人工股関節から東京マラソンへの道はあるか?再び!! -31ページ目

縁結びの日なんてあるんですね

縁結びのスポット行った事ある?

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高校の修学旅行で出雲大社に行った

今のシステムは知らないが
私の頃は学校の遠足や旅行といえば
出入りの写真屋さんが同行して
集合写真やスナップをさまざまに撮って
後日、廊下に見本が貼り出されると
休み時間などにそれぞれが確認して
自分の欲しい写真の番号を書いて申し込む
というようなスタイルだった

件の出雲大社でもスナップ写真が残っている

写真屋さんは本殿の脇にカメラを据えて
生徒が拝殿する様子をおさめていた
一定の場所に陣取っていても
お参りする人は入れ替わって行くので
一連の写真の被写体は替わっていくわけだ

その出雲大社の写真について
「いったい何をあんなにお願いしてたのはてなマーク
と私は何人かにからかわれた

入れ替わっていくほかの被写体のなかで
私だけが3枚くらいの写真に
連続して撮られていたからだ汗

何を、と問われても
今となってはまったく思い出せない

きっと他のみんなより信仰心が篤くて
お参りが丁寧だったんだろう
と、思うのみである

果たして縁結びの効果はあったんだろうか

そんなに長く祈っていたのだから
もしかすると出雲大社そのものと
縁付いたのかもしれないな
実感はないけどahaha;*







わたしの分

今日は練習会があったので
元気ならば参加しようと思っていたら
昨日夕方の段階では
母をお友だちのお見舞いに連れて行くことになり
練習会は不参加の旨つたえておいたら
今度は夜に入って突然、母が体調をくずし
お友だちのお見舞いどころでもなくなった

いずれにしても私は出かけられない

たくさん仕事があるので
出かけられなくていいんだけど

まあ、いろいろな予定変更が
年々増えてくるのはやむを得ないだろう

そうしたらもっちゃんからLINEがきて
「みみさんの分、7.5キロ走っておきました」

もっちゃんは、プチ合宿や練習会で
ちょいちょい私の分も走ってくれる爆笑

いや、大江戸ではいろいろと
独自のシステムやルールがあると言っても
さすがにいくらなんでも大江戸的に
その数字が私に上乗せされるわけではない
もちろん私の練習帳に載るわけでもない

なのに、そう言われると
ちょっと安心な気持ちになってしまうのはなぜだろう
いやいや、安心な気持ちになること自体
私に問題があるような気はするね💧

もっちゃんは「みみさんの分」というとき
ちゃんと自分の練習分の他に
別枠で私の分を走ってくれるので(*^^*)
とりあえず少なくとも
もっちゃんの練習に貢献できているから
そのところをよしとするか
よしとしていいのか、まあいいか

そんで今日の分は
私もどこかでちゃんとしとかないとあせる



今日の日

くっきりと妙義山
お気に入りの鹿島ノ森でランチ
スープは濃厚なかぼちゃのポタージュ
メインは舌平目
デザートはこれ照れ
まるで赤すぎる紅葉
犀星の家の苔庭
もくもくと湧いてくる雲
きっと明日もいい日音譜

今日は感謝する日

朝起きたら髪の毛がはねていて
ちゃんとドライヤーで乾かしてから寝たのにあせる
と思ってからふと気がついたのは

ゆうべ全身シャンプーで髪を洗ったからはてなマーク
容器の色が同じだから間違えたんだよね~

洗い始めてから間違ったかな?と思ったけど
泡立ちも細やかだし
すすぎ上がりのギシギシ感もないので
ま、頭も全身のうちだしいいか~ニヤリ
と思ってたんだけど、翌朝が違うってことはてなマーク

そんなふうに今日が始まったのだけど
ゆうべの雨も上がってちゃんと晴れた音譜

洗濯干してお風呂洗って
神棚のお祀りをしてゴミ出しして
髪がはねた他はいつもと変わらない朝

この節目の誕生日を
実は密かに楽しみにしていたのだ

特にイベントはしないけど
人生折り返しだな~とか思って
何かと得をするお年頃にもなったし
いよいよだなー感もあり
何がいよいよかって
そりゃ何もかもだよね照れ

でも、それよりも
今朝、唐突に胸にわき上がったのは
この年まで無事にこられてありがとう
ここまで見守ってくれてありがとう
という親への思いだった

誕生日は、産んでくれた親に感謝する日だ
と、以前オカンさんだかが言ってて
その時もそうだねーと思ったけど
今年はつくづく心から思ったんだった

ありがとうハート


雲がしましま




絹糸みたい

特異日

11月3日の天気のところに
週間予報では傘マークがついていた

前後を晴れマークに囲まれているのに
3日だけ雨なんて、ホントめずらしい

と思っていたら
今朝、晴れマークに変わっていた

11月3日は文化の日で
私の誕生日なのだが
晴れの特異日でもあるのだ晴れ

自分では誕生日に雨だった記憶がないが
母によれば一回だけ雨だったとのこと

過去の天気を調べてみると
記録の出てきた56年の間に
一日じゅう雨だった日は1回だ
一日のうちのどこかで雨が降ったのは3回
曇りの寒い日があった記憶はあるが
ともかく7割は晴れている
生まれてからのこと、となると
あと4年ぶんの記録が足りないが
少なくとも私が生まれた日は
とても良い天気だったと母が言っていた

ウィキペディアによると
365日のなかで晴れの特異日は4日あり
そのなかの1日が11月3日なのだ

だからどうだと言われると困る
が、なんとなく
誕生日が晴れの特異日と言われると
雨の特異日と言われるより嬉しい気がする

しかし、実際のところの私は
けっこうな雨女のようで
(いやこの頃は雨女を卒業しつつある)
ともかくそのへんは
誕生日とは関係ないらしい

で、結論はなにかと言うと
明日が晴れそうで良かったな
というそれだけのことひと


カフェハロウィン

事務所にてカフェハロウィンハロウィン

ってなにnani?*


たまごかけごはんは卵か玉子か

あなたの、ベスト・オブ・たまごかけごはんレシピは?

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たまごかけご飯と言えば
いちばん驚いたのは
たまごなんて生で食べない
とか
新鮮なたまごでしかたまごかけご飯しない
という意見を聞いたときのことでしょうか

私の中の常識では
たまごが傷んでなければ普通に生食してたので
例えばすき焼きのときにも使ってたし
たまごがあって気が向けばたまごかけご飯音譜でした

柳家小三治さんの「ま・く・ら」では
たまごかけご飯は、白ご飯にたまごを割り落として醤油をたらしたら
ちゃちゃっといい加減に混ぜるのがポイントだそうで
そうすると
たまごとご飯のところ
たまごと醤油とご飯のところ
醤油とご飯のところ
ただの白ご飯のところ
あるいはもしかすると
黄身と白身も別々に語られていたかもしれませんが
ともかく、何種類もの組み合わせを楽しめる
と、そういう意味のことが語られていました

なるほどなー、と思いましたが
カレーもまんべんなく混ぜる派なので
たまごかけご飯も、私はまんべんなく混ぜたい

醤油は使いません
白ご飯にたまごをかけて混ぜたら
よくよく干してからっとしているちりめんをかける
というのがいちばん好きな食べ方です
ちりめんの代わりに
ちりめん山椒だったり
自家製の、いりこと昆布とおかかの佃煮だったり
それらをかけたら、またまんべんなく混ぜます照れ

むむn?*   つまるところ
たまごとちりめんのコンビが好きなのかはてなマーク
と、いま気がついた私です

たまごは、自分でも理由なく
卵と書いたり玉子と書いたりしますが
この区別はなんなのでしょうね
と、調べてみましたら
生物学的な意味なら〈卵〉で
食材としてなら〈玉子〉なんですって∑!!
JA全農たまごが言っているので
正しい区別と思われます

となると、たまごかけご飯は
玉子かけご飯、なのか~、へーーーー



置き土産の大風

日付が変わった頃に雨は止んで
明け方まで静かだったが
朝になってからは、たまに怖いほどの大風

台風のあとは風だから仕方ないね

晴れたのでお墓参りに行くも
あまりの風でお供えもお灯明もあげられず
お榊を代えて摘んだ小菊をあげて
お詣りだけしてきた


あーあ、今日が昨日ならな~
と思うランナーさんもいるだろう
もっとも、今日だったら
エイドのものがみんな飛ばされてたかな
風は風で危険だろうし

ついつい貧乏根性で
中止になったレースの
用意した給食はどうするんだろう
などと心配してしまう
施設とか学校とかに寄付するのかな

と余計な心配してないで働けよ、はい






横浜から三島へ

今日の横浜マラソン中止は残念だった
一昨日あんなにいい天気だったのに泣

ところで一昨日のヨコハマトリエンナーレだが
正江ちゃんが「3人で見るから面白いよね」
と言っていて、確かにそのとおりだなと思う

トリエンナーレはたぶん、見る人によって
さまざまに見られることを想定していると思う
作者の伝えたいことはあるだろうが
世界の多様性も表現していると思うし
いろいろに見られることでいいのだろう

だから同じものを見たあとで
3人で(他の何人でも)それを話すと
さまざまに違うところを見ていたり
違う見方をしていることに気づく
つまり、誰かと話すことにも意味はあるのだろう
「意味」と言ったが、意味付けしていたり
意味を求めているだけなのだろうか?
と、今、疑いを持ったことも
トリエンナーレの意味のひとつか?などと思い
言い始めると何か哲学的な話になりそうなのでやめておく(^_^;)

ともかく
世界には知らないものが満ちあふれている
起こっている事象のほとんどを説明できない
それはそのことを真には理解していないからだ
という認識が一番大きかったかもしれない

写真は9月に行ったときのものだが
トリエンナーレの第1会場の横浜美術館表には
難民船のボートとライフジャケットが展示されている
ライフジャケットには潮のあとが残っていた

ここにいて知って考えて語るべきことは
きっとたくさんあるのだろう
というふうに私たちは考えた

そこで次の企画だが
沢田教一に関する展覧会が見たい
と私が言ったので、三島まで行くことになった

正江ちゃんの企画だと
再来年は瀬戸内海トリエンナーレらしいニコニコ