こんにちは~♪
先日めちゃめちゃ暖かい日があったと思ったら
また寒い日々に逆戻りです
そんな中、現在「明智光秀」の小説を読んでるんですが
上・中・下と三冊もあってなかなか進んでません

1日に数ページしか進まない私の読書ペースって一体・・・
明智光秀と言えば、君主である織田信長を
本能寺の変にて亡きものにしてしまったため
裏切り者、反逆者という印象が鮮明に残っちゃってますが
本能寺の変以前の光秀は信長を将軍足利義昭と対面させる際の
仲介人になったり軍事作戦の指揮を行ったりと
織田家の中でとても重要な家臣でした
そんな光秀が信長を討った動機は
大・大・大・大ミステリーですよね~
このミステリーについては今足を踏み入れるには忍びないので
今回は放置します・・・また別の機会に
「敵は本能寺にあり!!!」はある意味光秀の名言ですが
名台詞といった方がいいですかね~
本日の光秀の名言はこちらです
「たとえ天下をとったとしても、妾は持たぬ」
実は光秀、明智氏が斎藤道三の息子(義龍)に滅ぼされた後
お家再興の為諸国を流浪しながら様々な知識を身につけたという
苦労人生を経験した人でした
光秀には妻子がいたのですが、流浪生活ですから
妻子持ちにはとても貧しい生活だったんです
当時の光秀に関するこんなエピソードがあります
光秀が友人を集めて持ち回りの宴を開いていた時
いよいよ光秀が会を開く番になりました
しかし、光秀には客人をもてなすようなお金がありません
妻の煕子に相談したところ、妻は快く会を開くよう勧め
宴にはいつになく豪華な酒肴が用意されました
友人たちは大満足で帰宅したのですが・・・???
よく見ると妻が終始頭巾をかぶっていることに気付きました
彼女は夫に恥をかかせまいと内緒で黒髪を売り
宴の費用を調達していたのです
光秀は妻の行動に心打たれて生涯側室を持たないと約束し
一生妻を大切にしたと言います
光秀は家臣にも優しい武将でしたが、そんな光秀のやさしさの根底には
夫をしっかりと支えてくれる家族の存在があったんですね
≪余談≫
・・・じつは、光秀と煕子には結婚前までさかのぼると
こんなエピソードもあります(創作説が強いですが)
2人の結婚前、花嫁修業中の婚約者煕子が疱瘡にかかり
顔に痕が残ってしまいました
醜くなってしまった煕子をお嫁に出すには忍びないと思った煕子の父は
妹を光秀に差し出そうとしたのですが
「自分は他の誰でもない、煕子殿を妻にと決めている」
とはっきりと言ったそうです
これを聞くと煕子にとっても光秀はかけがえのない存在だったんですね
お互いを支え合ってるって感じですよね~
さすが戦国一のおしどり夫婦と言われるだけありますよね
他人に優しくされたことを一生返し続けられるような関係
・・・理想ですよね(〃ノ∀`〃)ポッ





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