■昔は『2人の息子と母ayumi』という、特に医学部受験の親目線ブログを書いていて、大学受験ジャンルで1位になったこともありました。受験ブログを卒業した今はテーマを限定せず、鳴かず飛ばずのブログを気ままに書いてます^^;
4月21日にNHK Eテレで放送された「ハートネットTV『産声の裏側で内密出産4年の現場から』は、熊本市の慈恵病院の内密出産制度に焦点を当てたドキュメンタリーでした。■内密出産とは病院の担当者以外に身元を明かさず出産する仕組みで、導入から4年間に69人の女性を受け入れ、それらの経験をもとに病院は昨年、独自の対応指針を公表しました。 指針については、病院のホームページからPDFファイルを読むことができます ↓緊急下の妊婦から生まれた赤ちゃんの 出自を知る権利の保障等に関する 検討会 - 慈恵病院 | 無痛分娩や子宮脱などお気軽にご相談ください│熊本市の産婦人科熊本市にある無痛分娩に特徴をもった産婦人科を主に、地域の皆様に愛される医療を心がけています。jikei-hp.or.jpこの指針は、2021年12月の国内初事例以降、2025年末までの約4年間で約70人の内密出産を受け入れた実態を踏まえ、子供が出自を知る権利や母親の身元情報の取り扱い、相談体制などの具体的な手続きをまとめたものです。利用者の多くが性暴力や虐待、経済的困窮など、誰にも相談できない状況にあり、慈恵病院の対応により命が救われている現場の実情も浮き彫りにされていて、「事情が何だろうと、お母さんだから頑張りなさい」という自己責任を求めるメッセージが読み取れてしまう厚労省による内密出産法制化への懸念についても記載されています。慈恵病院が法整備を待たず独自で始めた内密出産の軌跡を追ったのがこの番組!現状は、厚生労働省と法務省が2022年9月30日、妊婦が医療機関にのみ身元を明かして出産する「内密出産」のガイドライン(指針)を策定・通知しています。母親の身元情報を医療機関が長期間保存し子どもの「出自を知る権利」を守ること、市区町村長が職権で戸籍を作成できることなどを整理したもので、注意すべき点は、これら本ガイドラインは、国が主体となった新たな法整備や公的機関の設置ではなく、既存の法律に基づく対応でした。法制化はこれからなのです。■続こうとする病院東京の賛育会病院が2025年3月から内密出産を開始し、全国2例目となりました。内密出産・ベビーバスケット|赤ちゃんのいのちを守るプロジェクト|社会福祉法人賛育会 賛育会病院予期せぬ妊娠で悩んでいる方、出産について誰にも相談できず、不安を抱えている方、特別な事情があって相談できない方には、賛育会病院がほかの方法を提案します。一人で悩まないで、ご相談ください。akachanproject.san-ikukai.or.jp大阪府泉佐野市はりんくう総合医療センターに行政主導で2026年度中に赤ちゃんポストと内密出産制度を導入予定で、熊本市の慈恵病院を視察していました。医療法人聖粒会 慈恵病院 on Instagram: "大阪の泉佐野市の職員さまと、りんくう総合医療センターの皆さまが「こうのとりのゆりかご」を視察されました。泉佐野市は2026年度、自治体主導で「赤ちゃんポスト」や「内密出産」に取り組む予定で、「ゆりかご」以外に母子保護施設や分娩室、新生児室などもご覧になられました。また看護師や医師の立場から、現場の対応をご説明しました。自治体主導の取り組みは全国初となり、実現へ向けて期待が高まっています。#慈恵病院 #慈恵#産婦人科 …57 likes, 0 comments - jikei_kouhou on November 28, 2025: "大阪の泉佐野市の職員さまと、りんくう総合医療センターの皆さまが「こうのとりのゆりかご」を視察されました。泉佐野市は2026年度、自治体主導で「赤ちゃんポスト」や「内密出産」に取り組む予定で、「ゆりかご」以外に母子保護施設や分娩室、新生児…www.instagram.com「できない理由を探しても仕方ない」大阪・泉佐野市長が全国初の"自治体版赤ちゃんポスト"に踏み切ったワケ(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース大阪府泉佐野市が、親が育てられない乳児を匿名で預かる「赤ちゃんポスト」を設置しようとしている。国内ではこれまで民間の医療機関によって運用されてきたが、なぜ自治体が決断したのか。ノンフィクションライタnews.yahoo.co.jp■内密出産後に迫られる選択番組内ではまた、病院スタッフの苦労や、母親が出産後に身元を明かすか否かの選択も、取材に協力してくれた方のプライバシーに配慮しながらリアルな現場を紹介していました。私は、以前、今回の番組に登場した熊本市の慈恵病院が「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を2007年に設置し、育てられない乳幼児を匿名で預かる緊急避難的な施設として、24時間スタッフが待機し、小児科で診察後、里親等の保護へつなぐ仕組みを追ったドキュメンタリーを見たことがありました。ただ、ゆりかごを設置して以降も「孤立出産」の末、赤ちゃんが遺棄されたり殺害されたりする事件は後を絶たなかったそうです。赤ちゃんを殺害せざるを得なかった女性の裁判を傍聴したり支援する中で女性たちの孤立からのパニックによる極限状態を改めて知った熊本市慈恵病院の蓮田健(たけし)院長は、政府の法整備化を待たずに内密出産の支援に乗り出したのです。今度は、赤ちゃんが遺棄されたり殺されてしまう前に無事に出産させ母子を保護する制度とも言える内密出産制度でした。■統計から見えてきたこと慈恵病院で内密出産をした2025年11月までの60例の女性の割合は19歳以下が2割20歳代が7割30歳以上が1割未受診は9割熊本県外からが9割新幹線代が無いから行けないという女性には病院側が交通費を立て替えることもしていました。慈恵病院の内密出産における全ての事例を分析している目白大学の姜恩和教授は、インタビューで答えています。内密出産に至る女性は家族関係に困難を抱えています。生育歴の中で、暴力虐待を受けてきたり、過干渉でずっと監視されてきた方々が一番多い。養育者との愛着が形成されなかったことから愛着障害を持っている人、そして知的能力がやや低い境界知能や発達障害の特性がある人も多くいました。性的搾取による暴力で妊娠した人も少なくありませんでした。男性は逃げた後だったりする。自殺を考えたと話す女性もいます。■支援する側に必要な傾聴力こういった過酷な状況下にある女性たちに、自己責任を押し付けるように説教じみた言い方をしてしまうと、彼女たちは役所でも更に傷つき助けを求めることが出来なくなる。まずは、彼女たちの過酷な状況に寄り添い、よく生きてきた!頑張ったね!と言ってあげる傾聴の気持ちが、支援する側の姿勢として大切になってくる⋯と、院長はインタビューで話していました。全くその通りと思います!!■見逃し配信見逃し配信やNHKEテレ再放送(4/27午後3時)もあるようですので、是非、産婦人科の病院スタッフだけでなく、全国の人たちに視聴して欲しい番組です!再放送情報↓産声の裏側で 内密出産 導入4年の現場から - ハートネットTV インフォメーション - ハートネットTV - NHK病院の担当者以外には身元を明かさない「内密出産」。熊本市の慈恵病院は、この4年で約70人を受け入れてきた。その日々から何を学べるのか。女性たちの声から考える。www.nhk.jp
姑の訪問歯科から我が家へ送られてくるかわら版に宇宙飛行士と歯の秘密について書かれていた。面白かったのでご紹介します(青文字)⋯⋯⋯⋯⋯⋯■虫歯があると宇宙に行けない!?宇宙飛行士と歯の秘密私たちにとってまだまだ未知の世界である⋯そんな宇宙へ飛び立つ宇宙飛行士になるには、お口の健康が絶対条件なのです。理由は気圧の変化です。高い山にポテトチップスの袋を持っていくと、気圧の変化でパンパンに膨らむ現象と同じことが歯の中でも起こるため、虫歯のまま宇宙空間に出ると、気絶しそうなほどの激痛が走ると言われています。しかも、宇宙には歯医者がいません。痛くなってもすぐに治せないため、出発前に完璧に治療しておく必要があるそうです。ちなみに、私たちも飛行機に乗った時に宇宙飛行士と同じ理由で気圧の変化により同じ痛みが起きることがあります。長時間フライト中に歯が痛くならな いよう、日々のオーラルケアを大切にしましょう!
11回目となる補聴器の調整に姑を夫と2人で連れて行った。姑を老人ホームへ迎えに来た私の姿を見かけたケアマネさんから話があるようだった。姑が歩行器を使いたい⋯と言い出したというのだ。👨⚕️おやつや果物の買物に行った帰りに袋を引っ掛けたいからと仰ってますが、お見かけするところ、ご親族の方が持ってくれてますし、ホームの中ではスタッフが部屋までお持ちするから、歩行器は必要ないのでは?と私は思うのですが、どうしましょうか?👩そうでしたか!?お義母さんと話してみますね。と返事して、お出かけした。歩行器を使いたい理由を聞くために質問を投げかけると、2つの理由を答えてくれた。👵毎日、老人ホームの廊下を3往復歩くようにしているのだけど、絶対に転びたくないから歩行器を使いたいのよ。これは、不安症が出てきている⋯現れのひとつかもしれない⋯👵それに歩行器を使ったほうが腰が楽だしふーむ、今のところ、腰を痛がることがない姑で、湿布も無用の生活の中でこれは少し無理があると思ったが、周りを説得しやすい理由として腰のことを挙げているのだろう⋯私たちには言わない姑にとっての本当の理由があることを私は知っている元々、大食漢だったことに加えミルタザピンという抗うつ薬の副作用もあり、びっくりするほど大量のバナナと柑橘類とお菓子を姑は買う。その袋をスタッフに見られたくない姑は、スタッフに買ってきた袋を持ってほしくないのだ!👵買い物してきた袋を見られるのは恥ずかしい💦と私には話していたから!事実、今まではスタッフが持とうとすると姑は必ず断っていた。もう一つの理由は、自分の妹さんへの配慮週に一度会いに来てくれる姑の妹さん(夫の叔母さん)とCaffeに必ず行き、叔母さんが直ぐ近くの店舗へ買い物にも連れて行ってくれる。絶対に転びたくない姑は外を歩く時、必ず誰かと腕を組みたがるので、叔母さんは片腕を姑に貸し、空いたほうの肩に自分のカバンを引っ掛けそして買い物した袋も持ってくれる。いくら若々しく見えても姑より4歳違いの叔母さんだって80歳代!お姉さんと買い物帰り、腕が痛くなるのよ!!と叔母さんは私に話すようになっていた。なので、姑が歩行器をレンタルしたがる理由は、これだと私は思った。そこで、今朝、姑に再確認の電話を入れた。やはり、叔母さんと外出時に使いたい⋯というのが大きな理由だった。そこで、ケアマネさんには上記のことを私から話し、姑にレンタルしてくれるようにお願いした。介護付き有料老人ホームな為、介護度に応じて、毎月引き落としの定額料金が違ってくる。定額制の介護料の中で殆どの人がレンタル費用を賄えているが、要支援2の姑の場合は、介護保険料の中で賄えるかどうか微妙らしく、検討します⋯という返事だったので、有料になるなら月額費用を教えてほしいとお願いしておいた。ネットで調べたら、歩行器は介護保険のレンタル対象だが、シルバーカーは対象外らしい!歩行器であり、かつ買い物かご付きのものでもそんなに高くないのもあるみたい。ブレーキもあって、椅子にもなり荷物入れもある。ハンドルの高さ調節も出来るようだ⋯13,980円Miugoo 歩行器 高齢者用 シルバーカー 四輪歩行車 室内 屋外 手押し車 老人 シルバーカー 座れる おしゃれ 軽量6.5kg ショッピングカート 折り畳み 5段階高さ調節可 介護用品 歩行補助 買い物カゴ付きAmazon(アマゾン)12,999円𝐍𝐨.1 歩行器 高齢者用 超軽量 【JIS認証】 室内 屋外 手押し車 老人 シルバーカー 座れる おしゃれ 1台3役 ショッピングカート 折り畳み 5段階 高さ調節可 介護用品 歩行補助 大容量 防水 買い物カゴ付きAmazon(アマゾン)11,999円11,999円𝐍𝐨.1 歩行器 高齢者用 超軽量 【JIS認証】 室内 屋外 手押し車 老人 シルバーカー 座れる おしゃれ 1台3役 ショッピングカート 折り畳み 5段階 高さ調節可 介護用品 歩行補助 大容量 防水 買い物カゴ付き (レッド)Amazon(アマゾン)9,880円Nijakise 【非課税】 歩行器 シルバーカー 高齢者用 超軽量 室内 屋外 座れる 手押し車 耐荷重200kg 高さ調節可能 折り畳み シルバーカー ブレーキロック機能付き 老人 四輪歩行車 歩行補助 買い物カゴ付きAmazon(アマゾン)9,880円Nijakise 【非課税】 歩行器 シルバーカー 高齢者用 超軽量 室内 屋外 座れる 手押し車 耐荷重200kg 高さ調節可能 折り畳み シルバーカー ブレーキロック機能付き 老人 四輪歩行車 歩行補助 買い物カゴ付きAmazon(アマゾン)
■マスコミの報道姿勢に嫌気がさしてきた3月から毎日のようにトップで報道されてきたニュースですので、どのニュースのことを言っているか分かると思いますから敢えて具体的に書きません。それにしても、母親の再婚相手による犯行だったと分かってからも続く、マスコミの自分たちが捜査員にでもなったかのように、真実を早く知りたがって推測を繰り返す各局こぞっての報道姿勢は、視聴率を稼ぎたいが故の一種のヒステリー状態に思え、視聴者としは嫌気がさしてきて、犯人が分かった以上はその先のことは捜査の推移を見守り分かったことだけを報道してよ!と毒づく気持ちになり、その事件をくどく報道している番組があると、チャンネルを変えるようになりました。■報道が使う「チチオヤ」という呼称このニュースやワイドショーの中で感じている個人的な違和感は「チチオヤ」という報道側による呼称です。実母を私は二十歳のときに亡くしています。そして、実母側の親戚の気持ちが追いつかないほどの時期に早くも再婚した父でした。再婚相手は我が家に入り込んできて、自宅通学の大学生だった私にとっては辛いことの連続になる再婚相手との同居が始まりました。父が実母存命中の浮気ではなかったということを確信していた我々子ども3人は、父の幸せだけを考えて再婚に反対しなかったわけですが、もっと悪い娘になってせめて、自分たちが家を出てから再婚してほしい!と、なんで言わなかったのか?父親の再婚相手との同居の中で、辛いことが現実として起きていく中でそのときにでも遅くなかったから家をなんで出なかったんだろう⋯父親が傷ついたって仕方なかったのに⋯と、当時の自分のいい子ちゃんぶりに呆れます。こんな私は、父親の再婚相手のことをブログで書くときに、「母」の文字が入っている「継母」とすら書く気になれずに、「父の再婚相手」とか「Aさん」いう書き方をします。私にとっての母は、亡くなった実母しかいませんから、父親の再婚相手の呼称に「母」の文字をつけたくないのです。報道では、養子縁組をしているから戸籍上の「チチ」という言葉を使うのでしょうが、それでも、こんな経験を持つ私には、思春期に入りかけていた被害者の子どもは本当に母親の再婚相手のことを「チチオヤ」と思っていただろうか?と考えると、マスコミによる「チチオヤ」という言葉遣いには違和感しかないのです。■被害者の母親について想像ですが、本当に単独犯だとしたら⋯人間とは摩訶不思議な存在犯罪においても、まさかそんなことする人とは思えなかった⋯普段はいい人だったのに⋯ということは往々にしておきます。人間の全てを見抜ける人なんていないと思うのです。普通に考えるなら、一番傷ついているのは母親です。好きになった男性から、自分の連れ子を殺されてしまったら、それは生き地獄です。これから先、生きていけないくらい打ちのめされているかもしれない⋯と考えると、その母親のことをなにも知らない我々は、なんでそんな男と再婚するんだ!と、被害者側の可能性が十分にある母親のことまで責める資格は100%無い⋯事情が分からない中での正義は時に、テレビの向こう側にいる見知らぬ人を殺しかねない犯罪。家庭内だけで喋るならともかく正義感からの言葉がナイフにすらなることを、自戒の意味を込めますがSNSやブログで発信する人はマスコミ同様に自覚しないといけないのでしょうね。
私には市内の結婚式披露宴会場で働いている友人がいる。その式場で働く友人いわく、コロナ禍以降、式披露宴の形態は一気に変化してきたよ!と話してくれた。お葬式での家族葬のように親戚単位が当たり前になったのと同じく、結婚式披露宴も縮小化の波がきているらしい。★結婚式や披露宴そのものをやらない❗★やっても親族のみの参加❗★もしくは、式を自分たちだけで海外であげる❗こういうカップルが増えている一方で、社交的で友人が多い人たちは友人たちを呼ぶスタイルの1.5次会これが主流❗少なくともうちの式場ではそうなっているよ!今や両家の結婚式ではなく、当人同士の結婚式だからね!両親でさえ招待される側になって親は出る幕なしだから…でもね友人が多い人ばっかりではないし、ただ単にそういう事を面倒に思う人たちも増えていて、フォト婚とかもあって色々だよ!こういう友人の話しだった。⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯私の身内だけを見ても、色々■長男32歳のとき長男カップルはいとこまでの親族を呼ぶ形で、フルコースのフレンチを頂き引き出物もしっかり用意した式披露宴を昼間にやり、同じ日の同じ会場の広い一室を借りた1.5次会は、かなり大勢の友人や仕事仲間をご招待したカタチ!1.5次会に親戚は招待せず、親のみ出欠は好きにしてくれていいというスタンスだった。1万円の会費制で円卓の席に来客の席は決まっており、ドリンクは飲み放題で料理はビュッフェスタイル。■次男28歳のとき次男カップルは、目立つことが2人とも好きではなく、和装と洋装の花嫁衣装を着て写真を撮るフォトコンのみ!我々夫婦も2人の好きにすればいいよ♪というスタンスでいてあげた親戚からのお祝い金は親を通じて辞退させてもらったが、結局、お祝い金を頂いてしまった親戚もいて次男カップルは内祝いを送っていた。我々親からの意向を言葉通りに受け取ってくださり、お祝い金を頂かなかった親戚もあった。■姪っ子Aちゃん26歳のとき姪っ子Aちゃんカップルは、親戚と友人一緒くたの昔ながらの式と披露宴をしたが、北海道という土地柄のせいか親戚も1人につき2万円の会費制で、料理はフレンチのフルコースだった。■姪っ子Bちゃん26歳のとき姪っ子Bちゃんカップルは、招待客は友人主体の1.5次会形式で式場のあるレストランで式と披露宴をあげた。列席者は、叔父叔母、いとこなどの親戚の列席は無しで、新郎新婦の親ときょうだい夫婦家族のみ!友人のみを沢山呼んでの式と披露宴だった。料理はフレンチのコース料理我々夫婦も招待されずだったが次男のときにBちゃんの親からお祝い金を頂いたので、うちもお祝金を送ったらBちゃんカップルから内祝いが送られてきた。姪っ子Bちゃんは式披露宴のときの何十枚という写真を親族のグループLINEで見せてくれた。■姪っ子Cちゃん34歳のとき素敵な人との出会いがあった姪っ子Cちゃんは、パートナーシップ制度を利用して生涯共に過ごす誓いを立てた。某市でパートナーシップ宣誓した時の写真をLINEで送ってきてくれた親を通じて親戚にCちゃんの結婚報告があった。披露宴をしないというのは親戚としては残念だったので、せめてお祝い金やプレゼントでお祝いの気持ちを示したかったが、式披露宴はしないからという理由でお祝い金品は辞退の意向を親のほうから強く伝えてきた。親族たちは心から幸せへのエールを送っている♡2人とも国内外で国際的に活躍していることもあり、今後お互いの仕事で海外へ行く可能性もあるため、色々に備えて、日本人同士でも法的に手続きができるカナダでも結婚の手続きを取ろうかと検討中らしい🇨🇦⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯このように、身内だけ見ても、結婚式の有無も含めて5カップルは全て違うカタチを取っている。また、5カップル中、2カップルがマッチングアプリ1カップルはSNSを通じて意気投合したことから出会っている。⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯我々夫婦の甥っ子姪っ子には他に、30歳代の未婚の若者も3人いる。未婚の子どもに対し親は結婚してほしいようだが、こればっかりはご縁の問題黙って見守るしかない親の姿勢はいずこも同じ😅これを多様性の時代と言わずして、なんと言おう『①祝儀泥棒』今日は結婚におけるご祝儀袋の話し昨年の10月の長男の結婚式では、同じ日の夕方から大勢の友人を招いての1.5次回をしました。昼間は、いとこまでの親族のみを招待し…ameblo.jp『③両家の親の服装は和装か洋装で合わせたほうが良さそう』『①祝儀泥棒』今日は結婚におけるご祝儀袋の話し昨年の10月の長男の結婚式では、同じ日の夕方から大勢の友人を招いての1.5次回をしました。昼間は、いとこまでの…ameblo.jp
『①祝儀泥棒』今日は結婚におけるご祝儀袋の話し昨年の10月の長男の結婚式では、同じ日の夕方から大勢の友人を招いての1.5次回をしました。昼間は、いとこまでの親族のみを招待し…ameblo.jp■両家の親は服装を合わせる長男カップルの結婚式が決まり、両家の親は、服装をどうするか?についてLINE交換をしている母親同士で話しあった。■父親たちの服装最初、親族だけの式だから、普通の手持ちの礼服でいいかな⋯という横着な考えが新郎側の父親の考えでもあったが、お母様がご主人に意向を聞いたら、娘とバージンロードを歩くならやはりきちんとしたモーニングで歩きたい⋯と思っていたことを聞き、それなら父親同士はモーニングにしましょう⋯と速攻でなった。■母親たちの服装夫がモーニングなら、お母様は、慣習的に着物を考えていたようだった。けれど、今どきの結婚式を知らないだけなので洋装でもどっちでもいいです!と仰ってくれた。洋装の場合はセミフォーマルで良ければスカート丈は膝とくるぶしの間くらいまでの長さでいいが、夫がモーニングならくるぶし丈のロングスカートで格を合わせたほうがいいですね⋯と話し合った。くるぶしまでのロング丈の母親のフォーマルな洋装は、マザーズドレスと言うらしい👗アンサンブル ドレス 母親 ロング 洋装 結婚式 発表会 お母様 ロングドレス ミセス セットアップ 羽織り 大きいサイズ 15号 17号 19号 アフタヌーンドレス ママドレス マザーズドレス FD-1952388-set楽天市場【クーポン利用で15%OFF】【日本製】マザーズドレス 50代 60代 40代 母親 結婚式 ドレス フォーマルドレス 親族 薔薇柄シャンタン 体型カバー 大きいサイズ 低身長 ブラック ロング 花嫁 母 フォーマル アフタヌーン ママドレス op3560【ドレス単品】サイズオーダー対応楽天市場結果論だが、昼間の披露宴に加え夕方からの1.5次会もあり、1日中だったから洋装にして楽でした⋯とお母様は仰った。お母様が購入に切り替えたのはレンタル品の種類の少なさもあったが、独身のお子さんがまだお2人いることもあり、今後も利用価値はありそうだし、丈を直せば普通に着れるからと、紺色のマザーズドレスを購入された。私は、クローゼットの中にくるぶし丈のロングスカートがあったので手持ちの服で間に合わせた。⋯⋯⋯⋯⋯⋯同じ日の夕方に、友人たちを大勢招いて会費1万円のパーティ形式で1.5次会を執り行ったが、最初、今どきの結婚披露宴事情を知らない我々親は1.5次会ってなに?ってなった(笑)ググってみた👇️1.5次会とは、従来の結婚披露宴と二次会の中間にあたる、セミカジュアルな結婚式のスタイルです。披露宴のように堅苦しくなく、二次会のようにラフすぎない絶妙なバランスが魅力で、レストランやカフェ、ホテルなどで行われます。ご祝儀制か会費制か、着席か立食かなど形式を自由に選べるため、新郎新婦の希望に合わせたアットホームなパーティーが実現できます。・・・・・・・・・・・長男のときの1.5次会では、全員の席も決めてあったが、ビュッフェスタイルの食事提供だった。1.5次会に親族の出席はない⋯と最初息子から聞いていたが、新婦側のご両親は出席したかったようで、お母様が私にも「是非、ご一緒してください」と誘ってくださった。1.5次会も見届けさせて貰えるなら、親バカの私としては嬉しい限りなので、出席することにした。息子からの1.5次会の親の出欠は好きにしてくれていいよ。仮に出席でも、親からの会費支払いは不要だからね!との言葉を受けて、人見知りで引っ込み思案な夫は頑なまでに欠席を決め込んでしまった残念だけど、人の価値観は色々❗おめでたいことなのに無理強いはよくないから、1.5次会だけは、私だけの出席になった( ̄▽ ̄;)息子はというと、1.5次会は親が出ないことの方が多いくらいなんだから、お父さんは欠席でも全然いいよ‼️とあっさりしたものだったから、仕方ない(笑)というわけで、私も夫と一旦ホテルに戻って休憩し、下はくるぶし丈の黒スカートのまま、上を白色の洋服に着替えてから1.5次会の会場へ戻った…自宅から直行だった新婦のご両親は久々に会った親戚たちも交えて会場近くのカフェで時間を潰したりしていたらしい。
■私の過去最大の失態お恥ずかしい話ですが、祝儀袋のことで私には大きな失敗体験があります小学校3年生の時から親友になった幼なじみの結婚の時の話です。互いに子どもも生まれて、昔から頻繁に遊びにお邪魔していた親友の実家で、我々の小学生になった子どもたちも一緒に、久々に集まった時の事でした。親友の妹夫婦も来てくれました。親友の妹のご主人が、私たちがゆっくり話し込めるように、子どもたちをボーリングに連れ出してくれた最中のことでした。親友のお母さんとも私は仲良しなので紅茶とお菓子を運んできてくれたお母さんも一緒に、テーブルにつきました。昔の我々の結婚式の話題などは一切上がっていない中で、親友のお母さんの顔を見たら、急にアハ体験のように、祝儀袋に金額を書いていたときの映像が脳裏に降りてきたんです。それは、自分が祝儀袋にお金を入れ忘れている映像でした😱それで、絶対に! お願いだから絶対に!本当のことを言って欲しいのですが、私がお渡しした祝儀袋に、もしかしてお金が入ってなかったということはないですか?と訊いてみたんです💦そしたら、「実はね、そうだったの…」との返事ガーン穴があったら入りたいくらいのショックを受けた私に対し、それよりも10年以上も経ってから私がその事に今この瞬間気がついたことに叔母さんも親友も大変驚いてなんでなんで??と質問攻め💦「急に、あの時の祝儀袋に金額を書いて用意していたときの映像が今、降ってきた」💦としか言えませんでしたが、不思議体験にこじつけるなら、久々にお会いした親友のお母さんがわたしの顔を見て、心の中で祝儀袋にお金を入れ忘れたあゆみちゃんということをふと頭の中で思い出してしまったタイミングで、私は、その想念(テレパシー)みたいなものをキャッチして映像が蘇ったのかも知れませんその後直ぐに、当時渡そうとしたお金を受け取ってもらいました。我ながら、よくぞ気がついた…というか、なんでおばさんの顔を見たら映像がおりてきたのかは分からないけれど、十年越しにご祝儀を親友に渡せて良かったです😭『①祝儀泥棒』今日は結婚におけるご祝儀袋の話し昨年の10月の長男の結婚式では、同じ日の夕方から大勢の友人を招いての1.5次回をしました。昼間は、いとこまでの親族のみを招待し…ameblo.jp『③両家の親の服装は和装か洋装で合わせたほうが良さそう』『①祝儀泥棒』今日は結婚におけるご祝儀袋の話し昨年の10月の長男の結婚式では、同じ日の夕方から大勢の友人を招いての1.5次回をしました。昼間は、いとこまでの…ameblo.jp
今日は結婚におけるご祝儀袋の話し昨年の10月の長男の結婚式では、同じ日の夕方から大勢の友人を招いての1.5次会をしました。昼間は、いとこまでの親族のみを招待しての、式披露宴を行うため、新郎側は、次男が受付をしてくれました。新婦側は新婦のお兄様が受付式、披露宴の間中の祝儀袋の保管は新郎新婦の親たちが持ち歩くことになっていました親が忙しく動く場面が多いので、実務上は親以外の兄弟姉妹や親族が管理役になることもあるそうですが、責任問題になりますし、負担をかけても悪いので、長年愛用してきたブランド物の大きめの黒いバッグで私が持ち歩きました。披露宴も無事に終了し、親族たちをお見送りした後、新郎の長男に、祝儀袋が入った袋を無事に渡せホッとしました。長男たちは1.5次会まで時間があるので更衣室の鍵付きのロッカーにご祝儀を入れておいたようでした。親族のみの見知った間柄しかいない中での式披露宴ですから、御祝儀の盗難リスクは少なかったですが、念の為に、世の中ではどんな御祝儀泥棒事件があったのか?調べてみました。以下に添付しときます(青文字)■過去にあった祝儀泥棒のニュース★代表的なものは、東京・青山の結婚式場で披露宴中に新郎側のフリーカメラマンがご祝儀袋から現金約12万円を盗んだ事件。犯人は披露宴の撮影を依頼されており、参加者も気付かないうちに盗難が起きていた。★披露宴受付で紛れ込んだ男が関係者を装って隙をつきご祝儀を盗む手口の事件もあり、会場の責任者や来賓が気付いた時には時遅しというパターンが複数報告されている。★最近の海外の高額事件としてアメリカで結婚式に招待されていない人物が、招待客を装って祝儀箱を盗み、約10万ドル(日本円で約1,400万円)を盗んだという事件が報道されている。■日本ブライダル文化振興協会(BIA)による注意喚起東京で「披露宴会場やホテルの婚礼担当部署」で、受付を担当する人がご祝儀袋の中身を抜き取られたり空の袋だけ残される被害が複数発生している旨の報告があり、式場側への注意喚起を行っている。特に、受付が手薄になったり、人が多い中で目を離した隙を狙われるケースが多いこうした事件は、新郎新婦や式場にとってイメージダウンになるため、表面化しにくい傾向がある。結婚式場も管理体制の強化や警戒を高めているが、依然として注意が必要とされている。『③両家の親の服装は和装か洋装で合わせたほうが良さそう』『①祝儀泥棒』今日は結婚におけるご祝儀袋の話し昨年の10月の長男の結婚式では、同じ日の夕方から大勢の友人を招いての1.5次回をしました。昼間は、いとこまでの…ameblo.jp
義母様、お兄様、そして現在は両親の介護のことで奔走しておられる方のブログをフォローして読ませて頂いています。父親、再婚相手、義母、義妹と、次から次へお世話が続いてきた私とよく似ている気がして、読ませて頂いているのです。リブログさせて頂こうか迷いましたが、人気ブロガーさんの懐を借りたがっているように思われるのも憚られたので、コメント欄にて、リンクを貼らせて頂くことを許可して頂くに留めました。『自分の気持ちと葛藤する』アメンバー申請はブログを書かれている方とメッセージにて住んでいる地域を含む自己紹介をお願いできる方を承認させて頂いています簡単すぎる自己紹介の方は …ameblo.jp上記リンク先を読まれない方もおられると思います。ブログを書くにあたり、リンク先とほぼ同じ内容を転記要約(青文字)させて頂きました🙏この方は、義母様からの要求も上手く断る事は出来ず、介護も、夫が動けないなら嫁の私がしなくちゃ!とお義母様から幾度となく暴言を言われ、精神が病みながらも世話をされていました。その時に福祉の仕事をしている親友に連絡を取り、その友人から言われたことが、断る事が出来ないとダメ嫌な事は断っていいの‼️だという言葉だったそうです。断って良いんだという目から鱗の言葉に、それから認知症のお義母様の世話を断りお義姉様が現在対応し、やっと老人ホームに入れている段階のようです。実子が親の世話をして当然順番というものがある⋯と今でこそ私も思っていますが、能力不足の血族を目の当たりにし、頼られてしまうと自分がやりたくもないことをやらざるを得なくなる⋯ この心理↑もよく分かります何というのでしょうか?正義感からくる断れない性分が自分を犠牲にしてまでしてやって差し上げてしまうのだと、私は経験上思います💦そして今は、障がい者施設に入っている両親やブログ主さんを苦しめてきた入院中のお兄様の事を行政の方に何とか出来ないかと相談に行かれている段階です。けれど、何か会議をする度に「説明しますので 来て下さい」と、呼び出されるそうです。最初は 行っておられましたが、何か進展があったのかと期待して行くたびに「対応が難しい」という話で、わざわざ時間を作り話を聞きに行って絶望の時間を過ごす深くダメージを受ける今回も呼び出しがありましたが、断ったそうです。何か決まったのかも知れませんが…兄の事をお願いしていて申し訳ないのですが兄からの脅迫で精神的にまいっています兄の話を聞く余力がありません兄の事務管理から離れられるなら何ら異議はありませんと、両親2人の介護と自分のご家族のことでいっぱいいっぱいのこの方は断られたそうです。自分がお願いしたのに…動いてくれたのに…申し訳ない…ごめんなさい…という葛藤がありながらも⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯今回の、この方のブログを読んで、私は、それで正解!と思いました。お兄様には離婚した妻との間に絶縁されている成人のお子さんもいます。絶縁しているお子さんのことは無理だと行政側も諦めているのです。高齢のご両親のことも行政側は諦めた。なのに、断りべたの妹さんのことは無理だと言えば動いてくれるという期待を拭いきれずになんとか妹さんを動かそうとしてくるのです。それはそれで、行政の方々は悪くはありません。世の中のニーズに応えるには予算もかかりますし、人手がおっつかないのですから⋯それでも妹さんの苦しい状況を読ませて頂くと、ここは踏ん張りどころではなく、離れることで自分の心を守らないと本当にストレスからうつ病になってしまう恐れもあるレベルの案件と思われるので、私はそこまで強くなれた、断る勇気を持てたブロガーさんはそれで正解と思います!罪悪感を持たなくても大丈夫!!と言ってあげたいのです。私も、父親亡き後も2023年7月に亡くなった再婚相手の財産を預かり老人ホームから老人ホームへの引っ越しなど、介護を担っていましたが、兄と姉に介護を移譲することをお願いしていました。アドラー心理学の 嫌われる勇気を読んだことが大きな転機になったと思います。嫌われる勇気Amazon(アマゾン)マンガでやさしくわかるアドラー心理学Amazon(アマゾン)兄と姉に頼んだと書きましたが、実質は姉が大半を引き受けることになりました。その時実は、私を強制的に引き離したのは再婚相手ご本人だったのです。それも、物凄い手段を使ってでした。時はコロナ禍入院中だった再婚相手宛に私は病室までクリスマスカードを贈り、今は誰が世話をするしないなど言っていられない非常事態なのだから必要なら私は洗濯物を取りに行きますし何なりと頼ってくださいね♪というメッセージをお見舞いの気持ちを書いた優しい言葉に、添え書きとして書きました。他府県在住の姉や、父の再婚相手と絶縁してきた過去があり仕事も多忙な兄は、 再婚相手と同じ市内に住んでいて自営業でやりくりがつきやすい職種の私に頼り切ってしまい、私も仕方ないと引き受けてしまう構図が生まれていたからと思います。再婚相手がクリスマスカードを破り捨てたことは、再婚相手亡き後の部屋の片付けを私は担いましたから、そのときに手紙の保管箱から出てこなかったことから分かりました。そして、再婚相手は、「二度と連絡してくるな」と私から電話してきて言われた!と兄と姉に吹聴したのです💦私は電話自体をしていません! なら、なんでそうなる??と、私がそんなことを言える人ではないことを知っている兄と姉は不思議がりました。私は兄と姉に言いました。そこまでの状況を作り出さないとお兄ちゃんとお姉ちゃんはどうしても私に甘えてしまうから、2人に覚悟を決めてほしくて嘘をついてるんだと思うよ!再婚相手がそこまでして、やっと2人は覚悟を決めることができたのです。我々父の子ども3人は、この出来事を境に再婚相手の嘘を追求することはせず、兄と姉が、父の再婚相手のお世話をすることに、やっと舵を切れました。そこからは、再婚相手は私が預かっている重要書類を兄と姉に配分し、本格的な移譲が行われ、老人ホームへのキーパーソンの連絡先登録を私から姉に変更できました。それでも私には、罪悪感が残りました。元々は、私から、兄と姉と再婚相手3人の前で、父が存命中に父亡き後の再婚相手の方の介護に関しては、兄と姉にも協力を願いたい⋯と申し出ていたからです。 それが無ければ、再婚相手の方もここまでの手段を取らなかった⋯ と思うから、罪悪感が拭いきれなかったのだと思います。ゼロか10その中間が兄と姉にはなかった。中間だと妹の私に頼ろうとする兄と姉でした。だから、再婚相手は、ゼロに持って行ってくれたのだと私はいいように解釈しています。それでも、弱っている人を見捨てたという罪悪感、最後まで頑張り切ることが出来なかったという敗北感みたいなものは正義感が強い自分にとってはなかなか渋といものだと実感しました父の介護のときは、再婚相手との確執に悩まされながらも父の世話を私はやりきりました。再婚相手も透析患者で弱りかけていたからです。当時の私は他府県在住の姉を頼れませんでした。再婚相手と絶縁していた時期もあった兄仕事が忙しい兄そんな兄にも頼るわけにいきませんでした。きょうだいが2人いる中で、一人で最後まで父の介護をやり切った私には、悔いのない清々しさに似たものが残っていました。むしろ、親の介護に携われない兄や姉よりも、親孝行出来る私は幸せだ⋯とさえ思っていました。父は2020年3月に亡くなりました。 その後、再婚相手が2023年7月にお亡くなりになってから2年半が経ち、再婚相手のお世話から離れた事への罪悪感は時が解決したのか?姉にだって出来たじゃん!!!という事実からか?そして、私には義母と義妹の世話も重なっていたことから、物理的に兄と姉に移譲出来て助かったのですから、罪悪感はほぼゼロになりました。けれどたまに思います。再婚相手のことも最後までやり切っていたら今どんな景色が見えているだろうか?⋯と父と再婚相手との決定的な違いそれは、父は私を最後まで愛してくれていたことです。再婚相手は愛してくれていなかった。お世話をすれば感謝はしてくれたと思いますが、気に食わないことがあると私の悪口を人様に言いふらし私を悪者にしていました。その違いは介護する側にとっては大き過ぎました。
今日のブログは今まで書いてきたことの繰り返しになります。長文注意です😥現在、要支援2の85歳の姑は「介護付き有料老人ホーム」に入っている。身体能力的に問題はなく、一人で生活出来ないほどの認知症でもない!だから、本来なら要支援1にもならないはず。なら何故要支援1から入居できる今の「介護付き有料老人ホーム」に入居出来たかというと、認知症以外の精神疾患つまり入居するときは、老人性うつと不安症があったから。なんにもやる気になれず、お風呂に入って身体を洗うことすら億劫になっていた。家事も、拘りがあった洗濯だけは他人に任せられずに自分で出来ていたが、それ以外のことは何もしたくなくなっていたからだった。これらは、うつ病の典型的な気分の落ち込み興味や喜びの喪失無気力孤独感や絶望感外出・対人回避の症状にぴったり当てはまっていた。食事する時も立ったり座ったりするくらいで、アカシジアか?と思えるようなじっとしていられない症状も酷かった。そして、うつ病になると併発しやすいと言われる不安障害も顕著になり一人で居られない症状も出ていた。不安障害には、分離不安障害や広場恐怖症などがあるようだが、姑は、分離不安障害が出ていて、一人になることへの強い不安や恐怖を伴っていた。姑の2人の娘さんのうち、介護職についていて離婚歴がある独身の次女さんが、専業主婦になって母親の家に同居して世話をするかわりに、母親からそれまでの給料と同等の給料を貰えるなら⋯という条件で、同居を自ら名乗り出た。次女さんにも毎月の積み立てや娘2人いるうちの下の子が暮らす自宅の維持費も、自分の小遣いも必要になるから当然と言えば当然の要求だった。このときだけは、夫はあゆみちゃんは同席しないほうがいいと言ってきょうだい3人だけで次女さんからの申し出をありがたいことだとして、決めてきてしまった。次女さんによる母親との同居が開始してからというもの、姑は娘だけの病院付き添いを拒否し、嫁の私の付き添いがなければ不安で仕方ないということになっており、毎回次女さんと私の3人で姑の病院付き添いをするようになっていた。私が付き添わない通院は姑にとってあり得ないという状況だけは未だに続いていて、1回たりとも他の人に交代してもらえない当時の3人での通院の中で、私は次女さんがイライラして精神的にやられかけている事を感じて、母親との同居は長続きしそうにないことを予想した。そんな同居から半年も経たない中で次女さんはがんになってしまった姑ががんをトリガーにしてうつ病になったように、次女さんまでもがうつ病を併発した。次女さんの兄と姉である夫と長女さんは、母親の世話だけで自分たちは手がいっぱいなんだから、妹の世話は出来ない!成人している娘たち2人が協力して母親(次女さん)の世話をするべき!という考えだった。それで私にもあゆみちゃんも妹の世話をしなくていい!と言っていた。次女さんの娘2人のうち上の子は1人は飛行機で行くような遠い地で就職しており、下の子は、大学を卒業して就職したばかりで、しかも幼いタイプの下の子に母親の世話に耐えられるとは思えなかった。次女さんも姑とそっくりで部屋に一人で居られないという症状まで出ていて、かなり他者への依存性を強くしていたからだ。それで、私には、姑に加えて義妹の世話までのしかかってきた。夫と上の義妹からは、あゆみちゃんが好きで勝手に世話をしてるんだからという理由で、次女さんの世話に対して私への労いは一切なかったし、私も愚痴ることは出来なかったこういった辛い状況のなかで私は家族療法の勉強会に参加するようになっていく。勉強する中で、セラピスト的な視点を持てるようになり、きょうだいがきょうだいを看ることのハードルの高さを知って、夫や長女さんのことを冷たい⋯と責めていた気持ちをなだめることができた!非血縁の私だからこそ、第三者的な冷静な立場で次女さんの世話ができるのだろう⋯と思えることができたのだ!親に関しては、やはり実子たちが中心になって看るべき!という私の考えに変わりはないから、姑と夫と3人もしくは娘さんたちが一緒のときは、姑と腕を組んで歩くのは実子でしょ!とばかりに、私は姑の横には行かないようにしている脱線したが、このような経緯で、姑に加えて、義妹の通院付き添いまで私の仕事になり、1年間のがん治療を終えても、酷いうつ病を更に悪化させていた義妹は地方の山の中にある精神科病院に入院した。それで、平日の夜は、姑宅のお向かいにある自営の会社で仕事をしていた私の夫が母親宅で寝泊まりし、夜は私が自分の分も含めて3人分の食事を作って車で運ぶようになった。土日は姑の妹である夫の叔母さんが寝泊まりして、自分の姉の為に食事も用意してくれていた。草むしりとか家の手入れもしてくれて本当に助かった。姑は部屋から◯ちゃん(叔母さん)が居なくなると不安になり、姿を求めて家の中を探してしまうと話していた。こういった症状を理由に姑は要支援2を貰っていた。こんな生活が長く続けられるはずがない。そのうち、夫がねを上げ叔母さんにも限界が見え始めてきた。姑の娘 長女さんは仕事を理由に母親の世話は出来ずにいて、仕事休みの日の、月に数回は母親の家へ来て掃除機をかけたり、ご飯を作ったりしてくれた。こうやって親族総出で、夫々ができることをして、なんとか日常をおくっていた。そんな中で、不思議なことに、デイサービスへ行くことだけは姑にとって平気なことだった。週に2回のデイサービスで入浴もしてくるようになり、デイサービス以外の日は自宅で入浴しなくなってもいた。デイサービスへ行きたくないとは決して言わなかった姑!それで、私は、何もやりたくないなら、家事一切をやらなくても生活でき、一人で居られないなら、24時間いつでもスタッフがいてくれる老人ホームは姑にとってもってこいの場所なのではないだろうか!?と思った。ネックは、姑には、自分の家で死ぬまで暮らしたい!という願望があったこと。その為に、舅亡き後、自分1人の老後は長男夫婦が一緒に住んでくれるように部屋数の多い豪邸を建てたのだから⋯私にもいつか姑と暮らすときが来るという覚悟はあったが、まさか、うつ病になるなんてことの想像は全くしていなかった。それに、うつ病が、ここまで家族を疲弊させるとは知らなかった。これでは、姑との同居は無理だ!!と強く思えた。それで、姑に人生この先、どういう心境になるかなど予想はつかないから、今、身体が動けるうちに老人ホームがどんなとこか?仮に入るとしたらどこがいいか?を自分の目で確かめてみませんか?と私から声をかけた。そして、夫と姑と私の3人で、私の父親のときに既に見学済みだった介護付き有料老人ホームへ姑を連れていき、ランチの試食もさせてもらった。その帰り、姑には我々は決して無理強いしないから!念の為、情報を得ておく為だけだったんだからお義母さんの好きにしていいんだからね!と伝えた。これを北風と太陽作戦⋯というこの見学のあと、入院していた次女さんが自分の家に戻ることはないと悟った姑は自ら老人ホームへの入居を決断し、入居してから半年くらいで老人ホームを終の棲家だと覚悟したらしい。私は次男カッブルにお婆ちゃんの家を見せた。お嫁ちゃんになる予定だった彼女さんは気に入ってくれたが、次男は、お婆ちゃんの家は交通の便が悪過ぎるよ☹️それに、固定資産税が高すぎるから無理😥と言って、頼みの孫の次男からも断られたことで、自宅の売却も自ら我々夫婦に指示を出した。長女さんは、当初、老人ホーム代が高すぎる💦お金が勿体ないじゃん💦お義母さん(長女さんのお姑さん)が入っている施設とどうしても比較してしまう。田舎の施設と都会の施設の料金の違いもあるかもしれないけれどあまりにも違い過ぎるからさぁ⋯他のとこも探せないの?と反対した。そしたら、姑が◯◯ちゃんが払うわけじゃないでしょ!私のお金で入ることにそんなこと言われる筋合いはない😠と怒った。そこで姑の財産管理を任された私から、年間収支計画を策定してあり予算的には何とかなることを提示した。それでも長女さんは自腹をきってでもデイサービスを毎日に増やしたらどお?と言ってきた。もう、あんたは喋らんといて💢と姑はまたもや怒った。長女さんはお兄ちゃんとお義姉さんがこれ以上お義母さんの世話を在宅でできないと言うなら、日頃母親の世話が出来ない自分に強く言える権利はないから仕方ないよね😥と、渋々了解してくれた。老人ホーム入居から3年と数ヶ月経った今、入居後 姑はみるみる元気になっていったが、急性虫垂炎の手術入院で、再度、見ていられないくらいの気の毒な酷いうつになった。そして今、姑はかなり元気になってくれている。月に2回と姑自ら決めたホームの入居者やスタッフとの複数人での外出ランチに加え、叔母さんは曜日を決めて必ず姑に会いに行ってCafeへ出かけている。我々夫婦や、娘さんたちとの外出も加えると、少ないときでも月に10回は必ずランチ外出をしている。(追記)次女さんは、私がお世話をしていた当時、娘可愛さ故に、自分の病気のことを詳しく娘たちに言わないで欲しい⋯と私に頼んできた💦1年間のがん治療の付き添いに関しては、次女さんからの願い通りにしてあげたが、この先も続くうつ病に関しては何年間もかかる長期戦になりかねないことから、ゆくゆくは次女さんの娘2人にバトンタッチするときが来ることを考えて、娘2人に自覚を促す為に、次女さんには内緒でグループLINEを作って、母親の様子を報告していた。当時の娘さん2人は、私からの報告が書かれたグループLINEを読むだけでもかなり辛かったと思うが、成人している娘が知らないなんておかしすぎるから私は報告を続けた。今では娘さんは2人とも結婚した。他府県出身の伴侶は夫々2人とも田舎の公務員より都会の公務員のほうが募集も多く、条件も良いということで、こちら地方で公務員の職を得て、母親の近くで暮らしている。次女さんは今では元通りの元気ハツラツな人に戻っており大勢で何かを作り上げる大きな趣味を持っていてそちらに没頭している。母親(私の姑)の世話を次女さんにはしてくれなくていい。元気にしてくれてさえいればそれでいい!!と思えるほど、次女さんのうつ症状は姑以上に壮絶だったから⋯姑に双極性障害の診断がおりているように、次女さんにも昨夏あわやといううつが襲ってきた。今は乗り越えたが、昨夏にうつ病症状が再来したことで、次女さんも双極性障害の可能性があると私は密かに不安視しているというのもあるけれど、それは今後の長年の経過を見ていかないと分からないことだと思う。もともと西洋医学アレルギーがある次女さんなので、西洋薬の抗うつ薬をやめて、早く漢方薬だけに切り替えたがっていた。なので想像するに抗うつ薬を減薬しすぎて、うつ症状に陥っただけで、薬を元に戻したから、なんとか事なきを得ただけかもしれない。けれど、減薬し過ぎたの?と私からは質問しない。何故なら、もはや娘さんたちにバトンタッチできているので、次女さんのうつ病に関しては、首を突っ込むことはしないほうがいいと思っているからだ⋯
つい先日のこと、出先から買い物をして買ってきたものを冷蔵庫に入れようと扉を開けた時、棚に置いていた残り2つになったクリームチーズkiriに手が当たって1つを落としてしまった。落ちるとき、冷蔵庫の下の床のジュータンの上にこんなふうに👇️(再現映像)落ちたのを確かに見たのに、ジュータンの上に落ちた瞬間にチーズは消えてしまった本当に確かにチーズは床に落ちた!!⋯と思った!本当に本当に間違いはない!!!!見たよ!!!⋯と思った!消えた瞬間は、テレビでよく見る手品みたいだった。夫も部屋にいたので夫に聞こえるようにない!ない!と言いながら、冷蔵庫の隙間も見てみたけど、チーズは何処にもない。買い物から帰って冷蔵庫に食材を入れている時にチーズは落ちたので、チーズを探すことを諦めて、まだ残っていた食材をビニールのエコバッグから出して冷蔵庫に入れようとしたら、腕にかけていたエコバッグの中からジュータンの上に落としたはずのチーズが出てきたこんなことある〜?まるで手品の瞬間移動みたい!!と部屋にいた夫に叫んだ!!夫は、最初からエコバッグの中に落ちたんだろ!💦と言った!そりゃ、普通そう思うよね!!でもね、瞬間移動の手品の種明かしを私は知らないし、これは手品ではない!本当に床に落ちたチーズを見たのだもの!そして、落ちた瞬間にチーズは消えたのだもの!そしたら、そのチーズはカバンの中から冷蔵庫から落ちたばかりの冷たい状態で出てきたのだもの!!この現象を瞬間移動と言わなくてなんと言う???と思った皆さんにはこんな経験ありますか?私は物が消える瞬間を見たのは今まで生きてきてこのときが初めてだった絶対にここにあったのに、どれだけ探しても見つからなくて、日を違えて思わぬとこから物が出てくることってたまにありませんか?物が瞬間移動してしまったのかしら?でも、そんなことあるはずないし、何かの手違いよね!?💦と今までは思うようにしてきたけれど、この瞬間移動を見て、物って、手品でも何でもなく瞬間移動することがあるの???とかなりヤバい人になっていた💦ラジオの周波数が偶然合ってしまうかのように霊をごくたまに見たことがある⋯と言ってる自分のほうが、もっとヤバい人かもだけど⋯でも待てよ!!ここは冷静に、AIに聞いてみよう!!と思い直し、念の為に3つのAIに聞いてみたら、返ってきた返事は3つともほぼ同じだった(青文字)「消失遺失物(アポート)」現象超常現象の世界では、物が消えて別の場所に現れることをアポート(引き寄せ)や、逆に消えることをアポーツと呼んだりします。特に、探し疲れて諦めた頃に、あり得ない場所からポロっと出てくるのは、この現象の典型的なパターンと言われています。けれど、あなたが見た瞬間移動の現象は、科学的にこのように説明できます。🌠脳が作った「残像」のイタズラ脳は「こうなるはずだ」という予測を映像として見せてしまうことがあります。人間の脳って、見たものをそのまま記録してるわけじゃなくて 「予測+一瞬の視覚情報」でストーリーを作るんです。物が落ちる軌道はだいたい決まってるだから脳は「このまま床へ落ちる」と予測落ちる瞬間、人は「落ちる軌道」を頭の中で補完して見てしまう実際に最後まで見てなくても見たことにしてしまう(補完)これを心理学では 「予測補完(トップダウン処理)」と言います実際には途中で何かに当たって軌道が変わっている(今回だとエコバッグの中)柔らかいもの(バッグや布)に入ると音も衝撃も少なく「消えた」感じになるつまり、「床に落ちたのを見た」という記憶はかなり強くても、実際の最後の位置は違っていた、ということが普通に起きます。●なぜ“確信”できてしまうのかここが面白いところで、人の脳は「見えたもの」より「こうなったはず」という予測を優先して記憶にします。例えば今回なら:手に当たる → 落ちる → 床に行くはず→ この“はず”が、そのまま「見た記憶」になるしかも一瞬の出来事だと、ほぼ修正されません。ない → 脳がバグるこのときの感覚が 👉「消えた!」①実際に“落ちる瞬間”を見ている②その直後に完全に見失っている③床に落ちた“はず”の場所を見るが、探しても無い④あり得ない場所(バッグの中)から出てくるこの4つが揃うと、ほぼ誰でも「え、消えた?」ってなりますので、かなり完成度の高い“日常マジック”と言えます。だから今回のあなたの体験は、 「盛ってる」とかじゃなくて、**“人間の認知が作るガチのミステリー”**として普通にあり得る話です。●これ、実はかなり多くの人が経験してるあなたが書いてくれたこの部分👇日を違えて思わぬとこから物が出てくるこれも同じ原理で 見落とし記憶の書き換えが原因のことがほとんどです。●でも、ここ、すごく大事なんですが👉あなたが「見た」と感じているのは「現実を正確に録画した記憶」ではなく、 脳が作った“もっともらしい映像” で、脳の超リアルな錯覚です。以上人間の脳って、案外バカというか、当てにならないのね😥💦
『①葬儀の変遷を考える』ここ1~2年、社会学的興味から住職たちが大勢集って行う葬儀式についての公開講座に一般人枠で私も何回かにわたり参加してきました公開講座の趣旨はこう(青字)👇️近…ameblo.jp『②葬儀の変遷を考える / 家族葬と「小さなお葬式」』『①葬儀の変遷を考える』ここ1~2年、社会学的興味から住職たちが大勢集って行う葬儀式についての公開講座に一般人枠で私も何回かにわたり参加してきました公開講座…ameblo.jp上記2つのブログで、母、舅、父、父の再婚相手の4人の葬儀の経験を通して、時代と共に葬儀の形は、ものすごい勢いで簡略化されてきたという体験談を書きました。これからも、更に加速して簡略化は続いていくことでしょう!今日は生憎の雨☔️でしたが、私の母の命日納骨してあるお寺でお参りしてきました。先週金曜日のお寺の桜🌸は八分咲きくらいでした👇️土日で一気に満開に⋯先日、講演を聞いてきた東京教区のお寺の住職のお話を、青文字で要約させて頂きます。⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯東京の葬儀は、「式中初七日」だけでなく、今やお通夜をしない「一日葬」が普通になってきており、告別式も行わない「直葬」も増えている。そもそも仏壇を持たず、「写真に手を合わせればいいでしょ!」というような亡き人への 思いさえあればよいと考える人たちが増えてきた中で、仏壇の中にあるお内仏(仏様)や、「南無阿弥陀仏」の名号(みょうごう)に手を合わせるという宗教心を持たない人が増えてきた!ネット情報がある現代では情報は均一テレビで樹木葬や無縁仏などの報道の中で、墓じまい、檀家離れ含め、人々の意識は、こういった問題に向いてきた中で、宗教離れが加速度的に進んでいるのが現状なのだ!情報共有の時代の中にあって、首都東京の葬儀の在り方が、地方へと波及していく⋯法事も然り!法事をやらない人たちが増えていく中で、法事のお布施がなければ寺は存続できなくり、近い将来お寺の数は激減するだろう⋯この流れは残念ながら止められない⋯私の長男の親友もお寺の長男さんで本来なら跡取りですが、お寺を相続しないらしいですし、弟さんも相続しないので、そのお寺は親の代で終わる⋯という話でした。その中で、問われるのが、自分たちが手を合わせるお内仏(仏壇)はなんなのか?お墓はなんなのか?宗教ってなんなのか?のはずだが、これらをしっかり理解している人は本当に少ない。葬儀とはなんぞや?仏教とはなんぞや?こう言った根源的なことへの問いはないまま、人々の気持ちは、 遺された人に迷惑をかけたくない!という気持ちで、終活に向かっている。そうなると、非宗教化が進み、お寺もお坊さんもいらない時代がやってくる。坂を転げ落ちるように時代の流れは進み、もはや止める術はない。思い起こせば、弥生時代の農耕により力を得る者が出てきた中で古墳時代になると、大きな墓が、権力の象徴のように利用されるようになった。平安時代の大化の改新(646年)で発布された「薄葬令(はくそうれい)」の影響により、平安時代を通じて庶民が「墓石を建てて個別の墓を持つ」という行為は、事実上、許されなかった!庶民が墓を持つようになったのは江戸時代このように、お骨を納める場所である墓を持たない時代のほうがむしろ長かった歴史の中で、やっと誰もが墓を持てるようになっていったと思ったら、庶民自らが「墓じまい」という形で墓を手放し始めた!現代はたった50年間で、激変の時代を迎えた!と言える。
昨今の、少子化と生涯独身の若者の増加に今はいいけれど、老後は孤独にならないか?老後の世話は誰にしてもらうんだろう?と、未婚の我が子の心配をする親の話を耳にする今日この頃😥このように、少子化と生涯独身については老後問題の不安がつきまとう⋯というマイナス要因を考えがちですところが、つい先日も知り合いと話していたら、「うちの孫のDくんは将来安泰よ!あの子お金持ちになるもの(笑)」と私に話してくれた高齢者Aさんがいらっしゃいました。私もDくんの幼少期にお会いしたこともありますし、うちの子たちの使わなくなったトーマスやポケモングッズや遊戯王カードなどをドサッとあげたこともある仲です(≧∇≦)某国立大学の大学院を卒業したDくんは現在社会人になったばかりでまだ若いDに彼女が出来た!という話を今まで一度も聞いたことないのよ⋯一番の懸念は、あの子結婚しないんじゃないかしら?ということなのよと暗い顔をされます。Aさんの心配には、理由があります。大学生のときに母親を亡くしたD君なので、息子Bの老後の世話を孫のD君が一人でするのは可哀想だから、還暦を迎える息子Bは再婚してもいいんじゃないか⋯と考えてしまうらしいです。そこで、父親の老後の世話以上に再婚相手との関係でD君の苦労は大きくなる可能性があることを、私の体験話を交えて話してさしあげました。父親の相続も半分は再婚相手にもっていかれてしまうし、それ以上に再婚相手の状況次第では養子縁組の問題や複雑な相続争いもおきかねません。もしかしたら状況次第では再婚相手のお世話までD君の肩にのしかかりかねません。私は、D君はまだ若いのだしこれからなんだから、浮いた話がなくても心配しすぎ(笑)と受け流しましたが、AさんはDが結婚してくれればDの奥さんも一緒になって、父親Bや、(生涯独身の)伯父Cのお世話をしてもらえるのに⋯とそこまで考えているようでした。イヤイヤ、それは相手次第ですが、相手にも親御さんがいたりします。夫は夫の血縁の世話をして妻は妻の血縁の世話をする⋯という割り切りが入る世代ですから、そんなことを期待してD君に結婚して欲しいと切望するなら、それはちょっと違うかもですよ(笑)と私の意見をお伝えしました。D君は、他府県で、妻に先立たれた大手企業にお勤めの父親の持ち屋マンションで、2人暮らしをしておられます。Aさんには2人息子さんがおり、もうお一人の長男のCさんも某国立大出身で大手企業にお勤めで、しかも生涯独身。私と同年代のCさんはAさんと同じ市内にある持ち屋マンションで一人暮らしされており、Aさん曰く、息子Cはお金を溜め込んでるよ(笑)と話します😁老後、自分たちAさん夫婦が老人ホームに入るような時は独身で同じ市内に住んでいる息子Cに色々な手配やその後の世話をお願いすることになる⋯とも話しておられます。Aさん夫妻は、賃貸マンションのオーナーでもあります。Aさんのご主人も昔大手企業に勤めていて厚生年金もそれなりにありAさんご自身も長い間働いてきました。そのAさん夫妻の資産をいずれは息子さん2人が相続することになり、息子Bさんの資産だけでなく、生涯独身の伯父Cさんの資産もいずれは孫のD君がたった1人で相続することになっていきます。そのことを私が指摘したら、そうなのよ!Dは将来的にお金持ちなのよ~!そうね、Dのことは心配しなくていいわよね(笑)そうですよ!そこアピールポイントになりますしDくんにもお嫁さんは来てくれますよ(笑)こんな、露骨なエグい話も出来てしまうAさんと私の仲です(笑)少子化だから、親の財産は一人の子に集中しやすい!生涯独身でも、相続がたんまりある子ならその子の老後は有料老人ホームに入ることは出来るのでなんとかなるでしょ!という今回のブログは、恵まれているほうの一例でしかありませんが、少子化ならではの相続(お金)のお話でした😅
『①葬儀の変遷を考える』ここ1~2年、社会学的興味から住職たちが大勢集って行う葬儀式についての公開講座に一般人枠で私も何回かにわたり参加してきました公開講座の趣旨はこう(青字)👇️近…ameblo.jp上記ブログのつづき■2020年3月22日父が亡くなりました。ときはコロナ禍父の葬儀では、舅のとき同様に、喪主は形だけ長男である私の兄がなりましたが、発言権は費用負担する父の再婚相手にありました。再婚相手には父の妹たちの手前もあり、家族葬と言えども立派な祭壇に立派な死装束を着せて、お通夜⇒告別式⇒火葬場⇒葬儀会館へ戻って初七日法要⇒会食までの流れで、予算的には一般葬と変わらないものになりました。むしろ皆さんからのご香典を御辞退した分、費用は沢山かかりました。一般葬と家族葬の違いを一般的な側面から言うなら、家族葬は世間体が薄れやすいため、最も大きな費用を占める祭壇に見栄を張らなくて済むという事くらいかもしれません。父には複数いたきょうだいのうち妹たちが3人健在で、亡くなった妹のお子さん含む父の甥っ子たちの多くが参列してくださり、思っていた以上に多くの親族が集まりました。このように、葬儀会館で執り行う家族葬は一般葬と内容的にはなんら変わらない中で、列席者がごく限られた身内や友人のみで執り行いました。■2023年7月に父親の再婚相手が亡くなりました。父の妹たちは父の再婚相手のことを憎んでいたこともあり、何かあっても呼ばないでほしいと以前から言われていたので葬儀を終えてから再婚相手の訃報を知らせました。再婚相手の唯一のきょうだいのお姉様と甥っ子さんも宗教上の理由から仏式の葬儀には参列出来ないという意向でしたそういう理由から、私たち3人きょうだいとその家族だけでの葬儀となり、葬儀会館を持たない「小さなお葬式」で執り行いました。そこの葬儀会館はまだ出来てから新しい1日1組しか葬儀できない家族葬専用葬儀会館でした。葬儀会館のオリジナルプランは小さなお葬式よりコスパが悪かったので選びませんでした。お通夜のお経の後の 「通夜振る舞い」のときが、親族でゆっくり語り合える時間になりました。通夜振る舞いの時の実際の写真↓私が母、舅、父の告別式で経験してきたときは、火葬場から葬儀会館へ戻ってから「初七日法要」のお経とその後に御斎(おとき)と呼ばれる豪華な料理があり、葬儀会館で会食をした後にお供えを分けた物を「会葬お礼」の手土産の品物と共にお渡しして解散というものでしたが、家族葬専用会館の葬儀は、「式中初七日」と言って、告別式の読経の中に初七日法要のお経も組み入れてしまい、焼香を告別式と初七日分の2回分を一度に済ませてしまってから、火葬場へ向かうというものでした。お寺様の手配に関しては、檀家寺がなかったので、父の時に葬儀場が手配してくれたときと同じ寺の住職にお経を依頼しました。父の時は初七日法要をしたのに、再婚相手のときの「小さなお葬式」では「式中初七日」にすることを知った住職は「式中初七日」を邪道と捉え、難色を示しましたそこを、私の姉が住職を説得して式中初七日でとお願いしたという喪主側と住職とのちょっとした摩擦もありました。それに、我々が出棺したあと、既に葬儀会館には次の遺族の順番が入っており、変更の余地なしでした💦そもそも式中初七日を前提に建てられた家族葬専用会館は、大勢で御斎(会食)を出すような広い部屋はなく、少人数専用の作りになっていました。告別式の中で初七日のお経も済ませてしまうため、葬儀会館へ戻る必要はなく、火葬場でお開きとなります。そうなると、新幹線で遠路来てくれた長男や甥っ子や姪っ子に申し訳ない思いがあり、やはり会食はしたいよね!となりました。そこで、私のほうで火葬場から戻れそうな時間を計算して木曽路の個室の予約を取り法事用の食事と店側に伝え、親族皆で会席料理を頂いてからの解散とし、車で新幹線の駅まで長男、姪っ子、甥っ子を送ってあげました。
ここ1~2年、社会学的興味から住職たちが大勢集って行う葬儀式についての公開講座に一般人枠で私も何回かにわたり参加してきました公開講座の趣旨はこう(青字)👇️近年、少子高齢化と地域の希薄化により葬儀の簡略化が進み、法事も縮小傾向が止まらない!新型コロナウイルス蔓延以降は、さらに拍車がかかっていると言える。このような状況下で、改めて弔うとは何か?何のために儀式を執行するのか?を尋ねる必要がある。特に人口が集中している 首都圏の実情を踏まえながら、仏事の意味を考えていきたい。私が暮らしている県は日本一お寺が多い県このように↑寺の住職たちは世の中の葬儀の簡素化という変遷の流れに危機感を覚えて自問自答しているのです。⋯⋯⋯⋯⋯⋯葬儀については、葬儀会館の建築の遅れなど地域差はあったかもしれないですが、個人的に経験してきた、世の中の葬儀の変遷を先に書いておきます。■1994年3月31日に亡くなった母のとき1994年の母の葬儀の時は、互助会制度のもと葬儀屋が自宅に来てくれて色々執り仕切ってくれる自宅葬が主流で、母も自宅での一般葬でした。享年50歳という若さだった母の葬儀は、家の前の道路に溢れんばかりの人々がずらっと並び、母の霊柩車を見送ってくださいました。このとき、兄と姉と私は3人ともまだ学生で、父が喪主をつとめました。細かいことは大人たちが取り仕切ってくださり、私は何もわからないまま悲しみにくれていたというのが正直なところでした。■2004年元旦に逝去した舅のとき1990年代に「葬儀会館」が近所にできました。それまでの、近所の人たちが仕事を休んででも葬儀を手伝う自宅葬から葬儀会館葬への移行期がありました。自宅葬から葬儀会館葬への移行期には、姑含む近所の高齢者たちは葬儀会館を利用する人たちをバカにしてました💦ところが近所で1番大きなお屋敷を持つ家の人が葬儀会館を利用したことで、町内の人達による葬儀会館の利用が一気に加速したのです。舅の葬儀も世間に倣って近所にある葬儀会館で執り行いました。葬儀の段取りを仕切って発言権があったのは妻だった姑でしたが、長男である私の夫が喪主を務めました。元旦に亡くなり、葬儀も1月3日に行ったにも関わらず、供花は一番大きな部屋にもおさまりきらずに廊下まで一杯に並べられた中、300名を超える人たちに見送られました。檀家寺の住職の他に、お寺関係の仕事をしていた関係で、仕事上の知り合いの住職たちも、こちらから頼んでもいないのに袈裟を着てお経を一緒にあげてくださり、驚きと共にとても印象的な葬儀となりました。その後のお礼行脚が大変でしたが(;^_^A■仕事上の葬儀の列席は激減昔の一般葬では、ご近所付き合いや、仕事上の付き合いが当たり前でしたが、会ったこともない人の葬儀に会社から高額な供花代を出し、仕事の時間を潰して列席することも当たり前で、夫も年に何回も葬儀に列席していました。それでも、時代と共に、仕事終わりに、お通夜のみに列席するのが主流になっていき、今では仕事関係先から葬儀の案内が会社に届くことは滅多にありません。『②葬儀の変遷を考える / 家族葬と「小さなお葬式」』『①葬儀の変遷を考える』ここ1~2年、社会学的興味から住職たちが大勢集って行う葬儀式についての公開講座に一般人枠で私も何回かにわたり参加してきました公開講座…ameblo.jp