら絶対入っちゃう。

はやくはやくぅ笑


SEIGOさん、いつもありがとうキラキラドキドキドキドキ