今までもずっと変わらずあるものだった。
自分の利益のために、嘘をつくという行為は。

自分の過ちをごまかすために、人に罪をなすりつけ、大事にするとごねるのは。

とっさに1年前の記憶を問われて、記憶にないと答える私に、
自分の記憶は鮮明であり、自分に過ちはないと、
そのときのやり取りを 捏造し、私に刷り込ませようとした。
彼の物忘れの度合いは私と同じ程度なのに。

先日放送された映画には、
長い間、言えずにいた苦くて辛い 「ほんとうのこと」 を各々が吐露する場面がいくつか描き出されていた。
その場面、場面に涙は流せるというのに。

「ほんとうのこと」を言う勇気とすがすがしさにはたどり着けないらしい。



アラビア語の美辞麗句の慣用句の意味を理解できていたとしても、
それらは彼の心には響かない。音でしかない。



お互いの不機嫌な会話は、決定的なところまで行き着くのも変わっていない。

神様はどうしておまえみたいな馬鹿ばかり俺の肩に乗せるのか!

言い返さずに私は貝になる。


あなたの家族が親戚と疎遠になり、不運が続くのは、
ジャドゥのせいではなく、
あなたち家族の使うその ののしり言葉と言動にあるんだよ。


また心の一部に鍵をかけ、
もう心の全部で笑うことはないのかもしれない。