加藤先生、昨日はバースデーLIVEお疲れ様でした。そして、お誕生日おめでとうございます!
私は今回も配信参加組でしたが、いつもの通り緊張と楽しさの入り混じった気持ちでパソコンの前に鎮座していました。
あっとう間の2時間の中、チャット参加の方々からの質問も、状況は違えど自分にしっかりリンクする内容ばかりです。
中でも特に刺さったのは、トラブルが起きるのは全て自分がおかしいから。そしてそれを認知すること。という加藤先生のお言葉で、過去の自分を思い出しました。
加藤先生の場で学ぶようになった今では、目立ったトラブルに巻き込まれることは滅多にありませんが(去年マスク警察と衝突しましたが…汗)、たくさんの人と争って殺伐と生きていた過去を思い出し、あの頃は自分が正しいんだと思い込んで、狂っているのは周囲の人間たちだと本気で思っていました。
そして、それはトラブルだけではなくて、起こること全てが偶然ではなく現実を作るのが自分自身の在り方、思いが世界を創ることだということも、加藤先生のお陰で理解することができました。
自分がどういう人間なのかを認識しないとまずい。今回も何度も加藤先生が仰っていました。
自分は絶対に正しくない。今でも自分がどういう人間なのか、その醜さを受け入れることがちゃんとできているのだろうか。
自分はできているということをどこかで根深く思っている。できてもいないのにできているという錯覚を起こしていることに、また今回も気付かされました。
加藤先生が認知を正しく持てと仰っているにも関わらず、少し調子が良くなるとやらかしてしまう。
今回の踏み絵、自分もしっかり踏んでいました。
しかも、ある人からのご指摘で初めてそれが失礼な内容だったことに気づきました。
ちゃんと読んで理解したつもりだったのに、完全に流していました。
改めてそれを読み直したら、加藤先生に対して失礼な内容になっていることもすぐにわかるのですが、その時は「良いことしか書いてないであろう」というフィルターがかかり、頭から決めつけて内容の後半はざーっと流して読んでいたこと。
そこで違和感を感じて手を止めることにさえ怠惰が働いていました。
そのツイートの少し前に開催していただいた、公開収録で少しだけ加藤先生から「前より良くなった」と仰っていただいた矢先、気持ちが浮かれてしまいました。
そして何より、それが踏み絵に該当するほど失礼なことだったことに、加藤先生に言われなければ気づけなかったという大失態。
こんなトラップに簡単に引っかかるようでは、命がいくつあっても追いつきません。
仕事でも最近、流してしまったことで仕事の上司に注意されていたばかりでした。
それはともかく加藤先生のお祝いの時に、なんて失礼なことを平然としていたのか。バカすぎて消えてしまいたい…。
せっかく加藤先生から、ほんのわずかながらも良くなれたとポジティブなお言葉をかけていただけたのに、それも全て失ってしまいました。
何の気もなく流してしまったことで、自分が傷つくのではなく、お世話になっている加藤先生を貶めることになった。
うっかり軽い気持ちで流されて踏み絵を踏んで、後になってこんなに悔やむことになるのなら、なぜちゃんと意識を向けなかったのか。前回の出来事から全く学べていません。
全然、成長できていない自分が情けなさすぎます。
ですが、それはあくまでも自分の言い分でしかなく、心から申し訳なく思わなければいけないのは加藤先生に対してです。
そして、こんなに甘いザル認知では、自分も知らず知らずのうちに失礼に値するような出力をしているのではなかろうか、そう考えるとゾッとします。
自分の認知の歪みで、加藤先生に対してこれまでも失礼なことを平然としていたはずです。
そしてこの感覚のまま生きていれば、周囲の人間にも自分の愚かな振る舞いや言動で、相手に残念な気持ちを抱かせたり、悲しい思いにさせてきたこと、自分と関わることで不快だと思わせてしまうことがあったのだと、知らなければならないですよね。
けど認めるのがとても怖いです。
加藤先生に対して失礼を働いてしまったことは、今はもう言い訳にしかなりません。もっと結果を出せるような人間になるよう、行動に繋げます。
本当にすみませんでした。
改めて、バースデーLIVEありがとうございました。
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