またまた、ブロ友さんのお子さんたちの夏休みの宿題、読書感想文のブログ記事を読んで、我が家の場合はどうしていたかということを、書いてみようと思いたった^^;


我が家の息子たちも、御多聞に漏れず、読書感想文は大の苦手だった。



幼少期こそ、親が寝る前の読み聞かせタイムを作って親子で楽しい時間を過ごしていたが、その努力も甲斐なく、小学校時代は、読書よりも友だちとのサッカー遊び、ゲームにポケモンカード、遊戯王カードなどにはまりまくり、読書とは無縁の生活をおくっていた^^;


私も、読書は本人がその気になって自らの意志で読むだと考えていたから強制することはしなかった。


私の母は読書家で、常に読書を続ける姿勢を持っていたせいか、私たち兄妹は読書好きだった。


しかし、結婚して子育てと自営の仕事、家事で手一杯の日々の中では、読書の時間を確保する余裕など私には無く、親が読書する背中を見せていないのだから仕方ないかと諦めていた。


長男が中学に上がる前に、仕事漬けの日々から逃げ出すように事務所兼自宅の家からマンションに引っ越したことで、子どもの手も離れつつあったせいか、±の法則が起こったのか、仕事量はさほど変わらないのに、私にも少し読書する時間が作れるようになった。そして、子どもたちも環境の変化と成長が重なったのか判らないが、以前よりは読書する姿勢を持ってくれるように徐々になっていった。


それでも、子どもたちは相変わらず、読書感想文だけでなく、作文そのものが大の苦手だった。

「何を書いていいのかわからない。」といつも言っていた。




長男が中学生になり、内申点がそのまま高校受験に結び着くという焦りも加わり、「これではマズイ」と私は、長男の為に作文教室なるものがないかいろいろ調べるようになった。


近隣の塾でも作文指導はあったが、指導者の力量に不安があったのと、内容が薄い気がして、いざ探してみると、これと言った力をつけることができそうなところは見つからなかった。



そして、あるとき、通信教育の「言葉の森」を見つけ出した。私はすぐにこれだと思った。


横浜に通塾教室があるが、我が家からは到底通うことは出来ない。


しかし、通信教育がある。ただ単に教材が送られてきて、書いたものを添削して貰うだけなら、意志の弱い我々親子には到底継続できなかった(-_-;)


しかし、「言葉の森」は違っていた(゜-゜)


まずは、様々な文章が書かれている薄い冊子が送られてくる。そして、冊子内の一つの文章について、小学生くらいの初歩レベルでは体験作文、中学生くらいになると、論説文を書くこととなる。


この冊子内の文章がまた凄い。大学受験問題の小説や小論文から良質な文章を厳選したものが集められている。


長男中2、次男小5の夏に始めた「言葉の森」で、期しくも息子たちは中学生のうちから、高校生レベルの厳選された大学受験問題文を素読することになっていたのだ。


これらを何度も読んだ上で、先生から決まった曜日と時間に電話が入る。先生が子どもに、文章を読んでどう思ったか会話をしてくれるのだ。勿論、褒め育て!!


先生との会話から、自分の体験や考えを引き出してもらい、それを元に、その時のレベルに沿った4段落で構成される「文章構成の型」を元に作文する。


作文は、パソコンでうち、ネットで送信するだけ。


そして、添削が郵送で戻ってくる。


提出した作文は点数化され優秀な作文は掲載される。会員だけが覗けるページに自分の作文が載ると励みになった。また、他の生徒さんの上手に書かれた作文を読んで、同じ文章を読んでも、それぞれ視点もテーマも違い、こういう考え方もあるのかなどと、感心しながら読むのだが、それがまた勉強になった。


長男は、中2の夏から受験生中3の夏までの1年間だけだったが、次男は小5から中2まで4年間、皆勤賞で毎週、作文や小論文を書き続けたことになる。よく頑張ったと思う。お蔭で、作文を書くことが全然苦痛でなくなったと言っている。



当時は、鉛筆書きで郵送するのと、ワードで書いてネット提出と、どちらかを選ぶことが出来た。


最初は、鉛筆で書いていたが、文章訂正が大変ということで、すぐにワードに切り替えた。


特に小5の次男は、はじめこそキーボードに苦戦していたが、さすが若いだけあってすぐにマスターし、2人ともブラインドタッチに憧れて、競うようにそれを目指していた。



最も大きな収穫は、親子で毎週のテーマに沿って、話し合うことが出来たことだ。


親子で話し合うことを「言葉の森は」推奨している。


子どもの語彙力の源泉は親子の会話であり、逆に言えば子どものボキャブラリーの希薄さは親の責任であるとまで「言葉の森」は言い切る。


特に次男とは、時には子どもも忘れているような幼い頃の経験談を話してやり、時には喧々諤々の親子の激しい論戦を毎週のように繰り返してきた。PCの前で意見の応酬になり、遠目に見ていた長男と夫から「二人とも、もっと冷静に話し合ったら?うるさくてテレビが聞こえないんだけど!」とお叱りを受けたこともあった(>_<)


こういった親子での作業を我が家は省略することなく続けたが、小論を書くと言う目的がなければこういったことはまず出来なかったと思う。そういった機会をいただけたことが一番の収穫だったように思う。



当時書いた分厚い作文の束は、子どもの心の日記ともいえる大切なものとなっている。



そして、送られてくる保護者向けの言葉の森通信を私も隅から隅まで目を通し、子どもと一緒に考えることで、いろいろな知識をいただくことができた。私までが子供以上に、何かを得られたと思っている。



その割にブログ記事は、「誤字も多いし、いつも長文でメリハリがないし、ダメじゃん!」 という読者様の声が聞こえてきそうだが、ここは図太くスルーします^^;



「言葉の森」のHPには、各国の通信教育を受けている人数が書いてあるが、それを見ると世界中の海外赴任の子弟が学んでいることがわかる。海外にいるからこそ、帰国したときのリスクも含めて、日本語教育に力を入れる家庭が多いのだろう。




ここで、この記事主題の読書感想文について。



「言葉の森」は、学校が出す読書感想文に否定的な考えを持っていた。私も同感!!


読書は本来、何を感じたって良いものなのだ。それを宿題にしてしまうと、子どもたちに良い子であることを前提とした心にもないことを書かせてしまう危険性をはらんでしまう。


そして何よりも読書そのものを嫌いにしてしまう。


我々大人だって、感想文を書くことを前提に読書するだろうか?

感動するかどうか、深い内容かどうかなんて、読み終えてから初めてわかるもの。

それなのに、感じること共感することを前提で読むなんて、そんなナンセンスなことはない(-_-メ)


大人だって、たまたま読んだ本に心が動いて、意見を書きたいという衝動に駆られたときに、アマゾンに投稿したり、ブログを書いたりするのだ。


子どもたちにとっては、良い本に出会うまで、一体何冊読書すればいいの?っていう話だ!


しかし、読書感想文という宿題が与えられた子どもたちは、お稽古や部活などで夏休みといえども時間がない中、たまたま読んだその1冊のみで読書感想文を書くしかない。


そのたった1冊が自分にとって良い出会いとなる本かどうかなんて、まるで本を選ぶ段階での大博打なのだ。


だから、「言葉の森」は、宿題の読書感想文の指導はしない。普段も読書感想文は書かせない。



私も子どもには、宿題の感想文は、「良い子になる必要はない。感じたままに書いていいんだよ。面白くなかったら、面白くなかったと書いていいし、立派な主人公であっても、自分は違うと思ったらそれだって書いていい。」と言ってきた。



一度、賞をとった人の感想文を読んでみてください。


あら筋はほんの少しに留め、自分の意見や論説文に近いものが賞をとっています。


感想文と言っても、自分の心の中でわき起こる考えの変遷を書き連ねれば良いのです。



とは言っても、物事について深く考えること自体、ハードルが高いお子さんもいます。


そういう場合は、小学生や中学生、もしかしたら高校生であっても、考えが浮かばない子には、親が話し相手になって、テーマにそって、議論してあげてください。


そして、子どもが発した言葉を低学年であれば親がメモし、大きい子であれば子ども自身がメモしながら議論するのです。


その単語や言葉のメモを矢印でつないだりすれば、それが文章の構成メモと化し、ほぼ第二第三段落の主軸となるはずです。



誰でもわかる桃太郎を例にあげると、


まずは、大きなテーマを決めてください。


低学年なら、例えばテーマを「友情」にしたいなら、

キジやサルなどと力を合わせて戦うことに視点をおいて、自分は学校で、友達と同じように力を合わせて何かを成し遂げた経験はないか、そのときどう感じたかを書けばいいですし


高学年なら、例えばテーマを「正義」にしたいなら

第一段落は、「正義って一体なんだろう?喧嘩両成敗というけれど、果たして正義は桃太郎に本当にあったのだろうか?」などという疑問から入り、鬼の立場に立った視点に注目したり、そこから現実世界の戦争に目を向けたり、片方の立場からしか物事を見ない近視眼的なものの見方の恐ろしさを説いてみたり、


桃太郎みたいな一見単純な話しであっても、高校生だって感想文の本にすることは可能なのです。




長々と書いてきましたが、この夏は、読書の感想など書けないと構えるのでなく、自分自身の物事への深い洞察を深める為の機会と捉えてチャレンジするように、お子さんにアドバイスさし上げてはいかがでしょうか?



ちなみに次男は、夏休みは毎週言葉の森の小論を書き、「感想文なんてしゃらくせい<`ヘ´>」と私の影響を受けて、本腰を入れて書く気なし^^;


このようなやり方で、本の持つテーマ性に着眼して、殆ど自分の心のつぶやきを書いて提出しました。


手前味噌で恐縮ですが、こんないい加減なやりかたで、読書感想文だけでなく、税金の作文や、読売新聞の作文など、表彰状を何枚もいただきました^^;



感想文なんて、こんなもんです(-_-;)