今日、ご紹介するYouTubeは、父親を突然亡くし住職として頑張っておられる若い方の法話


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若い人が親御さんを亡くした話を聴くだけで、我が身の経験と合わせて、その心情を思うと私は感情移入してしまいます悲しい



それは何も親を亡くした子の気持ちだけでなく、若くして配偶者を亡くした人の心情の、はかりしれないお気持ちもまた、自分には経験が無いからこそ、はかり知れないことを察するのです。




若い夫と若い父を亡くした母と子

若い妻と若い母を亡くした父と子


親子と言えども、悲しみの深さは同じでも、配偶者の立場と子の立場という、立場の違いによっても、その悲しみの質は違います。



そして、親子でも、自分の悲しみを家族に話すことはしないし出来ないし、たいがいは、夫々の悲しみという心情を秘めたまま日常を送っていくのです。



こうやって、人々は亡き人への思いを胸に秘めたまま、明るく前向きに生きていく。





よろしかったら、1つ前のblogに続き、もうひとつ、ご聴聞と歌を聴いてください🎶

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本当に大切な人のことは、亡くしてからその存在の大きさに気づきます。



亡くなる事を「往生」すると言いますね。




往生するということは、


今度は自分が他者を支えていく働きとして、生きていくこと


浄土(天国)にったら、生きていたときとは違い、残してきた家族の心の中で、新たなを受け生き続けることだ


…という法話を先日聴聞した。




浄土へ往き、残された人の心の支えにもなってこの世でもなお生き続ける。 



先に自分が死んだら、残された家族にとって、そんなふうに自分もなりたいです。







こんなことをblogに書きたくなるなんて、

私はもうじき死ぬのか?  滝汗あせる



それとも単に、そういうことを考えるようになるお年頃になったから?(笑)