アダージョ原田のつぶやきのこ -13ページ目

アダージョ原田のつぶやきのこ

街や人、店を通して見えてくる世の中。
つれづれなるままの日々雑記です。

術後3日目となり、この日もやはり痛かったです。

なぜか3日目が一番咳がひどく、悩まされました。響くんですよね、これがほんとに。。。咳込むとダメとわかっても止めることはできず、参りました。やはり麻酔のチューブの影響でしょうか。

 

寝返りというか、体の向きを変えるのもやはりつらいです。

ずっと上を向いているなんて無理ですもんね。いかにふだん寝ているときに向きを変えているかということに気づきます。

 

痛みはありながらも、それでもこの日、抗生物質を入れていた点滴の管が抜け、すべて自分についている管という管は抜けました。

やっぱりこれは解放感ありましたーー。

 

そのとたん、お通じがありましたから、人間ってうまくできてるなあと。

出すのに力が入らないかなと思いましたが、意外にするっと出たのでよかったです。

 

でも、これもすごく感じたことですが、人間、お腹に力が入ることがいかに大切かということがわかりました。

お臍から少し下の部分を丹田といいますが、今回のような手術をするとその部分に全く力が入らないんです。

 

そうすると、起き上がることにまず難儀します。歩くのも力が入らないのでへっぴり腰になる。すべての動きはお腹に力が入ることから、成立しているような気がしました。そこが起点になっているというか。

 

お腹に入らないとなにもできないんだとういことがよーーくわかりました。

 

いまだにしっかり力は入らないので、しっかり足を踏み込んで歩くことができません。どこかふわふわ、ひょこひょこ歩く感じになってしまうんですね。

 

そのくらい気づかず過ごしていることですが、お腹に力が入るということは大切です。本当に気づくことだらけですね(^-^;

 

それとシャワーもなんとか浴びることができました。

傷跡とも必然的に対面することになり、おそるおそる見ましたが、お臍のちょうど下から足の付け根まで、それこそちょうど丹田に向かって赤い傷跡の上に半透明のテープが10センチくらいにわたって貼られていました。

 

筋腫の長さが20センチ、重さも2キロあったということで傷跡にはある程度覚悟してましたので、それほどショックは受けませんでした。

 

それより手術の糸は抜糸などはなく、体に自然に吸収されるということに安心していました。抜糸があったときはやはり大変だったでしょうね。

 

がんが唾液でわかるというような大きなことだけでなく、本当に医学のあらゆる部分でいろんなこと進歩していると思います。

 

主治医の先生から痛み止めをもう少し強いものにしましょうかという神のような言葉をいただき(いや、最初からそれにしといてよというのもありますが)、「トランセット」というものに変えてもらったところ、だんだん痛みが和らぎそうな気配も出てきました。

 

昨日は痛すぎて無理でしたが、この日は午後になって病棟の周りを2回に分けて11周よたよたながら歩くことができました。

やはり点滴の管が抜けて、自由になったのは大きいです。

 

少し先が見えてきそうな気配がありました。

振り返れば、この日までが痛かったといってよかったと思います。

 

(7日目につづく)