人工股関節から東京マラソンへの道はあるか?再び!! -28ページ目

20時間ぶりの食事

胃も腸も空っぽなので
消化の良いものから食べ始めてね
と言われたのですかさず
長崎チャンポンが食べたいんですけどビックリマーク
と言ってみたら、うーん、と唸られただけだったので
妄想の中にあった長崎チャンポン食べました照れ
は~、おつゆが沁みる~ラブラブ

ゆっくり食べたけど
食べてるそばから腸が動いてうるさいぞ汗

初めて大腸の内視鏡検査を受けたのだが
先生が丁寧で上手だったと思われる
ちょっと難しかったです、と仰るわりに
痛みもなくスムーズで楽だった
なんの病変もないとのことで安心したチョキ

ちょっと難しかったです、の理由は
私の腸って一般より長いんだって∑!!
普通は身長分くらいらしいが
何割増し長いのか詳しく語られなかった
でも、先生も看護師さんも
長いね、長いですねって言うので
けっこうな割り増しの長さなのかも
なんだか現代人じゃないように感じるなあせる

でも!
長さと病気は関係ないので大丈夫とのことニコニコ


フランチェスコを知ってますか

最近交友が復活した美紀ちゃんは
学生時代からとても穏やかな人だ
本人も、人から大声を出されたりすると
それだけで驚いて萎縮してしまうらしく
ご主人も怒ったりすることのない人だから
今まで一度も喧嘩したことがないのだとか
・・・すごいな

そんな美紀ちゃんに大声で驚かれたので
むしろそのときは私のほうが驚いた

正江ちゃんと三人でヨコハマトリエンナーレに行ったとき
何からの流れだったか忘れたが、ある人物名が出た

「アッシジのフランチェスコがね」
「ごめん、誰って?」
「アッシジのフランチェスコだよ」
「アッシジのフランチェスコ?知らない」
「ええービックリマーク
   アッシジのフランチェスコだよ!!
   知らないの!?
「うん、ごめん、知らないや」
「だってアッシジのフランチェスコだよビックリマーク
「聞いたことないし
   それって知ってて当たり前なの?」
「西洋史専攻だよね!?
そりゃ、西洋史学で同級だったから西洋史専攻だよ
「ええー、西洋史なのに
   アッシジのフランチェスコ知らないの!?
うん、知らないな汗

なんか、美紀ちゃんの中では
「赤信号は止まれ」くらい常識的なことらしい

西洋史ったって、私、アメリカ現代史専門だし~って言い訳しつつ
フランチェスコの誰たるかを講義してもらった
なんの流れでフランチェスコの名前が出たか
そしてその後どんな話につながったのか
美紀ちゃんの驚きっぷりに驚いて
他のことはすっかり忘れた汗

せめてもの救いは、正江ちゃんも
フランチェスコを知らなかったことだahaha;*
赤信号だってみんなで渡れば怖くないのさ

この〈美紀ちゃんアッシジのフランチェスコ事件〉は
けっこう印象深い出来事だったので
相棒にもさんざん話してあった

そうしたら一昨日、三島に行ったときに
またもや、誰だかについての話の流れから
美紀ちゃんが相棒に向かって言い出した
「アッシジのフランチェスコって知ってる?」

出たビックリマークアッシジのフランチェスコ!!
「美紀ちゃん、知ってる人少ないよ」と私
「うん知らない、私国文だし」と相棒
「ええー・・・汗」と美紀ちゃん

このときの話は、誰だかが
〈日本のフランチェスコ〉と言われてる
という話だったのだが、またもや
美紀ちゃんの反応に気をとられてしまったので
誰のことだったのだか、まるで思い出せない

美紀ちゃん的に重要なフランチェスコなのに
話さえも覚えてなくて面目ない (T_T)

美紀ちゃんは本をよく読んでいて
勉強したことを知識としてきちんと持っている

私の尊敬する人のタイプに
図書館で本を借りる人、というのがあって
美紀ちゃんも図書館で本を借りる人だ
かなりの量を読みまくっているみたいで
読んでみて自分の本棚に欲しいものは
そのあとに買うのだそうだ

そういえば、クレマチスの丘にあった
ローマを建国したという伝説の双子の像
これね

その話も美紀ちゃんから聞いた
私なんぞ、あ、あそこに狼の像がある音譜
下にいるのは子供なのかな?仔狼?人間の子?
なんて言ってたら
あれって双子のロールムスとレムスじゃないはてなマーク
ほら、狼に育てられてローマ建国した
って、ほら、って言われても知らないしね
西洋史なのに~ってまた言われたから
専門現代史だし~ってまた言い訳しといた

好きな分野だと言ってもホントよく覚えてる
私の海馬に少し分けてほしいぞ汗


そして修善寺

初めての修善寺である

クレマチスの丘には〈井上靖文学館〉もあって
次回へのもちこしのひとつになってしまったが
実は、初めて夏草冬涛を読んだ中学一年のときから
私はずっと三島だの沼津だの土肥だのに憧れている
そこから派生して修善寺も憧れの地のひとつだ

修善寺は山道をくねくね行った奥の
何もない寂しいところにぽつねんとある
と勝手に思い続けてきたのだが
実際には普通の温泉地で観光客がいて
外国からの旅行客までいるのだった
修善寺自体も観光寺の様相を呈している

何はともあれまずお詣りをしたが
なんと手水が温泉で飲用可なのであった∑!!
強い風で手が冷たくなっていたので
ものすごく嬉しいうれしい
せっかく飲めるのだから飲んでもみた音譜

お詣りをすませると出家した友人が出迎えてくれた
どう見ても坊さんのような尼さんに会う
実に五年ぶり~音譜
煩悩もありまくりのようで全然変わってないahaha;*
でも元気そうで何よりっビックリマーク

再会の挨拶のあと大黒さんのご厚意により
本堂、位牌堂、座禅堂、中庭などを拝観
そのありがたい流れを考えると
かの友人はきちんとお務めを果たしていると考えていいのだろうか

宝物殿も案内つきで見せて頂き
ここでまた奇縁だったのだが
ご本尊の大日如来座像は実慶作とのことで
上野に続いて慶派に出会ったのだったニコニコ

その後に、あそこを見たらいいだの
そこは寄ってきたらいいだの勧められ
予定よりもじっくりと長い滞在となり
良い空気良い景色を味わってきた







暮れゆく富士を見つつ新東名を上り
早くも、次は奥の院に泊めてもらおうと
計画を練る私たちなのだった




クレマチスの丘 そして修善寺

澤田教一の写真展を見に
相棒と美紀ちゃんと三人で
三島のクレマチスの丘まで行く

なぜかローマを建国したという言い伝えの
狼に育てられた双子ロールムスとレムスの像が出迎えてくれる

今回の写真展が開かれている
〈IZU PHOTO MUZEUM〉のアプローチ
シンプルなロゴも外観も魅力的だ
〈澤田教一  故郷と戦場〉は
三沢基地とベトナムの記録が主であり
じっくりと作品やキャプションを見て回り
出てきてから、思うところを話したりした

クレマチスの丘と呼ばれる
広い自然公園やガーデンの中には
他に三つの美術館や文学館が配されており
いくつかのレストランがある

晴天の空と冬枯れかけた木立がきれいだ
今は使われなくなった?円形劇場
丘と丘を結ぶ吊り橋の上から

人が少ないのでゆっくりランチを頂き
ミュージアムショップをのぞく

クレマチスの丘と言うだけに
クレマチスガーデンは見るべきものらしい
となれば、まずはクレマチスの季節に来よう
いや、その前にビュッフェ美術館も見たい
春先は四阿でお弁当を食べるのもよさそうだ
などと言い合って、結局いつものごとく
一度ではすまない奴らなのである

だが今日のところは
もうひとつの目的地、修善寺に向かう

唯一の出家した友人に会いに行くのだ
北陸での修行もすんで今は修善寺にいるという

うっかり普通に坊さんになりそうな人だったが
ちゃんとした尼僧になっているのだろうか

いつもの北東側から見る富士よりも
このあたりから見ると雪が少ないようだ
と思いながら、車は修善寺を目指すのだった

つづく















今日の買い物

とある事情からプチ入院仲間に
百円を借りっぱなしになっていて
借金返さないと~、と言いつつ
なんだかんだ予定の折り合いがつかず
いや、いくらなんでも年内にビックリマーク
ランチがてら返しに出かけた

結果的に百円を借りたことになったのは
コリアンタウンでランチを食べたときだったのだが
今日のランチまでになんとほぼ一年が経過汗

だらしのないことで申し訳ないあせる
とひらに謝りつつも
またご一緒できて楽しいと、今日もコリアンタウン音譜

話題(になっているらしい)のチーズタッカルビを希望して
幾つかお店を当たってもらい案内してもらう

お店によってもスタイルが多少ちがうのか
チーズタッカルビは想像と違っていたが
ぐつぐつのサムゲタンが美味だったラブラブ
サムゲタンの味付けもお店によって違いがあるが
今日のところは好みの味と濃さだラブラブ
高麗人参、にんにく、なつめと
元気に冬と仕事が乗り切れそう嬉しいw

それにしても多くのお店に行列ができており
波がありつつ韓流ブームは続いているらしい
ちょっと人気の店だと1時間半から2時間待ちだとか

屋台でナッツホットクを食べて
市場を覗いて巧みにスーパーフードを売りつけられ
(いや、もちろん納得して購入したけどねニヤリ)
帰りに母ご所望のチャプチェとキンパを買ってきた

あと、もうひとつ買ってみたのが
シューズ用の止めゴムはてなマーク
紐の代わりに、両端の耳を
上から紐穴に通すと、裏で開いて止まる
シリコン製なので伸び縮みして
そのまま脱ぎ履きできるというわけ

どうせならカラフルなのがいいと
全部色ちがいセットにしたが
一色だけのセットも何種類かあった

通してみたらこんな感じ
もともとグレーだったし洗ってあるけど
ちょっとシューズが汚れて見えるねあせる

裏で止まる部分の耳が小さいので
両方たたんで摘まんで穴に入れるのが
思ったよりやりにくい
あんまり引っ張ってシリコンが切れてもいやだし
ちまちましてたら案外時間がかかった
単に私が不器用なだけかもしれない

が、
別のシューズに付け替える元気はないので
しばらくこれで履いてみよう汗左


次回は

女城主直虎の副題

今回は

〈信長、浜松来たいってよ〉

だったが次回は

〈本能寺が変〉

だって 爆笑


おだやかな日

ゆうべお風呂に入っていたら
母が少し遠慮がちに声をかけてきた

明日お墓参りに行ってあげられる?

そう言われて
仕事の締め切りや納品の関係で
お墓参りを日延べしていたことを思い出した

土曜日に行こうか、と言っていたのに
自分の病院に行く予定が入ったりしたので
すっかり忘れてしまっていたのだ

今朝になってから
脚立に上って榊の枝を伐って
お墓参りの用意をする

明け方は冷えたが
日中は風もなく穏やかで暖かくなった


母とふたりでお墓参りをすませて
水場で片付けものをしていると
風にのって母と話す男の人の声がする

そういえば近くのお墓で
何か作業している男の人がいたっけ

母はわりと誰にでも話しかけるので
何かしらの会話をしているのだろう

風がなくてよかっただとか
今日は暖かいだとか
墓所の手入れは怠ると後で手がかかるとか
そんなふうな世間話をしている

背中にぽかぽか陽を浴びながら
タオルをゆすぎつつ
とぎれとぎれの会話を聞く

さらに離れたお墓では納骨でもあるのか
小さく読経の声も聞こえてきたりする

静かで長閑でいい日だ
特にわけもなく幸せな気分になりながら
遠くの人声を聞いていた


買い物もしてその片付けも終わり
お昼ごはんもすんだので
さて仕事を始めようとすると
なんと福岡マラソンが始まっていた

おお~・・・
見ないわけにはいかぬ・・・

片手間に仕事もできず
腕を組んでテレビを見ていたのだが
なにぶんちょっとお疲れなので
32キロ~35キロの間うとうとしたりしながら
最後は大迫くんに沿道にいるかのごとく声援を送る

うんうんがんばった
自己ベストを出した人はみんながんばった
自己ベスト出なくてもがんばったビックリマーク

じゃあ、おいらはおいらの仕事をしよう









雨あがる

あがりそうな雨の中 侘助の白が際立つ

インフルエンザの接種を受けに行く途中
入ったニュース速報は
「インフルエンザが流行期に入る」

予防接種が効力を発揮するまで2週間
来週はお出かけが多いので
感染せずに2週間を乗り切らないと

昨日久々に外に出たら
それぞれの木が黄色橙朱紅と
とてもきれいに変化を見せていた

小雨の天気と相俟って
しんみり晩秋から初冬の風景だった

しんと冷え込んだ空気も気持ちがいい



三の酉

恒例の酉の市は鷲(おおとり)神社音譜

酉年の酉の市には特別な御守りの授与があるらしい
何十年も通っているのに初めて知った
お守りは授与される数も時間も決まっていて
まずは整理券のゲットから始まるらしい
三の酉の夜に来てそれを知ってももう遅すぎる汗
次回の授与は12年後になるわけで
そのときに果たして思い出せるだろうか

入り口の大きな熊手
入り口から参道へ
日中雨だったからかすでに三の酉だからか
例年よりもはるかに行列が短い


参拝のために並んでいると
神楽殿からお囃子太鼓の音が続いていた

お詣りが終わりかっこめを頂き
神楽殿をくぐって振り返ってみると
鷲の面をつけた舞い人と
ひょっとこの面をつけた囃子方の姿があった
この神楽を観たのも初めてだ
さすがに酉年だけに例年より手厚い行事なのか
あるいは、今までだって催されていたのに
私が気付かずに通り過ぎていた可能性もある汗

鷲神社と並んで長國寺があるのだが
浅草酉の市発祥のお寺なので
このお寺でも酉の市の行事が催されている

三の酉だけに頂ける火除けのお守りがあるらしかった
三の酉まである年は火事が多いと言うからね


そして三の酉のことを大酉と呼ぶのだとか

〈大酉参拝〉と記されたご朱印を頂いて帰って来た





実はつながっていた

先日、閉会間際の運慶展に行った

テレビで紹介されたのを見て
どうしても多聞天立像を観たくなったのだ

∑!!あとでこれは呼ばれたのだと気がついた∑!!

閉会前数日間は夜9時まで開館と聞いたので
昼間よりは混雑がましかもしれないと、夕方から入るつもりで出かけたが
それでも「入場40分待ち」の看板汗でも20分くらいで入れたかな


さて混み合った会場をゆるゆると歩く

ポスターの左に写真が出ている木像
〈無著菩薩(むじゃくぼさつ)立像〉は圧巻ビックリマーク

初見はそれほどでもないのだが
台座込み2m超の高さから見下ろされ
こちらはじっと見上げているうちに
木像に命が宿り水晶の目に光が入り
引き結んだ唇は黙したまま問いかけるようだ
静かな表情のなかに強さがある
余分な力を抜きつつ緊張をはらんだ
まさに高僧のたたずまいだ

うーん、さすがだ、素晴らしい

そしてお目当ての、四天王像のうちの〈多聞天立像〉を観る
四天王像はいくつも作られ出展されているが
観たかったのは、左手の宝塔を高く掲げた
力強い動きの大きな多聞天だ

素晴らしい、力強い、ほれぼれするラブラブ

ポスターの右の像もある意味多聞天だが
この像よりもっとダイナミックだ

ちなみにこの多聞天さま
四天王というチームを組んだときには〈多聞天〉と称され
独立した一体だと〈毘沙門天〉と称される
ポスターの像は、多聞天の特徴そのままだが、〈毘沙門天立像〉であるらしい
つまり、単体で作られた像だということだ

そんなふうに観て回っていると
私は仏像より武神とかの像が好きなんだな、と気がついた
そしてさらに
天平からつながる奈良の系譜が好きなのか、と思いが至った
阿修羅展を観たときにも
天平の作品のほうが好みだったもんな、と思い出して
阿修羅展を観たときの記事を探したら

おーーー
つながっていたのか!!と驚いた ⇒ そのときの記事

いやむしろ
つながりに気づかなかったことのほうが驚きか!?

平成21年の阿修羅展は、興福寺創建1300年の記念行事だったが
そのときにアナウンスがあったのだ

現況の興福寺中金堂は仮のもので、7年かけて再建する計画があると
そして順調に進めば平成29年に300年ぶりに公開されると

そのことを自分で記事に書きながら、中金堂見に行くぞ、と言いながら
すっかり忘れていた私である汗

かくして中金堂は無事に再建され、今回の記念大運慶展とあいなった

忘れていた私はうかつきわまりないが
忘れていても呼んでくれるなんて、これが縁でなくてなんであろうにこ

そう、そして阿修羅くんのときから私は闘う神が好きだったんだよね
何を今さらな、やはりうかつ者なのだった