AYUMIです
自由人の数字5を持つ私は
Blog、日々更新しなきゃ〜って思っていながら
反面、やるなら「ちゃんと描かなきゃ」と真面目にやろうとする14日的性格も多分にあるようで(1も4も矢印の意味を持つ数字。一直線で真面目な数字なので)
ちゃんと取りかかる時間がないとついつい「まあ今度でいいか〜」と後回しにしてしまっているところもあります。。
それだと結局イラストの気まぐれBlogと同じことになってしますので
せっかく色々本音で発信するBlogにすると決めたのなら
つまらないことでも思ったこと日々綴って行こうと...
今日お会いしていた方々との雑談の中で思いました
あんまり真面目に考えすぎずにね〜
このBlogを始めてから気づいたけど
実は書きたいこと(発信したいこと)は何かしらいつも浮かんでいるのよね...
さて本題ですが
前回の私のこじらせ結婚観
https://ameblo.jp/ayuhatto/entry-12410340000.html
の続きです。
子供の頃は一言で言うと人見知りな子でした。
教室で休み時間も一人で絵とか描いてるような
美術部にいそうな(実際高校時代はいたんですけど)
まあ暗い、いわゆるクラスではAでもBでもない、残りのCグループって感じの子でした。
仲良い友達2〜3人といつもいるだけの、地味〜な子でした。
まあそんな子ですから小中の頃はいじめられたこともあったし
根暗とかブスとか傷つくようなこと言われることもよくあったし
(子供の頃は素直で残酷ですからね、言う方も、受ける方も)
兄弟もいないし、両親とも働いていて家にいないことが多かったので
そう言うことを家で吐き出すこともできずにいて、
そう言うことが重なっていつしか
自分は根暗で、ブサイクで、どこか普通ではなくって、
人に好かれない子なんだなといつしか思い込んでいて
ないない尽くしの
いわゆる人間としての自己肯定感はすごく低かったです。
そんな中でも絵を描いてるときだけは
人が褒めてくれました。
それはちょっとした喜びでした。
そして母の反対?を押し切って美大に入りました。(正確には一浪して、本命ではなかったけど女子美にかろうじて受かったので入りました)
母もいわゆる「絵なんかで食っていけるのか?」と言う一般的な親と同じ心配をしていたようですが
私には絵を描くこと以外にできることなんてないので、美大か美術系の専門学校にしか行きたくないと、頑なに押し切りました。一浪までして...
人生で初めての親への反抗でした。
それほど私にとってのこの進路は大事なものだったんでしょうね。
でもそこから、見事に私の閉ざされた世界が広がっていったのです
美大は、当たり前ですが、絵描きの集まりです。
皆、変人だし、根暗だし(社交的な人ももちろんいるけど、皆やはりどこか個性的です、普通じゃない感覚です、ええ、いい意味でです)
皆どこか私と同じような感性、境遇、匂い的なものを放っていて
私の居場所がここにあった〜って感じでした。
そこからは、ありがたいことに絵を描いていくことを仕事にすることができ、
絵を描くことで人に褒められ、人に必要とされ、
口で喋らなくても人に自分のことを伝えて表現できることを知っていきました。
絵が自分のアイデンティティーになったんですね。
それでも女性としての自信はまだまだない部分も大きいですが
自己肯定感が絵の仕事をさせてもらっていくうちに
ちょっとずつ上がっていったように思います。
暗くても変人でもそれは個性なんだと、
表現する上ではどんな自分でも自分らしさを表現することが大事です。
逆に綺麗に見せようとか、よく見せようとか、思わなくてもいい世界なんだと。
そんな風に思えるようになって、自分が開けていけるようになったし、
他人に対して物怖じしたり卑下したりすることも、減っていったように思います。
歳とともにオバさん化したってこともあるのかもしれないけど..
結局
自分の「ない」部分を数えていたときは自己肯定感ってどんどん下がってしまうけど
自分が持ってるもの「ある」を数えるクセでいると逆に自己肯定感はちょっとずつでも上がって行くと思うのです。
最初はハッタリでもいいんです、思い込みでもいいんです、
ちょっと褒められたら素直に喜んで、また次につなげていければちょっとずつ自信につながっていくのでね。
まあ私の性格がもともと素直で単純だってこともあるんでしょうけど
でもまた
そこで私なんかがよく言われるのが
「ayuhatto(私)は絵を描くって言う特別な才能があるからいいじゃん」って。
アーティストとかミュージシャンとか、クリエイティブなことしてるとか、まあスピリチュアルな感性を持ってる人とかも、とかが
特別な才能っていう見方する人って、多いと思うんだけど、
きっとそれは希少だからそれで成功すると多くの人を癒せたり目立つ活躍になるから「特別」な才能のように感じるだけで(もちろん多くの人を癒せる感性を持つって素晴らしいこと)。
でも
人にはぞれぞれみ〜〜んなに才能と個性ってあるわけで。
例えば映画を見てとても上手に評論できる才能とか、文章うまく書ける才能とか、人ととても上手く話せる才能とか、料理の才能とか、おしゃれの才能とか、、
そんな小さくて自分では気づかないような才能だったりするけど
自分は特別な才能がないから「ない」って思わずに
才能が「ある」んだって思うようにするクセにしていくのが大事だなって思います。
日本人の謙遜する文化は美徳であるのだけど、
それがマイナスになりすぎてしまう人が多いように思うので。
まあ自分も昔は「絵を描くことしかできない」って「ない」で思ってたのですが。
それが「ある」に変わっていくだけで
また人生がちょっと楽になります
また周りに集まってくる人もだんだんそういう人になってきますよ
絵を描いていて救われたことが多いなって、今となっては本当に思います
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