昨日の歴史秘話 ヒストリアは 石田三成でした
栗の実さんに次回は三成だって教えてもらってから
ず~っと楽しみだったんですよね
私は昔から「戦国BASARA」や「戦国無双」でバサバサと敵を倒していく
ゲームが好きで、今も時たま無性にやりたくなるのですけれども・・・
BASARAの三成はいつも切れてるし、前髪も鋭いし・・・(関係ないか)
無双の方でも「クズから拠点を奪っても意味がない」とか、
「俺の才、馬鹿には分からぬ」とか、可愛くない言葉連発してるし
小生意気なキャラになってるんですよね~
やっぱり三成はちょっと悪役イメージ、強いんですかね?
関ヶ原で負けた後、三成のことを悪く言う人も多かったみたいですし
歴史とは勝者。歴史は勝者の物語だといわれる。
では、本当の勝者は誰なのか?
・・・おお
これはライバルたちの光房の秀樹さんのセリフでした
今回のヒストリアは三成の優しさも垣間見えるような内容で
三成ファンとしてはとっても楽しかったです(*^▽^*)
もちろん有名なエピソードもたくさん紹介してくれました
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○北近江の復興時にやってきた三成出世へのチャンス
三成は北近江の地侍として生まれましたが、
同じような低い身分から出世した秀吉を見て、自分のような身分でも
出世するチャンスがあると夢を抱きました。
そうは言ってもチャンスなんてそう簡単に巡ってくるものじゃないですよね
ですが 三成の奉公先に偶然にも秀吉が現れたのです。
そして、お茶のもてなし一つで秀吉を関心させ満足させたのです。
巡ってきたチャンスを確実に物にする三成。
彼の運の強さと勝負強さを感じてしまいました。
○生まれた土地柄?長けていたて才能発揮
北近江で育った三成は、近江商人の気質を強く受けた土地柄からか、
商人魂を発揮!そんな逸話もあります。
ある時、秀吉が三成に禄を与えようとした時、
「領地はいりません。その代わりに淀川の河川の葦に対する
伐採の権利をください。」
と答えたそうです。葦とは、屋根を葺いたりや簾や御座にも使われる草です。
その葦に注目した三成!!そこに税金をかけることによって収入を得、
見事にお金を徴収、丹羽攻めに華麗な軍装で参陣したそうです。
○賤ヶ岳!影の功労者
三成は賤ヶ岳の戦いの後、四万石を抱える大名になったといわれています。
賤ヶ岳で活躍した武将を例えた「賤ヶ岳の七本槍」にも数えられていない彼が
なぜそんな破格の待遇を得たのか疑問だったんですが・・・
実はお寺の僧を使ってスパイ活動をしていたみたいなんです!
その諜報活動により手薄だった豊臣軍を攻めようとしていた柴田軍の動向を
いち早く掴み、秀吉のピンチを救いました!
ここでも中国大返しみたいなちょっとした進軍があったんですよ!
本来、兵を進めるのが難しい闇夜。三成は先回りして付近の住民にお触れを出し、松明を持たせて街灯のように道を照らすことで秀吉軍を誘導。
夜の軍行を可能としてしまったのです!!
こんなに早く援軍が来るなんて、勝家もびっくりしたことでしょうね。
夜の軍行を可能にしたからか、スパイ活動していたからか…
このエピソードを紹介した時の番組のエピソードタイトルが
「変弦自在 三成マジック」とちょっと面白かったです
○史上最大規模の水攻め決行!!
これはのぼうの城でも話題となりましたね~忍城の水攻めです!
水攻めは、高低差を利用して周辺の河から水を城の周りに流し込むものですが、
この地域は見渡す限り平地で水攻めは困難とされていたそうです。
しかし三成は周辺の地形を調べあげ、僅かな高低差を発見。
高低差が少ない分、城からの距離をとることで水攻めを決行した結果、
以前秀吉が成功させた備中高松城の水攻め時の10倍もの広さになったんです。
そして、この水攻めを成功させるためには巨大な堤防を造るのが必須でした。
堤防を造るために人手が必要で、その人手を集うための策として
三成は堤防づくりに破格の賃金を払うことを約束しました。
その結果、噂が噂がを呼びたくさんの人が集まり、たった一週間で
20キロ以上の巨大堤を完成させてしまったのです( ゚Д゚)
まさに三成マジック
←気に入ってしまった(笑)
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その後も三成は、天下統一を成し遂げた秀吉の政権の片腕として、
太閤検地や惣無事令、刀狩りを実施し地盤をかためていきます。
こうして見ていくと、秀吉の功績として覚えられがちなものも
ちゃんと三成が考案したり成果を上げているんですよね。
でも、三成が終始一貫していたのは、
自分の出世のためではなく秀吉の国造りを優先していたことですね。
自分の才能を買ってくれた秀吉ため、
そして秀吉の目指す国づくりのために持てる力を全てを注いだ三成。
だからこそ最期まで豊臣を背負って戦い抜いたんだなって改めて思いました。
番組のラストは、徳川の世になってからも三成の作った経済システムは
名前こそ変わってはいるものの実施されていくという内容でした。
彼の行った政策がいかに優れていて実用的だったかわかりますよね。
また、三成の子孫が津軽で生き延びていたことも知ることができました。
姓こそ違いましたが、三成の「成」の字はその後も受け継がれていて、
経済システムと共に彼の志がここでも生きている気がしました。
幕末では新選組、戦国では三成が特に好きな私ですが、
両者とも目的ははっきりしていますし、決して君主を裏切りませんし、
どんな逆境があろうとも最後まで戦い抜く姿勢が
なんとなく似ているような気がしてきました。
その潔さ。今でも胸に響きます!!










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